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第2話 虚弱聖女と白い獣
どうして……
さっきからずっとその言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
目の前に広がるのは、緑一本生えていない、砂と岩だらけの灼熱の大地。
汗が噴き出て止まらない。
喉が渇いて堪らない。
なのに私に渡されたのは、革袋一つ分の水と、少ない食料だけ。
突然、オズベルト殿下がやってきたあの日。
聖女を騙り、神聖な供儀の間を穢した罪で投獄された。
意味が分からなかった。
殿下やキアラたちが牢屋にやってきて私に何かを言っていたけれど、よく覚えていない。
ただ、私が追放された理由は理解している。
私が偽物の聖女であると、 こんな役立たずなどいらないと、皆が判断したからだ。
殿下に相応しい人間でないことも、聖女として力不足であるのも認める。
それでも、長きに渡り、守護獣シィ様に力を捧げてきたつもりだった。この国のために頑張ってきたつもりだったのに……
それほどまでに、私は出来損ないだったの?
彼らの言うとおり、正当な方法を経て聖女にならなかった私は、偽物だったの?
なら、私がシィ様に捧げていた力って……何だったの?
分からない。
その後、私は追い立てられるように馬車に乗せられ、結界の外に放りだされた。
結界の外は、人が生きていける環境ではない。
一番近いとされている隣国ルミテリス王国は、かろうじて行き来出来る距離だと聞いているけれど、それも昔の話だ。
今では行き来がなくなり、ルミテリス王国があるかどうかすら確認できていない。
なので、結界の外に出されることは、死を意味していた。
涙がにじむ。
まだ身体の外に出る水分があるとは思わなかった。
休み休み進んでいく。幸いなことに、夜になると気温が下がるため、なんとか休息をとることができた。
歩き続けて何日経っただろうか。
大切に飲んでいた水も尽きた。食料はとっくに尽きている。
喉の奥が腫れているように熱くて、痛くて堪らない。足下はおぼつかなくて、何度も転んだせいで、足には青たんや擦り傷がたくさん出来ている。
うっすら遠くに、何かの影が見えた。
もしかして……ルミテリス王国に着いたの?
だけど喜びはなかった。
逆に、心が諦めてしまった。
あそこまで歩く気力も体力も、私には残されていなかったから。
身体がぐらりと揺れる。
そのまま意識が暗転した。
*
ぽつっと冷たい何かが私の額に落ちた。
このまま沈んで消えてしまうと思った意識が、ゆっくりと浮上を始める。
冷たい何かが、今度は唇の上に落ちた。薄く開いた唇の隙間から口内に流れてきたもの感じた瞬間、本能的にそれを飲み込んだ。
――水だ。
「み、み、ず……」
「うん、大丈夫、ここは結界内だから。さ、ゆっくり飲んで」
少年の声が聞こえる。
柔らかく優しい声色に、心が安らぐ。口の中を満たしていく水が身体に入り、満たされていく。
私は力を振り絞って身を起こすと、口のそばにあった椀……じゃなく、大きな木の実を割った殻を両手で掴み、中身を飲み干した。
まだ身体は辛いけれど、水が飲めたおかげで動くことは出来そう。
大きく息をつくと、私の上に影が落ちていることに気づいた。上を見ると、大木が葉を広げているのが見える。
おかしいわ。
私は、ついさっきまで、灼熱の大地にいたはず。
どうして、木が生えているの?
そのとき、
「……生きてて……良かった」
再び聞こえてきた少年の声に、ここにいるのが私だけではなかったことを思い出す。
きっと声の主が私を助けてくれたのね。
お礼を言おうと声の方を見た瞬間、ドサッと何かが地面に倒れる音がした。
倒れたそれをみて、私は双眸を見開いた。
私の隣に、白い獣が倒れていた。
長い鼻に、大きな口。耳は垂れていて、全身体的に白く長い毛で覆われている。長い尻尾は、力なく地面に投げ出されていた。
犬だと言われれば納得してしまいそうな大きさと姿だった。
この獣が、私を助けてくれたの?
いやでも……さっき少年の声がしたんだけど……
獣が薄らと瞳を開いた。美しい金色の瞳が私を映すと、まるで人間のように細くなった。
牙が見える大きな口が、僅かに動く。
「ああ……もう起き上がれるんだ……人間は、回復が早い、ね……」
獣が発したのは、先ほど私が聞いた少年の声だった。
まさか、獣が言葉を話すなんて……
だけど、不思議と恐怖はない。
獣が纏う優しさと神聖な雰囲気のせいだろうか。初めて見る存在なのに、害を与える存在だとは思えなかった。
「あ、あなたが、わたし、を?」
「う、ん……結界の外に、人影が見えたから」
「ありがとう、ございます。なんとお礼を言ったら良いか……」
深々と頭を下げると、獣は瞳を伏せた。
「気にしないで。人間を守るのが……守護獣たる僕の使命、だから……」
「えっ?」
守護獣……?
目の前の白い獣を凝視した。
私の驚き声を聞き、獣は小さく笑う。
「結界を維持する力も大して残っていない……半端もの……だけど」
獣――守護獣と名乗る獣が自虐的に笑い、地面に身体の全てを預けるようにぐったりとした。
守護獣という偉大な存在とは思えないほど弱々しい声で、私に話しかける。
「ごめん、ね。凄く疲れてしまって……僕は少し休むから、君は……じぶん、の家に、おかえ、り……」
声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
息はしているが、弱々しく苦しそうに見える。
ルミテリス王国がまだあったことは驚きだけど、本当にこの獣が守護獣様なの?
周囲を見回す。
私を日差しから守ってくれる大木があるけれど、思った以上に自然が少ないように思えた。
あまり豊かな土地ではなさそう。
倒れたまま苦しそうに呼吸を続ける白い獣に視線を落とす。
守護獣様が弱っているから、豊かさが失われているのか。
それとも、たまたまここだけなのか。
分からないけれど、一つ確実なのは、目の前の獣が、見ず知らずの私を助けるために衰弱してしまったことだ。
弱々しい姿は、儀式を終えて倒れる私の姿と被って、胸の奥が苦しくなった。
見捨てたくない。
本当に目の前の獣が、守護獣ならば。そして、私が今まで、何かしらの力をシィ様に与えていたのなら……
私は彼の身体に触れた。ふわっとした柔らかな毛が手のひらから伝わってくる。とても気持ちが良い。
だけどすぐさまそんな考えを振り払うと、心を研ぎ澄まし、両手に意識を向けた。
胸の奥にある何かを引っ張り出し、それを触れた手のひらから相手に流す姿をイメージする。
私の中にある温かいものが、手のひらから白い獣へと流れていく。
この感覚……シィ様に力を流すときと一緒。
ということはやはり目の前の白い獣は……この国の守護獣様なの?
白い獣の身体が淡い光を放った。その光が収まると同時に、私の力の流れが止まり――だらんと垂れていた獣の耳がピクッと動いた。
閉ざされていた瞳が開き、金色の輝きが姿を見せる。
「……あれ? 身体が、辛くない……」
「良かったです。ちゃんと力を注げたみたいで」
私がホッと胸をなで下ろしていると、白い獣――ルミテリス王国の守護獣様が横になったまま頭を上げ、私を見た。信じられない様子で、大きな瞳をさらに大きく見開いている。
「ま、まさか……君が僕に力を与えてくれた、のか?」
「はい」
守護獣様が言葉の続きを発しようと口を薄く開いたそのとき、
「こんなところにいたのか、ラメンテ!!」
怒りに満ちた男性の声が、この場の空気を震わせた。
私たちが振り返った先には、肩で大きく息をしながら立つ、赤毛の男性が立っていた。
さっきからずっとその言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
目の前に広がるのは、緑一本生えていない、砂と岩だらけの灼熱の大地。
汗が噴き出て止まらない。
喉が渇いて堪らない。
なのに私に渡されたのは、革袋一つ分の水と、少ない食料だけ。
突然、オズベルト殿下がやってきたあの日。
聖女を騙り、神聖な供儀の間を穢した罪で投獄された。
意味が分からなかった。
殿下やキアラたちが牢屋にやってきて私に何かを言っていたけれど、よく覚えていない。
ただ、私が追放された理由は理解している。
私が偽物の聖女であると、 こんな役立たずなどいらないと、皆が判断したからだ。
殿下に相応しい人間でないことも、聖女として力不足であるのも認める。
それでも、長きに渡り、守護獣シィ様に力を捧げてきたつもりだった。この国のために頑張ってきたつもりだったのに……
それほどまでに、私は出来損ないだったの?
彼らの言うとおり、正当な方法を経て聖女にならなかった私は、偽物だったの?
なら、私がシィ様に捧げていた力って……何だったの?
分からない。
その後、私は追い立てられるように馬車に乗せられ、結界の外に放りだされた。
結界の外は、人が生きていける環境ではない。
一番近いとされている隣国ルミテリス王国は、かろうじて行き来出来る距離だと聞いているけれど、それも昔の話だ。
今では行き来がなくなり、ルミテリス王国があるかどうかすら確認できていない。
なので、結界の外に出されることは、死を意味していた。
涙がにじむ。
まだ身体の外に出る水分があるとは思わなかった。
休み休み進んでいく。幸いなことに、夜になると気温が下がるため、なんとか休息をとることができた。
歩き続けて何日経っただろうか。
大切に飲んでいた水も尽きた。食料はとっくに尽きている。
喉の奥が腫れているように熱くて、痛くて堪らない。足下はおぼつかなくて、何度も転んだせいで、足には青たんや擦り傷がたくさん出来ている。
うっすら遠くに、何かの影が見えた。
もしかして……ルミテリス王国に着いたの?
だけど喜びはなかった。
逆に、心が諦めてしまった。
あそこまで歩く気力も体力も、私には残されていなかったから。
身体がぐらりと揺れる。
そのまま意識が暗転した。
*
ぽつっと冷たい何かが私の額に落ちた。
このまま沈んで消えてしまうと思った意識が、ゆっくりと浮上を始める。
冷たい何かが、今度は唇の上に落ちた。薄く開いた唇の隙間から口内に流れてきたもの感じた瞬間、本能的にそれを飲み込んだ。
――水だ。
「み、み、ず……」
「うん、大丈夫、ここは結界内だから。さ、ゆっくり飲んで」
少年の声が聞こえる。
柔らかく優しい声色に、心が安らぐ。口の中を満たしていく水が身体に入り、満たされていく。
私は力を振り絞って身を起こすと、口のそばにあった椀……じゃなく、大きな木の実を割った殻を両手で掴み、中身を飲み干した。
まだ身体は辛いけれど、水が飲めたおかげで動くことは出来そう。
大きく息をつくと、私の上に影が落ちていることに気づいた。上を見ると、大木が葉を広げているのが見える。
おかしいわ。
私は、ついさっきまで、灼熱の大地にいたはず。
どうして、木が生えているの?
そのとき、
「……生きてて……良かった」
再び聞こえてきた少年の声に、ここにいるのが私だけではなかったことを思い出す。
きっと声の主が私を助けてくれたのね。
お礼を言おうと声の方を見た瞬間、ドサッと何かが地面に倒れる音がした。
倒れたそれをみて、私は双眸を見開いた。
私の隣に、白い獣が倒れていた。
長い鼻に、大きな口。耳は垂れていて、全身体的に白く長い毛で覆われている。長い尻尾は、力なく地面に投げ出されていた。
犬だと言われれば納得してしまいそうな大きさと姿だった。
この獣が、私を助けてくれたの?
いやでも……さっき少年の声がしたんだけど……
獣が薄らと瞳を開いた。美しい金色の瞳が私を映すと、まるで人間のように細くなった。
牙が見える大きな口が、僅かに動く。
「ああ……もう起き上がれるんだ……人間は、回復が早い、ね……」
獣が発したのは、先ほど私が聞いた少年の声だった。
まさか、獣が言葉を話すなんて……
だけど、不思議と恐怖はない。
獣が纏う優しさと神聖な雰囲気のせいだろうか。初めて見る存在なのに、害を与える存在だとは思えなかった。
「あ、あなたが、わたし、を?」
「う、ん……結界の外に、人影が見えたから」
「ありがとう、ございます。なんとお礼を言ったら良いか……」
深々と頭を下げると、獣は瞳を伏せた。
「気にしないで。人間を守るのが……守護獣たる僕の使命、だから……」
「えっ?」
守護獣……?
目の前の白い獣を凝視した。
私の驚き声を聞き、獣は小さく笑う。
「結界を維持する力も大して残っていない……半端もの……だけど」
獣――守護獣と名乗る獣が自虐的に笑い、地面に身体の全てを預けるようにぐったりとした。
守護獣という偉大な存在とは思えないほど弱々しい声で、私に話しかける。
「ごめん、ね。凄く疲れてしまって……僕は少し休むから、君は……じぶん、の家に、おかえ、り……」
声が小さくなり、やがて聞こえなくなった。
息はしているが、弱々しく苦しそうに見える。
ルミテリス王国がまだあったことは驚きだけど、本当にこの獣が守護獣様なの?
周囲を見回す。
私を日差しから守ってくれる大木があるけれど、思った以上に自然が少ないように思えた。
あまり豊かな土地ではなさそう。
倒れたまま苦しそうに呼吸を続ける白い獣に視線を落とす。
守護獣様が弱っているから、豊かさが失われているのか。
それとも、たまたまここだけなのか。
分からないけれど、一つ確実なのは、目の前の獣が、見ず知らずの私を助けるために衰弱してしまったことだ。
弱々しい姿は、儀式を終えて倒れる私の姿と被って、胸の奥が苦しくなった。
見捨てたくない。
本当に目の前の獣が、守護獣ならば。そして、私が今まで、何かしらの力をシィ様に与えていたのなら……
私は彼の身体に触れた。ふわっとした柔らかな毛が手のひらから伝わってくる。とても気持ちが良い。
だけどすぐさまそんな考えを振り払うと、心を研ぎ澄まし、両手に意識を向けた。
胸の奥にある何かを引っ張り出し、それを触れた手のひらから相手に流す姿をイメージする。
私の中にある温かいものが、手のひらから白い獣へと流れていく。
この感覚……シィ様に力を流すときと一緒。
ということはやはり目の前の白い獣は……この国の守護獣様なの?
白い獣の身体が淡い光を放った。その光が収まると同時に、私の力の流れが止まり――だらんと垂れていた獣の耳がピクッと動いた。
閉ざされていた瞳が開き、金色の輝きが姿を見せる。
「……あれ? 身体が、辛くない……」
「良かったです。ちゃんと力を注げたみたいで」
私がホッと胸をなで下ろしていると、白い獣――ルミテリス王国の守護獣様が横になったまま頭を上げ、私を見た。信じられない様子で、大きな瞳をさらに大きく見開いている。
「ま、まさか……君が僕に力を与えてくれた、のか?」
「はい」
守護獣様が言葉の続きを発しようと口を薄く開いたそのとき、
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