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60 光差す道へ⑧
セルゲイの合図でシェフィールド家の騎士たちが一斉に勢いよく突入する。彼は侯爵令嬢を拘束し、魔力封じの魔道具を装着した。逃げられないように、周囲には筋骨隆々な騎士たちが剣を構えていた。
侯爵令嬢は普段の淑女然とした優雅な姿は見る影もなく、乱れた髪を振り乱しながら絶叫していた。
「わたくしがっ、わたくしが王太子妃なのにっ! わたくしがリーズを支配するはずなのにっ!!」
「連れて行け」
泣き喚く侯爵令嬢とは正反対に、冷淡にフレデリック様が言い放つ。騎士たちは慣れた手付きで彼女を連行した。
「今頃、王宮で叔父上がフォード侯爵に闇魔法の証拠を突き付けているところだ。僕たちもそろそろ――」
「リーナお姉様っ!」
出し抜けにアメリア様が私に向かって突撃するように抱きついてきた。
「えっと……アメリア、様……?」
「なにを言っているの! アミィでいいわ! 平民のリナが本物のエカチェリーナ殿下だったなんて、すっごく嬉しいっ!」
「アメリ――いえ、アミィ。今まで黙っていてごめんなさいね」
「いいの! だってリーナお姉様の気持ちも分かるわ! フレディお兄様ったら頼りないんだもん! セルゲイのほうがずっと頼りになるわ!」
「そ、そんなことないだろう!」
「そんなことあるもんっ!」
「そんなことないわよ」と、私は苦笑いをした。
「リーナ、これを」
フレデリック様はおもむろにポケットから封筒を取り出して私に渡してきた。裏返すと、宛て名にはアレクセイ・アレクセイヴィチ・カトコフと署名がしてあった。
「アレクセイさんからだわ!」
懐かしい名前につい嬉しくなって、急いで封を開ける。
◇◇◇
リナ、自分の信じる道を進みなさい
◇◇◇
便箋にはたった一言、それだけが書いてあった。
じわじわと胸に込み上げるものがあった。地下牢から救出されて、平民のリナとして生きてきて……別にその生きかたも嫌じゃなかったけど、やっぱり頭の片隅にはどこかフレデリック様のことがあったから。
私、もう我慢しなくていいのよね? 胸を張って自分はエカチェリーナだと言っていいのよね?
そのとき、
「エカチェリーナ」
フレデリック様は私の名前を呼んで、
私が彼に顔を向けるとゆっくりと跪いて、
熱の帯びた瞳で私を見つめながらそっと手を取って、
「僕と結婚していただけますか?」
そう、囁いた。
「はい……」
私ははにかみながら、頷く。
すると彼は勢いよく立ち上がって私を抱き締めた。急に彼の顔が近付いてきて心臓が飛び上がりそうになった。
「あの、フレデリック様……?」
「なんだい?」
「念のため確認なのですが……その……私は今はもう平民なのですが、宜しいんでしょうか……?」
「あぁ、それなら問題ないよ。なぜなら――」
「大丈夫よ、リーナお姉様!」またぞろアミィが勢いよく私たちの間に割って入った。「前も言ったでしょう? シェフィールド家の養子になればいいわ! そうしたら、公爵令嬢として王家に輿入れすることができるし!」
「そうですわ、エカチェリーナ様!」続いてグレースが興奮した様子で叫んだ。「でもいきなり公爵家は難しいと思うので、その前にパッション伯爵家の養子になればいいわ!」
「だったら!」今度はオリヴィアが柄にもなく大声を上げた。「まずはミルズ男爵家がいいと思います! ねっ、リナ?」
「みんな……ありがとう!」
嬉しくて瞳に涙が滲んだ。リーズ王国に来てからの思い出が駆け巡る。
辛いこともあったけど、こんなにも素敵な友人たちができた。きっと皇女のままだったら今も狭い世界で、なにも知らないまま生きていたのかもしれない。私はなんて幸せ者なのだろう。
「あー、コホン!」と、フレデリック様が大仰に咳払いをした。「リーナ、安心してくれ。副大統領と話し合って、君は皇女エカチェリーナとして僕と結婚できるようにしたから。養子に出なくても大丈夫だよ」
「そうなのですか? アレクセイさんが……」
少し胸が痛んだ。アレクセイさんにはどれほど心労をかけたことだろうか。思えば、彼のおかげで私は生き延びられて、そして今がある。彼は私の命の恩人であり……もう一人のお父様だわ。
「ま、ほとんど僕が押し切ったんだけどね」と、フレデリック様はしたり顔をした。
「まぁっ、フレデリック様ったら。アレクセイさんの困り顔が目に浮かびますわ」
「いやぁ~、彼にはかなり無理を言ったからね」
「ふふっ」
そのとき、ふとセルゲイと目が合った。
「あ……」
互いに気まずそうに目を泳がせる。
「リーナ」ふいにフレデリック様が背後から私の両肩に触れた。「話したいことがあったら、ちゃんと言ったほうがいい」
私は彼の言葉に深く頷いて、まっすぐにセルゲイを見据えた。
……そう、私にははっきりと言わないといけないことがある。それが、たとえ彼を傷付けることになっても、私は前へ進まなければならないのだ。
少しの間、沈黙が訪れる。緊張で表情がビリビリと強張るのを感じた。
でも、このまま黙っているわけにもいかない。私は意を決して口を開く。
「セ――」
「皇女殿下」と、彼は朗々と私の名前を呼んで跪いて頭を垂れた。
あぁ、決別の時がきた……と身にしみる。
私たちはもう振り返らない。
「頭を上げなさい」と、私は皇女として彼に言葉をかけた。
セルゲイはゆっくりと顔を上げて私を見て、
「皇女殿下、少し早いですがご婚約おめでとうございます。……臣下として、とても嬉しく思います」
「そう……」
私は少し言葉に詰まった。
リーズに来てからはセルゲイに頼ってばかりだった。もし、入学試験の日に彼と出会わなければ私は今頃傷心のまま連邦国に帰国していたのかもしれないし、最悪侯爵令嬢から殺されていたかもしれない。
彼は私の大切な……友達だ。
「セルゲイ・ミハイロヴィチ・ストロガノフ。此度は大変大義でした。心より……心より感謝します。本当にありがとう」と、私は噛み締めるように言った。
告白の返事はしない。今の自分と彼の立ち位置がその答えだ。
傷付けてしまってごめんなさい。でも、私はフレデリック様と共に歩んでいくと決めたから……。
「恐れ入ります、殿下」と、セルゲイは再び一礼をした。これが彼の返事。
それで、おしまい。
◆◆◆
すっかり辺りが薄暗くなってミルキーウェイ・リバーもポツポツとランタンの明かりが灯り始めた。
私はフレデリック様にお願いをして、王宮へ戻る前にここに寄らせてもらったのだ。もちろん目的は彼と約束した恋人たちの儀式である。
セルゲイはすっかり疲れて眠たくなってしまったアミィを連れて先にシェフィールド家へと向かった。オリヴィアとグレースも先に帰っていいって言ったのだけれど、なぜか付いてきた。
「エカチェリーナ様、あたしたちへこちらで見守っていますので!」
「どうぞお二人でごゆっくり」
「うん? ありがと? ――って、オリヴィアは子爵令息を呼んで来ないの?」
「いいの、いいの。また来年があるから」
「そう……?」
私は首を傾げる。用がないのに、なんで二人とも付いて来たのかしら。よく分からないわ。
二人はニマニマした妙な笑顔をこちらに向けていた。本当にどうしたのかしら?
「さ、リーナ。行こうか」
「は、はいっ……」
手紙で読んで憧れていた催しだけど、いざこれから始めようとするとなんだか緊張してきたわ。これから、フレデリック様と――、
「あっ!!」
思わず叫んでしまった。たちまち顔が真っ赤になる。
わ、私はなんてことを提案してしまったのかしら……。儀式を行うということは……フレデリック様と……キ、キ、キス、を…………。
「リーナ、どうしたの?」
私はしどろもどろになって、
「い、いえ……あの……や、やっぱり私も来年で……」
「逃さないよ」
「きゃっ」
フレデリック様は私を抱き上げた。ドキリと心臓が跳ね上がる。
「お、降ろしてください!」
「嫌だね。だって降ろしたらリーナは逃げちゃうでしょ?」
「それはっ……! でも、降ろして!」
「駄目駄目。さ、行くよ」
フレデリック様は私を抱えたままランタンを受け取って川沿いへと向かった。
「うわぁっ……!」
対岸は既にたくさんの明かりが灯っていた。それはまるで夜空の星々のように煌めいていて、幻想的な光景だった。
「綺麗だね」
「えぇ……とても」
フレデリック様はやっと私を降ろしてくれた。そしてそっと私の手を握って、薄紅色のハート型の蝋燭に一緒に火を灯した。
ぼんやりと赤い光が広がって、二人を淡く照らした。
「…………」
「…………」
私たちはランタン越しに見つめ合う。薄明かりに照らされたフレデリック様はとても優しく微笑んでいた。
「リーナ、大好きだ」
「私も大好きです、フレデリック様」
そして私たちは、どちらからともなくキスをした。
侯爵令嬢は普段の淑女然とした優雅な姿は見る影もなく、乱れた髪を振り乱しながら絶叫していた。
「わたくしがっ、わたくしが王太子妃なのにっ! わたくしがリーズを支配するはずなのにっ!!」
「連れて行け」
泣き喚く侯爵令嬢とは正反対に、冷淡にフレデリック様が言い放つ。騎士たちは慣れた手付きで彼女を連行した。
「今頃、王宮で叔父上がフォード侯爵に闇魔法の証拠を突き付けているところだ。僕たちもそろそろ――」
「リーナお姉様っ!」
出し抜けにアメリア様が私に向かって突撃するように抱きついてきた。
「えっと……アメリア、様……?」
「なにを言っているの! アミィでいいわ! 平民のリナが本物のエカチェリーナ殿下だったなんて、すっごく嬉しいっ!」
「アメリ――いえ、アミィ。今まで黙っていてごめんなさいね」
「いいの! だってリーナお姉様の気持ちも分かるわ! フレディお兄様ったら頼りないんだもん! セルゲイのほうがずっと頼りになるわ!」
「そ、そんなことないだろう!」
「そんなことあるもんっ!」
「そんなことないわよ」と、私は苦笑いをした。
「リーナ、これを」
フレデリック様はおもむろにポケットから封筒を取り出して私に渡してきた。裏返すと、宛て名にはアレクセイ・アレクセイヴィチ・カトコフと署名がしてあった。
「アレクセイさんからだわ!」
懐かしい名前につい嬉しくなって、急いで封を開ける。
◇◇◇
リナ、自分の信じる道を進みなさい
◇◇◇
便箋にはたった一言、それだけが書いてあった。
じわじわと胸に込み上げるものがあった。地下牢から救出されて、平民のリナとして生きてきて……別にその生きかたも嫌じゃなかったけど、やっぱり頭の片隅にはどこかフレデリック様のことがあったから。
私、もう我慢しなくていいのよね? 胸を張って自分はエカチェリーナだと言っていいのよね?
そのとき、
「エカチェリーナ」
フレデリック様は私の名前を呼んで、
私が彼に顔を向けるとゆっくりと跪いて、
熱の帯びた瞳で私を見つめながらそっと手を取って、
「僕と結婚していただけますか?」
そう、囁いた。
「はい……」
私ははにかみながら、頷く。
すると彼は勢いよく立ち上がって私を抱き締めた。急に彼の顔が近付いてきて心臓が飛び上がりそうになった。
「あの、フレデリック様……?」
「なんだい?」
「念のため確認なのですが……その……私は今はもう平民なのですが、宜しいんでしょうか……?」
「あぁ、それなら問題ないよ。なぜなら――」
「大丈夫よ、リーナお姉様!」またぞろアミィが勢いよく私たちの間に割って入った。「前も言ったでしょう? シェフィールド家の養子になればいいわ! そうしたら、公爵令嬢として王家に輿入れすることができるし!」
「そうですわ、エカチェリーナ様!」続いてグレースが興奮した様子で叫んだ。「でもいきなり公爵家は難しいと思うので、その前にパッション伯爵家の養子になればいいわ!」
「だったら!」今度はオリヴィアが柄にもなく大声を上げた。「まずはミルズ男爵家がいいと思います! ねっ、リナ?」
「みんな……ありがとう!」
嬉しくて瞳に涙が滲んだ。リーズ王国に来てからの思い出が駆け巡る。
辛いこともあったけど、こんなにも素敵な友人たちができた。きっと皇女のままだったら今も狭い世界で、なにも知らないまま生きていたのかもしれない。私はなんて幸せ者なのだろう。
「あー、コホン!」と、フレデリック様が大仰に咳払いをした。「リーナ、安心してくれ。副大統領と話し合って、君は皇女エカチェリーナとして僕と結婚できるようにしたから。養子に出なくても大丈夫だよ」
「そうなのですか? アレクセイさんが……」
少し胸が痛んだ。アレクセイさんにはどれほど心労をかけたことだろうか。思えば、彼のおかげで私は生き延びられて、そして今がある。彼は私の命の恩人であり……もう一人のお父様だわ。
「ま、ほとんど僕が押し切ったんだけどね」と、フレデリック様はしたり顔をした。
「まぁっ、フレデリック様ったら。アレクセイさんの困り顔が目に浮かびますわ」
「いやぁ~、彼にはかなり無理を言ったからね」
「ふふっ」
そのとき、ふとセルゲイと目が合った。
「あ……」
互いに気まずそうに目を泳がせる。
「リーナ」ふいにフレデリック様が背後から私の両肩に触れた。「話したいことがあったら、ちゃんと言ったほうがいい」
私は彼の言葉に深く頷いて、まっすぐにセルゲイを見据えた。
……そう、私にははっきりと言わないといけないことがある。それが、たとえ彼を傷付けることになっても、私は前へ進まなければならないのだ。
少しの間、沈黙が訪れる。緊張で表情がビリビリと強張るのを感じた。
でも、このまま黙っているわけにもいかない。私は意を決して口を開く。
「セ――」
「皇女殿下」と、彼は朗々と私の名前を呼んで跪いて頭を垂れた。
あぁ、決別の時がきた……と身にしみる。
私たちはもう振り返らない。
「頭を上げなさい」と、私は皇女として彼に言葉をかけた。
セルゲイはゆっくりと顔を上げて私を見て、
「皇女殿下、少し早いですがご婚約おめでとうございます。……臣下として、とても嬉しく思います」
「そう……」
私は少し言葉に詰まった。
リーズに来てからはセルゲイに頼ってばかりだった。もし、入学試験の日に彼と出会わなければ私は今頃傷心のまま連邦国に帰国していたのかもしれないし、最悪侯爵令嬢から殺されていたかもしれない。
彼は私の大切な……友達だ。
「セルゲイ・ミハイロヴィチ・ストロガノフ。此度は大変大義でした。心より……心より感謝します。本当にありがとう」と、私は噛み締めるように言った。
告白の返事はしない。今の自分と彼の立ち位置がその答えだ。
傷付けてしまってごめんなさい。でも、私はフレデリック様と共に歩んでいくと決めたから……。
「恐れ入ります、殿下」と、セルゲイは再び一礼をした。これが彼の返事。
それで、おしまい。
◆◆◆
すっかり辺りが薄暗くなってミルキーウェイ・リバーもポツポツとランタンの明かりが灯り始めた。
私はフレデリック様にお願いをして、王宮へ戻る前にここに寄らせてもらったのだ。もちろん目的は彼と約束した恋人たちの儀式である。
セルゲイはすっかり疲れて眠たくなってしまったアミィを連れて先にシェフィールド家へと向かった。オリヴィアとグレースも先に帰っていいって言ったのだけれど、なぜか付いてきた。
「エカチェリーナ様、あたしたちへこちらで見守っていますので!」
「どうぞお二人でごゆっくり」
「うん? ありがと? ――って、オリヴィアは子爵令息を呼んで来ないの?」
「いいの、いいの。また来年があるから」
「そう……?」
私は首を傾げる。用がないのに、なんで二人とも付いて来たのかしら。よく分からないわ。
二人はニマニマした妙な笑顔をこちらに向けていた。本当にどうしたのかしら?
「さ、リーナ。行こうか」
「は、はいっ……」
手紙で読んで憧れていた催しだけど、いざこれから始めようとするとなんだか緊張してきたわ。これから、フレデリック様と――、
「あっ!!」
思わず叫んでしまった。たちまち顔が真っ赤になる。
わ、私はなんてことを提案してしまったのかしら……。儀式を行うということは……フレデリック様と……キ、キ、キス、を…………。
「リーナ、どうしたの?」
私はしどろもどろになって、
「い、いえ……あの……や、やっぱり私も来年で……」
「逃さないよ」
「きゃっ」
フレデリック様は私を抱き上げた。ドキリと心臓が跳ね上がる。
「お、降ろしてください!」
「嫌だね。だって降ろしたらリーナは逃げちゃうでしょ?」
「それはっ……! でも、降ろして!」
「駄目駄目。さ、行くよ」
フレデリック様は私を抱えたままランタンを受け取って川沿いへと向かった。
「うわぁっ……!」
対岸は既にたくさんの明かりが灯っていた。それはまるで夜空の星々のように煌めいていて、幻想的な光景だった。
「綺麗だね」
「えぇ……とても」
フレデリック様はやっと私を降ろしてくれた。そしてそっと私の手を握って、薄紅色のハート型の蝋燭に一緒に火を灯した。
ぼんやりと赤い光が広がって、二人を淡く照らした。
「…………」
「…………」
私たちはランタン越しに見つめ合う。薄明かりに照らされたフレデリック様はとても優しく微笑んでいた。
「リーナ、大好きだ」
「私も大好きです、フレデリック様」
そして私たちは、どちらからともなくキスをした。
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