俺は自由になってやる!~眼球の中を漂う口うるさい精霊から解放されるための旅~

ユウリ(有李)

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第一章

2 軽やかに見捨てたはずだったのに巻き込まれた俺

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 面倒に巻き込まれるのはごめんだった。

 旅をしていると、行く先々で面倒に遭遇する。

 それらにいちいち構っていたら、命と時間がいくらあっても足りない。

「そんなっ……」

 あっさりと断られるとは思っていなかったのか、女の子の目が見開かれる。

「残念だけど、他をあたってくれ」

 おおかた悪戯でもしたんだろう。
 自業自得だ。

 まだ子どもだし、捕まったところでそれほどひどい目にはあわないはずだ。
 じゃあ、と女の子に向けて軽く手を上げ、俺は歩き出した。

「待てよ、おいっ!」    

 背後で声が聞こえた。

 振り返ると、男が女の子の手首を掴んだままこちらを睨みつけている。

「何か?」  

 足を止めて、男に訊く。

「今、精霊を受け取っただろう。それを渡してもらおうか」

「は? 俺は知らない」

 全く身に覚えがない。

 濡れ衣だ。

「しらを切るつもりか!? 今、こいつから渡されただろうが。おまえら、仲間なんだろう」

「まさか。正真正銘、初対面だ。疑うなら身体検査でもなんでもしてもらって構わない」

 俺は両手を上げて、抵抗する気はない、無実だと主張する。

 男が、女の子を半ば引きずりながら、こちらに近づいてきた。

「念のため訊いておくけど、おまえ以外の精霊がこの近くにいるのか?」

 一応、ツァルに確認してみる。

 黙っていても、俺の考えていることがツァルに伝わる――なんてことはないから、声に出して訊くしかない。

 傍から見れば俺が独り言を言っているように見えるだろうけれど、こればかりは仕方がない。


『さっきからいないって言ってるだろうが。あの男が勘違いしてんのか、あのちんまい子どもが上手くやったのか。はたまた全てが嘘なのか』

 俺も精霊の気配を感じることができるけれど、精霊同士には敵わない。

 今、俺にはツァル以外の精霊の気配が感じられなかった。
 ツァルも同意見だと言う。

 なにやらきな臭いな。

 俺は小さく息を吐いた。


 引きずられている女の子がじっとこちらを見ているのに気付く。

 まるで何かを観察しているみたいな目だ。

 独り言をぶつぶつ言ってる変なヤツ、とでも思っているのかもしれない。

「遠慮なく調べさせてもらうぜ」

 俺を上から下まで一瞥した男が、口を歪めて笑った。

 嫌な笑いだ。

 男が指笛を吹くと、高い音が周囲に響きわたった。

 周囲は薄闇に覆われ始めている。

 その闇に紛れて、どこからか数人の男が現れた。
 男の仲間のようだ。

 旅行者を狙った追い剥ぎかもしれない。

『面倒なことになったな』

 ツァルの声が響く。

「そうみたいだな」

 実はこの男たちと女の子のほうこそ仲間なんじゃないのかと疑う。
 けれど、それならもう女の子の手を放していてもいいはずだ。

 それに精霊が関係しているとなれば、放っておくわけにはいかない。

 俺は――俺の眼球に棲みついているツァルは、この世界にまだ留まっている精霊たちを探しているのだから。

 現れた男は三人。

 この程度ならなんとかなるだろう。相手が武器を手にしていないのは幸いだ。

 俺を囲むように近づいてくる男たちとの間合いを計る。

 足を開き、重心を下げた。

 正面に立つ男が俺の動きに気付いた瞬間、相手の鳩尾に拳を沈める。

 振り向きざまに右後方に立っている男に回し蹴りを見舞い、続いて俺の反撃に驚き動けずにいる男の足を払った。

 あとは最初に現れた男だけだ。

 そちらに視線を向けると、女の子と目が合った。

 俺を見て、小さく頷く。

 なんだ? と俺が首を傾げている間に、女の子が腕を掴まれたまま、くるりと体を回転させた。

 男の腕が捻り上げられる。
 
 俺は反射的に動いていた。
 地を蹴り、腕の痛みに気をとられている男の顎を蹴り上げる。

 男はそのまま後ろに吹っ飛んだ。
 女の子は絶妙のタイミングで男から離れている。

 背後に気配を感じ、振り向かずに肘鉄をお見舞いする。

 ちらりと後ろに視線を向けると、さきほど足を払って倒した奴がうずくまっていた。

「すごい!」

 女の子が無邪気に感嘆の声を上げる。

 俺はため息を吐いた。

「事情を説明してもらおうか」

「お礼もするわ。あ、まだ名乗ってなかったね、わたしはサリア。よろしく」

「俺はクルス。礼はいらない」

 短く名乗ったその時、にっこりと笑うサリアの顔がゆらゆらと揺れ始めた。

「えっ!? 大丈夫!?」

 おまえこそ大丈夫なのか。
 そう問おうとして、揺れているのは自分だと気付く。

『おいおい、またかよ』

 いつの間にか視界の陰に入り込んで姿が見えなくなったツァルの声が頭に響く。

 今ここで倒れるのはまずい。

 そんな俺の気持ちとは関係なく視界が真っ暗になり、俺は気を失った。
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