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53 光差す道へ①
◆◆◆
静寂な夜の中で馬蹄の音だけが鳴り響いていた。
馬上のフレデリックはじれったい気持ちで手綱をさばく。闇夜の冷たい追い風が彼を急かした。もはや悠長に馬車なんて乗っている時間はない。早く……早くリーナに会いたい。
準備は整った。
アレクセイ・アレクセイヴィチ・カトコフ副大統領とは、あの後じっくり話し合って今後の方針を決めた。
連邦の名だたる高位貴族たちも抑えた。彼らは王太子妃エカチェリーナの強固な後ろ盾になってくれることだろう。
あとは……あの侯爵令嬢だ。
光魔法の使い手である自分と従妹が本能的に拒絶するあの令嬢……秘密裏に独自で徹底的に調べさせてもらった。あちら側も鉄壁な守りでなかなか進まなかったが、やっと糸口を掴んだ。これで婚約破棄まで持ち込めるはずだ。
フレデリックはもうすぐ愛しのエカチェリーナに再会できるという高揚感とは別に、一抹の不安を覚えた。
あの女がこのまま黙っているはずがない。
なんだか、胸騒ぎがする。エカチェリーナがもう手の届かないところへ行ってしまうような……。
彼は頭を振って悲観的な感情を吹き飛ばす。
大丈夫だ、まだ間に合う。
自然と拍車を加えて馬を急がせた。
◆◆◆
今日から王都でディアン・ルーの祭典が開催される。
ディアン・ルーは光を司る女神でリーズ王族の守護神だ。
言い伝えによると、初代リーズ国王はディアン・ルーの涙から光魔法の力を授かったと言われている。
初代国王はその神から拝受した力を使って世界を滅ぼそうとする闇魔法を操る魔女を倒して国の建国に至ったのだ。
お祭では光と涙の象徴である水で王都を埋め尽くす。
普段は止めてある数多くの噴水を一気に開放して水属性の魔法使いが虹を作り出す。そして夜になるといたる所に明かりが灯って幻想的な雰囲気に包まれるそうだ。
私はフレデリック様の手紙で話を聞いて、絶対に参加したいと胸を踊らせていた。
彼は毎年お忍びでアメリア様と遊びに行っているらしい。私がリーズに来たら三人で見て回ろうねと彼と約束していた。
……それはもう叶わないけど、それでもお祭は楽しみだわ。
「はい、これ。俺から二人にプレゼントだ」
セルゲイが差し出した両手にはカメリアをモチーフにした髪飾りがちょこんと乗っていた。
「うわぁっ! 可愛い!」
「本当ね……。でも、いいの? これってエレーナのでしょう?」
「あぁ。今日は特別な日だからな、これくらい構わないだろう。それにグレースは今日のためにリナと持ち物をお揃いにしたかったんだろう?」と、セルゲイが言うと途端にグレースの顔が綻んだ。
「そうなの! これであたしたちはお揃いだわっ! 大親友だからねっ!」
「そういえば、そんなこと言っていたわね」
グレースはお祭では私とお揃いのドレスで行きたいとしきりに言っていた。私は面倒だから断り続けたけど、まだ諦めていなかったのね。
「リナもこれくらい我慢してくれ」と、セルゲイは苦笑いする。
「分かったわ。わざわざ用意してくれてありがとう、セルゲイ。とっても可愛い髪飾りだわ!」
私は水色、グレースはピンク色の髪飾りをそれぞれ付けた。
「これでお揃いね、グレース」
「えぇっ!」
グレースは喜色満面に髪飾りを撫でた。平民には高価すぎるものだけど、嬉しそうな彼女を見ると今日くらい、いいか。
私たちは早速お祭会場を練り歩いた。
今日は特段にすごい人だかりだ。王都は普段から賑わっているけど、今日は屋台や噴水やランタン目当てに人が密集していた。
私とセルゲイは初めての参加なので主にグレースが先導して見て回った。光と涙の神殿で礼拝して、リーズの名産品を食べ歩きしたり各噴水を順に見物したりした。
「あっ、そうだわ!」私ははっと気付いて両手をポンと叩く。「もうすぐハートの噴水が赤く染まる時間よね? 是非見に行きたいわ」
「そう言えばそうね」グレースは時計台を見た。「それにしても詳しいわね、リナ」
「えぇ、フレデリック様のお手紙に書いてあったの。噴水の周りに赤やピンクのお花が植えてあって、とっても可愛くて令嬢たちに人気の場所だって」
「そうね――」
「あっ! あと、夜は絶対にミルキーウェイ・リヴァーを見に行きたいわ! 本当に天の川みたいに、とっても幻想的なんですってね。たしか恋人たちが共同作業で川沿いにランタンを灯して蝋燭越しにキスをすると二人はずっと結ばれる、って話よね? 素敵だわぁ! フレデリック様と一緒に灯しましょうね、って約束していたの」
「そ、そう……」
「それで、ミルキーウェイ・リヴァーの様子をアメリア様が毎年見に行くって意気込んでいるんだけど、結局いつも始まる前に寝てしまって、毎回フレデリック様がおんぶをして帰ってるっておっしゃっていたわ。なんてアメリア様らしいん――」
微妙な空気を感知して我に返ると、グレースとセルゲイは苦々しい表情で無言で互いの顔を見合わせていた。
重々しい空気が私たちの間で停滞した。
「あ……ごめんなさい」
私は思わず謝る。
しまったわ、つい懐かしい話を思い出して調子に乗ってしまった。
フレデリック様のお手紙はもうなくなってしまったのよね。特にグレースには嫌な気持ちにさせてしまったかしら。
それに、私ったら未だにフレデリック様のことばかりね……。
「リナが謝ることはないわ!」と、グレースは明るく答えて私の手を取った。「さ、行きましょう! 早く行かないといい席で見られないわ!」
私たちが噴水に向かおうと踵を返した折も折、
「楽しそうね」
背後からオリヴィアの声が聞こえてきた。
静寂な夜の中で馬蹄の音だけが鳴り響いていた。
馬上のフレデリックはじれったい気持ちで手綱をさばく。闇夜の冷たい追い風が彼を急かした。もはや悠長に馬車なんて乗っている時間はない。早く……早くリーナに会いたい。
準備は整った。
アレクセイ・アレクセイヴィチ・カトコフ副大統領とは、あの後じっくり話し合って今後の方針を決めた。
連邦の名だたる高位貴族たちも抑えた。彼らは王太子妃エカチェリーナの強固な後ろ盾になってくれることだろう。
あとは……あの侯爵令嬢だ。
光魔法の使い手である自分と従妹が本能的に拒絶するあの令嬢……秘密裏に独自で徹底的に調べさせてもらった。あちら側も鉄壁な守りでなかなか進まなかったが、やっと糸口を掴んだ。これで婚約破棄まで持ち込めるはずだ。
フレデリックはもうすぐ愛しのエカチェリーナに再会できるという高揚感とは別に、一抹の不安を覚えた。
あの女がこのまま黙っているはずがない。
なんだか、胸騒ぎがする。エカチェリーナがもう手の届かないところへ行ってしまうような……。
彼は頭を振って悲観的な感情を吹き飛ばす。
大丈夫だ、まだ間に合う。
自然と拍車を加えて馬を急がせた。
◆◆◆
今日から王都でディアン・ルーの祭典が開催される。
ディアン・ルーは光を司る女神でリーズ王族の守護神だ。
言い伝えによると、初代リーズ国王はディアン・ルーの涙から光魔法の力を授かったと言われている。
初代国王はその神から拝受した力を使って世界を滅ぼそうとする闇魔法を操る魔女を倒して国の建国に至ったのだ。
お祭では光と涙の象徴である水で王都を埋め尽くす。
普段は止めてある数多くの噴水を一気に開放して水属性の魔法使いが虹を作り出す。そして夜になるといたる所に明かりが灯って幻想的な雰囲気に包まれるそうだ。
私はフレデリック様の手紙で話を聞いて、絶対に参加したいと胸を踊らせていた。
彼は毎年お忍びでアメリア様と遊びに行っているらしい。私がリーズに来たら三人で見て回ろうねと彼と約束していた。
……それはもう叶わないけど、それでもお祭は楽しみだわ。
「はい、これ。俺から二人にプレゼントだ」
セルゲイが差し出した両手にはカメリアをモチーフにした髪飾りがちょこんと乗っていた。
「うわぁっ! 可愛い!」
「本当ね……。でも、いいの? これってエレーナのでしょう?」
「あぁ。今日は特別な日だからな、これくらい構わないだろう。それにグレースは今日のためにリナと持ち物をお揃いにしたかったんだろう?」と、セルゲイが言うと途端にグレースの顔が綻んだ。
「そうなの! これであたしたちはお揃いだわっ! 大親友だからねっ!」
「そういえば、そんなこと言っていたわね」
グレースはお祭では私とお揃いのドレスで行きたいとしきりに言っていた。私は面倒だから断り続けたけど、まだ諦めていなかったのね。
「リナもこれくらい我慢してくれ」と、セルゲイは苦笑いする。
「分かったわ。わざわざ用意してくれてありがとう、セルゲイ。とっても可愛い髪飾りだわ!」
私は水色、グレースはピンク色の髪飾りをそれぞれ付けた。
「これでお揃いね、グレース」
「えぇっ!」
グレースは喜色満面に髪飾りを撫でた。平民には高価すぎるものだけど、嬉しそうな彼女を見ると今日くらい、いいか。
私たちは早速お祭会場を練り歩いた。
今日は特段にすごい人だかりだ。王都は普段から賑わっているけど、今日は屋台や噴水やランタン目当てに人が密集していた。
私とセルゲイは初めての参加なので主にグレースが先導して見て回った。光と涙の神殿で礼拝して、リーズの名産品を食べ歩きしたり各噴水を順に見物したりした。
「あっ、そうだわ!」私ははっと気付いて両手をポンと叩く。「もうすぐハートの噴水が赤く染まる時間よね? 是非見に行きたいわ」
「そう言えばそうね」グレースは時計台を見た。「それにしても詳しいわね、リナ」
「えぇ、フレデリック様のお手紙に書いてあったの。噴水の周りに赤やピンクのお花が植えてあって、とっても可愛くて令嬢たちに人気の場所だって」
「そうね――」
「あっ! あと、夜は絶対にミルキーウェイ・リヴァーを見に行きたいわ! 本当に天の川みたいに、とっても幻想的なんですってね。たしか恋人たちが共同作業で川沿いにランタンを灯して蝋燭越しにキスをすると二人はずっと結ばれる、って話よね? 素敵だわぁ! フレデリック様と一緒に灯しましょうね、って約束していたの」
「そ、そう……」
「それで、ミルキーウェイ・リヴァーの様子をアメリア様が毎年見に行くって意気込んでいるんだけど、結局いつも始まる前に寝てしまって、毎回フレデリック様がおんぶをして帰ってるっておっしゃっていたわ。なんてアメリア様らしいん――」
微妙な空気を感知して我に返ると、グレースとセルゲイは苦々しい表情で無言で互いの顔を見合わせていた。
重々しい空気が私たちの間で停滞した。
「あ……ごめんなさい」
私は思わず謝る。
しまったわ、つい懐かしい話を思い出して調子に乗ってしまった。
フレデリック様のお手紙はもうなくなってしまったのよね。特にグレースには嫌な気持ちにさせてしまったかしら。
それに、私ったら未だにフレデリック様のことばかりね……。
「リナが謝ることはないわ!」と、グレースは明るく答えて私の手を取った。「さ、行きましょう! 早く行かないといい席で見られないわ!」
私たちが噴水に向かおうと踵を返した折も折、
「楽しそうね」
背後からオリヴィアの声が聞こえてきた。
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