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第6話 悪意と殺意
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私がシャルロッテ様の偽物であることがチェス様にバレてから、彼は良く別邸を訪れました。
ノックもなく突然バンッと扉が開き、
「おい! 俺が来てやったぞ。茶を出せ、茶を!」
声を張り上げながらチェス様が入ってこられます。
初めは驚きましたが今では慣れたものです。
「はい。そろそろお見えになるかと思って、用意しておりますよ」
私は笑いながら出迎えました。
別邸にいるのは、ヴェッセル様が魔術で作られた影たちだけ。
影たちは喋らないため、チェス様のご訪問は私にとって、密かな楽しみになっていたのです。
彼が音を立てて椅子に座ったのを見届けると、私はクッキーをお皿に盛り付けてお出ししました。
音を立ててお茶をすすっていたチェス様の瞳がクッキーを捉えた瞬間、パッと輝きました。カップを乱暴にソーサーに置くと、クッキーを二枚、口に放り込み、満足そうに口角をあげました。
「チェス様、そのクッキーお好きですよね?」
「はっ? はぁぁ⁉ べ、べつに、好きじゃねーし‼ ただお前が用意した菓子の中じゃ、俺の口に合う方だと思って食べてるだけだ!」
「そうでしたか。作ったかいがあったものです、ふふっ」
「なに笑って……って、え? これ、お前が作ったのか?」
「はい。以前お出ししたとき、とても美味しそうに召し上がっていらしたので、また食べて頂きたいなと」
「はあぁぁ⁉ 人が食ってるところ、じろじろ見てんじゃねーよ‼」
チェス様が僅かに腰を浮かしながら、私の方に突っかかってこられましたが、恐怖はありません。照れ隠しだと分かっていましたから。
なので私は小さく笑いながら、謝罪いたしました。
彼は小さく舌打ちをすると、お皿に残ったクッキーを全て口の中に入れてしまいました。大きな音を立ててかみ砕き、テーブルに頬杖を付きながら私を睨みつけます。
「……お前、何で俺にそんな口きけんの? 分かってるのか? お前、俺に弱みを握られてんだぞ?」
「そうでしたね」
「でしたねってお前、何忘れてんだよ。馬鹿なのか? お前の命なんて、俺の気分次第なんだぞ⁉」
「でもチェス様はお優しい方ですから、気分で私の命を奪うなどなされないと思います」
私の返答に、翠色の瞳が大きく見開かれました。チェス様が驚く姿を、初めて見たかもしれません。
しかし次の瞬間、私はチェス様に果物ナイフを突きつけられていました。銀色の光が、私の鼻先を照らしています。
「……これでも俺が優しいっていうのか? 今ここで、お前を殺すことだってできるんだぞ?」
私は、僅かに震える切っ先から、彼の瞳へと視線を向けました。
「チェス様。本当に人を殺そうと思っている方は、そのような悲しい表情はなされませんよ」
「か、悲しい⁉ 俺は本気だぞ!」
「私は知っているのです。本当の悪意と、殺意を」
ナイフが大きく震えました。
ベーレンズ家では、常に悪意に晒されていました。大きな失敗をしたせいで、殺されそうになったこともありました。
だから、悲しそうに顔を歪ませているチェス様が、本気で私に危害を加えようとされているとは思えなかったのです。
「もしチェス様が私を本気で殺そうと思われた時は、私の存在が、ヴェッセル様とトルライン家のためにならないと判断された時です。その時はどうか私にお伝えください。身代わりだということを黙ってくださるのであれば、私は喜んで川に身を投げます」
「おま、え……」
ナイフが視界から消え、テーブルの上に置いた音が聞こえました。
チェス様は無言で立ち上がると、俯いたまま私に背を向け、部屋を出ようとされました。
落ち込んだご様子の背中に、私は慌てて声をかけました。
「チェス様! もしあなた様がよろしければ、また来てください!」
部屋を出ようとしていた彼の足が止まりました。
こちらを振り返ることはありませんでしたが、代わりに強がりつつも細い声が返ってきました。
「……今日のクッキー、旨かったからまた作って待ってろ」
「はい、次はもっとたくさん作ってお待ちしておりますね」
チェス様が私の返答に答えることはありませんでした。
ですがドアが閉まる瞬間、俯いていた彼の顔が前を向いたのを確かに見たのでした。
ノックもなく突然バンッと扉が開き、
「おい! 俺が来てやったぞ。茶を出せ、茶を!」
声を張り上げながらチェス様が入ってこられます。
初めは驚きましたが今では慣れたものです。
「はい。そろそろお見えになるかと思って、用意しておりますよ」
私は笑いながら出迎えました。
別邸にいるのは、ヴェッセル様が魔術で作られた影たちだけ。
影たちは喋らないため、チェス様のご訪問は私にとって、密かな楽しみになっていたのです。
彼が音を立てて椅子に座ったのを見届けると、私はクッキーをお皿に盛り付けてお出ししました。
音を立ててお茶をすすっていたチェス様の瞳がクッキーを捉えた瞬間、パッと輝きました。カップを乱暴にソーサーに置くと、クッキーを二枚、口に放り込み、満足そうに口角をあげました。
「チェス様、そのクッキーお好きですよね?」
「はっ? はぁぁ⁉ べ、べつに、好きじゃねーし‼ ただお前が用意した菓子の中じゃ、俺の口に合う方だと思って食べてるだけだ!」
「そうでしたか。作ったかいがあったものです、ふふっ」
「なに笑って……って、え? これ、お前が作ったのか?」
「はい。以前お出ししたとき、とても美味しそうに召し上がっていらしたので、また食べて頂きたいなと」
「はあぁぁ⁉ 人が食ってるところ、じろじろ見てんじゃねーよ‼」
チェス様が僅かに腰を浮かしながら、私の方に突っかかってこられましたが、恐怖はありません。照れ隠しだと分かっていましたから。
なので私は小さく笑いながら、謝罪いたしました。
彼は小さく舌打ちをすると、お皿に残ったクッキーを全て口の中に入れてしまいました。大きな音を立ててかみ砕き、テーブルに頬杖を付きながら私を睨みつけます。
「……お前、何で俺にそんな口きけんの? 分かってるのか? お前、俺に弱みを握られてんだぞ?」
「そうでしたね」
「でしたねってお前、何忘れてんだよ。馬鹿なのか? お前の命なんて、俺の気分次第なんだぞ⁉」
「でもチェス様はお優しい方ですから、気分で私の命を奪うなどなされないと思います」
私の返答に、翠色の瞳が大きく見開かれました。チェス様が驚く姿を、初めて見たかもしれません。
しかし次の瞬間、私はチェス様に果物ナイフを突きつけられていました。銀色の光が、私の鼻先を照らしています。
「……これでも俺が優しいっていうのか? 今ここで、お前を殺すことだってできるんだぞ?」
私は、僅かに震える切っ先から、彼の瞳へと視線を向けました。
「チェス様。本当に人を殺そうと思っている方は、そのような悲しい表情はなされませんよ」
「か、悲しい⁉ 俺は本気だぞ!」
「私は知っているのです。本当の悪意と、殺意を」
ナイフが大きく震えました。
ベーレンズ家では、常に悪意に晒されていました。大きな失敗をしたせいで、殺されそうになったこともありました。
だから、悲しそうに顔を歪ませているチェス様が、本気で私に危害を加えようとされているとは思えなかったのです。
「もしチェス様が私を本気で殺そうと思われた時は、私の存在が、ヴェッセル様とトルライン家のためにならないと判断された時です。その時はどうか私にお伝えください。身代わりだということを黙ってくださるのであれば、私は喜んで川に身を投げます」
「おま、え……」
ナイフが視界から消え、テーブルの上に置いた音が聞こえました。
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部屋を出ようとしていた彼の足が止まりました。
こちらを振り返ることはありませんでしたが、代わりに強がりつつも細い声が返ってきました。
「……今日のクッキー、旨かったからまた作って待ってろ」
「はい、次はもっとたくさん作ってお待ちしておりますね」
チェス様が私の返答に答えることはありませんでした。
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