立派な魔王になる方法

めぐめぐ

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第53話 誕生日

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 音を立て、駆けていく5頭の馬たち。

 その先頭を走る男性は、唇を噛み、ただ前を向いて何かを追っていた。

 彼の名は、メディア・ティック。

 王の命を受け、国を動かすために特別に選ばれた4人の大臣の長である。また相談役として常に王の傍に控え、政の補佐を行っている。

 28歳という若さで、この国では王族の次に力を持つとされている人物だ。

 そんな国を動かす重要な役目を担う彼が、今、家出をしたミディを追って馬を走らせていた。

 というのも、この国でミディに意見し連れ戻す事が出来るのが、メディアしかいなかったから、という残念な理由からである。

 ようやく足取りが掴め、モジュール家にやってきたのだが、彼を迎えたのは、無残に破壊された城と、修復に当たっている慌しい人々だった。

 酷い有様を目にした時、ミディの仕業かと思ったが、事情を聞くと、今まで未確認生物として囁かれていたドラゴンに襲われたのだと言う。

「本当に恐ろしかったです……。死を感じましたわ」

 震えた声でメディアに伝える侍女たちの言葉に、偽りは感じられなかった。本当にドラゴンかは分からないが、とにかく恐ろしい思いをしたのは確かだった。
 
 しかし、残念ながらそこにミディの姿はなかった。一足遅かったようだ。

 モジュール家でのやりとりを思い出し、メディアの赤い瞳に憎しみの光が宿る。

『え~、ミディ様~? 何か急いで出て行きましたよぉ? 家出してたんですかあ? まああなたみたいな人がいれば、ミディ様が家出したくなるのも納得ですよねぇ~☆』

 間の抜けたアクノリッジの声と、その声に反して繰り出された皮肉に、メディアはさらにきつく唇を噛んだ。

 しかし、相手はあのモジュール家の長男である。例え王の相談役の自分であっても、反論を口に出す事は出来ない。

“役立たずの馬鹿息子め……”

 その代わり心の中で悪態をつくと、メディアは馬の尻を叩き、さらにスピードを上げた。短く切りそろえられ緑がかった髪が、風を受ける。

「おい、お前達! もっと早く走れないのか! この調子では、いつまで経ってもミディ王女に追いつくことは出来ないぞ!!」

 我ながら部下に八つ当たりなど…、と分かっていながらも、止める事ができなかった。目の前にふと、ミディの美しい顔が浮かぶ。

“ミディローズ……。必ず捕まえてやる!!”


*  *  *


 パーン! パーン……

「ん? 花火が上がってるよ、ミディ」

 火薬の匂いを感じながら、ジェネラルがミディに声をかけた。
 あらっ、という感じで、ミディも空を見上げる。そうしている間に、また花火があがった。

 2人は、モジュールの町から半月ほどかかるパーパスの町にいた。

 本当は、モジュールからもっと近くに町があったのだが、追っ手が追いつく可能性があるため、さらに向こうにあるパーパスにやってきたのだ。

 2人がやってきたとき、町には人が溢れ、道々には市が開かれていた。何かイベントがなければ、これ程の賑わいは見せないだろう。

「お祭でもあるのかな?」

「祭? さあ、この時期に何かあったかしら?」

 人ごみを器用に避けながら、考えるミディ。
 その隣でこの雰囲気に飲まれ、テンションが上がりつつあるジェネラルが、楽しそうに話す。

「そういえばこの雰囲気、何か誕生日を思い出すよ」

「誕生日? あなたの?」

「うん。毎年ね、国を挙げて僕の誕生日を祝ってくれるんだ」

 いいでしょう~といいたげに、ジェネラルが笑う。そして嬉しそうに言葉を続けた。

「そしてね、恒例の『大かくれんぼ大会』があるんだよ」

「……何よ、それ…」

 聞きなれない単語に、思わず前の人にぶつかりそうになりながら、ミディは尋ねた。
 言葉の調子から、大会に対する不信感が感じられる。

 だが、テンションが上がっているジェネラルには、全く気になっていない様子だ。

「言葉の通りだよ。皆でかくれんぼをするんだ。最後まで見つからなかった人が勝ちなんだ。あっ、ミディ。そんなことして、面白いのかって思ってるでしょ? それが見てる方も燃えるんだよ~! 手に汗握る展開っていうかね!! 凄いスリルなんだよ!!」

「……かくれんぼのルール上、手に汗握る展開やスリルがあるなんて、思えないんだけど」

「でね現在、自分の体を透明化できるプレッシャーさんが去年、過去最高の10連勝を達成したんだよ!」

「……その大会のルール、少し見直した方がいいんじゃないかしら」

 体を透明化できるなんて勝ったも同然じゃない、と溜息をついてミディは言葉を返した。珍しくミディがジェネラルの突っ込み役になっている。

「そんな訳の分からない大会開くなんて、魔界はよっぽど暇なのね」

「訳の分からない大会じゃないよ! これは父の代からやってる由緒正しい誕生日のイベントでね!」

「はいはいはいはい……」

 このまま放っておくと、由緒正しいかくれんぼ大会の歴史まで語りそうになる様子だったので、適当にあしらう。

 ミディの様子に不満そうなジェネラルだったが、まあいつもの事なので諦め、ミディの後をついて歩いていった。

 と、ミディが何かを見つけたのか、1つの露店に足を向けた。そして店頭に並んでいるものを取り上げ、声をあげた。

「綺麗……。素敵なイヤリングね」

 うっとりとしながら、手にとったそれを見つめるミディ。

 そこには、涙型に美しくカットされた、黒い宝石のイヤリングがあった。滅茶苦茶な性格の王女ではあるが、一応女性。こういった宝石などの装飾品には、目がない。

 店員が、ミディに向かって笑顔を振り撒きながら出てきた。相手がゴツイ鎧を身に纏った女性だと分かっても、表情一つ変えず商品の売込みを始める。

「お客さん、お目が高いですなあ。そいつは、『黒石』と言って、中々取れない貴重な石なんですよ」

 店員の説明を聞きながら、ミディはイヤリングを太陽の光にかざした。

 太陽の光を吸収し、中の罅が光の方向を曲げ、様々な色を作り出している。まるで宝石の内側から、光を作り、外に放っているように見えた。

 あまり宝石に興味のないジェネラルも、思わずその美しさに目をそらせずにいた。

 相手の心を捉えたと感じたのだろう。店員の声がさらに高くなった。

「今でしたら、エルザ王国王女、ミディ様のお誕生日記念として、安くお譲りいたしますよ!」

 もみ手をしながら、店員がミディに勧める。だが彼の言葉に、ミディの視線がイヤリングから反らされた。

 ジェネラルも気がついたように、ミディに視線を向けた。

「ミディ様誕生日記念……って……?」

「あっ」

 ふと視線を上に向けたミディが、声をあげた。何を見たのだろうと、ジェネラルも見る。そこには……

『エルザ王国王女、ミディローズ・エルザ様、誕生祭』

と書かれた、大きな垂れ幕があったのだ。

 もっとよく周りを見れば、エルザ王家の紋章や旗、ミディの姿絵などが飾ってあるのが見えただろう。

 口をあけ、馬鹿でかい垂れ幕を見つめるジェネラルの隣で、ミディが困ったように呟いた。

「今日って私の誕生日だったのね。すっかり忘れてたわ」

 この日、エルザの華-ミディローズ・エルザは、19歳になったのだった。
 
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