私を婚約破棄して、どうされるおつもりですか?

桜井ことり

文字の大きさ
14 / 32

14

しおりを挟む
カイの妹、リナと会ってから数日が過ぎた。

私は冒険者として、いくつかの小さな依頼をこなし、日々の糧を着実に稼いでいた。

ゴブリンを一人で殲滅した女冒険者の噂は、ギルド内でそれなりに広まったらしく、私に絡んでくる酔漢はいなくなり、代わりに遠巻きに観察するような視線を感じることが多くなった。

それは、私にとって好ましい変化だった。

その日も、私は依頼を終えてコマドリの宿に戻り、カイと共に遅い昼食をとっていた。

アンナさん特製のシチューは、すっかり私の好物になっていた。

そんな穏やかな日常が、突然、外の怒声によって破られた。

「いいから、今月分のみかじめ料を払いな、アンナさんよぉ!」

「払うなんて一言も言ってないだろう!さっさと帰りな、ゴロツキども!」

アンナさんの気丈な声と、下品な男たちの声が店先に響き渡る。

食堂にいた他の客たちは、気まずそうに目を伏せたり、そそくさと席を立ったりしている。

カイは、その声を聞いた途端、忌々しげに舌打ちをした。

「ちっ、ゴルディア商会の連中か。また来やがったな」

「ゴルディア商会?」

私が尋ねると、カイは声を潜めて説明してくれた。

「ああ。最近この辺りで幅を利かせてる、悪徳商会だ。弱い店から法外なみかじめ料を取ったり、商品を安く買い叩いたり、やりたい放題でな。衛兵も抱き込まれてるから、タチが悪い」

外では、口論がさらにエスカレートしていた。

ガシャン!と、何かが壊れる音。

男たちが、店先に並べてあった野菜の籠でもひっくり返したのだろう。

それでも、アンナさんは一歩も引かずに言い返している。

周囲の店主たちは、遠くから心配そうにこちらを見ているだけで、誰も助けに入ろうとはしない。

関われば、次は自分たちが何をされるか分からないからだ。

私は、静かにスプーンを置いた。

そして、ゆっくりと席を立つ。

「おい、クーシー!やめとけ!」

カイが、私の腕を掴んで止めようとする。

「あいつらは、森のゴブリンよりよっぽどタチが悪いぞ!下手に手を出したら、何をされるか……!」

「分かっています」

私はカイの手を静かに外すと、彼にだけ聞こえるように囁いた。

「だからこそ、力づくでは解決しません」

カイが何か言う前に、私は食堂の扉を開け、騒ぎの中心へと歩み出た。

店の前では、三人の柄の悪い男たちが、腕を組んでアンナさんを威圧していた。

その足元には、無残に散らばった野菜が転がっている。

「なんだ、嬢ちゃん。ヒロイン気取りか?怪我したくなかったら、とっととすっこんでな」

リーダー格の男が、私を見て嘲笑を浮かべた。

私は、その挑発には乗らない。

腰の短剣に手をかけることなく、ただ、男たちの前に静かに立った。

そして、侯爵令嬢として叩き込まれた、完璧な礼法と、相手の心を見透かすような笑みを浮かべて、口を開いた。

「失礼。皆様、ゴルディア商会の方々でいらっしゃいますね?」

私の場違いなほど丁寧な物言いに、男たちは面食らったように顔を見合わせる。

「あ、ああ。そうだが、それがどうした」

「少し、お話がございまして。貴方たちの上司……ゴルディア商会の会頭に、お目通りを願いたいのですが、お取り次ぎ、いただけますかしら?」

私の言葉に、男たちは腹を抱えて笑い出した。

「はっはっは!会頭にだと?てめえみてえな小娘が、何のようだ!」

「そう。残念ですわ」

私は、心底がっかりした、という風に肩をすくめてみせた。

「では、仕方ありませんわね。貴方がたのその、ええと……『用心棒代』でしたかしら?その徴収方法ですが、ガリア王国の商業法第二条、『優越的地位の濫用』、並びに同第四条、『不当な取引妨害』に抵触しているように見受けられますが……その点を、直接、この地区の代官様にご報告に上がると致しましょうか」

「なっ……!?」

男たちの顔から、笑みが消えた。

「もちろん、証拠はいくつか握っておりますのよ?この数日の、皆様の“ご活躍”を記録したものですとか。ああ、それから、貴方がたの商会が扱っている輸入品の一部に、関税法違反の疑いがある、という噂も耳にしましたけれど……」

私の言葉は、すべてハッタリだ。

だが、その堂々とした態度と、貴族や役人でなければ知らないような専門用語を織り交ぜた話し方に、男たちの額には、じっとりと脂汗が滲み始めていた。

彼らは、私がただの腕っぷしの強い冒険者ではないことを、ようやく察したのだ。

リーダーの男は、ごくりと喉を鳴らし、どもりながら言った。

「……わ、わかった。会頭に、会わせてやる。だが、変な真似したら、どうなるか分かってんだろうな!」

「ええ、もちろんですとも」

私は、勝利を確信し、優雅に微笑んだ。

カイやアンナさん、そして周囲の店主たちが、信じられないという顔で、このやり取りのすべてを見ていた。

私はカイの方を振り返る。

「カイ、ここは任せましたよ。アンナさんのお店の片付け、手伝ってあげてくださいな」

そう言い残し、私はまだ動揺を隠せないでいる男たちに向き直った。

「では、ご案内、よろしくて?」

私の新たな戦いの舞台は、チンピラが蔓延る裏路地でも、ゴブリンが潜む森でもない。

欲望と陰謀が渦巻く、悪徳商会の懐だ。

腕力ではなく、知恵と、言葉と、駆け引きで。

私の、本当の力が試される時が来たのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

天然と言えば何でも許されると思っていませんか

今川幸乃
恋愛
ソフィアの婚約者、アルバートはクラスの天然女子セラフィナのことばかり気にしている。 アルバートはいつも転んだセラフィナを助けたり宿題を忘れたら見せてあげたりとセラフィナのために行動していた。 ソフィアがそれとなくやめて欲しいと言っても、「困っているクラスメイトを助けるのは当然だ」と言って聞かず、挙句「そんなことを言うなんてがっかりだ」などと言い出す。 あまり言い過ぎると自分が悪女のようになってしまうと思ったソフィアはずっともやもやを抱えていたが、同じくクラスメイトのマクシミリアンという男子が相談に乗ってくれる。 そんな時、ソフィアはたまたまセラフィナの天然が擬態であることを発見してしまい、マクシミリアンとともにそれを指摘するが……

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた

奏千歌
恋愛
 [ディエム家の双子姉妹]  どうして、こんな事になってしまったのか。  妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。

いつまでも甘くないから

朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。 結婚を前提として紹介であることは明白だった。 しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。 この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。 目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・ 二人は正反対の反応をした。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

処理中です...