40 / 76
40 侯爵令嬢のお茶会⑤
「どうしましょう! あたしのネックレスがないわ!」
出し抜けに聞こえてきた言葉に、周囲の注目は一気に集まった。私も物騒な発言に驚いて声の主を見る。
「どうしたの?」と、その令嬢の隣にいた令嬢が声をかける。
「テーブルに置いてあったあたしのネックレスがなくなっているの」と、令嬢が答えると途端に回りがざわつき始めた。不穏な空気が驟雨のように一気に広がる。私はぞくりと悪寒が走った。
「わたくし、見ましたわ!」
そのとき、別の令嬢が大声を上げた。そして、まるで舞台女優のような美しい姿勢で、扇をビシリと私に向けて指す。
「そこの平民が盗んでいるところを見ましてよ!」
令嬢たちに動揺が走った。皆、驚きの声や非難の声を囁きながら、私のことを蔑むような目で見る。
「ちょ、ちょっと待って! 私は盗んでいないわ!」と、私は必死で反論する。盗みなんて、冗談じゃない。
「あら? では、証拠はあるの?」
「証拠……? そんなものないけど、やっていない!」
「証拠はあるわ!」今度はまた別の令嬢が声を上げる。「この平民がポケットにネックレスを隠しているところを見たわ」
すると、たちまち令嬢たちが私の側へ寄ってきてポケットに手を伸ばした。
「やめて!」と抵抗するが、令嬢たちは数人がかりで私を羽交い締めにして身動きが取れなかった。
そして、ポケットの中を弄られて、
「ほら、ここにあるじゃない!」
なぜかそこから見覚えのないネックレスが出てきた。
「やっぱり!」
「平民が盗んだのね」
「手癖の悪い女、他にも余罪があるはずだわ」
「これだから平民って嫌よね」
「早く兵士に突き出しましょう」
「盗人が王太子殿下に近付くなんて恐ろしい」
「休日は娼婦をやっているって噂を聞いたわ。やっぱり、そういう女なのよ」
令嬢たちは口々に私を罵った。
私は不意打ちの出来事に面食らって目をチカチカさせた。
やられた。
さっき誰かに押されて転んだときに後ろに人の気配がしていたのだ。おそらく、そのときにポケットに入れられたのだろう。なんて卑劣な……!
「侯爵家の食器を壊して、おまけに盗みだなんて……どうするつもりなのかしら、この平民は」
「私はやっていないわ」と、私は彼女たちをきっと睨み付けた。
「やっていないって実際にネックレスを持ってたじゃない」
「泥棒」
「まぁ、怖い」
「っつ……」
私は二の句が継げなかった。全身が打ち震える。身体の内部からたぎるように熱くなった。
どう抗弁したところで平民に勝ち目はない。兵士も裁判官も立場の強い貴族の味方だ。平民の話なんて誰も聞いてくれない。
悔しさのあまり涙が出そうになる。でも、ここで泣いたら彼女たちの思う壺だわ。だから、我慢するしかない。平民は泣いたって許されないのだ。
でも、私は盗みなんてやっていない。アレクサンドル家の人間として、そんなこと絶対にしないわ。
私の心にはまだ誇りが残っている。それは誰にも汚されることのない聖域だ。
私は右手を心臓に当てた。その上に左手を添える。アレクサンドル民族に伝わる宣誓の姿勢だ。
「私は決して盗みなんてやっていないわ。偉大なる神と、祖国の大地と、父ニコライに誓って――」
「リナっ!!」
そのとき、セルゲイが大声を出して私の言葉を遮った。周囲は水を打ったように静まり返る。
「こんな茶番に我が民族の宣誓をしなくていい」
「で、でも――」
「皇帝陛下の名前を出すな」と、彼は私の耳元で囁いた。
「あっ……」
私ははっと我に返る。泥棒扱いされて頭にかっと血が上って、考えなしに行動してしまった。
アレクサンドル人男性でニコライという名前は珍しくはないが、私の場合は絶対に皇女だと悟られてはならない。だから、少しでも疑われるような言動をしてはいけないのだ。
「気持ちは分かるが、少し頭を冷やせ」
「ごめんなさい……」
セルゲイは振り返って令嬢たちをぐるりと見渡してから、
「そこの君、なぜネックレスを外したんだ? ドレスに合わせて付けたアクササリーをわざわざ外す理由は?」
「そっ、それは……」と、令嬢は口ごもる。
「か、彼女はたまに金属に肌が過敏に反応することがあるの。今日もちょっと悪くなって……ねぇ?」
「え、えぇ……」
「へぇ。確かにそういうことはあるな」セルゲイは冷笑を浮かべる。「で、なぜ侯爵令嬢の茶会に付けてくるような高価なネックレスを無造作に机の上に放置するんだ? 君の付添人に預けるか、いなければ侯爵家の者に頼めば良かっただろう。フォード家を信用していないということか? 侯爵令嬢を?」
令嬢たちはばつが悪そうに黙り込んだ。
「そうよ。それにリナはあなたたちから食器類を押し付けられてずっと手が塞がっていたわ。その前はわたしたちと一緒にいたし、物を盗む暇なんてなかったんじゃない?」と、いつの間にかこっちに来ていたアメリア様が加勢してくれた。
「でっ……でも、実際にその平民のポケットの中にネックレスが入っていたわ!」
「あなた、リナが転んだときに後ろにいたわね? 一体なにをしていたのかしら?」
「…………」
私は目頭が熱くなった。セルゲイもアメリア様も私の身の潔白を主張してくれている。自分を信じてくれる人がいることが、こんなに嬉しいことなんて……。
「まぁっ、なんの騒ぎ?」
そのとき、フローレンス侯爵令嬢と……フレデリック様がこちらに向かって来た。
出し抜けに聞こえてきた言葉に、周囲の注目は一気に集まった。私も物騒な発言に驚いて声の主を見る。
「どうしたの?」と、その令嬢の隣にいた令嬢が声をかける。
「テーブルに置いてあったあたしのネックレスがなくなっているの」と、令嬢が答えると途端に回りがざわつき始めた。不穏な空気が驟雨のように一気に広がる。私はぞくりと悪寒が走った。
「わたくし、見ましたわ!」
そのとき、別の令嬢が大声を上げた。そして、まるで舞台女優のような美しい姿勢で、扇をビシリと私に向けて指す。
「そこの平民が盗んでいるところを見ましてよ!」
令嬢たちに動揺が走った。皆、驚きの声や非難の声を囁きながら、私のことを蔑むような目で見る。
「ちょ、ちょっと待って! 私は盗んでいないわ!」と、私は必死で反論する。盗みなんて、冗談じゃない。
「あら? では、証拠はあるの?」
「証拠……? そんなものないけど、やっていない!」
「証拠はあるわ!」今度はまた別の令嬢が声を上げる。「この平民がポケットにネックレスを隠しているところを見たわ」
すると、たちまち令嬢たちが私の側へ寄ってきてポケットに手を伸ばした。
「やめて!」と抵抗するが、令嬢たちは数人がかりで私を羽交い締めにして身動きが取れなかった。
そして、ポケットの中を弄られて、
「ほら、ここにあるじゃない!」
なぜかそこから見覚えのないネックレスが出てきた。
「やっぱり!」
「平民が盗んだのね」
「手癖の悪い女、他にも余罪があるはずだわ」
「これだから平民って嫌よね」
「早く兵士に突き出しましょう」
「盗人が王太子殿下に近付くなんて恐ろしい」
「休日は娼婦をやっているって噂を聞いたわ。やっぱり、そういう女なのよ」
令嬢たちは口々に私を罵った。
私は不意打ちの出来事に面食らって目をチカチカさせた。
やられた。
さっき誰かに押されて転んだときに後ろに人の気配がしていたのだ。おそらく、そのときにポケットに入れられたのだろう。なんて卑劣な……!
「侯爵家の食器を壊して、おまけに盗みだなんて……どうするつもりなのかしら、この平民は」
「私はやっていないわ」と、私は彼女たちをきっと睨み付けた。
「やっていないって実際にネックレスを持ってたじゃない」
「泥棒」
「まぁ、怖い」
「っつ……」
私は二の句が継げなかった。全身が打ち震える。身体の内部からたぎるように熱くなった。
どう抗弁したところで平民に勝ち目はない。兵士も裁判官も立場の強い貴族の味方だ。平民の話なんて誰も聞いてくれない。
悔しさのあまり涙が出そうになる。でも、ここで泣いたら彼女たちの思う壺だわ。だから、我慢するしかない。平民は泣いたって許されないのだ。
でも、私は盗みなんてやっていない。アレクサンドル家の人間として、そんなこと絶対にしないわ。
私の心にはまだ誇りが残っている。それは誰にも汚されることのない聖域だ。
私は右手を心臓に当てた。その上に左手を添える。アレクサンドル民族に伝わる宣誓の姿勢だ。
「私は決して盗みなんてやっていないわ。偉大なる神と、祖国の大地と、父ニコライに誓って――」
「リナっ!!」
そのとき、セルゲイが大声を出して私の言葉を遮った。周囲は水を打ったように静まり返る。
「こんな茶番に我が民族の宣誓をしなくていい」
「で、でも――」
「皇帝陛下の名前を出すな」と、彼は私の耳元で囁いた。
「あっ……」
私ははっと我に返る。泥棒扱いされて頭にかっと血が上って、考えなしに行動してしまった。
アレクサンドル人男性でニコライという名前は珍しくはないが、私の場合は絶対に皇女だと悟られてはならない。だから、少しでも疑われるような言動をしてはいけないのだ。
「気持ちは分かるが、少し頭を冷やせ」
「ごめんなさい……」
セルゲイは振り返って令嬢たちをぐるりと見渡してから、
「そこの君、なぜネックレスを外したんだ? ドレスに合わせて付けたアクササリーをわざわざ外す理由は?」
「そっ、それは……」と、令嬢は口ごもる。
「か、彼女はたまに金属に肌が過敏に反応することがあるの。今日もちょっと悪くなって……ねぇ?」
「え、えぇ……」
「へぇ。確かにそういうことはあるな」セルゲイは冷笑を浮かべる。「で、なぜ侯爵令嬢の茶会に付けてくるような高価なネックレスを無造作に机の上に放置するんだ? 君の付添人に預けるか、いなければ侯爵家の者に頼めば良かっただろう。フォード家を信用していないということか? 侯爵令嬢を?」
令嬢たちはばつが悪そうに黙り込んだ。
「そうよ。それにリナはあなたたちから食器類を押し付けられてずっと手が塞がっていたわ。その前はわたしたちと一緒にいたし、物を盗む暇なんてなかったんじゃない?」と、いつの間にかこっちに来ていたアメリア様が加勢してくれた。
「でっ……でも、実際にその平民のポケットの中にネックレスが入っていたわ!」
「あなた、リナが転んだときに後ろにいたわね? 一体なにをしていたのかしら?」
「…………」
私は目頭が熱くなった。セルゲイもアメリア様も私の身の潔白を主張してくれている。自分を信じてくれる人がいることが、こんなに嬉しいことなんて……。
「まぁっ、なんの騒ぎ?」
そのとき、フローレンス侯爵令嬢と……フレデリック様がこちらに向かって来た。
あなたにおすすめの小説
私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた
まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。