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13 ドレス問題
パーティーまであと一週間を切ったころ、
「リナ、ドレスの準備はできているのか?」
セルゲイから訊かれて初めて気付いた。
「忘れてた……」
ドレスの存在なんて頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちていた。皇女時代は侍女たちがドレスを用意してくれていたから、自分で準備するなんて発想がなかったわ……。
セルゲイはふっと笑って、
「そう言うと思った。実は今日はリナにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「パーティーのドレスだよ」
「うわぁ……! 素敵……!」
私は思わず感嘆の声を上げる。
それはアメジスト色を基調にしていて、ところどころに可愛らしいフリルやレースの付いたドレスだった。大人っぽい色味だけど、甘いフリルやリボンで弾むような若々しさを感じるデザインだ。そして、この生地。最高級の絹を使用していると一目で分かる。
「ねぇ、これって……エレーナのドレス?」
エレーナはストロガノフ家が経営している超高級ドレスメーカーで、その名は大陸中の王侯貴族たちに轟かせていた。素材にも生地にも物凄く拘っているので、予約は数年待ちで令嬢や婦人たちの垂涎の的だった。
入手困難なエレーナのドレスを一着持っているだけで、本人の評価でさえもガラリと変わるような魔法のドレスだ。
「そうだけど、これは新作の若い令嬢向けのカジュアルドレスなんだ。今回のパーティーに丁度いいと思って」
私は目の前のドレスを矯めつ眇めつ見て、
「カジュアルって……。こんな高級品、正式な夜会でも通用する水準だわ。本格的にカジュアルドレスを展開するつもりなら、もっと質を落としてもいいかもね」
「そうなのか? 女性のドレスのことは正直よく分からないが、母上にそう伝えておくよ」
「ふふっ、ストロガノフ公爵夫人のカジュアルの基準は高過ぎるかもしれないわね。とても美意識の高い方だから」
公爵夫人は帝国ではお洒落な方で有名で、婦人が流行を作り出すことも多々あった。私のお母様も、よく侯爵夫人からアドバイスをもらっていたわ。
「あぁ~、母上は身なりのことは人一倍うるさいからな」と、セルゲイは肩を竦めた。
「そうだったわね」と、私もくすりと笑う。
以前セルゲイが婚約者候補として宮廷に来たときも、公爵夫人が靴の色が気に食わないって馬車を飛ばして追いかけてきたっけ。そのときは夫人とセルゲイと宮廷内で大喧嘩になって、通りかかったお兄様が仲裁に入ったのよね。それで私との面会の時間がギリギリになって、ぜいぜいと息を切らせながらやって来て可笑しかったわ。
私はおもむろに首を横に振って、
「セルゲイ、わざわざ私のために素敵なドレスを用意してくれてありがとう。でも、これはいただけないわ」
「なんでだよ。今からドレスを準備するのは大変だろう?」
「平民の私にエレーナのドレスは分不相応だからよ。エレーナの格が落ちるわ。それに平民向けのドレスなんて王都に出ればすぐに見つかるわよ」
「格とかそんなことは関係ない。こんなときくらいしかドレスを着る機会はないだろう? 俺は君には綺麗なドレスを着てパーティーを楽しんで欲しいんだ」
「セルゲイとオリヴィアがいればパーティーは楽しいわ」
「だが……」
「気遣ってくれて本当にありがとう。でも、折角だけど――」
「王太子殿下も参加するんだぞ」
「…………」
彼のその言葉に私は押し黙った。
そうよね、生徒全員が参加するのだから当然フレデリック様も参加するはずよね。
もしかしたら彼を近くで拝見できる機会があるかもしれない。そのときに下手な流行遅れの古着のドレスなんて嫌かも……。やっぱりお慕いする方の前では目一杯のお洒落をしたい、かも……。
セルゲイはニヤッと笑って、
「平民が王族の前に出るときは一張羅を着なければ無礼だろ? それに、グレースたちを見返してやろうぜ? な?」と、畳み掛けるように言ってきた。
「で、でも……私たちは婚約者じゃないし、ストロガノフ家の令息に変な噂が立つのは――そうだわっ!」
その瞬間、頭の中にある名案が閃いた。
「じゃあ、セルゲイ。ドレスはプレゼントじゃなくて、パーティーの日だけ貸してくれない?」
「貸す?」
「そう。私がエレーナの広告塔になるのよ! 平民でも着れば貴族に変身できるドレス、今度カジュアルドレスも展開しますよ、って宣伝するの。それだったら私が会場で分不相応なドレスを着ていてもおかしくないわ」
「はるほどな……」と、セルゲイは考える素振りを見せた。
よし、ここは一気に説得させるのよ。
「マーサさんも言っていたわ! 庶民は貸し借りなし、って。互いに利益が及ぶように助け合うのが平民の生きる道なのよ!」
マーサさんは私が働いている庶民向けの定食屋の女将さんだ。とっても明るくて豪快な人で、彼女からリーズ王国の庶民の生き方を沢山教わった。
彼女の話を聞いていると、どうやらアレクセイさんたちは庶民の間でも上流階級に属していたらしい。たしかに家には難しい本がいっぱいあったし、食器や家具も欠けたものがなくていつもピカピカだった。同じ平民でも暮らしぶりは個人差があるみたいね。
私もマーサさんみたいにいつも前向きで明るく生きていくのが目標だ。だって、笑っていたほうが楽しいでしょう?
「分かった」セルゲイは頷いた。「マーサさんには敵わないからな」
「本当? ありがとう!」
こうして、ドレスの問題は解決した。
私はグレースたちに負けたくなくてダンスを踊ることに躍起になっていたのだけど、フレデリック様も参加されるという事実を改めて実感して、胸が高鳴った。
「リナ、ドレスの準備はできているのか?」
セルゲイから訊かれて初めて気付いた。
「忘れてた……」
ドレスの存在なんて頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちていた。皇女時代は侍女たちがドレスを用意してくれていたから、自分で準備するなんて発想がなかったわ……。
セルゲイはふっと笑って、
「そう言うと思った。実は今日はリナにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「パーティーのドレスだよ」
「うわぁ……! 素敵……!」
私は思わず感嘆の声を上げる。
それはアメジスト色を基調にしていて、ところどころに可愛らしいフリルやレースの付いたドレスだった。大人っぽい色味だけど、甘いフリルやリボンで弾むような若々しさを感じるデザインだ。そして、この生地。最高級の絹を使用していると一目で分かる。
「ねぇ、これって……エレーナのドレス?」
エレーナはストロガノフ家が経営している超高級ドレスメーカーで、その名は大陸中の王侯貴族たちに轟かせていた。素材にも生地にも物凄く拘っているので、予約は数年待ちで令嬢や婦人たちの垂涎の的だった。
入手困難なエレーナのドレスを一着持っているだけで、本人の評価でさえもガラリと変わるような魔法のドレスだ。
「そうだけど、これは新作の若い令嬢向けのカジュアルドレスなんだ。今回のパーティーに丁度いいと思って」
私は目の前のドレスを矯めつ眇めつ見て、
「カジュアルって……。こんな高級品、正式な夜会でも通用する水準だわ。本格的にカジュアルドレスを展開するつもりなら、もっと質を落としてもいいかもね」
「そうなのか? 女性のドレスのことは正直よく分からないが、母上にそう伝えておくよ」
「ふふっ、ストロガノフ公爵夫人のカジュアルの基準は高過ぎるかもしれないわね。とても美意識の高い方だから」
公爵夫人は帝国ではお洒落な方で有名で、婦人が流行を作り出すことも多々あった。私のお母様も、よく侯爵夫人からアドバイスをもらっていたわ。
「あぁ~、母上は身なりのことは人一倍うるさいからな」と、セルゲイは肩を竦めた。
「そうだったわね」と、私もくすりと笑う。
以前セルゲイが婚約者候補として宮廷に来たときも、公爵夫人が靴の色が気に食わないって馬車を飛ばして追いかけてきたっけ。そのときは夫人とセルゲイと宮廷内で大喧嘩になって、通りかかったお兄様が仲裁に入ったのよね。それで私との面会の時間がギリギリになって、ぜいぜいと息を切らせながらやって来て可笑しかったわ。
私はおもむろに首を横に振って、
「セルゲイ、わざわざ私のために素敵なドレスを用意してくれてありがとう。でも、これはいただけないわ」
「なんでだよ。今からドレスを準備するのは大変だろう?」
「平民の私にエレーナのドレスは分不相応だからよ。エレーナの格が落ちるわ。それに平民向けのドレスなんて王都に出ればすぐに見つかるわよ」
「格とかそんなことは関係ない。こんなときくらいしかドレスを着る機会はないだろう? 俺は君には綺麗なドレスを着てパーティーを楽しんで欲しいんだ」
「セルゲイとオリヴィアがいればパーティーは楽しいわ」
「だが……」
「気遣ってくれて本当にありがとう。でも、折角だけど――」
「王太子殿下も参加するんだぞ」
「…………」
彼のその言葉に私は押し黙った。
そうよね、生徒全員が参加するのだから当然フレデリック様も参加するはずよね。
もしかしたら彼を近くで拝見できる機会があるかもしれない。そのときに下手な流行遅れの古着のドレスなんて嫌かも……。やっぱりお慕いする方の前では目一杯のお洒落をしたい、かも……。
セルゲイはニヤッと笑って、
「平民が王族の前に出るときは一張羅を着なければ無礼だろ? それに、グレースたちを見返してやろうぜ? な?」と、畳み掛けるように言ってきた。
「で、でも……私たちは婚約者じゃないし、ストロガノフ家の令息に変な噂が立つのは――そうだわっ!」
その瞬間、頭の中にある名案が閃いた。
「じゃあ、セルゲイ。ドレスはプレゼントじゃなくて、パーティーの日だけ貸してくれない?」
「貸す?」
「そう。私がエレーナの広告塔になるのよ! 平民でも着れば貴族に変身できるドレス、今度カジュアルドレスも展開しますよ、って宣伝するの。それだったら私が会場で分不相応なドレスを着ていてもおかしくないわ」
「はるほどな……」と、セルゲイは考える素振りを見せた。
よし、ここは一気に説得させるのよ。
「マーサさんも言っていたわ! 庶民は貸し借りなし、って。互いに利益が及ぶように助け合うのが平民の生きる道なのよ!」
マーサさんは私が働いている庶民向けの定食屋の女将さんだ。とっても明るくて豪快な人で、彼女からリーズ王国の庶民の生き方を沢山教わった。
彼女の話を聞いていると、どうやらアレクセイさんたちは庶民の間でも上流階級に属していたらしい。たしかに家には難しい本がいっぱいあったし、食器や家具も欠けたものがなくていつもピカピカだった。同じ平民でも暮らしぶりは個人差があるみたいね。
私もマーサさんみたいにいつも前向きで明るく生きていくのが目標だ。だって、笑っていたほうが楽しいでしょう?
「分かった」セルゲイは頷いた。「マーサさんには敵わないからな」
「本当? ありがとう!」
こうして、ドレスの問題は解決した。
私はグレースたちに負けたくなくてダンスを踊ることに躍起になっていたのだけど、フレデリック様も参加されるという事実を改めて実感して、胸が高鳴った。
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追記
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