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◆
「ディアナ」
会議の後、聞き覚えのある優しい声音に、ディアナはびくりと身体を強張らせた。
「王太子殿下……」
嫌な予感がしてぎこちなく振り返ると、そこには元・婚約者のハインリヒが立っていた。
(あ……)
彼女は彼の微かな表情から感情を読み取る。
とても心が沈んでいる様子。家族みたいに長い時間を共に過ごしてきたから、相手の考えていることが手に取るように理解る。
「……もう、名前では呼んでくれないんだね」
彼の掠れた声が、彼女の胸をチクチクと突き刺す。金色の長い睫毛が悲しげに伏せていて、彼の全身が嘆いているように見えた。
その様子に彼女の良心が痛んでしまい、思わず一歩あとずさってしまう。
「も……もう、私たちは婚約者同士ではありませんので……」
一拍して、やっとの思いで震えた声を出す。それを改めて口にすると、どうしようもない寂寥感が込み上げてきた。
(もう、子供の頃みたいに無邪気に笑えない関係なのね)
ディアナにとって、ハインリヒとは既に「家族」になっていた。
空気みたいに、いつも側にいる人。それを失った今、自分の心の一部が抜け落ちたみたいだ。
「っ……!」
いつの間にか彼は彼女の目の前に立っていて、少し下を向いていた彼女の顎を軽く持ち上げた。
「なにを――」
「必ず、君を迎えに行くから。それまで待っていて欲しい」
ハインリヒはまっすぐにディアナを見た。
真剣な表情。見てはいけないものを見た気がして、彼女は慌てて視線をそらす。
「殿下には、シャルロッテ侯爵令嬢がいらっしゃるではありませんか」
そして申し開きのように早口で言った。
ハインリヒの立太子と新たな婚約は王命だ。絶対に覆すことはない。
なのに、彼は一体何を言っているのだろうか。
「兄上が失脚した今、僕は王子としての義務がある。だが、結婚は話が別だ」
「きゃっ」
にわかにハインリヒはディアナの両腕を掴んだ。彼のやりきれない想いが強い力になって、彼女は鈍い痛みを感じる。
「僕は……これまでの君との時間を、無かったことにはしたくない。君を失いたくないんだ。だから、側妃にしてでも――」
「ディアナ」
会議の後、聞き覚えのある優しい声音に、ディアナはびくりと身体を強張らせた。
「王太子殿下……」
嫌な予感がしてぎこちなく振り返ると、そこには元・婚約者のハインリヒが立っていた。
(あ……)
彼女は彼の微かな表情から感情を読み取る。
とても心が沈んでいる様子。家族みたいに長い時間を共に過ごしてきたから、相手の考えていることが手に取るように理解る。
「……もう、名前では呼んでくれないんだね」
彼の掠れた声が、彼女の胸をチクチクと突き刺す。金色の長い睫毛が悲しげに伏せていて、彼の全身が嘆いているように見えた。
その様子に彼女の良心が痛んでしまい、思わず一歩あとずさってしまう。
「も……もう、私たちは婚約者同士ではありませんので……」
一拍して、やっとの思いで震えた声を出す。それを改めて口にすると、どうしようもない寂寥感が込み上げてきた。
(もう、子供の頃みたいに無邪気に笑えない関係なのね)
ディアナにとって、ハインリヒとは既に「家族」になっていた。
空気みたいに、いつも側にいる人。それを失った今、自分の心の一部が抜け落ちたみたいだ。
「っ……!」
いつの間にか彼は彼女の目の前に立っていて、少し下を向いていた彼女の顎を軽く持ち上げた。
「なにを――」
「必ず、君を迎えに行くから。それまで待っていて欲しい」
ハインリヒはまっすぐにディアナを見た。
真剣な表情。見てはいけないものを見た気がして、彼女は慌てて視線をそらす。
「殿下には、シャルロッテ侯爵令嬢がいらっしゃるではありませんか」
そして申し開きのように早口で言った。
ハインリヒの立太子と新たな婚約は王命だ。絶対に覆すことはない。
なのに、彼は一体何を言っているのだろうか。
「兄上が失脚した今、僕は王子としての義務がある。だが、結婚は話が別だ」
「きゃっ」
にわかにハインリヒはディアナの両腕を掴んだ。彼のやりきれない想いが強い力になって、彼女は鈍い痛みを感じる。
「僕は……これまでの君との時間を、無かったことにはしたくない。君を失いたくないんだ。だから、側妃にしてでも――」
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