カラスとトンボは歌わない

長月天

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一、ミステリー同好会

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「うっ、気持ちわる」
昨晩の飲み会を思い出しながら、明石悠斗あかしゆうとは自分が完全なる二日酔いの状態であることを理解した。時計を見ると9時30分。今日は午前中は講義はないので、急いで起き上がる必要はない。まあ、だから昨日は飲み会に参加したのだが。
昨日はバイト先の飲み会だった。もはやどうやって帰ってきたかも分からないほどには飲み会だったのだろう。
11時30分、重い体に鞭を打ち何とか起き上がる。覚束ない足取りで洗面所へ向かって歯磨きと顔洗いを済ませる。着替えをし、鞄に適当にものを詰め大学に向かった。今日の講義は文化人類学のみ。正直後ろの席で寝ていても全然余裕な緩い講義だった。
講義室に入り後ろの席を確保する。そして講義が始まって15分と経たないうちに悠斗は目を閉じた。

「おい。おい」
誰かに声を掛けられ、悠斗はハッと目を覚ました。どうやらもう講義は終わっているようで、同じ文学部に所属している播磨健介はりまけんすけに話しかけられていた。
「なあ、悠斗。この後時間ある?」
「ああ、大丈夫だよ。どうした?」
「実は俺さ、この前サークルを立ち上げたんだよ。それで、この後そのサークルの活動があるんだけど、悠斗も一緒に行こうぜ」
「サークル?いつの間にそんなの作ったんだよ。ていうかどんなサークルなの?」
その提案はあまりに突拍子もなく、悠斗は少し戸惑ったが播磨の説明を聞いてだいたいのことは理解できた。
どうやら播磨は「ミステリー同好会」なるサークルを立ち上げ、
「お前もミステリー好きだろ?絶対気に入ると思う。今日の16時半にB35教室集合な!俺は講義が終わったらすぐ行くよ」
悠斗はまだ何も言っていないのに、なぜかもう行くことを前提として話が進んでいる。「じゃあな」と手を振り、播磨は講義室を後にした。
思い立った時のこの播磨のスピード感。大学内でも右に出る者はいないだろう。そして、今日行かなかったらまたしつこく誘ってくることも分かっている。この後時間はあるかと聞かれ、大丈夫だと答えている。特に部活も入っていないし、今日はバイトもない。
「仕方ない。行ってみるか」
以上の理由から、悠斗は播磨の言う「ミステリー同好会」に行くことにしたのだった。

適当に大学で時間をつぶし、悠斗は「ミステリー同好会」の活動場所であるB35教室に向かった。B35教室は、悠斗や播磨がいつも講義を受けている文学部棟の3階にある、特に講義でもゼミでもまず使われることのない教室だった。B35教室前に来て腕時計を確認してみると、16時30分。もう播磨は来ているだろうか。B35教室のドアを開け、悠斗は中に入った。入ってみると意外と広々としている。播磨の姿はなかったが、
「あれ、悠斗?」
後ろから突然自分の名前を呼ばれ、悠斗は少しハッとして振り返るとそこには同じ文学部の新島優月にいじまゆづきが立っていた。
新島と悠斗は小学校からの幼馴染で、実家も近かったため小学生の頃はよく一緒に遊んでいたのだが、中学校、高校と上がっていくにつれてだんだんと疎遠になり、新島が同じ大学の文学部に入っていたことですら、入学してしばらくたってから気付いたのだった。新島は小学校から陸上に打ち込んでおり、高校時代には短距離で全国大会に出場するほどであった。大学でも陸上部に所属していると聞いている。普段なら、新島は部活の時間なはず。そんな新島がなぜここへ来たのだろう。新島も播磨に誘われたのだろうか。播磨と新島の接点はほとんどないはずだが。
「新島?今日は部活じゃないのか?」
「うん。いつもは部活だけど、今足怪我しちゃってて。よくなるまでいったん部活はお休みしてるんだ」
新島はそう言って、B35教室のドアを閉め悠斗が座っていた席の隣に座った。
「そうだったのか。悪い、俺全然知らなかった。嫌なこと聞いちゃったな」
「ううん、悠斗が謝ることじゃないよ。でもそんなに大した怪我じゃないし、もう歩けるようにもなってるから大丈夫だよ」
新島は悠斗に笑顔を向けて言った。新島は昔から誰に対しても明るく気さくな性格であるが、この時の新島はどこか自信なさげで、必死にであった。
「そっか。早く治るといいな」
「うん。ありがと」
「ところで、新島はどうしてB35教室ここに来たんだ?」
「あ、それは、」
新島が口を開いた時、B35教室のドアを勢いよく開け、播磨が教室に入ってきた。
「遅れてすまん!哲学史の小川教授、話長くてさ。おまけに出入り口の前に陣取って講義するんだぜ。途中で抜けるにもあれじゃあ抜けれなくてさ。まあ、とにかくすまん!」
播磨はそう言って、一呼吸置いて続けた。
「じゃあ、第一回ミステリー同好会の活動をはじめようと思う。2人ともよろしくな!」
「ちょっとまて。第一回?今日が初めての活動なのか?てか部員は?俺たち3人なの?」
播磨の言葉を聞いて、悠斗は播磨を質問攻めにした。
「悠斗、質問は一個づつにしてくれよ」
「じゃあ、聞くけど今日がミステリー同好会の活動初日ってことなのか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
「初耳だよ。ていうかサークルを立ち上げたって言ってたからもう活動しているものかと」
悠斗は播磨に質問を続けた。
「今日から始まることは分かったよ。部員は播磨と俺と新島の3人なの?」
「おう。サークルは3人から作れる。俺たちがミステリー同好会の初期メンバーだぜ」
いやそんなどや顔で言われても。悠斗は播磨にさらに質問を続けた。
「播磨と新島はあまり接点がないと思ってたけど、新島はいつ誘ったんだ?」
「私が播磨君に入れてって頼んだんだ。何だか面白そうだったから」
「ああ。俺が講義に行く前に新島さんと会って、その時に頼まれたんだ」
なるほど、そういうことだったのか。だが、新島が入るとは予想外だった。新島がミステリーには興味がある印象はなかったから。
(ん?ちょっとまてよ)
悠斗は播磨との会話から、少しがあることに気が付いた。
「播磨、さっき『サークルは3人から作れる』って言ったよな?」
「ああ、それがどうした?」
「でもさ、俺と新島が誘われたのは今日。俺たちを誘った時にすでにサークルができていたのなら、だよな?」
数秒の沈黙の後、播磨は悠斗を真っすぐ見つめて言った。
「ああ、悠斗の言う通り。ミステリー同好会にはあと2人部員がいた」
「いた?」
「今から説明する。ちょうど、ミステリー同好会の活動内容に関わる話だからな」
これまでの播磨からは想像ができないほど、播磨は真剣な表情をしていた。そして播磨は、悠斗と新島を見て話し始めた。

「ミステリー同好会を立ち上げたのは2か月前。俺と桐木冬馬きりきとうま坂本大樹さかもとだいきってやつらの3人で始めたんだ。冬馬は工学部、大樹は商学部でそれぞれ学部は違うけど、高校時代からの親友でいつも一緒にいた。それである時、3人で何かサークルを作ろうって話になった。本当にただ漠然と、映画やドラマみたいな、時には危険を侵してでも何かを追い求めていくようなことをしたいって思っていたんだ。誰でも一度はあこがれるだろ?その結果、未知のものや未解決事件の解決を目標にミステリー同好会を立ち上げたんだ」
播磨は続けた。
「ミステリー同好会を立ち上げてから2週間たった時のことだった。3人でB35教室ここでミステリーのネタ探しをしていたら、ネットにこんな書き込みを見つけたんだ」
そう言って播磨は悠斗と新島に自分のスマホを見せた。どうやら、よくある掲示板への書き込みの一節らしい。掲示板にはこう書かれていた。
『なあ、鴉蜻荘がしょうそうって知ってるか?電話もつながらないし、地図にも載ってない山奥にある民宿なんだけど、三食ついて一泊500円って格安で泊まれるんだって。ただ利用するには条件があってそれが、』
次の書き込みを見て悠斗は息をのんだ。
『自殺をしに来た人であること。つまりは、宿ってわけだ』
スマホをしまって播磨は話を続けた。
「この書き込みは俺が見つけたんだ。それで冬馬と大樹にも見てもらった。書き込みにはご丁寧に位置情報も載っていた。グーグルマップで調べてみても、その場所には何もないようだった。でも、俺ら3人すげー盛り上がってさ。これは一度調べてみようって話になった。鴉蜻荘に行く直前になって、俺インフルにかかってしまって、結局冬馬と大樹の2人で行くことになったんだ。ラインにミステリー同好会のグループを作っていたから、2人とはそこでやり取りしてた。でも2人が鴉蜻荘を調べに行ってしばらくして、メッセージが途切れた」
播磨は再びスマホを手にし、ホーム画面からラインを開いてメッセージのやり取りを見せた。

『冬馬:いまネットに書かれていた場所の近くまで来たぞ』(13:15)
『大樹:特にそれらしい建物はないかな』(13:15)
『冬馬:もう少し探してみる』(13:16)
『播磨:やっぱガセだったのかな。行けなくてすまん。お土産よろしく』(13:19)

播磨のメッセージの4時間後に、冬馬からのメッセージが続いていた。

『冬馬:鴉蜻荘はあった。大樹が』(17:46)
『播磨:まじか!人はいたのか?大樹はどうした?』(17:48)
『播磨:おい、2人とも大丈夫か?』(17:59)
『播磨:2人ともどうした?』(18:17)
『播磨:冬馬、大樹、どうしたんだ?返信してくれ!」(18:45)
『冬馬:


                                    






















                                   たすけて』(18:55)


冬馬からのメッセージを最後にやり取りは終わっていた。
「最初は2人がふざけているだけだと思った。でも次の日になっても、その次の日になっても2人から連絡はなかった。大学にも来ていないようだった。これはただ事じゃないと思って、警察にも事情を説明した。捜索もしてもらったんだけど結局未だに2人の行方は分かっていない」
一通り話し終えて、播磨は悠斗と新島に向き合って言った。
「悠斗、新島さん、お願いがあるんだ。冬馬と大樹を探すのを手伝ってほしい。2人に何があったかを突き止めたいんだ。それがミステリー同好会の活動内容だ」
悠斗の頭の中でも整理が追い付いていない。
「でも、警察も動いているんだろ?2人はもしかしたら事件に巻き込まれているかもしれないし、俺たちだけじゃ危険じゃないか?」
「2人が行った山は自殺の名所なんだ。そして2人の荷物が見つかった。警察は、自殺と結論付けたんだ。でも2人が自殺なんてするわけがない。それは2人とずっと関わってきた一番俺が良く知っている。警察があてにならない以上、もう自分で突き止めるしかない」
「でも、どうして俺たちなんだよ?」
「.........................」
播磨や行方不明の友人たちを何とかしてやりたい気持ちはある。だが、危険なことに巻き込まれるのはごめんだ。
播磨には悪いが一緒に行くのは無理だ。断ろう。断らなければ。
どのくらい沈黙してたか分からない。播磨が口を開く。
「すまない。悠斗の言う通りだ。2人には何のメリットもないのにな。危険なことを提案しちまって悪かった」
播磨は悠斗と新島に頭を下げ、続けて言った。
「結局、俺は一人で行く勇気がなかっただけだ。この話は忘れてくれ」
「ちょっと待って!」
立ち去ろうとした播磨を新島が引き留めて言った。
「播磨君、一人で行くつもりなの?」
「.........................」
「私も行く。悠斗は?」
新島は悠斗と向き合った。
(やめろ。そうやって俺を見るな新島。俺はもう。悠斗だったら見捨てないって思ってるとしたら大間違いだ。でも...)
また沈黙。再び新島が口を開く。
「悠斗が行かなくても私は行く」
「ああ、分かったよ!俺も行く。2人よりはいいだろう。ただ、危険だったらすぐに引き返すこと、播磨も新島も約束してくれ」
悠斗の言葉を聞いて播磨は目に涙を浮かべていた。新島も安心したように悠斗を見つめていた。
(くそ、結局こうなるのか)
播磨は涙をぬぐい、悠斗と新島に向き直って言った。
「ありがとう、2人とも。ミステリー同好会、活動開始だ」



この瞬間からすべては始まった。
悪夢が始まったのだ。
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