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16 新入生歓迎パーティー③
コツコツと規則正しい靴の音が響く。
フレデリック様がゆっくりとこちらへやって来る。
そして私たちの前で止まって、ゆっくりと周囲を見回した。
目が、合った。
息が、止まる。
「君は、あのときの……!」と、フレデリック様は驚いた顔をした。
私は頭を下げて、
「フ――王太子殿下、その説はありがとうございました。存じ上げなかったとはいえ、数々のご無礼お許しくださいませ」
「……顔を上げて?」
もとの姿勢に戻るとフレデリック様は笑顔で私を見ていた。とても柔らかくて、春の陽だまりのようだった。
「もう一人で買い物できるようになったかい?」
「は、はいっ!」
「それは良かった。……それで、その汚れは?」
「こっ……これは……その…………」
私は口ごもった。フレデリック様の主催のパーティーでトラブルが起きたなんて彼に恥をかかせることになるわ。余計なことは言えない。
フレデリック様は苦笑いをして、
「気を遣わなくても大丈夫だよ。さぁ、控室へ行こうか。汚れは浄化魔法で落ちるから」
私の手を取った。
途端に周囲の令嬢たちから悲鳴が上がる。
みるみる顔が熱くなって、手が震えた。バクバクと心臓の音が身体中に響いて、喉がカラカラになった。
「あっ、あの……!」
「大丈夫だよ。すぐに終わるから」
「でも……!」
私は抵抗できずに彼に手を引かれるまま付いて行く。野次馬の人だかりがどんどん端へ避けて、まるで私たちのためにアーチを作ってくれたような錯覚をした。全く祝福されていないけどね。
「はい! これでよし!」
汚れの浄化はフレデリック様自らが行ってくれた。
彼は光魔法の使い手である。光魔法は攻撃も回復もできる万能魔法だ。
一国の王太子が身分の低い者の治療だなんて恐れ多いと最初は辞退したんだけど、生徒会の不手際で嫌な思いをさせてしまったお詫びに是非浄化させてくれと懇願されて、私は仕方なく頷いた。
ドレスの赤い染みは綺麗さっぱりなくなって、もとの美しい輝きが戻った。ジュースの汚れで赤茶けた私の肌も明るくなる。
「あ、ありがとうございます! 王太子殿下ご自身に治癒をしていただけるとは、至極光栄の極みでございます!」と、私は深々と頭を下げた。
「ははっ、大袈裟だよ。そんなに畏まらないで? 僕らは同じ学園の生徒なんだから。――そうだ、君の名前をまだ聞いていなかったね。僕はフレデリック・リーズだ」
「私は……」
一瞬、言葉に詰まった。思わず「エカチェリーナ」と口から出そうになる。
フレデリック様、私がエカチェリーナですわ。今、あなたの目の前にいるこの私が、エカチェリーナ・ニコラエヴナ・アレクサンドルです。ずっとあなたにお会いしたかった。あなたから頂いたお手紙は今も私の一番の宝物ですわ。そして、私はあなたを――……。
……なんて言葉はおくびにも出さない。
「私は、リナと申します。家門はありません」と、私は答えた。
「そうか。では、君が例の特待生か。会えて嬉しいよ」
「恐れ入ります」
「特待生は数十年振りだからね。色々とやっかまれることもあるかもしれないが、負けずに頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
「――そうだ! 良かったら、これから僕と一緒に踊らないか?」
「えぇっ!?」
突然のフレデリック様のお誘いに頭が真っ白になって、硬直した。
私がフレデリック様とダンスを? 夢じゃないわよね?
「折角のパーティーなんだから、楽しい思い出を作って欲しいんだ。嫌かい?」
「い、いえっ! 王太子殿下とダンスなんて、こ、光栄ですっ!」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
私は再びフレデリック様にエスコートされて、ホールへと出た。そして二人で中央まで歩いて行く。
またもやアーチが出来た。貴族たちの冷ややかな視線は、もう気にならなかった。前に進むに連れて胸が高鳴るのを感じた。
「よろしくね」
「よろしくお願いいたします」
私たちは一礼する。
両手を取り合い、身体を近付けた。
指揮者がタクトを振り上げる。
美しい音の波紋がホール中に広がった。
「そういえば、君はアレクサンドル人だったね?」
「えぇ。先日の旅行はいかがでしたか?」
「とても感動したよ。事前に聞いていた観光名所を回ったんだけど、どれも良かった。綺麗なところだね」
「あの頃の季節は雪解けで道がドロドロだったでしょう?」
「ははっ、それも覚悟していたんだけど、歩くのに苦労したよ。想像以上だ」
私たちは踊りながらアレクサンドル連邦国のことをたくさん話した。
フレデリック様は旅行では私が手紙で紹介した場所を中心に見て回ってくださったようだった。私は手紙のことを悟られないように慎重に彼と話をした。
それは、言葉にできないくらいの素敵な時間だった。
彼は約束通りにデビュタントで一緒に踊ってくれた。もう私はエカチェリーナではないけれど。
音楽はいつかは終わる。
魔法は解けて、王族と平民は別れの挨拶をする。
でも、平民は忘れない。今宵のことはずっと胸の中の宝物。
フレデリック様がゆっくりとこちらへやって来る。
そして私たちの前で止まって、ゆっくりと周囲を見回した。
目が、合った。
息が、止まる。
「君は、あのときの……!」と、フレデリック様は驚いた顔をした。
私は頭を下げて、
「フ――王太子殿下、その説はありがとうございました。存じ上げなかったとはいえ、数々のご無礼お許しくださいませ」
「……顔を上げて?」
もとの姿勢に戻るとフレデリック様は笑顔で私を見ていた。とても柔らかくて、春の陽だまりのようだった。
「もう一人で買い物できるようになったかい?」
「は、はいっ!」
「それは良かった。……それで、その汚れは?」
「こっ……これは……その…………」
私は口ごもった。フレデリック様の主催のパーティーでトラブルが起きたなんて彼に恥をかかせることになるわ。余計なことは言えない。
フレデリック様は苦笑いをして、
「気を遣わなくても大丈夫だよ。さぁ、控室へ行こうか。汚れは浄化魔法で落ちるから」
私の手を取った。
途端に周囲の令嬢たちから悲鳴が上がる。
みるみる顔が熱くなって、手が震えた。バクバクと心臓の音が身体中に響いて、喉がカラカラになった。
「あっ、あの……!」
「大丈夫だよ。すぐに終わるから」
「でも……!」
私は抵抗できずに彼に手を引かれるまま付いて行く。野次馬の人だかりがどんどん端へ避けて、まるで私たちのためにアーチを作ってくれたような錯覚をした。全く祝福されていないけどね。
「はい! これでよし!」
汚れの浄化はフレデリック様自らが行ってくれた。
彼は光魔法の使い手である。光魔法は攻撃も回復もできる万能魔法だ。
一国の王太子が身分の低い者の治療だなんて恐れ多いと最初は辞退したんだけど、生徒会の不手際で嫌な思いをさせてしまったお詫びに是非浄化させてくれと懇願されて、私は仕方なく頷いた。
ドレスの赤い染みは綺麗さっぱりなくなって、もとの美しい輝きが戻った。ジュースの汚れで赤茶けた私の肌も明るくなる。
「あ、ありがとうございます! 王太子殿下ご自身に治癒をしていただけるとは、至極光栄の極みでございます!」と、私は深々と頭を下げた。
「ははっ、大袈裟だよ。そんなに畏まらないで? 僕らは同じ学園の生徒なんだから。――そうだ、君の名前をまだ聞いていなかったね。僕はフレデリック・リーズだ」
「私は……」
一瞬、言葉に詰まった。思わず「エカチェリーナ」と口から出そうになる。
フレデリック様、私がエカチェリーナですわ。今、あなたの目の前にいるこの私が、エカチェリーナ・ニコラエヴナ・アレクサンドルです。ずっとあなたにお会いしたかった。あなたから頂いたお手紙は今も私の一番の宝物ですわ。そして、私はあなたを――……。
……なんて言葉はおくびにも出さない。
「私は、リナと申します。家門はありません」と、私は答えた。
「そうか。では、君が例の特待生か。会えて嬉しいよ」
「恐れ入ります」
「特待生は数十年振りだからね。色々とやっかまれることもあるかもしれないが、負けずに頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
「――そうだ! 良かったら、これから僕と一緒に踊らないか?」
「えぇっ!?」
突然のフレデリック様のお誘いに頭が真っ白になって、硬直した。
私がフレデリック様とダンスを? 夢じゃないわよね?
「折角のパーティーなんだから、楽しい思い出を作って欲しいんだ。嫌かい?」
「い、いえっ! 王太子殿下とダンスなんて、こ、光栄ですっ!」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
私は再びフレデリック様にエスコートされて、ホールへと出た。そして二人で中央まで歩いて行く。
またもやアーチが出来た。貴族たちの冷ややかな視線は、もう気にならなかった。前に進むに連れて胸が高鳴るのを感じた。
「よろしくね」
「よろしくお願いいたします」
私たちは一礼する。
両手を取り合い、身体を近付けた。
指揮者がタクトを振り上げる。
美しい音の波紋がホール中に広がった。
「そういえば、君はアレクサンドル人だったね?」
「えぇ。先日の旅行はいかがでしたか?」
「とても感動したよ。事前に聞いていた観光名所を回ったんだけど、どれも良かった。綺麗なところだね」
「あの頃の季節は雪解けで道がドロドロだったでしょう?」
「ははっ、それも覚悟していたんだけど、歩くのに苦労したよ。想像以上だ」
私たちは踊りながらアレクサンドル連邦国のことをたくさん話した。
フレデリック様は旅行では私が手紙で紹介した場所を中心に見て回ってくださったようだった。私は手紙のことを悟られないように慎重に彼と話をした。
それは、言葉にできないくらいの素敵な時間だった。
彼は約束通りにデビュタントで一緒に踊ってくれた。もう私はエカチェリーナではないけれど。
音楽はいつかは終わる。
魔法は解けて、王族と平民は別れの挨拶をする。
でも、平民は忘れない。今宵のことはずっと胸の中の宝物。
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