婚約破棄ですか、ところで浮気相手はどちら様で?

桜井ことり

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カイという予測不能な協力者を得てから数日後。

私は、さる子爵家が主催する夜会に出席していた。建国記念舞踏会の前哨戦とも言えるこの夜会には、王都の主要な貴族たちが顔を揃えている。

もちろん、アルフレッド殿下と、その隣にぴったりと寄り添うセラフィーナ嬢の姿もあった。

「まあ、リリアンヌ様。お久しぶりですわね」

セラフィーナ嬢は、私を見つけるなり、わざとらしく声をかけてきた。その声には、以前の怯えはなく、勝利者のような響きが宿っている。

彼女の胸元には、アルフレッド殿下から贈られたであろう、大粒のルビーのネックレスが輝いていた。明らかに、国費で賄われたものだ。

「ええ、セラフィーナ様。そのネックレス、とてもお似合いですわ。まるで、燃えるような恋心を表しているかのようですわね」

私はにっこりと微笑み、皮肉を込めて言った。セラフィーナ嬢の顔が、一瞬引きつる。

「…リリアンヌ様こそ、いつもお一人で、寂しくはありませんこと?」

「あら、ご心配なく。わたくしは、静かな時間を楽しむのが好きですのよ」

私がそう答えた時だった。

「おや、これはこれは、リリアンヌ様。美しいあなたを一人にしておくなんて、この国の男たちは節穴ぞろいのようだ」

軽薄な、しかしよく通る声が、私たちの間に割って入った。カイだった。

彼はどこで手に入れたのか、上等な仕立ての夜会服をそつなく着こなし、貴族の子息にしか見えない。

「カイ…あなた、どうしてここに」

「あんたこそ、なんて水臭いんだ、リリアンヌ様。こんな楽しい場所に、俺を誘わないなんて」

カイは私の耳元で囁くと、くるりとセラフィーナ嬢の方に向き直った。

「これは失礼。私はカイと申します。リリアンヌ様の、友人でして」

「…友人?」

セラフィーナ嬢が、訝しげな目をカイに向ける。

その時、セラフィーナ嬢の手にしたワイングラスが、ぐらりと傾いだ。彼女は、「あっ」とわざとらしい声を上げながら、そのグラスを私のドレスめがけて倒そうとした。

ワインで高価なドレスを汚し、私に恥をかかせようという、あまりにも陳腐で浅はかな罠。

しかし、その手が動き切るよりも早く、カイの腕が伸びた。

彼はセラフィーナ嬢の手首を優雅に掴むと、そのままくるりと彼女の体を一回転させた。

「おっと、危ない、レディ。美しいあなたが、そんな粗相をしてはいけない」

結果、バランスを崩したセラフィーナ嬢自身が、持っていたワインを自分のドレスの胸元にぶちまけてしまった。

「きゃああああっ!」

甲高い悲鳴がサロンに響き渡る。淡い黄色のドレスに、真っ赤なワインの染みが、醜く広がっていく。

「せ、セラフィーナ!?」

近くで他の令嬢と談笑していたアルフレッド殿下が、慌てて駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫か!?」

「ひ、ひどいわ…! リリアンヌ様が、わたくしを…!」

セラフィーナ嬢は、お得意の涙目で殿下に訴えかける。しかし、周囲の目は冷ややかだった。

「まあ、今の…どう見ても、ご自分の不注意ではなくて?」

「ええ。むしろ、あの殿方が助けなければ、リリアンヌ様の方が被害に遭われていたのでは…」

カイは、わざとらしく両手を広げてみせた。

「やれやれ、俺はただ、美しいレディを助けようとしただけなんだがな。どうやら、お気に召さなかったようだ」

その芝居がかった口調に、あちこちからくすくすと笑いが漏れる。

アルフレッド殿下は、真っ赤な顔で私とカイを睨みつけた。

「き、貴様ら…! 覚えていろ!」

彼はそう捨て台詞を吐くと、泣きじゃくるセラフィーナ嬢を連れて、そそくさと会場を後にしてしまった。

「…助かりましたわ、カイ。ですが、少々やりすぎではございませんこと?」

後始末を終え、テラスで夜風に当たっていると、カイが隣にやってきた。

「なんだよ、せっかく助けてやったのに、お礼の一言もねえのか?」

「…ありがとうございます」

「どういたしまして。しかし、あんたも人が悪い。あの女がやることくらい、お見通しだったんだろ?」

「さあ、何のことでしょう」

私はしらを切った。カイは、そんな私を見て、心底楽しそうに笑う。

「あんたといると、本当に飽きないな」

彼の横顔を照らす月明かりが、その紫水晶の瞳をミステリアスに輝かせていた。
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