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吸血鬼たちの事情は
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コトコトと、コーヒーの入ったマグをテーブルの上に置く。小さなミーティングルームは四人で埋まっていた。テーブルを中央に椅子四脚、メンバーはアレックス、ダグラス、べトゥラ、そしてヴィンセントだ。
デブリーフィングが解散になった後、アレックスはダグラスに声を掛けられた。サロンとの交渉について考えがあるのだと言う。そこで二人でミーティングルームに入ろうとしたところをべトゥラに見つかり、そのままヴィンセントも連れ立って入室となったのだった。
アレックスは、べトゥラの目聡さ――いやもしかしたらその前から聞いていたのかもしれない耳聡さに感心しつつ、着席を勧めた。
「それで、何か案はあるって?」
べトゥラが長い髪を額から後ろへ手櫛で流しながら尋ねた。二十代にも三十代にも見えるその美貌は年齢不詳で、アレックスが初めて会った頃から衰えることを知らない。今は興味深そうに碧い瞳を輝かせている。
隣のヴィンセントはというと、渋々といった様子でついてきたのだが、素直に座ったところを見るに話を聞く気はあるようだ。
その向かいにアレックス、その隣にダグラスが腰掛ける。ダグラスは大きな手に掴んでいた砂糖のスティックを三本、べトゥラの前へと滑らせた。受け取ったべトゥラは、サラサラと三本全てをコーヒーに流し込む。
理解できないといった顔でそれを見るヴィンセントを横目に、アレックスは切り出した。
「二人も招いたってことは、明確にアイデアがあるんだろう?」
そう言ってダグラスを見つめる。ゆったりと首肯が返された。
「ああ、奴らを交渉のテーブルに着かせることは、恐らく可能だ。交渉役が余程のことをやらかさなければ、こちらへ有利に話を進められる見込みもある」
「そんなことが可能なのか?」
ダグラスのことは信じているが、そんなうまい話は想像し難い。アレックスが僅かに首を傾げながら尋ねれば、ダグラスはまた大様に頷いた。
「ラウルス老に進物を贈る」
その言葉にべトゥラが片眉を上げた。まさかその名が出てくるとは思わず、アレックスは小さく唸った。ヴィンセントは訝しげに無言を貫く。
ラウルス老とは、ここ一帯の吸血鬼の中で最も古参である老吸血鬼の名だ。以前はサロンの主催、その後は相談役とサロン中枢に関わっていたいたが、役を退いた近年は表舞台へ姿を見せなくなって久しい。しかし、彼は今でも各所に顔が利く人物であった。
「まさか、老を引き摺り出すつもりか?」
「そうだ」
アレックスが慌てて確認すれば、当然とばかりに肯定が返される。
「ラウルス老が腰を上げれば、サロンのルールはすべて無意味で無価値だ。彼が認めると言えば、すべてが通る」
「確かに……確かにそうだが」
ダグラスの言いたいことはアレックスにも理解できた。
ラウルスはカラスを白だと言える人物だ。しかしそう簡単にいくのだろうか。その思いのほうが強かった。
ラウルスは気難しく頭が固い。とにかく価値観が古いのだ。彼の存在は南北戦争時代から書類の端々に匂わされており、更には何百年と生きているという噂があるくらいだ。二十世紀末を越えてやっと共存を受け入れた程には人を信用していない。アレックスとて顔を合わせたのは数回程度だ。彼が人に命令をすることはあっても、人からの取り引きに応じるとは思えなかった。
アレックスは腕を組んで眉根を寄せる。様々な可能性を考えてみたものの、やはりあり得るとは思い至らなかった。
「マールスの野郎を無視して大丈夫なのか?」
聞き手に回っていたヴィンセントから懸念点の指摘が入る。鋭く睨むような信用ならないという面持ちでダグラスを見つめながら、更に吐き捨てるように言った。
「あいつは、自分が疎かにされることを心底嫌う。それが嫌で権力を手に入れた男だぞ」
サロン“芳しき薔薇園”の主催であり、ここ一帯の吸血鬼たちの最高権力者――それがマールスだった。
二十世紀初頭から合衆国の権力者と懇意にしており、彼の影響はとても大きい。彼は狂騒の時代、更には第二次大戦でありとあらゆるコネクションを築いたと言われている。民間はもちろん、政府においても軍においてもだ。
「マールス卿は、ラウルス老に頭が上がらない。――それはお前が一番分かっているだろう? ヴィンセント」
淡々とした口調で、ダグラスは赤髪の男へ視線を送る。ヴィンセントは忌々しげな表情で睨み返した。
脇で聞いていたアレックスは、納得した顔で頷いた。ヴィンセントに代わって答える。
「そうか、今回の件……二人にとってデリケートではあるが、決して目を逸らせない話でもあるのか」
「ああ。だからこそ、ラウルス老は自分が関わるならうまく事を収めたいだろうし、老が口を出せばマールス卿は従うしかない。彼に上げる頭はないだろう」
ダグラスの言い方は随分と辛辣だが、二人の力関係は確かにそのような部分はある。今回のような話であれば殊更だ。
「それに関しては同意するが……んな簡単にジジイを引っ張り出せるか?」
ヴィンセントはあまり信じたくないようだ。過信するなということなのだろう。随分と苦い顔で両腕を組む。椅子がぎしりと鈍い音を立てた。
「奴らにとって価値のあるものを出す。話を聞いてもらうために一つ、そして頼みを果たしてもらうために一つ。……完遂できたらもう一つ出してもいい」
ダグラスは、太くて長い指を一本、二本と立てて、少し勿体ぶってから三本目を立てた。
「そんなものがあるって言うのか?」
首を傾げるアレックスには、皆目見当がつかなかった。
吸血鬼たちが望むものは何だろうと思案してみたものの、やはり分からない。ただ誰だかは「平穏がほしい」「寄る辺がほしい」と言っていた。長い生に疲れ果て、そういったものを欲する長命種は多くいる。
だがそれを、あのラウルスが望むとは思わない。あの古老は実用主義だ。不確かなものに縋るとは思えない。
アレックスの問いに、ダグラスは頷いた。そうして口端を緩めて微かに笑う。
「二十五年ものだ。ヴィンテージと呼ぶには数年足らないが、老にとっては昔手に入れ損ねたそれだ。断る理由もないだろう」
「おい本気か、お前……」
ヴィンセントが体を起こし声を上げようとするが、言葉はそれ以上続かなかった。彼は目を眇め、眉根を寄せて黙り込む。暫しの間、思案していたが、長い前髪が鬱陶しかったのか、あぁとがなりながら髪を掻き上げ、その勢いのまま背もたれに戻った。
「たしかに、それならラウルスは動くなぁ」
今度は楽しげな声が同意を示す。天井を見上げるヴィンセントが不愉快そうに顔を顰めた。
「べトゥラ……口を開くな」
「いやぁ、ヴィンセント。お前には分からんと思うが、本当に用意するなら垂涎ものだ。ラウルス相手でないのなら、私が先に味見をしたいくらいだぞ?」
べトゥラは、大仰な仕草で口元を舐めずった。彼の色白さとは対照的に赤の強いそれは、妖しさと艶めかしさがあった。それはアレックスにあの塒の主人を思い出させた。
デブリーフィングが解散になった後、アレックスはダグラスに声を掛けられた。サロンとの交渉について考えがあるのだと言う。そこで二人でミーティングルームに入ろうとしたところをべトゥラに見つかり、そのままヴィンセントも連れ立って入室となったのだった。
アレックスは、べトゥラの目聡さ――いやもしかしたらその前から聞いていたのかもしれない耳聡さに感心しつつ、着席を勧めた。
「それで、何か案はあるって?」
べトゥラが長い髪を額から後ろへ手櫛で流しながら尋ねた。二十代にも三十代にも見えるその美貌は年齢不詳で、アレックスが初めて会った頃から衰えることを知らない。今は興味深そうに碧い瞳を輝かせている。
隣のヴィンセントはというと、渋々といった様子でついてきたのだが、素直に座ったところを見るに話を聞く気はあるようだ。
その向かいにアレックス、その隣にダグラスが腰掛ける。ダグラスは大きな手に掴んでいた砂糖のスティックを三本、べトゥラの前へと滑らせた。受け取ったべトゥラは、サラサラと三本全てをコーヒーに流し込む。
理解できないといった顔でそれを見るヴィンセントを横目に、アレックスは切り出した。
「二人も招いたってことは、明確にアイデアがあるんだろう?」
そう言ってダグラスを見つめる。ゆったりと首肯が返された。
「ああ、奴らを交渉のテーブルに着かせることは、恐らく可能だ。交渉役が余程のことをやらかさなければ、こちらへ有利に話を進められる見込みもある」
「そんなことが可能なのか?」
ダグラスのことは信じているが、そんなうまい話は想像し難い。アレックスが僅かに首を傾げながら尋ねれば、ダグラスはまた大様に頷いた。
「ラウルス老に進物を贈る」
その言葉にべトゥラが片眉を上げた。まさかその名が出てくるとは思わず、アレックスは小さく唸った。ヴィンセントは訝しげに無言を貫く。
ラウルス老とは、ここ一帯の吸血鬼の中で最も古参である老吸血鬼の名だ。以前はサロンの主催、その後は相談役とサロン中枢に関わっていたいたが、役を退いた近年は表舞台へ姿を見せなくなって久しい。しかし、彼は今でも各所に顔が利く人物であった。
「まさか、老を引き摺り出すつもりか?」
「そうだ」
アレックスが慌てて確認すれば、当然とばかりに肯定が返される。
「ラウルス老が腰を上げれば、サロンのルールはすべて無意味で無価値だ。彼が認めると言えば、すべてが通る」
「確かに……確かにそうだが」
ダグラスの言いたいことはアレックスにも理解できた。
ラウルスはカラスを白だと言える人物だ。しかしそう簡単にいくのだろうか。その思いのほうが強かった。
ラウルスは気難しく頭が固い。とにかく価値観が古いのだ。彼の存在は南北戦争時代から書類の端々に匂わされており、更には何百年と生きているという噂があるくらいだ。二十世紀末を越えてやっと共存を受け入れた程には人を信用していない。アレックスとて顔を合わせたのは数回程度だ。彼が人に命令をすることはあっても、人からの取り引きに応じるとは思えなかった。
アレックスは腕を組んで眉根を寄せる。様々な可能性を考えてみたものの、やはりあり得るとは思い至らなかった。
「マールスの野郎を無視して大丈夫なのか?」
聞き手に回っていたヴィンセントから懸念点の指摘が入る。鋭く睨むような信用ならないという面持ちでダグラスを見つめながら、更に吐き捨てるように言った。
「あいつは、自分が疎かにされることを心底嫌う。それが嫌で権力を手に入れた男だぞ」
サロン“芳しき薔薇園”の主催であり、ここ一帯の吸血鬼たちの最高権力者――それがマールスだった。
二十世紀初頭から合衆国の権力者と懇意にしており、彼の影響はとても大きい。彼は狂騒の時代、更には第二次大戦でありとあらゆるコネクションを築いたと言われている。民間はもちろん、政府においても軍においてもだ。
「マールス卿は、ラウルス老に頭が上がらない。――それはお前が一番分かっているだろう? ヴィンセント」
淡々とした口調で、ダグラスは赤髪の男へ視線を送る。ヴィンセントは忌々しげな表情で睨み返した。
脇で聞いていたアレックスは、納得した顔で頷いた。ヴィンセントに代わって答える。
「そうか、今回の件……二人にとってデリケートではあるが、決して目を逸らせない話でもあるのか」
「ああ。だからこそ、ラウルス老は自分が関わるならうまく事を収めたいだろうし、老が口を出せばマールス卿は従うしかない。彼に上げる頭はないだろう」
ダグラスの言い方は随分と辛辣だが、二人の力関係は確かにそのような部分はある。今回のような話であれば殊更だ。
「それに関しては同意するが……んな簡単にジジイを引っ張り出せるか?」
ヴィンセントはあまり信じたくないようだ。過信するなということなのだろう。随分と苦い顔で両腕を組む。椅子がぎしりと鈍い音を立てた。
「奴らにとって価値のあるものを出す。話を聞いてもらうために一つ、そして頼みを果たしてもらうために一つ。……完遂できたらもう一つ出してもいい」
ダグラスは、太くて長い指を一本、二本と立てて、少し勿体ぶってから三本目を立てた。
「そんなものがあるって言うのか?」
首を傾げるアレックスには、皆目見当がつかなかった。
吸血鬼たちが望むものは何だろうと思案してみたものの、やはり分からない。ただ誰だかは「平穏がほしい」「寄る辺がほしい」と言っていた。長い生に疲れ果て、そういったものを欲する長命種は多くいる。
だがそれを、あのラウルスが望むとは思わない。あの古老は実用主義だ。不確かなものに縋るとは思えない。
アレックスの問いに、ダグラスは頷いた。そうして口端を緩めて微かに笑う。
「二十五年ものだ。ヴィンテージと呼ぶには数年足らないが、老にとっては昔手に入れ損ねたそれだ。断る理由もないだろう」
「おい本気か、お前……」
ヴィンセントが体を起こし声を上げようとするが、言葉はそれ以上続かなかった。彼は目を眇め、眉根を寄せて黙り込む。暫しの間、思案していたが、長い前髪が鬱陶しかったのか、あぁとがなりながら髪を掻き上げ、その勢いのまま背もたれに戻った。
「たしかに、それならラウルスは動くなぁ」
今度は楽しげな声が同意を示す。天井を見上げるヴィンセントが不愉快そうに顔を顰めた。
「べトゥラ……口を開くな」
「いやぁ、ヴィンセント。お前には分からんと思うが、本当に用意するなら垂涎ものだ。ラウルス相手でないのなら、私が先に味見をしたいくらいだぞ?」
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