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第三章
12 求められる奇跡
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「そいつが、俺にいったいなんの用なんだ? 夜中に突然襲われて、銃で撃たれるわ、痛めつけられてこんなところに閉じ込められるわで、結構散々な目にあわされてるんだけど」
現れた人影に向かって、俺は言葉を投げかけた。
とりあえず文句のひとつくらい言っておかないと気が済まない。
「それは悪かったね。でも、それは僕の本意じゃない。当初の予定では、無傷で招待するはずだったんだから」
「その言い方じゃあ、まるで俺が抵抗したのが悪いって風に聞こえるな」
「否定はしないよ」
いけしゃあしゃあとよく言うもんだ。
「で、用件はなんだ? 用がないならとっとと帰らせてくれ。ついでに賠償金も払ってもらえると嬉しいけどな」
「そう、それなんだけど……」
精霊堂の中に、カツカツと靴音が響く。
窓から射し込む光のおかげで、マーサンの顔がようやく見えた。
栗色の柔らかそうな髪、柔和な笑みを湛えた整った顔立ち。
けれど琥珀色のその瞳には得体の知れない光が宿っている。
『焦らしてないで、早く言えよ』
「簡単なことだよ」
マーサンが俺から僅か数歩のところで立ち止まり、ツァルの言葉に応えた。
そうか、こいつも精霊を感じることができるのか。
そういえばメ・ルトロは自然と精霊を愛する団体、だったな。
「俺は協力できないと言ったはずだ」
「内容も聞かずに断ることないじゃないか」
『だからその内容を早く言えって言ってんだよ』
「もちろん、うちで働いてくれないかって相談に決まっているじゃないか。うちには精霊が揃っているから、その辺のことは安心してくれていいよ」
『精霊が揃っている? それはどういうことだ?』
「そのままの意味だよ。僕は精霊を感じることのできる人材を欲している。ドルグワから君たちに関する手紙が届いてね。ぜひにと思って探していたんだ。精霊の存在を感じられる者は貴重なんだよ。契約をするのなら、せめて精霊の声くらいは聞こえないと色々と支障があるしね」
「ドルグワはおまえの手先だったのか!」
まさか、そこが繋がっているとは考えていなかった。
「手先だなんて嫌だな。彼は僕に情報を流してくれるだけだよ。精霊に関するあらゆる情報をね。僕は、精霊の能力は素晴らしいと思っている。契約次第では、ただの人間も異能の力を操ることが出来る。それを最大限活用する。そして、この病んだ世界を救うんだよ」
「自然と精霊を愛する。結構なことだ。でも、俺の見る限りアラカステルの精霊の寄る辺はもうほとんど機能していない。核となる精霊樹も枯れ始めている。自然と精霊を愛するというその言葉が本当なら、何故精霊の寄る辺を救わないんだ。何故、精霊の姿が見当たらないんだ」
「精霊はいる。ついておいでよ」
マーサンが俺に向かって手を差し伸べる。
その手を払いのけて、俺は左足を立てた。
そちらの足に体重をかけるようにして、手近な場所にあった長椅子を支えにしながら立ち上がる。
体の節々がきしむ。
肋骨はやっぱり折れているなと再確認した。
立ちくらむ。
血が足りていない。
思わず舌打ちをする。
「ああ、その前に治療が必要なのか。わかった。少し待っているといい」
「治療なんか必要ない」
「強がらなくてもいいよ。どうせそのままでは移動できないだろ?」
『待て、さっきの話を詳しく聞かせろ』
「もうすぐわかるよ」
俺に払われた手をポケットに入れて、マーサンが精霊堂を出てゆく。
ため息をついて、体を支えるために掴んでいた長椅子に腰を下ろした。
なんなんだ、いったい。
怪我をさせたかと思えば、治療をしてやると言ってみたり。
ついてこいと言ったと思えば、待てと言ってみたり。
「何がやりたいんだ、あいつは」
『さあな。体、辛いのか?』
「そりゃあ、多少は。おまえ、本当に怪我とか治せないのか?」
『できるならとっととやってる』
「だよな」
正直、銃で撃たれた傷さえなんとかなればいい。
ズボンの上から強く巻きつけられた布に、赤黒い染みができている。
怪我をしたのはまずかった。
身動きがとれない。
これまで大きな怪我をせずに旅を続けてこられたのはたまたまだったのか。
サリアは無事、アラカステルを出ただろうか。
それだけが心配だった。
「そういえば、なんで次がペリュシェスなんだ? ヴァヴァロナには行かなくていいのか?」
『ヴァヴァロナを去るとき、やるべきことはやってきたからな』
「でも、それって三年前だろ?」
『いずれ必要となることはわかっていた』
「精霊の寄る辺を中継して、世界の精霊の力を集めなければならないことが?」
『そうだ。ひとりひとりの力は微々たるものかもしれないけれど、それが集まれば奇跡が起こるかもしれない』
「起こるといいけどな」
そんな奇跡の起きる可能性はほとんどないだろう――そういう諦めを含んで紡いだ言葉だった。
けれど――。
『起こせよ』
ツァルの声が、脳内に響いた。
「え?」
『おまえが起こせよ、奇跡を』
俺が、奇跡を――?
ツァルの言葉を、繰り返す。
この、無様に転がっているだけの、俺が?
なんの力も持たない、この俺が?
ごくり、と自分の唾を呑む音が、いやに大きく聞こえた。
現れた人影に向かって、俺は言葉を投げかけた。
とりあえず文句のひとつくらい言っておかないと気が済まない。
「それは悪かったね。でも、それは僕の本意じゃない。当初の予定では、無傷で招待するはずだったんだから」
「その言い方じゃあ、まるで俺が抵抗したのが悪いって風に聞こえるな」
「否定はしないよ」
いけしゃあしゃあとよく言うもんだ。
「で、用件はなんだ? 用がないならとっとと帰らせてくれ。ついでに賠償金も払ってもらえると嬉しいけどな」
「そう、それなんだけど……」
精霊堂の中に、カツカツと靴音が響く。
窓から射し込む光のおかげで、マーサンの顔がようやく見えた。
栗色の柔らかそうな髪、柔和な笑みを湛えた整った顔立ち。
けれど琥珀色のその瞳には得体の知れない光が宿っている。
『焦らしてないで、早く言えよ』
「簡単なことだよ」
マーサンが俺から僅か数歩のところで立ち止まり、ツァルの言葉に応えた。
そうか、こいつも精霊を感じることができるのか。
そういえばメ・ルトロは自然と精霊を愛する団体、だったな。
「俺は協力できないと言ったはずだ」
「内容も聞かずに断ることないじゃないか」
『だからその内容を早く言えって言ってんだよ』
「もちろん、うちで働いてくれないかって相談に決まっているじゃないか。うちには精霊が揃っているから、その辺のことは安心してくれていいよ」
『精霊が揃っている? それはどういうことだ?』
「そのままの意味だよ。僕は精霊を感じることのできる人材を欲している。ドルグワから君たちに関する手紙が届いてね。ぜひにと思って探していたんだ。精霊の存在を感じられる者は貴重なんだよ。契約をするのなら、せめて精霊の声くらいは聞こえないと色々と支障があるしね」
「ドルグワはおまえの手先だったのか!」
まさか、そこが繋がっているとは考えていなかった。
「手先だなんて嫌だな。彼は僕に情報を流してくれるだけだよ。精霊に関するあらゆる情報をね。僕は、精霊の能力は素晴らしいと思っている。契約次第では、ただの人間も異能の力を操ることが出来る。それを最大限活用する。そして、この病んだ世界を救うんだよ」
「自然と精霊を愛する。結構なことだ。でも、俺の見る限りアラカステルの精霊の寄る辺はもうほとんど機能していない。核となる精霊樹も枯れ始めている。自然と精霊を愛するというその言葉が本当なら、何故精霊の寄る辺を救わないんだ。何故、精霊の姿が見当たらないんだ」
「精霊はいる。ついておいでよ」
マーサンが俺に向かって手を差し伸べる。
その手を払いのけて、俺は左足を立てた。
そちらの足に体重をかけるようにして、手近な場所にあった長椅子を支えにしながら立ち上がる。
体の節々がきしむ。
肋骨はやっぱり折れているなと再確認した。
立ちくらむ。
血が足りていない。
思わず舌打ちをする。
「ああ、その前に治療が必要なのか。わかった。少し待っているといい」
「治療なんか必要ない」
「強がらなくてもいいよ。どうせそのままでは移動できないだろ?」
『待て、さっきの話を詳しく聞かせろ』
「もうすぐわかるよ」
俺に払われた手をポケットに入れて、マーサンが精霊堂を出てゆく。
ため息をついて、体を支えるために掴んでいた長椅子に腰を下ろした。
なんなんだ、いったい。
怪我をさせたかと思えば、治療をしてやると言ってみたり。
ついてこいと言ったと思えば、待てと言ってみたり。
「何がやりたいんだ、あいつは」
『さあな。体、辛いのか?』
「そりゃあ、多少は。おまえ、本当に怪我とか治せないのか?」
『できるならとっととやってる』
「だよな」
正直、銃で撃たれた傷さえなんとかなればいい。
ズボンの上から強く巻きつけられた布に、赤黒い染みができている。
怪我をしたのはまずかった。
身動きがとれない。
これまで大きな怪我をせずに旅を続けてこられたのはたまたまだったのか。
サリアは無事、アラカステルを出ただろうか。
それだけが心配だった。
「そういえば、なんで次がペリュシェスなんだ? ヴァヴァロナには行かなくていいのか?」
『ヴァヴァロナを去るとき、やるべきことはやってきたからな』
「でも、それって三年前だろ?」
『いずれ必要となることはわかっていた』
「精霊の寄る辺を中継して、世界の精霊の力を集めなければならないことが?」
『そうだ。ひとりひとりの力は微々たるものかもしれないけれど、それが集まれば奇跡が起こるかもしれない』
「起こるといいけどな」
そんな奇跡の起きる可能性はほとんどないだろう――そういう諦めを含んで紡いだ言葉だった。
けれど――。
『起こせよ』
ツァルの声が、脳内に響いた。
「え?」
『おまえが起こせよ、奇跡を』
俺が、奇跡を――?
ツァルの言葉を、繰り返す。
この、無様に転がっているだけの、俺が?
なんの力も持たない、この俺が?
ごくり、と自分の唾を呑む音が、いやに大きく聞こえた。
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