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番外編
6 炎の道を行く
フレデリック様からのお手紙を燃やすことは、グレースから何度も「本当にいいの?」と確認された。
その度に私は「構わない」と答えたわ。だって、手紙という形あるものが残っていると、いつまでも過去を引きずって生きそうだったから。
「リナ」になった私には……もう、必要ないわ。
グレースは炎の魔法を唱えて、そっと手紙に灯す。青白い光が幻想的で綺麗だった。まるで雪景色を照らす月の光みたい。
私はその光に魅入って、瞬きせずにじっと見つめていた。
手紙はじわじわ、じわじわと黒い灰になって消えていく。
同時に、私の気持ちも煙のように遥か彼方へ飛んで行ってしまった。
身体が軽くなった気がした。
……これでいい。
私は、もう先を進むわ。
◆◆◆
今日は年に一度のディアン・ルーの祭典の日だ。
リーズ王国の建国に関わった女神を祀る祭典で、お祭りの期間は普段の王都よりも賑やかになる。ただでさえ人がいっぱいなのに、今日は大通りにぎゅうぎゅうに人々が押し込まれていて、歩くのも一苦労だった。
私はセルゲイとグレースとオリヴィアのいつものメンバーで見て回ることにした。
湖に出掛けて以来、なにかとこの四人で行動することが多い。三人とも私の過去を知っているし、一緒にいると気楽なのよね。グレースはたまに暴走することもあるけど、今ではおかしいことにオリヴィアが彼女をしっかりと見張っていて、まるで仲の良い姉妹みたいで微笑ましいわ。
「ねぇ、早く行きましょう! もうすぐハート型の噴水が赤く染まる時間でしょう?」
私は皆よりちょっと先を歩きながら頭だけ振り返る。わくわくする気持ちが抑えられなくて、ついつい早足になってしまった。
「リナったら今朝からずっと言っているわね」と、オリヴィアが苦笑いをする。
「だって、ずっと楽しみにしていたんですもの! ハートの噴水と、あとミルキーウェイ・リヴァーね。リーズに来たらこの二つは絶対に見たいって思っていたから」
「ま、ディアン・ルー祭では定番よね。主に恋人たちの」と、グレースは顔を顰める。
「あぁ、グレースには縁がなさそうだもんな」とセルゲイ。
「はぁぁぁっ!? あたしだってねぇ、縁談の話は山ほどあるのよ!」
「本当かよ」
「当然よ! なにせ名門・パッション伯爵家ですから!」
「はいはい」
噴水の周りは既に人でごった返していた。心なしか男女のペアが多いような……。まぁ、当然と言えば当然か。
「あら……。もうちょっと早く来れば良かったわ」
「リーズの恋人たちは毎年毎年飽きないわね」
私たちは人だかりの後ろをそわそわと歩きながら、噴水が見えやすい場所を探した。
「リナ、ここからだと隙間から見えるぞ」
私は手招きするセルゲイの前の位置に立った。ちょうど人の頭の間が噴水まで空いていて絶好のポジションだった。
「本当だわ! ありがとう、セルゲイ。終わるまでこのまま人が動かないといいわね」
「途中で見えなくなったら後ろから抱っこしてあげようか?」
「なっ……なに言ってるのよ! 馬鹿!」
私はみるみる顔が熱くなってそっぽを向いた。心臓がばくばくする。セルゲイったら、冗談にしてもたちが悪すぎる。
「あら?」私はキョロキョロと辺りを見回した。「オリヴィアとグレースがいない!」
「あぁ、人が多すぎるから後ろで待ってるってさ」
「そっか、一緒に見たかったのに残念ね……。まぁ、二人は何度も見ているみたいだか――きゃっ!」
いつの間にか背後にも大勢の人々が集まっていて、それが波のようにどっと押し寄せてきた。もうすぐ開始の時間だからだ。
私はバランスを崩して前のめりになる。すると、セルゲイが後ろから掬い上げてくれた。
「悪い、大丈夫か?」
「う、うん……。ありがとう」
またもや顔が上気した。セルゲイの綺麗な顔が私のすぐ横にある。鼓動が早くなる。見慣れているはずの芸術品みたいな整った造形に、思わず見惚れてしまった。
「も、もうだいじょ――ぎゃあっ!」
みるみる見物人が増えて、箱の中に詰め込めれているみたいにぎゅうぎゅうだった。恥ずかしくてセルゲイから離れようとしても、身動きが取れない。むしろ、彼にくっついていないとこのまま倒れそうだ。
「あ、始まった」
「えっ!?」
頑張って顔を噴水に向けると、下のほうから徐々に赤く染まっていくところだった。
あれを見るためにも……仕方ないわ。このために来たんですからね。
私はままよとセルゲイにぎゅっと抱き着いた。恥ずかしすぎて彼の顔は見られない。今の状況を考えないように、目の前の情景に集中した。
「可愛いっ……!」
歓声が上がる。赤く染まったハート型の噴水は意外にも濃い鮮やかな色で、キャンディみたいでとっても可愛らしかった。そのままペロリといけそうね。
「リナ、今美味しそうって思っただろ。食うなよ」
「お、思ってないから! 食べないし!」
「やっぱりな」と、セルゲイはくつくつと笑った。
もうっ、なんでこんな状態なのに平然としているのかしら! 信じられない!
「……リナと一緒に見られて良かったよ」
セルゲイはふっと微笑んだ。彼の腕の力が少しだけ強くなったのを感じた。
「そうね」と、私は呟いた。
ハートの上に虹が架かる。それは明るい未来を予感しているようで、晴れやかな気持ちになった。
私たちは互いに抱き合ったまま、いつまでも噴水を眺めていた。
その度に私は「構わない」と答えたわ。だって、手紙という形あるものが残っていると、いつまでも過去を引きずって生きそうだったから。
「リナ」になった私には……もう、必要ないわ。
グレースは炎の魔法を唱えて、そっと手紙に灯す。青白い光が幻想的で綺麗だった。まるで雪景色を照らす月の光みたい。
私はその光に魅入って、瞬きせずにじっと見つめていた。
手紙はじわじわ、じわじわと黒い灰になって消えていく。
同時に、私の気持ちも煙のように遥か彼方へ飛んで行ってしまった。
身体が軽くなった気がした。
……これでいい。
私は、もう先を進むわ。
◆◆◆
今日は年に一度のディアン・ルーの祭典の日だ。
リーズ王国の建国に関わった女神を祀る祭典で、お祭りの期間は普段の王都よりも賑やかになる。ただでさえ人がいっぱいなのに、今日は大通りにぎゅうぎゅうに人々が押し込まれていて、歩くのも一苦労だった。
私はセルゲイとグレースとオリヴィアのいつものメンバーで見て回ることにした。
湖に出掛けて以来、なにかとこの四人で行動することが多い。三人とも私の過去を知っているし、一緒にいると気楽なのよね。グレースはたまに暴走することもあるけど、今ではおかしいことにオリヴィアが彼女をしっかりと見張っていて、まるで仲の良い姉妹みたいで微笑ましいわ。
「ねぇ、早く行きましょう! もうすぐハート型の噴水が赤く染まる時間でしょう?」
私は皆よりちょっと先を歩きながら頭だけ振り返る。わくわくする気持ちが抑えられなくて、ついつい早足になってしまった。
「リナったら今朝からずっと言っているわね」と、オリヴィアが苦笑いをする。
「だって、ずっと楽しみにしていたんですもの! ハートの噴水と、あとミルキーウェイ・リヴァーね。リーズに来たらこの二つは絶対に見たいって思っていたから」
「ま、ディアン・ルー祭では定番よね。主に恋人たちの」と、グレースは顔を顰める。
「あぁ、グレースには縁がなさそうだもんな」とセルゲイ。
「はぁぁぁっ!? あたしだってねぇ、縁談の話は山ほどあるのよ!」
「本当かよ」
「当然よ! なにせ名門・パッション伯爵家ですから!」
「はいはい」
噴水の周りは既に人でごった返していた。心なしか男女のペアが多いような……。まぁ、当然と言えば当然か。
「あら……。もうちょっと早く来れば良かったわ」
「リーズの恋人たちは毎年毎年飽きないわね」
私たちは人だかりの後ろをそわそわと歩きながら、噴水が見えやすい場所を探した。
「リナ、ここからだと隙間から見えるぞ」
私は手招きするセルゲイの前の位置に立った。ちょうど人の頭の間が噴水まで空いていて絶好のポジションだった。
「本当だわ! ありがとう、セルゲイ。終わるまでこのまま人が動かないといいわね」
「途中で見えなくなったら後ろから抱っこしてあげようか?」
「なっ……なに言ってるのよ! 馬鹿!」
私はみるみる顔が熱くなってそっぽを向いた。心臓がばくばくする。セルゲイったら、冗談にしてもたちが悪すぎる。
「あら?」私はキョロキョロと辺りを見回した。「オリヴィアとグレースがいない!」
「あぁ、人が多すぎるから後ろで待ってるってさ」
「そっか、一緒に見たかったのに残念ね……。まぁ、二人は何度も見ているみたいだか――きゃっ!」
いつの間にか背後にも大勢の人々が集まっていて、それが波のようにどっと押し寄せてきた。もうすぐ開始の時間だからだ。
私はバランスを崩して前のめりになる。すると、セルゲイが後ろから掬い上げてくれた。
「悪い、大丈夫か?」
「う、うん……。ありがとう」
またもや顔が上気した。セルゲイの綺麗な顔が私のすぐ横にある。鼓動が早くなる。見慣れているはずの芸術品みたいな整った造形に、思わず見惚れてしまった。
「も、もうだいじょ――ぎゃあっ!」
みるみる見物人が増えて、箱の中に詰め込めれているみたいにぎゅうぎゅうだった。恥ずかしくてセルゲイから離れようとしても、身動きが取れない。むしろ、彼にくっついていないとこのまま倒れそうだ。
「あ、始まった」
「えっ!?」
頑張って顔を噴水に向けると、下のほうから徐々に赤く染まっていくところだった。
あれを見るためにも……仕方ないわ。このために来たんですからね。
私はままよとセルゲイにぎゅっと抱き着いた。恥ずかしすぎて彼の顔は見られない。今の状況を考えないように、目の前の情景に集中した。
「可愛いっ……!」
歓声が上がる。赤く染まったハート型の噴水は意外にも濃い鮮やかな色で、キャンディみたいでとっても可愛らしかった。そのままペロリといけそうね。
「リナ、今美味しそうって思っただろ。食うなよ」
「お、思ってないから! 食べないし!」
「やっぱりな」と、セルゲイはくつくつと笑った。
もうっ、なんでこんな状態なのに平然としているのかしら! 信じられない!
「……リナと一緒に見られて良かったよ」
セルゲイはふっと微笑んだ。彼の腕の力が少しだけ強くなったのを感じた。
「そうね」と、私は呟いた。
ハートの上に虹が架かる。それは明るい未来を予感しているようで、晴れやかな気持ちになった。
私たちは互いに抱き合ったまま、いつまでも噴水を眺めていた。
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追記
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