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第5話 虚弱聖女と説得
一気に体温が上昇する。
首筋から頬にかけて、血液が集中するのが分かる。
なのに身体はまるで石になったように固まって動けない。
視界に映るレイ様が、不思議そうに首をかしげた。
「……セレスティアル?」
「ぷっ……あはははっ! レイ、人を誘うの下手くそすぎ。ほら、セレスティアルが困ってるよ」
「困るって、何がだ?」
レイ様が、子どものように口をとがらせ、ラメンテに訊ねる。だけどラメンテは彼の問いには答えず、私の前に来ると、金色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。
優しくもゆっくりとした声が、紡ぎ出される。
「セレスティアル。君に大切な話があるんだ。だから、僕たちと一緒に城に来て欲しい。ゆっくり話す場所としては、最適だと思うし」
「大切な……はなし? 今日会った私に?」
「うん。それに体調だってまだ万全じゃないよね?」
体調について触れられ、私は返答に困ってしまった。
彼らの申し出を断ったとして、見知らぬ土地で一人で生きていけるかと言うと、自信はない。
ラメンテが小さく笑う。
「……それに、せっかく僕が力を振り絞って助けた命を、粗末にして欲しくないかな」
そう言われると、頷くしかなかった。
言葉の通り、ラメンテは命の危険を冒して、私を助けてくれたのだから。
私が城でお世話になることを了承すると、レイ様が何故か不服そうにされていた。それを見たラメンテが、ふふんっと得意げに笑う。
「レイ、説得ってこうやってやるんだよ?」
「最後は何だか、相手の弱みにつけ込んだように聞こえたが?」
「僕は本当のことしか言ってないし。そう思っているのは、レイが僕に対して対抗心を持っているからじゃない?」
「いや、俺だって……」
レイ様の唇が悔しそうにゆがむ。
何だか納得いっていなさそう。
そんな彼を一瞥すると、ラメンテはぶるっと全身を震わせた。
「さあ、セレスティアル、レイ、城に帰ろうか」
「え? 帰るって、どうやって?」
周囲を見回すけど、城らしき建物は見えない。
ここから城までは、結構距離があるのかな?
私はいいとして、王様も一緒に歩かせるのはどうなのだろう。
色々と不安になっていると、
「安心して、セレスティアル。君が力を与えてくれたおかげで、僕は本来の姿に戻れるようになったんだ」
「本来の、姿?」
「見てて?」
ラメンテが力強く吠えた。
次の瞬間、白い毛で覆われた身体が、光を放ちだした。まぶしくて目を開けていられず、手で顔を覆う。それでも閉じたまぶたの向こうに、白い光が見える。
閉じた瞼の裏に闇が戻ると、私は恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは、
「す、凄い……」
大人の身長の二倍ほどの高さに成長したラメンテの姿だった。もちろん、横も随分と長くなっている。牙も爪ももちろん大きくなっていて、鋭さが増しているように思える。
私なんて一飲みされてもおかしくないほどの巨体なのに、相変わらず全く怖くない。
光に照らされた真っ白な毛が風に揺られると、まるで銀色の波のよう。
守護獣と呼ぶにふさわしい、神々しい御姿だ。
その御姿に、胸の奥が締め付けられる。
驚いているのは、私だけじゃない。
「ラメンテ……それが、本来のお前の姿、なんだな……」
レイ様も驚いていた。
彼も、ラメンテの本来の姿を見たのが初めてみたい。
そういえばレイ様、仰っていたっけ。
ラメンテが現れてからずっと、聖女を見つけてやれなかったって。だからラメンテは力が得られず、衰弱していったんだと。
もしかすると、ラメンテがレイ様と初めて出会ったときにはすでに、本来の姿を保てるほどの力が残っていなかったのかも知れない。
「さ、僕の背中に乗って?」
そう言ってラメンテは、身体をかがめた。
先にレイ様がラメンテの背中をよじ登った。そして、
「さあ、セレスティアル。この手をとれ」
上から私に向かって手を差し伸べてきた。
少し戸惑ったけれど、彼の手をとる。
大きな手が、私の手を包み込んだかと思うと、ぐいっと引っ張られた。その力が想像以上に強くて、せっかく引っ張り上げてくださったのに、私は身体のバランスを崩してしまった。ラメンテの毛がツルツルで滑りやすいのもあったのだろう。
「セレスティアル!!」
レイ様が私を助けようと身を乗り出し、抱きしめる。でも勢いが良すぎて、私を抱きしめたまま、落ち――って、
落ちてる!?
私の頭を包み込むように抱きしめるレイ様の腕に力がこもるのを感じた。
衝撃に備え、身を固くするが、代わりにやってきたのは、ふわっという温かい柔らかさだった。私たちの身体が少しバウンドしたかと思うと、ふわふわの塊の中に沈む。
柔らかいし、何だかくすぐったい。
正体はすぐに分かった。
ラメンテの尻尾だ。私たちはラメンテのモフモフな尻尾の上に落ちたのだ。
ふわふわとした柔らかな毛並みが、頬をくすぐる。
「大丈夫? 二人とも!」
「大丈夫だ」
レイ様が返答すると、ラメンテが大きく息をつく音がした。
私も胸をなで下ろす。私だけならともかく、国王様であるレイ様を怪我させるわけにはいかないし。
「ごめんなさい、私のせいで……」
顔を上げると、赤い瞳が視界に飛び込んできた。息がかかりそうなほど近くに、レイ様の顔がある。
わ、私、抱きしめられたままだっ!
「あ、あの、レイ様……た、助けていただき、ありがとうございます……」
声をうわずらせながら、彼の胸を押すと、
「無事で良かった」
と、レイ様は屈託のない笑顔を返し、私から腕を解いた。
感謝の気持ちよりも恥ずかしさが勝ってしまう自分が、情けない。
この方は、純粋に私を助けようとされただけなのに……
自己嫌悪に陥っていると、再びレイ様の顔が近づいた。
「セレスティアル。さっきからずっと考えていたんだが……」
「は、はいっ!?」
彼の顔が近すぎて、また声がうわずってしまう。しかしレイ様は気にされた様子はない。
「さっきラメンテが君に城に来るよう説得したとき、『僕は本当のことしか言ってないし』と言っていたんだが……俺だって本当のことしか言っていないんだが」
「え? どういうことですか?」
さっき、とは、レイ様が私に、ラメンテを救ったお礼に城に呼びたいと仰ったときのことだろう。
ラメンテの説得によって、私はお城へのご招待を受けることにしたんだけど、レイ様が本当のことを言っていることにどう繋がるの?
少し考えこむそぶりを見せた後、真剣な表情を向けた。
今までの屈託のない少年のような表情から一変、大人の男性の顔が現れる。
「君と一緒にいたかったから、城に招いたことだ。礼をしたいのと同じくらい、君のことを知りたいと思った。これでは、君を説得できなかったのだろうか?」
「……はっ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
だから王様相手に、気の抜けた失礼な返答しか出来なかった。しかし彼は気を悪くすることもなく、
「どう思う?」
優しい笑みを浮かべながら訊ねてくる。
なんと答えたらいいのか分からない。
心臓が、答えをせかすように大きな音を立てて動いている。
戸惑いと恥ずかしさでいっぱいなのに、彼の微笑みに、視線が吸い込まれてそらせない。
……と思ったら、突然身体が浮遊感に襲われた。
わ、私、浮いてる!?
驚いたのもつかの間、私の身体は、先にラメンテの背中の上に降りたレイ様の前にスポッと収まった。
「ごめんごめん。力を取り戻したんだから、僕の力で二人を背中に乗せれば良かったね」
「お前、人を浮かせることも出来るのか。凄いな」
「えへへ」
感嘆の声を上げるレイ様に、ラメンテが恥ずかしそうに笑って答えている。
先ほどの会話など無かったかのようなレイ様の様子に、私は脱力した。別に意味はなかったのだろうと結論づける。
一人緊張して、恥ずかしい。
ラメンテが私たちの方を振り返った。
「じゃ、出発しようか。しっかり僕の毛に掴まっててね? 僕の力で落ちないようにはするけど、念のためにね」
分かった、と返答する前に、ラメンテは動いていた。
前ではなく、上に……
次の瞬間、ラメンテの背中から大きな白い翼が生え、大きく広がった。
目下に広がるのは、みるみる小さくなっていく大木。
う、嘘……
「じゃあ、このままひとっ飛びで城に戻るよー!」
「ま、待て、ラメンテ! ちょっと待て!!」
「しっかり掴まっていてね-、レイ、セレスティアル」
「きゃぁぁぁっ!!」
そ、空を飛んで帰るなんて、聞いてない――――!
首筋から頬にかけて、血液が集中するのが分かる。
なのに身体はまるで石になったように固まって動けない。
視界に映るレイ様が、不思議そうに首をかしげた。
「……セレスティアル?」
「ぷっ……あはははっ! レイ、人を誘うの下手くそすぎ。ほら、セレスティアルが困ってるよ」
「困るって、何がだ?」
レイ様が、子どものように口をとがらせ、ラメンテに訊ねる。だけどラメンテは彼の問いには答えず、私の前に来ると、金色の瞳を真っ直ぐ向けてきた。
優しくもゆっくりとした声が、紡ぎ出される。
「セレスティアル。君に大切な話があるんだ。だから、僕たちと一緒に城に来て欲しい。ゆっくり話す場所としては、最適だと思うし」
「大切な……はなし? 今日会った私に?」
「うん。それに体調だってまだ万全じゃないよね?」
体調について触れられ、私は返答に困ってしまった。
彼らの申し出を断ったとして、見知らぬ土地で一人で生きていけるかと言うと、自信はない。
ラメンテが小さく笑う。
「……それに、せっかく僕が力を振り絞って助けた命を、粗末にして欲しくないかな」
そう言われると、頷くしかなかった。
言葉の通り、ラメンテは命の危険を冒して、私を助けてくれたのだから。
私が城でお世話になることを了承すると、レイ様が何故か不服そうにされていた。それを見たラメンテが、ふふんっと得意げに笑う。
「レイ、説得ってこうやってやるんだよ?」
「最後は何だか、相手の弱みにつけ込んだように聞こえたが?」
「僕は本当のことしか言ってないし。そう思っているのは、レイが僕に対して対抗心を持っているからじゃない?」
「いや、俺だって……」
レイ様の唇が悔しそうにゆがむ。
何だか納得いっていなさそう。
そんな彼を一瞥すると、ラメンテはぶるっと全身を震わせた。
「さあ、セレスティアル、レイ、城に帰ろうか」
「え? 帰るって、どうやって?」
周囲を見回すけど、城らしき建物は見えない。
ここから城までは、結構距離があるのかな?
私はいいとして、王様も一緒に歩かせるのはどうなのだろう。
色々と不安になっていると、
「安心して、セレスティアル。君が力を与えてくれたおかげで、僕は本来の姿に戻れるようになったんだ」
「本来の、姿?」
「見てて?」
ラメンテが力強く吠えた。
次の瞬間、白い毛で覆われた身体が、光を放ちだした。まぶしくて目を開けていられず、手で顔を覆う。それでも閉じたまぶたの向こうに、白い光が見える。
閉じた瞼の裏に闇が戻ると、私は恐る恐る目を開けた。
そこにいたのは、
「す、凄い……」
大人の身長の二倍ほどの高さに成長したラメンテの姿だった。もちろん、横も随分と長くなっている。牙も爪ももちろん大きくなっていて、鋭さが増しているように思える。
私なんて一飲みされてもおかしくないほどの巨体なのに、相変わらず全く怖くない。
光に照らされた真っ白な毛が風に揺られると、まるで銀色の波のよう。
守護獣と呼ぶにふさわしい、神々しい御姿だ。
その御姿に、胸の奥が締め付けられる。
驚いているのは、私だけじゃない。
「ラメンテ……それが、本来のお前の姿、なんだな……」
レイ様も驚いていた。
彼も、ラメンテの本来の姿を見たのが初めてみたい。
そういえばレイ様、仰っていたっけ。
ラメンテが現れてからずっと、聖女を見つけてやれなかったって。だからラメンテは力が得られず、衰弱していったんだと。
もしかすると、ラメンテがレイ様と初めて出会ったときにはすでに、本来の姿を保てるほどの力が残っていなかったのかも知れない。
「さ、僕の背中に乗って?」
そう言ってラメンテは、身体をかがめた。
先にレイ様がラメンテの背中をよじ登った。そして、
「さあ、セレスティアル。この手をとれ」
上から私に向かって手を差し伸べてきた。
少し戸惑ったけれど、彼の手をとる。
大きな手が、私の手を包み込んだかと思うと、ぐいっと引っ張られた。その力が想像以上に強くて、せっかく引っ張り上げてくださったのに、私は身体のバランスを崩してしまった。ラメンテの毛がツルツルで滑りやすいのもあったのだろう。
「セレスティアル!!」
レイ様が私を助けようと身を乗り出し、抱きしめる。でも勢いが良すぎて、私を抱きしめたまま、落ち――って、
落ちてる!?
私の頭を包み込むように抱きしめるレイ様の腕に力がこもるのを感じた。
衝撃に備え、身を固くするが、代わりにやってきたのは、ふわっという温かい柔らかさだった。私たちの身体が少しバウンドしたかと思うと、ふわふわの塊の中に沈む。
柔らかいし、何だかくすぐったい。
正体はすぐに分かった。
ラメンテの尻尾だ。私たちはラメンテのモフモフな尻尾の上に落ちたのだ。
ふわふわとした柔らかな毛並みが、頬をくすぐる。
「大丈夫? 二人とも!」
「大丈夫だ」
レイ様が返答すると、ラメンテが大きく息をつく音がした。
私も胸をなで下ろす。私だけならともかく、国王様であるレイ様を怪我させるわけにはいかないし。
「ごめんなさい、私のせいで……」
顔を上げると、赤い瞳が視界に飛び込んできた。息がかかりそうなほど近くに、レイ様の顔がある。
わ、私、抱きしめられたままだっ!
「あ、あの、レイ様……た、助けていただき、ありがとうございます……」
声をうわずらせながら、彼の胸を押すと、
「無事で良かった」
と、レイ様は屈託のない笑顔を返し、私から腕を解いた。
感謝の気持ちよりも恥ずかしさが勝ってしまう自分が、情けない。
この方は、純粋に私を助けようとされただけなのに……
自己嫌悪に陥っていると、再びレイ様の顔が近づいた。
「セレスティアル。さっきからずっと考えていたんだが……」
「は、はいっ!?」
彼の顔が近すぎて、また声がうわずってしまう。しかしレイ様は気にされた様子はない。
「さっきラメンテが君に城に来るよう説得したとき、『僕は本当のことしか言ってないし』と言っていたんだが……俺だって本当のことしか言っていないんだが」
「え? どういうことですか?」
さっき、とは、レイ様が私に、ラメンテを救ったお礼に城に呼びたいと仰ったときのことだろう。
ラメンテの説得によって、私はお城へのご招待を受けることにしたんだけど、レイ様が本当のことを言っていることにどう繋がるの?
少し考えこむそぶりを見せた後、真剣な表情を向けた。
今までの屈託のない少年のような表情から一変、大人の男性の顔が現れる。
「君と一緒にいたかったから、城に招いたことだ。礼をしたいのと同じくらい、君のことを知りたいと思った。これでは、君を説得できなかったのだろうか?」
「……はっ?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
だから王様相手に、気の抜けた失礼な返答しか出来なかった。しかし彼は気を悪くすることもなく、
「どう思う?」
優しい笑みを浮かべながら訊ねてくる。
なんと答えたらいいのか分からない。
心臓が、答えをせかすように大きな音を立てて動いている。
戸惑いと恥ずかしさでいっぱいなのに、彼の微笑みに、視線が吸い込まれてそらせない。
……と思ったら、突然身体が浮遊感に襲われた。
わ、私、浮いてる!?
驚いたのもつかの間、私の身体は、先にラメンテの背中の上に降りたレイ様の前にスポッと収まった。
「ごめんごめん。力を取り戻したんだから、僕の力で二人を背中に乗せれば良かったね」
「お前、人を浮かせることも出来るのか。凄いな」
「えへへ」
感嘆の声を上げるレイ様に、ラメンテが恥ずかしそうに笑って答えている。
先ほどの会話など無かったかのようなレイ様の様子に、私は脱力した。別に意味はなかったのだろうと結論づける。
一人緊張して、恥ずかしい。
ラメンテが私たちの方を振り返った。
「じゃ、出発しようか。しっかり僕の毛に掴まっててね? 僕の力で落ちないようにはするけど、念のためにね」
分かった、と返答する前に、ラメンテは動いていた。
前ではなく、上に……
次の瞬間、ラメンテの背中から大きな白い翼が生え、大きく広がった。
目下に広がるのは、みるみる小さくなっていく大木。
う、嘘……
「じゃあ、このままひとっ飛びで城に戻るよー!」
「ま、待て、ラメンテ! ちょっと待て!!」
「しっかり掴まっていてね-、レイ、セレスティアル」
「きゃぁぁぁっ!!」
そ、空を飛んで帰るなんて、聞いてない――――!
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