虚弱体質で偽聖女だと追放された私は、隣国でモフモフ守護獣様の白き聖女になりました

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第30話 虚弱聖女とひっつく

 ルミテリス王国は、ラメンテの力と皆の協力によって、蘇った。
 私がこの国に辿り着いたときは、緑が少なく寂れた土地は一変、緑豊かで肥沃な大地へと変貌を遂げた。

 いいえ。変貌ではなく、本来の姿を取り戻したと言うべきだろう。

 農作物が育たず、食べる物に困っていた地域は、ラメンテが直接訪問して土地を蘇らせた。

 可愛くてフワフワなマスコット的なラメンテが本来の姿にもどり、四足に力を込めながら力強く咆哮をあげると、無残にひび割れていた畑に蒔いた種が発芽し、大きく成長していった。
 瑞々しい緑色の中に立ち、太陽の光の照らされるラメンテの姿はとても神秘的で、畏怖の念が沸き上がったのを覚えている。
 穏やかで優しい彼が、世界再生を担って遣わされた守護獣様であることを再認識させられた。

 同時に、守護獣様の力は国の存続のために使うべきではないと言ったレイ様の考えに賛同せずにはいられなかった。

 この偉大なる力を一国が独占するなんて……あまりにもおこがましい。

 一方私はというと、変わらずラメンテに力を与え続けている。

 だけど、一度も疲れたことはない。
 力を与える回数が決められているとはいえ、それでも全然元気だ。クロラヴィア王国で供儀の度に倒れていたのは、一体何だったのかと首を傾げてしまう。

 供儀のことを思い出すと、キアラたちの顔が浮かび上がった。

 彼女たちは、大丈夫なのだろうか。
 それにラメンテが怯えるほど恐ろしい方法で守護獣シィ様に力を捧げているクロラヴィア王国が、この先も変わらず存続し続けられるのだろうか。

 胸の奥が重くなる。
 
 そんなときは、レイ様の言葉を思い出した。

 ルミテリス王国だけでなく、クロラヴィア王国も救うと仰ってくれた、力強い言葉を思い出すと、気持ちが少し軽くなった。

 だけど、私の指が彼の唇に触れたことも同時に思い出してしまうわけで……

 アレはただの事故。
 レイ様だって否定されなかった。

 その後何故か突然「好きだ」と言われて驚いたけれど、レイ様にとっては、おはようの挨拶みたいなもの。あの方は、人に好意を伝えることに躊躇しないから。

 事故と挨拶で、変に意識してしまう自分が恥ずかしくて仕方ない。

 今まで私が関わってきた異性は、オズベルト殿下と現神官長のフォルシル様ぐらい。
 だけどフォルシル様とは最低限の会話しかしなかったし、オズベルト殿下には、会うたびに嫌みや叱責をされていた。
 
 なので、レイ様のちょっとした優しさに勘違いしてしまいそうになるのは、仕方ない。

 仕方ない……んだけど……

「ううっ……」
「ど、どうかなさいましたか!? セレスティアル様!」

 突然頭を抱えてしまった私の耳に、ティッカさんの慌て声が聞こえてきた。心配そうに私を凝視しているティッカさんに、何もないことを慌てて告げる。

「ご、ごめんなさい! ちょっと過去のことを思い出してしまって……」
「そうでしたか。まだクロラヴィア王国での辛い日々が心の傷になっているのですね……」

 ティッカさんが、同情するように眉根を寄せた。

 勘違いさせてしまったけれど本当の理由を告げることも出来ず、私はあいまいな返事をして笑うことしか出来なかった。

 そのとき、

「セレスティアル、いる?」

 ドアの向こうから、ラメンテの声が聞こえてきた。
 ティッカさんに向かって頷くと、彼女はドアを開けてラメンテを迎え入れた。

 しかし部屋に入ってきたのは一人ではなかった。

「レイ様!」

 私は慌てて席を立った。
 ティッカさんも、二人の邪魔にならないようにドアの端に寄ると、深く頭を下げて出迎えた。

 出会った当初はレイ様に対して冷たい態度をとっていたティッカさんだが、今では深い尊敬をもってレイ様に接している。

 私も急いで頭を下げた。同時に、顔が熱くなっていく。

 さっきまで私の頭の中を占領していた人物が突然目の前に現れたせいで、混乱と恥ずかしさが体に表れてしまった。それを気づかれたくなくて、いつもよりも深く、長く、頭を下げる。

 だけどそれが逆効果だったみたい。
 レイ様の少し笑いを含んだ呆れ声が聞こえた。 

「何だ? 急に改まった態度をとって。顔を上げてくれ、セレスティアル」
「あ、はい……」

 少しでも顔の熱が引いて欲しいと思いつつ、ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前に、微笑みを浮かべたレイ様の姿が映った。

 生命力に満ちた赤い瞳の輝きが、私を見つめている。

 柔らかなぬくもりが私の指先に不意に蘇り、体温がみるみる上昇していく。特に、耳の辺りがカァァッと熱くなっていくのが分かった。

 微笑みを浮かべていたレイ様の表情が一転、険しいものへと変わった。心配そうに眉間に皺を寄せると私の両肩を掴み、ぐいっとご自身の顔を近づけた。

 ち、近すぎません!?

「セレスティアル? 顔が赤いが……もしかして体調が悪いのか?」
「い、いえ! そういうわけではっ!」

 慌てて首を横に振るが、レイ様は疑わしそうにこちらを一瞥すると、今度は私の手を握った。

「手は……冷たくないな。ならどうして顔が赤くなっているんだ?」
「も、もしかして……僕に力を与えすぎてるから? そのせいで、セレスティアルの体調が悪くなっちゃったの?」

 ラメンテ参戦。
 やめて! これ以上、私を病人にしないでー!

 レイ様の表情から、一刻も早く医者を、という台詞が読み取れた。ラメンテの尻尾もだらりと垂れ下がり、私たちの周りをグルグル回っている。

 このままじゃ、お医者様に無駄なお仕事をさせてしまうことになってしまう!

 でも、レイ様の唇が指に触れたことを思い出し、恥ずかしくて顔が赤くなっていますなんて、口が裂けても言えない。

 気まずい空気が流れる中、一筋の光が差し込んだ。

「陛下。どうやらセレスティアル様は、祖国で受けた仕打ちを思い出し、お辛く思われていたようです。お顔が赤くなっているのは、恐らくそのせいでしょう」

 そう説明するティッカさんに後光が差しているのが見えた気がした。ティッカさんの言葉を聞いたレイ様とラメンテは、

「そうか……過去のことだと割り切るのは難しいからな」
「色々苦しいことがあったって言ってたもんね……」

と呟きつつも、明らかに安堵した表情を見せた。

 ……ありがとう、ティッカさん。

 改めてティッカさんへのお礼を心の中で呟くと、私はレイ様とラメンテと一緒のテーブルについた。
 ティッカさんがお茶の準備をしてくださるのを横目で見ながら、私の膝の上にのったラメンテの背中を撫でる。

 柔らかで白い毛並みが、指先を滑っていく。今日も、ラメンテのモフモフ具合は最高だ。彼も撫でられて気持ちが良いのか、金色の瞳を細めて、私の首筋に少し湿った鼻先をすり寄せてきた。

「ふふっ、ラメンテ、くすぐったいわ」
「だってセレスティアル、温かくていい匂いがするから。大好きだもん」
「ありがとう、ラメンテ。私も大好きよ」

 彼の言葉に応えると、モフモフの尻尾が揺れた。
 お茶の準備をするティッカさんも表情を緩ませながら、私たちがじゃれ合う様子を見守っている。

 ほのぼのとした空気が部屋に流れる。

 ――ただ一人、眉間に皺を寄せながらこちらを見つめるレイ様以外は。

「ラメンテ、セレスティアルと近すぎるぞ。後言っておくが――」

 彼の赤い瞳が真っ直ぐ私を見据える。

「俺もセレスティアルが大好きだ」

 はい、きました。
 レイ様の今日のご挨拶が。

 ということで、

「レイ様も、ありがとうございます」

 彼からの挨拶を、感謝の気持ちをもって受け入れた。が、何故かレイ様の瞳から急速に光りが失われ、あ、うん……という歯切れの悪い返答をされた。

 私、何か悪いことを言ったのだろうか。
 不安に思いティッカさんをちらっと見ると、私の視線を感じ取った彼女は、苦笑いをしながら軽く首を横に振っていた。

 これは……気にするなってこと?
 判断に困る。

 そのとき、

「レイってさー、セレスティアルのことが好きって言っておきながら、僕みたいにひっつかないよね?」
「「……え?」」

 挑発するようなラメンテの発言に対し、ほぼ同時に声をあげたのは、私とレイ様。

 私たちの視線が交わり――レイ様の瞳が大きく見開かれたかと思うと、双眸を閉じ、

「……そうか。そういうこと、か……!」

 と何かに気づいたかのように声を出すと、椅子から腰を浮かせた。

 ラメンテの発言、それに対する反応、それらをつなげて出てきた先の展開予想に、全身の血がもの凄い速さで駆け巡るのが分かった。

 ま、まさか、レイ様。
 ラメンテみたいに、私にひっつこうと――

 しかし、レイ様が完全に立ち上がることはなかった。逆に上から押さえつけてきた第三者の手によって、頭をテーブルの上に押さえつけられてしまったからだ。

 こんなことが出来るのは、

「おい、お前、本当に反省してないな」

 レイ様の背後からヌッと現れたのは、目が据わったルヴィスさん。

 後頭部を押さえつける手に、いつもよりも力がこもっているように思えるのは、気のせいだろうか。
 レイ様を見下ろす瞳が、冷ややかを通して痛く感じるのは、気のせいだろうか。

 ルヴィスさんの本気を感じ取ったのか、レイ様は呻き声をあげると、急に大人しくなった。

 それを見たルヴィスさんは満足げに頷くと、レイ様から手を離した。先ほどの冷ややかさなどは無かったかのように穏やかな笑みを浮かべながら、私に一礼をする。

「ラメンテ様、セレスティアル様。先日も、土地の回復にお力を貸して頂き、ありがとうございました」
「お礼なんて言わなくていいよ。僕の役目だしね」
「わ、私だって大したことは……ただラメンテの傍にいて、力を与えていただけですし……」

 未だにお礼を言われると恐縮してしまう。
 そんな私たちの言葉を聞いたレイ様も顔を上げると、いつもの快活な様子で力強く言った。

「そんなことないぞ。二人のおかげで、ルミテリス王国は蘇った。土地は本来の豊かさを取り戻し、民たちの暮らしもすっかり安定したと報告を受けている。国を預かる者として、二人には改めて礼を言う。本当にありがとう」
「頭を上げて下さい! 私の力なんかが少しでもお役に立てたのなら……嬉しいです」

 私の力は、祖国では馬鹿にされていた力だ。

 でもここでは、たくさんの人々の暮らしを守ることができた。
 祖国では果たせなかった役目を、ここでは果たせた。

 それだけで充分。

 ルヴィスさんが「少し?」と呟き、片眉をあげた。

「少しどころか、皆がラメンテ様とセレスティアル様に感謝していますよ。それに知っていますか? あなた様が巷で何と呼ばれているのか」
「何と呼ばれているか……ですか?」

 怪訝そうに問うと、レイ様が面白くて堪らないと言わんばかりに口元を緩めた。

「『白き聖女』――そう呼ばれているそうだ」
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