娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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特別編(25)不思議な異世界

 アイシャは物心がついたころから、魔力のコントロールの練習をしてきた。
 アイシャの魔力は上級魔族の中でも秀でて多く、暴走すれば周囲に甚大な被害を及ぼしてしまう。
 そうならないよう、魔力のコントロール方法を学ぶ必要があると言われていた。

 体内の魔力をぐるぐると循環させるだけのトレーニングだが、初めのうちはなかなかうまくできなかった。
 思い通りの方向に魔力が動かなかったり、どこかで魔力の流れが滞ってしまったり。
 失敗するたびにもう嫌だと癇癪を起していたが、父も母も根気よくアイシャのトレーニングに付き合ってくれた。

 そうして数年が経つ頃には、アイシャは自分の魔力を自由自在に動かすことができるようになったのだった。


「アイシャはすごく頑張って、魔力をコントロールできるようになったでしょ?」

「うん」

「向こうの世界には、魔法がないの。だから魔力をきちんと操れるようにならないと、連れていくことはできなかったんだけど、そろそろ大丈夫かなって」


 魔法がない世界。
 アイシャは本当にそんな世界があるのか半信半疑だった。

 母の生まれた世界については、今まで何度も話を聞く機会があった。
 しかしアイシャの知るこの世界とはあまりに違っていて、母の作り話なんじゃないかという疑惑が拭えなかったのだ。


「どうかな?アイシャが行きたくないなら、無理にとは言わないけど」

「行きたい!!」


 食い気味でアイシャが答えると、みんなが大笑いした。
 そして祖父がポケットから、きれいな鍵を取り出す。
 祖父が鍵を扉にかざすと、扉が白く変化した。
 いや、扉が白くなったというよりも、別物の白い扉が出現したようだった。


「わああ」


 目を輝かせて、アイシャが扉を見る。
 扉を通じて祖父母が世界を行き来しているというのは知っていたが、アイシャは白い扉を見るのは初めてだった。
 魔力の安定していないアイシャがうっかり扉に入ってしまわないよう、アイシャが物心ついてからは世界の行き来はアイシャの目の届かないところで行われていたのだ。
 赤ちゃんの頃はアイシャの前で世界を行き来していたらしいが、アイシャの記憶にはまったく残っていない。

 白い扉を祖父が開くと、その先には見たことのない家具が並ぶ部屋があった。
 アイシャは少し怖くなって、母の服の裾をつかむ。
 母は大丈夫だというようにアイシャを抱き上げ、白い扉をくぐった。
 白い扉をくぐった瞬間、ふんわりと甘い花のような匂いがアイシャの鼻腔をくすぐる。


「……いい匂い」


 アイシャがつぶやくと、祖母は「ありがとう」と微笑んだ。
 そして、瓶に入った棒のようなものを指さして「ここから匂いがしているのよ」と教えてくれた。

 部屋の中には、不思議なものがたくさんある。
 大きくて薄い四角い板。
 まるで人間が閉じ込められているみたいな、精巧に描かれた絵。
 天井にくっついている大きな丸い何か。

 面白くなったアイシャは、母を質問攻めにする。
 テレビ、写真、シーリングライト。
 どれも初めて聞く言葉ばかりで、余計にアイシャの好奇心をくすぐった。

 いたずらっぽい顔をした祖父が、机の上に置かれた細長い棒についているボタンを押すと、テレビの中に小さな人間が何人も現れた。
 父もテレビを見るのは初めてだったようで、アイシャと同時に「うわっ」と叫び声をあげた。


「なにこれ、この人たち、この中に住んでるの?」


 テレビを横から眺めると、ずいぶんと薄かった。
 この中で生活できるなんて、なんて平べったい人間なのだろう。
 アイシャがそんなことを思っていると、また祖父がボタンを押した。

 すると先ほどまで箱の中にいた人間は消え去り、見たこともない魔物の姿が映し出されて、アイシャはまた父と二人仰天する。


「何この子、すっごく強そう!」

「これは熊だね」

「クマ?」

「そう。強い動物だよ」

「強い動物……」


 キラキラとした眼差しでテレビを見つめるアイシャを、祖父はうれしそうに眺めていた。
 そのまま祖父はテレビの仕組みを何やら説明してくれたが、アイシャには難しくてよくわからなかった。
 ただ父は、興味深そうに祖父の話に耳を傾け、いくつか質問までしている。


「おやつにしましょうか」


 祖母の声に、アイシャは視線をうつす。
 祖母のそばにあるテーブルには、お茶やお菓子が並んでいた。


「うわっ、何それ……」


 アイシャの席に置かれていたのは、透き通った黄色いジュースだった。
 りんごという果物を使っているそうで、とても甘くておいしい。
 しかしアイシャの目は、大人のカップに注がれた真っ黒なお茶に釘付けだった。


「真っ黒いお茶なんて、初めて見た……。淹れるの失敗しちゃったんじゃない?」


 不安になってそう問いかけると、母がおかしそうに笑って「これはこういう飲み物なのよ」と答えた。


「コーヒーって言うの。苦いけどおいしいのよ」

「ええ……」


 母はコーヒーの中に、白い液体を入れてかき混ぜ、口をつける。
 そして、ほうっと惚けた表情をする。


「……本当においしいの?」

「大人にはね」

「その白いのは?」

「これは牛乳……ミルクね。ママはコーヒーにミルクを入れて飲むのが好きなの」

「ミルクって、赤ちゃんの飲み物じゃないの?」


 アイシャは母のカップに鼻先を近づけて、匂いを嗅ぐ。
 なんだか不思議な匂いだ。

 そして小さな入れ物に残った牛乳をのぞき込む。
 飲んでもいいと許可がでたので、恐る恐る口に含んだ。


「……おいしい!」


 水ともジュースとも違う、ほのかに甘みのある牛乳をアイシャは気に入った。
 すぐにからっぽになった器を悲しく眺めていると「ジュースを飲み終わったら、牛乳のおかわりをあげようね」と祖母が言う。
 アイシャは喜んでジュースに口をつけたが、ジュースもジュースですごくおいしい。
 牛乳とジュース、どっちをおかわりしようかと悩んでしまうほどだ。

 ジュースのそばには、祖母が用意してくれたお菓子も添えられている。
 日本のお菓子は祖父母がよく持ってきてくれるのでアイシャも食べなれているが、今回のは初めて見るお菓子だった。
 白くて丸い物体に、赤い果物が突き刺さっている。


「いちご大福っていうのよ。喉に詰まらないように、よく噛んで食べてね」


 祖母の言葉に頷いて、大きな口を開けてアイシャはいちご大福にかぶりついた。
 じゅわっとした瑞々しい果汁と、もったりした甘いクリームのようなものが口いっぱいに広がる。
 白い部分はもちもちと柔らかく伸びて、アイシャは驚いた。

 初めて食べる味だけど、すごくおいしい。


「ゆっくり食べないと危ないぞ」


 そう祖父が心配そうな声を投げかけてきたが、それも耳に入らないほどアイシャは夢中でいちご大福を食べ進めたのだった。
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