雫物語~Myth of The Wind~

くろぷり

文字の大きさ
上 下
47 / 222
恐怖の炎とムスペルの騎士

すれ違う思い

しおりを挟む

「カズちゃんには分からないよ!!戦場に出てないから…………分かりっこない!!」

感情的に声を張り上げて絵美はそう言うと、その場から離れて行く。

一真は自分を呼び捨てにした………「ミーちゃん」って呼ぶ事を、必死過ぎて忘れたのだろう………自分の双子の姉、智美がいなくなった時は、あんなにも冷静だったのに………

腹立たしさと、苛立ちと、悲しみと………

言いようのない感情が溢れ、その歩幅を大きく、地面を蹴る力も自然と強くなっていた。

「一真さん!!水、持って来ました!!」

そんな絵美と入れ代わるように、ティアが茶色の綺麗な髪を灰で白く染めながら、その髪を振り乱して走ってきた。

額には大量の汗をかき、手には水の入った重そうな桶を持っている。

必死に走るティアとすれ違いながら、絵美はどうしようもないぐらい心が痛んだ。

それでも………………………………それでも、シェルクードを………………一真を許す事は出来ない。

俯きながらその場を離れる絵美の横を、エリサが心配しながら通り過ぎるが、今は何も言ってあげられなかった……………

今にも死んでしまいそうな人がいる……………医療隊のメンバーとして、命を優先しなければいけなかった。

一真の緊張感に包まれた顔を横目に、エリサは自分に出来る事を探す。

そんなエリサを見る余裕も無く、しかし息遣いでエリサが到着した事を悟った一真は、頼もしい援軍に安堵した。

「よし!エリサさんは水の増量と殺菌を!!ティアさんは患者に水をかけて!」

一真は的確に2人に指示を出し、ティアとエリサは忠実に指示を実行していく。

魔法ではない医療技術と知識、更には回復魔法についても貪欲に調べ、それらを融合し駆使して人を救う事に必死な一真に、2人は信頼を寄せていた。

一真の指示に従って治療すれば、回復魔法だけの治療よりも生存率が格段に上がる…………その期待通り、シェルクードの呼吸も落ち着いてきた。

「後は戻ってから処置しよう。少し落ち着いたみたいだしね」

ティアは持っていたハンカチを水で濡らすと、一真の額から溢れ出す大量の汗と顔中についた灰を、優しく拭き取る。

「ありがとう、ティアさん。でも、ハンカチ汚れちゃうよ」

一真はティアに優しく声をかけると、まだ汚れたその顔を気にする事もなく立ち上がり、ランカストと他のホワイト・ティアラ隊の隊員に声をかけ、男手でシェルクードを馬の引く荷台に寝かせた。

「一真…………お疲れ様。いい処置をしたわね。けど、航太や絵美と溝ができてるように見えるけど………大丈夫なの?」

ホワイト・ティアラ隊の隊長を任されるネイアは、仲間達と溝が深まっていくように見える一真が心配だった。

「はい…………今は仕方ないです。義兄もミーちゃんも、必ず分かってくれる日がくると思うんで………命は、誰のものでも大切って事に………その思いが皆にあれば、戦争なんて無くなるはずなのに………」

最後の言葉は誰にも聞き取れないぐらい小さな声で、呟くように口から零れる。

怪訝そうな顔で覗き込んでくるネイアに一真は軽く微笑むと、「大丈夫」と言わんばかりにシェルクードの乗せた荷台に飛び乗った。

(どんな人でも………ヨトゥンでも、神でも、命は平等だ。でも………僕は選択しなきゃならない………いや………もう覚悟は決めただろ!!でも、その時までは、救える命は助け続けてみせる!!)

一真の強い意思を持った瞳は、遥か地平線の先を捉えていた………
しおりを挟む

処理中です...