12 / 35
12
カイという予測不能な協力者を得てから数日後。
私は、さる子爵家が主催する夜会に出席していた。建国記念舞踏会の前哨戦とも言えるこの夜会には、王都の主要な貴族たちが顔を揃えている。
もちろん、アルフレッド殿下と、その隣にぴったりと寄り添うセラフィーナ嬢の姿もあった。
「まあ、リリアンヌ様。お久しぶりですわね」
セラフィーナ嬢は、私を見つけるなり、わざとらしく声をかけてきた。その声には、以前の怯えはなく、勝利者のような響きが宿っている。
彼女の胸元には、アルフレッド殿下から贈られたであろう、大粒のルビーのネックレスが輝いていた。明らかに、国費で賄われたものだ。
「ええ、セラフィーナ様。そのネックレス、とてもお似合いですわ。まるで、燃えるような恋心を表しているかのようですわね」
私はにっこりと微笑み、皮肉を込めて言った。セラフィーナ嬢の顔が、一瞬引きつる。
「…リリアンヌ様こそ、いつもお一人で、寂しくはありませんこと?」
「あら、ご心配なく。わたくしは、静かな時間を楽しむのが好きですのよ」
私がそう答えた時だった。
「おや、これはこれは、リリアンヌ様。美しいあなたを一人にしておくなんて、この国の男たちは節穴ぞろいのようだ」
軽薄な、しかしよく通る声が、私たちの間に割って入った。カイだった。
彼はどこで手に入れたのか、上等な仕立ての夜会服をそつなく着こなし、貴族の子息にしか見えない。
「カイ…あなた、どうしてここに」
「あんたこそ、なんて水臭いんだ、リリアンヌ様。こんな楽しい場所に、俺を誘わないなんて」
カイは私の耳元で囁くと、くるりとセラフィーナ嬢の方に向き直った。
「これは失礼。私はカイと申します。リリアンヌ様の、友人でして」
「…友人?」
セラフィーナ嬢が、訝しげな目をカイに向ける。
その時、セラフィーナ嬢の手にしたワイングラスが、ぐらりと傾いだ。彼女は、「あっ」とわざとらしい声を上げながら、そのグラスを私のドレスめがけて倒そうとした。
ワインで高価なドレスを汚し、私に恥をかかせようという、あまりにも陳腐で浅はかな罠。
しかし、その手が動き切るよりも早く、カイの腕が伸びた。
彼はセラフィーナ嬢の手首を優雅に掴むと、そのままくるりと彼女の体を一回転させた。
「おっと、危ない、レディ。美しいあなたが、そんな粗相をしてはいけない」
結果、バランスを崩したセラフィーナ嬢自身が、持っていたワインを自分のドレスの胸元にぶちまけてしまった。
「きゃああああっ!」
甲高い悲鳴がサロンに響き渡る。淡い黄色のドレスに、真っ赤なワインの染みが、醜く広がっていく。
「せ、セラフィーナ!?」
近くで他の令嬢と談笑していたアルフレッド殿下が、慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫か!?」
「ひ、ひどいわ…! リリアンヌ様が、わたくしを…!」
セラフィーナ嬢は、お得意の涙目で殿下に訴えかける。しかし、周囲の目は冷ややかだった。
「まあ、今の…どう見ても、ご自分の不注意ではなくて?」
「ええ。むしろ、あの殿方が助けなければ、リリアンヌ様の方が被害に遭われていたのでは…」
カイは、わざとらしく両手を広げてみせた。
「やれやれ、俺はただ、美しいレディを助けようとしただけなんだがな。どうやら、お気に召さなかったようだ」
その芝居がかった口調に、あちこちからくすくすと笑いが漏れる。
アルフレッド殿下は、真っ赤な顔で私とカイを睨みつけた。
「き、貴様ら…! 覚えていろ!」
彼はそう捨て台詞を吐くと、泣きじゃくるセラフィーナ嬢を連れて、そそくさと会場を後にしてしまった。
「…助かりましたわ、カイ。ですが、少々やりすぎではございませんこと?」
後始末を終え、テラスで夜風に当たっていると、カイが隣にやってきた。
「なんだよ、せっかく助けてやったのに、お礼の一言もねえのか?」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして。しかし、あんたも人が悪い。あの女がやることくらい、お見通しだったんだろ?」
「さあ、何のことでしょう」
私はしらを切った。カイは、そんな私を見て、心底楽しそうに笑う。
「あんたといると、本当に飽きないな」
彼の横顔を照らす月明かりが、その紫水晶の瞳をミステリアスに輝かせていた。
私は、さる子爵家が主催する夜会に出席していた。建国記念舞踏会の前哨戦とも言えるこの夜会には、王都の主要な貴族たちが顔を揃えている。
もちろん、アルフレッド殿下と、その隣にぴったりと寄り添うセラフィーナ嬢の姿もあった。
「まあ、リリアンヌ様。お久しぶりですわね」
セラフィーナ嬢は、私を見つけるなり、わざとらしく声をかけてきた。その声には、以前の怯えはなく、勝利者のような響きが宿っている。
彼女の胸元には、アルフレッド殿下から贈られたであろう、大粒のルビーのネックレスが輝いていた。明らかに、国費で賄われたものだ。
「ええ、セラフィーナ様。そのネックレス、とてもお似合いですわ。まるで、燃えるような恋心を表しているかのようですわね」
私はにっこりと微笑み、皮肉を込めて言った。セラフィーナ嬢の顔が、一瞬引きつる。
「…リリアンヌ様こそ、いつもお一人で、寂しくはありませんこと?」
「あら、ご心配なく。わたくしは、静かな時間を楽しむのが好きですのよ」
私がそう答えた時だった。
「おや、これはこれは、リリアンヌ様。美しいあなたを一人にしておくなんて、この国の男たちは節穴ぞろいのようだ」
軽薄な、しかしよく通る声が、私たちの間に割って入った。カイだった。
彼はどこで手に入れたのか、上等な仕立ての夜会服をそつなく着こなし、貴族の子息にしか見えない。
「カイ…あなた、どうしてここに」
「あんたこそ、なんて水臭いんだ、リリアンヌ様。こんな楽しい場所に、俺を誘わないなんて」
カイは私の耳元で囁くと、くるりとセラフィーナ嬢の方に向き直った。
「これは失礼。私はカイと申します。リリアンヌ様の、友人でして」
「…友人?」
セラフィーナ嬢が、訝しげな目をカイに向ける。
その時、セラフィーナ嬢の手にしたワイングラスが、ぐらりと傾いだ。彼女は、「あっ」とわざとらしい声を上げながら、そのグラスを私のドレスめがけて倒そうとした。
ワインで高価なドレスを汚し、私に恥をかかせようという、あまりにも陳腐で浅はかな罠。
しかし、その手が動き切るよりも早く、カイの腕が伸びた。
彼はセラフィーナ嬢の手首を優雅に掴むと、そのままくるりと彼女の体を一回転させた。
「おっと、危ない、レディ。美しいあなたが、そんな粗相をしてはいけない」
結果、バランスを崩したセラフィーナ嬢自身が、持っていたワインを自分のドレスの胸元にぶちまけてしまった。
「きゃああああっ!」
甲高い悲鳴がサロンに響き渡る。淡い黄色のドレスに、真っ赤なワインの染みが、醜く広がっていく。
「せ、セラフィーナ!?」
近くで他の令嬢と談笑していたアルフレッド殿下が、慌てて駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫か!?」
「ひ、ひどいわ…! リリアンヌ様が、わたくしを…!」
セラフィーナ嬢は、お得意の涙目で殿下に訴えかける。しかし、周囲の目は冷ややかだった。
「まあ、今の…どう見ても、ご自分の不注意ではなくて?」
「ええ。むしろ、あの殿方が助けなければ、リリアンヌ様の方が被害に遭われていたのでは…」
カイは、わざとらしく両手を広げてみせた。
「やれやれ、俺はただ、美しいレディを助けようとしただけなんだがな。どうやら、お気に召さなかったようだ」
その芝居がかった口調に、あちこちからくすくすと笑いが漏れる。
アルフレッド殿下は、真っ赤な顔で私とカイを睨みつけた。
「き、貴様ら…! 覚えていろ!」
彼はそう捨て台詞を吐くと、泣きじゃくるセラフィーナ嬢を連れて、そそくさと会場を後にしてしまった。
「…助かりましたわ、カイ。ですが、少々やりすぎではございませんこと?」
後始末を終え、テラスで夜風に当たっていると、カイが隣にやってきた。
「なんだよ、せっかく助けてやったのに、お礼の一言もねえのか?」
「…ありがとうございます」
「どういたしまして。しかし、あんたも人が悪い。あの女がやることくらい、お見通しだったんだろ?」
「さあ、何のことでしょう」
私はしらを切った。カイは、そんな私を見て、心底楽しそうに笑う。
「あんたといると、本当に飽きないな」
彼の横顔を照らす月明かりが、その紫水晶の瞳をミステリアスに輝かせていた。
あなたにおすすめの小説
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
何もしなかっただけです
希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。
それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。
――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。
AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~
みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。
全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。
それをあざ笑う人々。
そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。
「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った
歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。
だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」
追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。
舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。
一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。
「もう、残業はしません」
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。