ずっと貴方の思う悪役令嬢だと思って?

桜井ことり

文字の大きさ
10 / 30

10

「ねえ、カイル様。最近、あのお方の噂ばかり……。私、悲しくて夜も眠れませんわ」

王宮の庭園、リリア様は涙を浮かべてカイル王子の腕に縋りついていた。

「リリア……。すまない、君を不安にさせるつもりはなかったんだ」

「でも、エルナ様は神殿で『浄化』の力に目覚めたとか。……本当は、私よりもずっと強い魔力を持っていたのではありませんか?」

リリア様の言葉に、カイル王子の顔が苦々しく歪む。

「そんなことはない。あいつは無能だ。ただ、ジークヴァルトが何か細工をして、民を惑わしているだけに決まっている」

「それなら、確かめに行きませんか? 神殿の『聖域』で、どちらの祈りが正しいか。……神様の前なら、嘘はつけませんもの」

リリア様の瞳の奥で、どろりとした執念が渦巻いているのを、王子は気づかない。

数日後。

神殿の平穏は、再び王家の馬車の音によって破られた。

「……またあの方ですか。本当に、お暇なんですわね」

私は井戸端で洗濯物を絞りながら、ため息をついた。

「エルナ、手を休めるな。と言いたいところだが、今回は様子が違うようだぞ」

ジークが、厳しい表情で大門の方を見据えている。

馬車から降りてきたのは、カイル王子と、そして純白のドレスに身を包んだリリア様だった。

「エルナ様、お久しぶりですわ。神殿での暮らしが、あなたをこれほど逞しく……いえ、粗野に変えてしまったなんて、胸が痛みます」

リリア様はハンカチで口元を覆い、私の泥がついた修道服を見て、わざとらしく眉をひそめた。

「ご心配なく、リリア様。今の私は、この汚れこそが自分の誇りだと思っておりますから」

私が静かに返すと、彼女の頬がピクリと引き攣る。

「今日は王家の使者として来た。神殿に伝わる至宝『月光の聖杯』の定期検分を行う。……リリア、やってくれるか?」

カイル王子の言葉に、ジークが不審げに目を細めた。

「聖杯の検分なら、例年は秋に行うはずだが。なぜ今の時期に?」

「王家の守護が揺らいでいないか、民が不安がっていてな。神殿の白百合(エルナ)とやらが現れてから、秩序が乱れているという声もある」

「……何ですって?」

私が抗議しようとすると、リリア様が優雅な動作で、神殿の奥にある祭壇へと進み出た。

聖域の中心に安置された、美しい銀の聖杯。

リリア様がその上に手をかざし、魔力を流し込む。

「――っ、きゃああああ!」

突如、リリア様が短い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。

同時に、清らかに輝いていたはずの聖杯が、嫌な音を立てて真っ黒に染まっていく。

「リリア! どうした!」

カイル王子が駆け寄り、彼女を抱き起こす。

「……カイル様……痛い、痛いですわ……。聖杯から、恐ろしい毒気が……。誰かが、神聖な聖域に『悪意』を溜め込んでいたみたいで……」

リリア様は震える指先で、私を指差した。

「……エルナ様。あなたが毎日、ここで掃除をしていたから……。あなたの『悪役令嬢』としての穢れが、聖杯を汚してしまったのね……っ」

「なっ……!? そんな、馬鹿なことが!」

私は絶句した。

私は毎日、この場所を心を込めて磨いてきた。汚れなど、一欠片も残していないはずだ。

「ジークヴァルト! これでもこの女を庇うのか! 聖杯がこれほど汚染されるなど、前代未聞だぞ!」

カイル王子の咆哮が、聖堂に響き渡る。

ジークは黙って聖杯を見つめていた。その瞳は、いつにも増して冷徹で、何を考えているのか読み取れない。

「……エルナ」

ジークの声が、私の名前を呼ぶ。

「……はい、ジーク」

私は震える声で答えた。

「お前は、この聖杯を汚したのか?」

「……いいえ。誓って、そのようなことはしていません」

「ならば、お前がその手で証明してみせろ」

ジークは私を突き放すように、一歩下がった。

「その『偽りの汚れ』を、お前の力で剥ぎ取ってこい。できなければ、お前は今度こそ、永遠の罪人として処刑されることになるだろう」

私は、黒く脈打つ聖杯を見つめた。

リリア様の唇に、一瞬だけ、勝ち誇ったような笑みが浮かんだのを私は見逃さなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

やり直し令嬢は本当にやり直す

お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

ロザリーの新婚生活

緑谷めい
恋愛
 主人公はアンペール伯爵家長女ロザリー。17歳。   アンペール伯爵家は領地で自然災害が続き、多額の復興費用を必要としていた。ロザリーはその費用を得る為、財力に富むベルクール伯爵家の跡取り息子セストと結婚する。  このお話は、そんな政略結婚をしたロザリーとセストの新婚生活の物語。