【本編完結】元皇女なのはヒミツです!

あまぞらりゅう

文字の大きさ
45 / 76

45 大切なもの

 グレースは結局その日は授業に出てこなかった。

 放課後、ジェシカとデイジーは彼女の住む王都の屋敷へ向かうことにした。
 私とセルゲイも付いて行きたかったけど、今朝グレースと大喧嘩したばかりで彼女がまだ冷静に話せないかもしれないので、残念だけど今回は二人に任せることにした。


 私もセルゲイも沈んだ気持ちでとぼとぼと帰路についた。
 二人とも自然と無言になる。今日はずっとグレースのことを考えていて、授業も全然身が入らなかった。きっとセルゲイも同じだったと思う。彼も今日は終始ぼんやりしていて、なにやら考えごとをしているようだった。

「……ごめんね、セルゲイ」と、私はポツリと呟いた。

「なんでリナが謝るんだよ」

「だって、私のせいでセルゲイまでグレースと喧嘩しちゃったじゃない。本当に申し訳ないわ」

「別にリナのせいじゃない」

「でも――」

「そう自分を責めるな。リーズに来たのは俺自身の意思だ」

「そっか……」

 私は再び黙りこくった。なんて返せばいいか分からなかった。
 アレクサンドル帝国の建国時から存在する歴史の長いストロガノフ家は祖国に対する愛情が特に強いので、グレースにあんなことを言われて彼は酷く傷付いたと思う。彼女の言い分は正論かもしれないけど、彼はそんな薄情な人間ではない。はるばる遠いリーズまで来たのも、並々ならぬ決意あってのことだと思うから。きっと彼も革命で心が疲弊しているのだ。
 私はいつもセルゲイに守られてばかりで、肝心なときに彼を救うような一言さえ掛けることができなくて、もどかしかった。

 それからしばらく、ザクザクと二人の足音だけが響いた。
 ふと、規則的に鳴っていたセルゲイの音だけが途切れる。一歩先を行く私は驚いて振り返った。

「どうしたの?」

 にわかにセルゲイが私の手を握った。
 そして、私の瞳を吸い込むように真っ直ぐに見つめて、

「……なぁ、もういっそのこと二人でどこかへ逃げ出そうか?」

「えっ……?」


「まぁっ、帝国人同士で相変わらず仲がよろしいこと?」

 そのとき、背後からグレースの声が聞こえてきた。はっとして振り返ると、彼女は口元を歪ませて邪悪な笑みを浮かべていた。

「王太子殿下にちょっかいを出して、今日は公爵令息? 本当にお盛んな平民ね」

 背筋がぞくりとした。
 なんだか、いつもの彼女と雰囲気が違う。普段は意地の悪さの中にも子供っぽい無邪気さを残している彼女なのに、今はなんだかそれらを搾り取って悪意だけが残った感じだった。

「グレース、今日は授業も出ないでどうしたの? 皆心配していたのよ」

「そうだぞ。さっきジェシカとデイジーが君の家に向かった。二人は特に心配しているから早く追いかけたほうがいい」

「そうね、用事が済んだらすぐに帰るわ」と、グレースはゆっくりとした足取りでこちらへと向かって来る。彼女が近付くにつれてぞくぞくと悪寒が走った。剣呑な空気が圧縮するように私たちへと押し寄せて来る。

「よ、用事って……?」

 私は思わず一歩後ずさる。なんだか怖い。いつもの彼女じゃない。一体どうしちゃったの……?
 そのときセルゲイが不穏な空気を察して、重なるように私の半歩前に出た。

「簡単な用よ。すぐ終わるわ」

「グレース、君が皇女殿下のことをどれだけ慕っているかはよく分かった。朝のことだったら俺も悪かっ――」

「あら、別に貴族は謝らなくてもよくってよ。全ての原因はそこの平民なんだから」

「……なんだって?」

 セルゲイが眉をひそめる。

「あたし、今日一日考えたのよ。そもそもが平民が貴族の世界に足を踏み入れたことが原因なんだわ。そして貴族の秩序を乱して、今度はエカチェリーナ様の大切な方を奪おうとしているわ。だから、自分がどんなに愚かな行為をしているか一度分からせてあげないと」

 グレースは背中に隠していた右手を勢いよく突き出した。その手には使い古してすっかりしわくちゃになった紙袋が握られていた。

「そ、それはっ!!」

 私は血相を変えて大声を上げる。
 その紙袋にはフレデリック様からいただいた手紙が全部入っているのだ。皇女時代は宝石箱に大切にしまってあったけど、今ではペラペラの紙袋が入れ物だ。封筒は嵩張るのでアレクセイさんの家に置かせてもらって、中身を年代別に分けて麻の紐で束ねてある。それでも結構な量になって、長い物語が描かれた一冊の本のように、ずっしりとした重みがあった。

 グレースは紙袋に手を突っ込んで、無造作に一部の手紙の束を取り出した。数え切れないくらい何度も何度も読み返した手紙たちだ。紙は傷んで手垢も付いて、見栄えの良いものではなかった。

「きったないわねぇ」グレースは顔をしかめながら、麻の紐を親指と人差し指だけで持つ。「こんなもの、見るのも不快だわ」

「返して!!」

「あら、その様子じゃあ本当にあんたの大切なものなのね? あたしの勘が当たって良かったわ。家族の手紙かしら? それとも一丁前に故郷に恋人でも残して来たの? あんたのリーズでの尻軽な様子を見る限り、然もありなんって感じ?」と、グレースはくすくすと笑う。

 にわかに顔が上気した。彼女の言う通り、それは私の一番大切な婚約者からの手紙だ。

「まぁっ、これも図星? あんたってどれだけ男好きなのかしら。嫌ねぇ、平民は」

「グレース、それをリナに返せ! なんでそんなことをするんだ!?」

「なんでって……愚かな平民に学習してもらうためよ。あんたも貴族なら分かるでしょう? この女は危険よ。このまま放っておくと王太子殿下まで危険が及ぶわ。この女はエカチェリーナ様から殿下を奪うつもりなのよ。……だから、大切なものを失う気分を味わってもらうわっ!!」

 グレースは呪文を唱え燃え盛る炎を眼前に放つ。火炎は私たちの目の前に壁のようにみるみる広がった。炎で照らされた彼女の瞳は暗く濁っていて、思わず鳥肌が立った。まるで暗い影が彼女を取り込んで食っているみたいだった。

「猛省しなさい、平民」

 彼女は持っていた手紙の束を炎の中にポトリと落とした。

あなたにおすすめの小説

私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた

まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。