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「ねえ、カイル様。最近、あのお方の噂ばかり……。私、悲しくて夜も眠れませんわ」
王宮の庭園、リリア様は涙を浮かべてカイル王子の腕に縋りついていた。
「リリア……。すまない、君を不安にさせるつもりはなかったんだ」
「でも、エルナ様は神殿で『浄化』の力に目覚めたとか。……本当は、私よりもずっと強い魔力を持っていたのではありませんか?」
リリア様の言葉に、カイル王子の顔が苦々しく歪む。
「そんなことはない。あいつは無能だ。ただ、ジークヴァルトが何か細工をして、民を惑わしているだけに決まっている」
「それなら、確かめに行きませんか? 神殿の『聖域』で、どちらの祈りが正しいか。……神様の前なら、嘘はつけませんもの」
リリア様の瞳の奥で、どろりとした執念が渦巻いているのを、王子は気づかない。
数日後。
神殿の平穏は、再び王家の馬車の音によって破られた。
「……またあの方ですか。本当に、お暇なんですわね」
私は井戸端で洗濯物を絞りながら、ため息をついた。
「エルナ、手を休めるな。と言いたいところだが、今回は様子が違うようだぞ」
ジークが、厳しい表情で大門の方を見据えている。
馬車から降りてきたのは、カイル王子と、そして純白のドレスに身を包んだリリア様だった。
「エルナ様、お久しぶりですわ。神殿での暮らしが、あなたをこれほど逞しく……いえ、粗野に変えてしまったなんて、胸が痛みます」
リリア様はハンカチで口元を覆い、私の泥がついた修道服を見て、わざとらしく眉をひそめた。
「ご心配なく、リリア様。今の私は、この汚れこそが自分の誇りだと思っておりますから」
私が静かに返すと、彼女の頬がピクリと引き攣る。
「今日は王家の使者として来た。神殿に伝わる至宝『月光の聖杯』の定期検分を行う。……リリア、やってくれるか?」
カイル王子の言葉に、ジークが不審げに目を細めた。
「聖杯の検分なら、例年は秋に行うはずだが。なぜ今の時期に?」
「王家の守護が揺らいでいないか、民が不安がっていてな。神殿の白百合(エルナ)とやらが現れてから、秩序が乱れているという声もある」
「……何ですって?」
私が抗議しようとすると、リリア様が優雅な動作で、神殿の奥にある祭壇へと進み出た。
聖域の中心に安置された、美しい銀の聖杯。
リリア様がその上に手をかざし、魔力を流し込む。
「――っ、きゃああああ!」
突如、リリア様が短い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
同時に、清らかに輝いていたはずの聖杯が、嫌な音を立てて真っ黒に染まっていく。
「リリア! どうした!」
カイル王子が駆け寄り、彼女を抱き起こす。
「……カイル様……痛い、痛いですわ……。聖杯から、恐ろしい毒気が……。誰かが、神聖な聖域に『悪意』を溜め込んでいたみたいで……」
リリア様は震える指先で、私を指差した。
「……エルナ様。あなたが毎日、ここで掃除をしていたから……。あなたの『悪役令嬢』としての穢れが、聖杯を汚してしまったのね……っ」
「なっ……!? そんな、馬鹿なことが!」
私は絶句した。
私は毎日、この場所を心を込めて磨いてきた。汚れなど、一欠片も残していないはずだ。
「ジークヴァルト! これでもこの女を庇うのか! 聖杯がこれほど汚染されるなど、前代未聞だぞ!」
カイル王子の咆哮が、聖堂に響き渡る。
ジークは黙って聖杯を見つめていた。その瞳は、いつにも増して冷徹で、何を考えているのか読み取れない。
「……エルナ」
ジークの声が、私の名前を呼ぶ。
「……はい、ジーク」
私は震える声で答えた。
「お前は、この聖杯を汚したのか?」
「……いいえ。誓って、そのようなことはしていません」
「ならば、お前がその手で証明してみせろ」
ジークは私を突き放すように、一歩下がった。
「その『偽りの汚れ』を、お前の力で剥ぎ取ってこい。できなければ、お前は今度こそ、永遠の罪人として処刑されることになるだろう」
私は、黒く脈打つ聖杯を見つめた。
リリア様の唇に、一瞬だけ、勝ち誇ったような笑みが浮かんだのを私は見逃さなかった。
王宮の庭園、リリア様は涙を浮かべてカイル王子の腕に縋りついていた。
「リリア……。すまない、君を不安にさせるつもりはなかったんだ」
「でも、エルナ様は神殿で『浄化』の力に目覚めたとか。……本当は、私よりもずっと強い魔力を持っていたのではありませんか?」
リリア様の言葉に、カイル王子の顔が苦々しく歪む。
「そんなことはない。あいつは無能だ。ただ、ジークヴァルトが何か細工をして、民を惑わしているだけに決まっている」
「それなら、確かめに行きませんか? 神殿の『聖域』で、どちらの祈りが正しいか。……神様の前なら、嘘はつけませんもの」
リリア様の瞳の奥で、どろりとした執念が渦巻いているのを、王子は気づかない。
数日後。
神殿の平穏は、再び王家の馬車の音によって破られた。
「……またあの方ですか。本当に、お暇なんですわね」
私は井戸端で洗濯物を絞りながら、ため息をついた。
「エルナ、手を休めるな。と言いたいところだが、今回は様子が違うようだぞ」
ジークが、厳しい表情で大門の方を見据えている。
馬車から降りてきたのは、カイル王子と、そして純白のドレスに身を包んだリリア様だった。
「エルナ様、お久しぶりですわ。神殿での暮らしが、あなたをこれほど逞しく……いえ、粗野に変えてしまったなんて、胸が痛みます」
リリア様はハンカチで口元を覆い、私の泥がついた修道服を見て、わざとらしく眉をひそめた。
「ご心配なく、リリア様。今の私は、この汚れこそが自分の誇りだと思っておりますから」
私が静かに返すと、彼女の頬がピクリと引き攣る。
「今日は王家の使者として来た。神殿に伝わる至宝『月光の聖杯』の定期検分を行う。……リリア、やってくれるか?」
カイル王子の言葉に、ジークが不審げに目を細めた。
「聖杯の検分なら、例年は秋に行うはずだが。なぜ今の時期に?」
「王家の守護が揺らいでいないか、民が不安がっていてな。神殿の白百合(エルナ)とやらが現れてから、秩序が乱れているという声もある」
「……何ですって?」
私が抗議しようとすると、リリア様が優雅な動作で、神殿の奥にある祭壇へと進み出た。
聖域の中心に安置された、美しい銀の聖杯。
リリア様がその上に手をかざし、魔力を流し込む。
「――っ、きゃああああ!」
突如、リリア様が短い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
同時に、清らかに輝いていたはずの聖杯が、嫌な音を立てて真っ黒に染まっていく。
「リリア! どうした!」
カイル王子が駆け寄り、彼女を抱き起こす。
「……カイル様……痛い、痛いですわ……。聖杯から、恐ろしい毒気が……。誰かが、神聖な聖域に『悪意』を溜め込んでいたみたいで……」
リリア様は震える指先で、私を指差した。
「……エルナ様。あなたが毎日、ここで掃除をしていたから……。あなたの『悪役令嬢』としての穢れが、聖杯を汚してしまったのね……っ」
「なっ……!? そんな、馬鹿なことが!」
私は絶句した。
私は毎日、この場所を心を込めて磨いてきた。汚れなど、一欠片も残していないはずだ。
「ジークヴァルト! これでもこの女を庇うのか! 聖杯がこれほど汚染されるなど、前代未聞だぞ!」
カイル王子の咆哮が、聖堂に響き渡る。
ジークは黙って聖杯を見つめていた。その瞳は、いつにも増して冷徹で、何を考えているのか読み取れない。
「……エルナ」
ジークの声が、私の名前を呼ぶ。
「……はい、ジーク」
私は震える声で答えた。
「お前は、この聖杯を汚したのか?」
「……いいえ。誓って、そのようなことはしていません」
「ならば、お前がその手で証明してみせろ」
ジークは私を突き放すように、一歩下がった。
「その『偽りの汚れ』を、お前の力で剥ぎ取ってこい。できなければ、お前は今度こそ、永遠の罪人として処刑されることになるだろう」
私は、黒く脈打つ聖杯を見つめた。
リリア様の唇に、一瞬だけ、勝ち誇ったような笑みが浮かんだのを私は見逃さなかった。
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