【本編完結】元皇女なのはヒミツです!

あまぞらりゅう

文字の大きさ
67 / 76
番外編

5 炎の道を行く

「うわぁ~! 水が澄み切っていて綺麗ね、オリヴィア!」

「そうね」

「風も涼しいし、気持ちいわ――きゃっ!」

 ドン、と鈍い音がしてボートに衝撃が走った。端にある柵にぶつかってしまったのだ。

「ごめんなさい! オリヴィア、大丈夫?」

「大丈夫よ。リナのほうこそ怪我は?」

「私は問題ないわ。ボートを漕ぐのって難しいのね」

「慣れるまでは中々ね。今度はわたしが代わるわ。――と言っても、わたしもまだ上手く漕げないんだけど」

 私はオールをオリヴィアに託した。
 彼女は上手く操縦して柵から離れて広い水面に出る。ちょうど強めの風が吹いてきて、進行方向が少しだけ曲がってしまう。それでも私より器用にオールを動かして、滑らかに前へと進んで行った。


「本当に違うんだっ、リナ!」

「うぅ……娯解なんですぅ……エカチェリーナ様ぁっ!!」

 後ろから、セルゲイとグレースの乗ったボートが近付いてきた。漕いでいるのはセルゲイで、すいすいと私たちの乗ったボートに迫って来る。

「……別に。私は関係ないわ。二人で楽しくデートでもすれば。裸になって」と、私はつっけんどんに答えた。オリヴィアが「えっ?」と目を丸くする。

 さっきの光景を思い出しただけで無性に腹が立ってきた。
 上半身が半裸のセルゲイと馬乗りになっているグレース。……なんなのよ、あれは。この二人のことだからきっとふざけていたんでしょうけど、なんだか見ていて面白くない。なんでわざわざシャツを脱ぐ必要があるの? バッカみたい!


「――きゃっ!」

 にわかに、ボートがくるくる回り始めた。オリヴィアが困ったように眉根を寄せる。

「ごめんなさい、急に運転できなくなっちゃった! どうしましょう!」

 オリヴィアは必死になってオールを動かすが、ボートはなかなか前進しない。

「おっと」

 ゴンと低い音がして、にわかにボートの動きが止まる。見ると、セルゲイが自身の乗っているボートを体当たりさせて動きを止めてくれていた。

「大丈夫か?」

「ありがとうセルゲイ。リナ、ごめんね。大丈夫だった?」

「平気、平気。良かったらまた交代しましょう」

「そうね」

「リナ、大丈夫なのか? 俺が手伝おうか?」

「べ、つ、に!」

 私はセルゲイを思い切り睨みつけた。
 そして場所を交代しようと立ち上がった折も折、日差しのせいか急に立ちくらみがしてきて、身体のバランスを崩してしまう。

「えっ――」

「リナっ!?」

「エカチェリーナ様っ!!」

「リナ! 危ない!!」

 セルゲイが飛び上がるように腕を伸ばして、倒れていく私を受け止める。そしてぐいっと押し上げて、私は元の通りにボートの上に着地した。
 一方、セルゲイは――、

 ――バシャン!

 大きな音を立てて、打ち付けるように湖の中へと落ちていった。

「きゃあぁっ! セルゲイっ!!」

 私は慌てて水の中に手を突っ込むが、彼の身体に届かずに二、三度水を掻くだけだった。

「セルゲイっ! セルゲイっ!」

 彼を助けようと、急いでボートから身を乗り出す。

「リナっ! 危ないわっ!」

 すると、オリヴィアが必死に私の胴体に抱き着いて制止した。

「離して! セルゲイが!」

「今、救援が来ているから! ちょっと待ってて! リナまで水の中に落ちたら大変よ!」

「でもっ!」

「落ち着いて!」

 そうこうしている内に、水面下からぶくぶくと泡立つ音が聞こえたと思ったら、

「――っぷはぁっ!!」

 セルゲイが自力でボートまで這い上がって、ゲホゲホと激しく咳き込んで水を吐き出してから気を失った。





「あ~~~、死ぬかと思った……」

 半刻後、目が覚めたセルゲイは横になったまま天井を仰ぐ。私たちは風通しの良い東屋のベンチで休んでいた。

「ごめん、セルゲイ。本当にごめんなさい」

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいで、何度も何度も彼に謝った。

「リナに殺されかけたのは二度目だな」と、彼はくすりと笑う。

 私は眉を顰めて、

「はぁ? 私がいつセルゲイを殺しかけたのよ? 失礼しちゃうわね」

「リーズに来て初めて会ったとき、覚えているか?」

 セルゲイはいたずらっぽくニヤリと笑った。

「あっ……」

 にわかに過去の出来事が脳裏に過ぎった。
 そういえば彼と再会したとき、帰宅する受験生たちの中で本名を呼ばれそうになって、慌てて氷魔法で口を塞いだんだっけ。
 私はみるみる顔を上気させて、

「あ、あれは仕方がなかったのよ! だって、まさかストロガノフ家の令息がこんな遠方の国にいるなんて思いも寄らなかったんですもの」

 リーズ王国はアレクサンドル連邦国からかなりの距離がある。移動するのに時間も掛かるし道中も険しいので、二国間を行き来する人間は基本的に行商人くらいだ。

「思い切ってリーズに留学して良かったよ」と、セルゲイがぽつりと呟いた。

「そう」と、私はそっけなく返事をする。

 私たちはしばらく黙り込んで、草花を揺する風の音だけが辺りに響いた。

「私もここに来て良かったわ」と、私も小さな声で言った。

 ただフレデリック様にお会いしたい一心でリーズにやって来たけど、皇女では味わえないような貴重な経験ができたし、なによりセルゲイやオリヴィアやグレースといった大切な友人が出来た。それだけで、私はリーズまではるばるやって来て良かったと思う。現在進行形で他では味わえない体験をしているから。
 それは、私にとって宝石よりも大切な財産だ。

「全く、リナのせいで平穏な生活とは程遠いけどな」と、セルゲイはまたぞろニヤリと笑う。

「わ、悪かったわねぇ!」

 私は一瞬だけ眉を吊り上げるが、すぐに顔を綻ばせた。
 辛いことのほうが多かったけど、それも今では楽しい思い出だ。
 セルゲイと思わぬ再会をして、彼と一緒に登校したり、毎日のように定食屋に食べに来てくれたり、グレースみたいな意地悪な令嬢から私を庇ってくれたり、パーティーでダンスをしたり、皆で集まって魔法のテスト対策をしたり、お茶会をしたり、王都に遊びに行ったり、悲しくて泣いている私を慰めてくれたり…………。

 ――あぁ、そうか。

 私はやっと気が付いた。
 私の隣には、いつもセルゲイがいるのよね。
 楽しいときも、悲しいときも、きっと……これからも、ずっと――……。




◆◆◆




 私は王都に戻るなり、グレースに頼み事をした。
 辛うじて残っていたフレデリック様の手紙を……全て燃やして欲しい、と。


あなたにおすすめの小説

私だけが愛して1度も笑ったことの無い夫が、死んだはずの息子を連れてもどってきた

まつめ
恋愛
夫はただの一度も私に笑いかけたことは無く、穏やかに夫婦の時間をもったこともない。魔法騎士団の、騎士団長を務める彼は、23年間の結婚生活のほとんどを戦地で過ごしている。22歳の息子の戦死の知らせが届く。けれど夫は元気な息子を連れて私の元に戻って来てくれた。

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。