俺は自由になってやる!~眼球の中を漂う口うるさい精霊から解放されるための旅~

ユウリ(有李)

文字の大きさ
58 / 74
第四章

7 降り注ぐ矢の雨

しおりを挟む
 次々と降り注ぐ矢の雨。

 そのほとんどは払い落とされるが、何本かはその隙間を縫ってこちらに届く。

 それをサリアが剣で叩き落す。

 矢の飛んでくる方角に視線を向けると、柱の上に弓を構えた射手がいるのがわかった。

 数は二。

 濃紺の制服を着込んでいる。

「あれは……」

『この鏃、ヴァヴァロナで見かけたことがあるな』

 叩き落された矢を見ると、真鍮の鏃が使われていた。

 確かに、これなら俺も見たことがある。

 リファルディアでは黒く光る鉄を鏃に使い、南のほうでは銅を用いる、というように、武器を見ればどこの者かは凡そわかる。

 濃紺色の軍服と、この鏃。
 間違いなくドッツェの手の者だろう。

「でも、どうしてだ? さっきの地割れでアラカステルからの道は寸断されたはずだ」

『それよりも早くペリュシェスに向かっていたのかもしれん。俺たちがマーサンによって足止めされている間にな』

 思わず舌打ちをする。

 先回りされていたということか。

 精霊の塔まで、あと少しなのに。

 俺は足もとに転がっている石の欠片を数個拾い上げた。

 幸い、投げる物には事欠かない。

『おまえ、投擲も苦手だろ?』

 俺がやろうとしていることに気付いたツァルが問う。

 確かに。恥ずかしながら、剣だけでなく弓も短剣も槍も上達しなかった。

 ナイフの投擲も、ちっとも的に当たらなかった。

 自分の体を動かすのは得意なのに、何か道具を使うとなると全くコツがつかめない。

 不器用なんだと思う。

「当たらなくて元々。当たったら儲け物」

 手の中で石を何度も握り直しながら、射手を見る。頭か手を狙えばいいんだろうけれど、狙ったとおりに飛ぶとも思えない。

 手始めに一応狙いをつけて石を投げる。

 一番手前の射手の随分と手前に落下した。

 射手は少しも動じていない。

『ここからじゃ無理だな。おまえ、飛んでくる矢は見えてるんだろ?』

「当たり前だろ」

 昔から目はいいんだ。

『じゃあ、避けられるな?』

「致命傷は避けられる」

 返事をしながら、ツァルの言いたいことがわかった。

 射手の位置と、そこまでの道筋をざっと考える。 

『上等だ。もうすぐあいつらの仲間がやってくる。早目に片付けておきたい』

「わかった」

 俺は近衛兵の守りの中から単身飛び出した。

 崩れた瓦礫を足場に、壁の上に飛び乗る。

 ここから射手のいる柱の近くまでは、壁の上を走って行ける。

「クルス!?」

「クルスさまっ!」

 サリアと、トルダたち親衛隊の声が重なる。

「俺は大丈夫だ! それよりもうすぐ連中の仲間がやって来るからそっちを頼む」

「気をつけてっ!」

 目は射手から離さない。

 ふたりの射手のうち、ひとりが矢をこちらに向けた。

 俺に近いほうだ。

 俺は壁の上を一気に走り抜ける。

 脆くなっていて、踏むと同時に崩れ落ちるところがあるので、いかに早く駆け抜けるかが重要になってくる。

 立ち止まったら自分の重さで壁が崩れて落下してしまう可能性だってある。

 矢が放たれた。

 俺の胸めがけて飛んできた矢を、俺は走りながら体をひねって避けた。

 二射がくる前に、壁の近くにある低めの柱の上に飛び移る。

 更にそれを踏み台にして、柱から柱へと移動する。

 ペリュシェスの柱はほとんどが円柱で、その太さは様々だけれど、中には大人三人が手をつなぐのと同じくらいの太さのものもある。

 踏み台には充分すぎるほどだ。

 それに射手が狙いを定めるよりも早く動けば、そうそう矢には当たらない。

 射手のすぐ近くの柱に着地する。

 目が合った。
 覆面をしているけれど、女だとわかる細い体。

 けれど俺は躊躇しなかった。

 地上では、武器を持った連中が押し寄せ、親衛隊士たちと戦闘を開始している。

 空から降ってくる矢を気にしていては、満足に戦えない。

 柱を思い切り蹴り、跳躍する。

 射手に矢を充分に引く間を与えず、柱の上から蹴り落とした。

 自分はその場に留まる。

 落下した女はなんとか無事着地したようだ。

 あとひとり。

 仲間が蹴り落とされたことに気付いた射手が、こちらに矢を向ける。

 矢が頬をかすめた。

 俺はすぐにその柱の上から移動する。

 柱を飛び移りながら次の瞬間、高く跳躍しながら石礫を投げつけた。

 手を狙ったけれど、逸れて顔へ向かって飛ぶ。

 射手がそれをかわす。

 更に二、三個の石を続けて投げる。

 そのうちのひとつが、射手の右肩に当たった。

 低く呻く声が聞こえる。

 その隙を逃さず、俺は柱を蹴ってその射手に飛びかかった。

 両肩を押さえ、取り押さえる。

 射手の頭が柱の上からはみ出した。

 腰に下げていた矢筒が傾き、中に入っていた矢が全て落ちる。

 と、射手が俺の外套の襟元を掴み、仰向けのまま俺の腹を蹴り上げた。

 しまった!

 俺の体が回転して、宙に浮く。

 こうなったら相手も道連れにしてやる。

 俺の外套を掴んでいる腕を、逆に俺も強く握った。

 ふたり揃って柱から落下する。

「クルス――ッ!」

 サリアの悲鳴が響き渡った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...