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58 光差す道へ⑥
「さすが帝国の皇女様……なかなかしぶといわね」
私は肩で息をする。魔法陣から湧き出た魔獣たちは全て倒した。でも、それらは無尽蔵に現れて、きりがない。
「狩り大会のときもあなたの仕業だったのね」
あのときも正体不明の魔法陣から数多の魔獣が溢れ出た。結局、原因は分からず終いで調査は頓挫したみたいだけど、ほとんど情報のない闇魔法なら突き止めるのも困難だ。
「そうよ。あのときは分不相応にも王太子殿下に近寄る生意気な平民を軽く懲らしめてあげようと思ったけど、あなたが皇女だったって知っていたら殺せば良かったわ」
「なんて卑劣な……!」
「リナ、大丈夫?」
背後にいるオリヴィアが心配そうに尋ねた。彼女は平民出身だけあって、ほとんど魔力がない。学園の授業で少しは魔法が使えるようにはなったが、魔獣と戦えるほどではなかった。
だから、私がオリヴィアを守らなければ。
私を信じてくれた親友……彼女は絶対に無事に帰してみせる。
「そろそろ飽きちゃったわ。それに、わたくしには時間がないの。これから殿下と婚約式なんですもの。平民の相手なんてしている暇はないわ」
侯爵令嬢が呪文を唱えると、魔獣たちの肉体が一回り大きくなった。それらの魔力もぐんぐんと上がっていくのを感じる。
額に汗が流れた。これが、希少な闇魔法使いの力……。皇族だった私も他人より魔力が強いけど、それを凌駕する勢いだわ。
でも、負けられない。
「さようなら、皇女様」
私はきっと彼女を睨め付けて、右手に魔力を込めた。
◆◆◆
フレデリックはシェフィールド公爵が手配していた公爵家の騎士たちと手分けしてリナを探した。
リナは「あのアメリアお嬢様」を手懐けた平民として公爵家では有名で顔をよく知られていたので、情報はすぐに集まった。彼女たちはハートの噴水とは正反対の中心地から離れた場所へ向かったらしい。
「殿下、お待ちください!」
またぞろ、王宮の近衛騎士が現れる。
フレデリックは瞬時に相手の眼前に閃光を放って目眩ましをした。
「行こう」
「で、殿下……」グレースがおずおずと尋ねる。「なぜ、王宮の騎士たちに追われているのですか?」
「あぁ、実は王命で城に戻るように言われていてね」と、フレデリックは涼しい顔で答えた。
「「えぇっ!?」」
グレースとセルゲイは仰天する。いくら将来の立場が約束された王太子でも、王命を無視するなんて正気の沙汰ではない。
「……実は、これから侯爵令嬢と婚約式なんだ」と、フレデリックはポツリと呟いた。
「「えっ……?」」
二人は言葉を失った。巷ではフローレンス・フォード侯爵令嬢との婚約は既定路線だとは言われていたが、こんなにも事が運んでいるなんて。
「それで、王太子殿下はエカチェリーナ様のために王命を拒否して、これから二人で愛の逃避行をするのですねっ!?」
ロマンス小説が好きなグレースが瞳を輝かせた。
なんて素敵な大恋愛なのかしら! 冤罪をかけられた愛する二人が手を取り合って逃亡して、最後は悪の陰謀を打ち砕いて、改めて祖国に戻ってきて名君となって国を治めるのね!
「いや……」フレデリックはまっすぐと前を見据えて言う。「僕は逃げないよ。リーナのために最後まで戦うつもりだ」
「まぁっ!」と、グレースは歓喜した。早くエカチェリーナ様のもとへ行って、王太子殿下のおっしゃったことを一言一句正確にお伝えしなければ!
「ですが、皇女殿下はカトコフ副大統領から皇女の件は他言無用にするようにと厳しく言われている、と……」
「あぁ、それは問題ない。彼とは話をつけてきた。君の家門にも協力を仰いだよ」
「そうですか……」
セルゲイは微かに唇を噛む。アレクサンドル皇家の忠臣の父上なら皇女の復帰に喜んで手を貸すだろう。きっと今頃、皇女殿下の地盤を確固たるものにするために奔走しているに違いない。
もう……本当に俺の役目も終わりなんだな――と、にわかに彼に寂寥感が襲ってきた。走馬灯のようにリナとの思い出が駆け巡る。
それを振り払うように、セルゲイは頭を振った。
だが、仕方ない。
リナが幸せになれば、それでいい。
「ストロガノフ公爵令息」
セルゲイの様子を横目で見ながらフレデリックは呟くように彼の名を呼んだ。
「は、はい」と、セルゲイははっと我に返って答える。
フレデリックはニコリと笑って、
「リーズに来てからこれまで、リーナのことを守ってくれてありがとう」と、礼を言った。
「い、いえ! とんでもないことです。皇家の臣下として当然のことですから」
「君にはとっても感謝しているよ」と言って、フレデリックは口をつぐむ。
セルゲイは王太子の言わんとすることを察して、黙り込む。
ストロガノフ公爵令息には心から感謝している。危うい立場の皇女を側でずっと見守ってくれていたからだ。
だが、フレデリックは公爵令息が皇女に恋慕の情を抱いていることも分かっていた。
彼には悪いが……リーナは譲れない。
婚約者である自分だけが間抜けにも最後まで彼女の正体に気付かなくて忸怩たる思いではあるが、どんなに恥知らずだと罵られようとも、彼女は誰にも渡さない。
◆◆◆
満身創痍の私は、ふらふらとその場で膝を突いた。魔力が枯渇しかけて、呼吸が荒くなる。酸素が欲しい。身体に力が入らない。
なんとかオリヴィアを守れたけど、次はない。
「リ、リナ……」
「大丈夫よ。私はまだ大丈夫……」
私は自身に暗示をかけるように呟いた。大丈夫、まだ死んでいないし、意識もある。最後まで戦わなければ……。
出し抜けに、侯爵令嬢が私のもとに向かってきた。私は構えようとするが、重い肉体は動かない。
――バシッ!
侯爵令嬢は私の顔を思い切り引っ叩いた。弱った身体の私は抵抗できずに倒れ込む。
更に彼女の細い足が私の頬を踏んづけた。
「本当に生意気な女だわ。虫酸が走る……」
「っつ……!」
「リナっ!」
オリヴィアが私に駆け寄ろうとするが、侯爵令嬢の魔法に弾かれた。
ヒールの踵が左頬に食い込む。痛い。悔しい。涙が溢れ出る。
でも……こんな下劣な人間に負けたくない。
「魔獣ではなくて、わたくしが直々に殺してあげるわ」
侯爵令嬢の右手に黒煙の渦が巻く。
「死になさい」
そのときだった。
瞬間的に眩い光線が私の前を通り過ぎた。それは侯爵令嬢に直撃して、彼女は数メートル先に飛ばされた。
はっとして扉のほうを見ると、フレデリック様が立っていた。
私は肩で息をする。魔法陣から湧き出た魔獣たちは全て倒した。でも、それらは無尽蔵に現れて、きりがない。
「狩り大会のときもあなたの仕業だったのね」
あのときも正体不明の魔法陣から数多の魔獣が溢れ出た。結局、原因は分からず終いで調査は頓挫したみたいだけど、ほとんど情報のない闇魔法なら突き止めるのも困難だ。
「そうよ。あのときは分不相応にも王太子殿下に近寄る生意気な平民を軽く懲らしめてあげようと思ったけど、あなたが皇女だったって知っていたら殺せば良かったわ」
「なんて卑劣な……!」
「リナ、大丈夫?」
背後にいるオリヴィアが心配そうに尋ねた。彼女は平民出身だけあって、ほとんど魔力がない。学園の授業で少しは魔法が使えるようにはなったが、魔獣と戦えるほどではなかった。
だから、私がオリヴィアを守らなければ。
私を信じてくれた親友……彼女は絶対に無事に帰してみせる。
「そろそろ飽きちゃったわ。それに、わたくしには時間がないの。これから殿下と婚約式なんですもの。平民の相手なんてしている暇はないわ」
侯爵令嬢が呪文を唱えると、魔獣たちの肉体が一回り大きくなった。それらの魔力もぐんぐんと上がっていくのを感じる。
額に汗が流れた。これが、希少な闇魔法使いの力……。皇族だった私も他人より魔力が強いけど、それを凌駕する勢いだわ。
でも、負けられない。
「さようなら、皇女様」
私はきっと彼女を睨め付けて、右手に魔力を込めた。
◆◆◆
フレデリックはシェフィールド公爵が手配していた公爵家の騎士たちと手分けしてリナを探した。
リナは「あのアメリアお嬢様」を手懐けた平民として公爵家では有名で顔をよく知られていたので、情報はすぐに集まった。彼女たちはハートの噴水とは正反対の中心地から離れた場所へ向かったらしい。
「殿下、お待ちください!」
またぞろ、王宮の近衛騎士が現れる。
フレデリックは瞬時に相手の眼前に閃光を放って目眩ましをした。
「行こう」
「で、殿下……」グレースがおずおずと尋ねる。「なぜ、王宮の騎士たちに追われているのですか?」
「あぁ、実は王命で城に戻るように言われていてね」と、フレデリックは涼しい顔で答えた。
「「えぇっ!?」」
グレースとセルゲイは仰天する。いくら将来の立場が約束された王太子でも、王命を無視するなんて正気の沙汰ではない。
「……実は、これから侯爵令嬢と婚約式なんだ」と、フレデリックはポツリと呟いた。
「「えっ……?」」
二人は言葉を失った。巷ではフローレンス・フォード侯爵令嬢との婚約は既定路線だとは言われていたが、こんなにも事が運んでいるなんて。
「それで、王太子殿下はエカチェリーナ様のために王命を拒否して、これから二人で愛の逃避行をするのですねっ!?」
ロマンス小説が好きなグレースが瞳を輝かせた。
なんて素敵な大恋愛なのかしら! 冤罪をかけられた愛する二人が手を取り合って逃亡して、最後は悪の陰謀を打ち砕いて、改めて祖国に戻ってきて名君となって国を治めるのね!
「いや……」フレデリックはまっすぐと前を見据えて言う。「僕は逃げないよ。リーナのために最後まで戦うつもりだ」
「まぁっ!」と、グレースは歓喜した。早くエカチェリーナ様のもとへ行って、王太子殿下のおっしゃったことを一言一句正確にお伝えしなければ!
「ですが、皇女殿下はカトコフ副大統領から皇女の件は他言無用にするようにと厳しく言われている、と……」
「あぁ、それは問題ない。彼とは話をつけてきた。君の家門にも協力を仰いだよ」
「そうですか……」
セルゲイは微かに唇を噛む。アレクサンドル皇家の忠臣の父上なら皇女の復帰に喜んで手を貸すだろう。きっと今頃、皇女殿下の地盤を確固たるものにするために奔走しているに違いない。
もう……本当に俺の役目も終わりなんだな――と、にわかに彼に寂寥感が襲ってきた。走馬灯のようにリナとの思い出が駆け巡る。
それを振り払うように、セルゲイは頭を振った。
だが、仕方ない。
リナが幸せになれば、それでいい。
「ストロガノフ公爵令息」
セルゲイの様子を横目で見ながらフレデリックは呟くように彼の名を呼んだ。
「は、はい」と、セルゲイははっと我に返って答える。
フレデリックはニコリと笑って、
「リーズに来てからこれまで、リーナのことを守ってくれてありがとう」と、礼を言った。
「い、いえ! とんでもないことです。皇家の臣下として当然のことですから」
「君にはとっても感謝しているよ」と言って、フレデリックは口をつぐむ。
セルゲイは王太子の言わんとすることを察して、黙り込む。
ストロガノフ公爵令息には心から感謝している。危うい立場の皇女を側でずっと見守ってくれていたからだ。
だが、フレデリックは公爵令息が皇女に恋慕の情を抱いていることも分かっていた。
彼には悪いが……リーナは譲れない。
婚約者である自分だけが間抜けにも最後まで彼女の正体に気付かなくて忸怩たる思いではあるが、どんなに恥知らずだと罵られようとも、彼女は誰にも渡さない。
◆◆◆
満身創痍の私は、ふらふらとその場で膝を突いた。魔力が枯渇しかけて、呼吸が荒くなる。酸素が欲しい。身体に力が入らない。
なんとかオリヴィアを守れたけど、次はない。
「リ、リナ……」
「大丈夫よ。私はまだ大丈夫……」
私は自身に暗示をかけるように呟いた。大丈夫、まだ死んでいないし、意識もある。最後まで戦わなければ……。
出し抜けに、侯爵令嬢が私のもとに向かってきた。私は構えようとするが、重い肉体は動かない。
――バシッ!
侯爵令嬢は私の顔を思い切り引っ叩いた。弱った身体の私は抵抗できずに倒れ込む。
更に彼女の細い足が私の頬を踏んづけた。
「本当に生意気な女だわ。虫酸が走る……」
「っつ……!」
「リナっ!」
オリヴィアが私に駆け寄ろうとするが、侯爵令嬢の魔法に弾かれた。
ヒールの踵が左頬に食い込む。痛い。悔しい。涙が溢れ出る。
でも……こんな下劣な人間に負けたくない。
「魔獣ではなくて、わたくしが直々に殺してあげるわ」
侯爵令嬢の右手に黒煙の渦が巻く。
「死になさい」
そのときだった。
瞬間的に眩い光線が私の前を通り過ぎた。それは侯爵令嬢に直撃して、彼女は数メートル先に飛ばされた。
はっとして扉のほうを見ると、フレデリック様が立っていた。
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六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。