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カイの妹、リナと会ってから数日が過ぎた。
私は冒険者として、いくつかの小さな依頼をこなし、日々の糧を着実に稼いでいた。
ゴブリンを一人で殲滅した女冒険者の噂は、ギルド内でそれなりに広まったらしく、私に絡んでくる酔漢はいなくなり、代わりに遠巻きに観察するような視線を感じることが多くなった。
それは、私にとって好ましい変化だった。
その日も、私は依頼を終えてコマドリの宿に戻り、カイと共に遅い昼食をとっていた。
アンナさん特製のシチューは、すっかり私の好物になっていた。
そんな穏やかな日常が、突然、外の怒声によって破られた。
「いいから、今月分のみかじめ料を払いな、アンナさんよぉ!」
「払うなんて一言も言ってないだろう!さっさと帰りな、ゴロツキども!」
アンナさんの気丈な声と、下品な男たちの声が店先に響き渡る。
食堂にいた他の客たちは、気まずそうに目を伏せたり、そそくさと席を立ったりしている。
カイは、その声を聞いた途端、忌々しげに舌打ちをした。
「ちっ、ゴルディア商会の連中か。また来やがったな」
「ゴルディア商会?」
私が尋ねると、カイは声を潜めて説明してくれた。
「ああ。最近この辺りで幅を利かせてる、悪徳商会だ。弱い店から法外なみかじめ料を取ったり、商品を安く買い叩いたり、やりたい放題でな。衛兵も抱き込まれてるから、タチが悪い」
外では、口論がさらにエスカレートしていた。
ガシャン!と、何かが壊れる音。
男たちが、店先に並べてあった野菜の籠でもひっくり返したのだろう。
それでも、アンナさんは一歩も引かずに言い返している。
周囲の店主たちは、遠くから心配そうにこちらを見ているだけで、誰も助けに入ろうとはしない。
関われば、次は自分たちが何をされるか分からないからだ。
私は、静かにスプーンを置いた。
そして、ゆっくりと席を立つ。
「おい、クーシー!やめとけ!」
カイが、私の腕を掴んで止めようとする。
「あいつらは、森のゴブリンよりよっぽどタチが悪いぞ!下手に手を出したら、何をされるか……!」
「分かっています」
私はカイの手を静かに外すと、彼にだけ聞こえるように囁いた。
「だからこそ、力づくでは解決しません」
カイが何か言う前に、私は食堂の扉を開け、騒ぎの中心へと歩み出た。
店の前では、三人の柄の悪い男たちが、腕を組んでアンナさんを威圧していた。
その足元には、無残に散らばった野菜が転がっている。
「なんだ、嬢ちゃん。ヒロイン気取りか?怪我したくなかったら、とっととすっこんでな」
リーダー格の男が、私を見て嘲笑を浮かべた。
私は、その挑発には乗らない。
腰の短剣に手をかけることなく、ただ、男たちの前に静かに立った。
そして、侯爵令嬢として叩き込まれた、完璧な礼法と、相手の心を見透かすような笑みを浮かべて、口を開いた。
「失礼。皆様、ゴルディア商会の方々でいらっしゃいますね?」
私の場違いなほど丁寧な物言いに、男たちは面食らったように顔を見合わせる。
「あ、ああ。そうだが、それがどうした」
「少し、お話がございまして。貴方たちの上司……ゴルディア商会の会頭に、お目通りを願いたいのですが、お取り次ぎ、いただけますかしら?」
私の言葉に、男たちは腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは!会頭にだと?てめえみてえな小娘が、何のようだ!」
「そう。残念ですわ」
私は、心底がっかりした、という風に肩をすくめてみせた。
「では、仕方ありませんわね。貴方がたのその、ええと……『用心棒代』でしたかしら?その徴収方法ですが、ガリア王国の商業法第二条、『優越的地位の濫用』、並びに同第四条、『不当な取引妨害』に抵触しているように見受けられますが……その点を、直接、この地区の代官様にご報告に上がると致しましょうか」
「なっ……!?」
男たちの顔から、笑みが消えた。
「もちろん、証拠はいくつか握っておりますのよ?この数日の、皆様の“ご活躍”を記録したものですとか。ああ、それから、貴方がたの商会が扱っている輸入品の一部に、関税法違反の疑いがある、という噂も耳にしましたけれど……」
私の言葉は、すべてハッタリだ。
だが、その堂々とした態度と、貴族や役人でなければ知らないような専門用語を織り交ぜた話し方に、男たちの額には、じっとりと脂汗が滲み始めていた。
彼らは、私がただの腕っぷしの強い冒険者ではないことを、ようやく察したのだ。
リーダーの男は、ごくりと喉を鳴らし、どもりながら言った。
「……わ、わかった。会頭に、会わせてやる。だが、変な真似したら、どうなるか分かってんだろうな!」
「ええ、もちろんですとも」
私は、勝利を確信し、優雅に微笑んだ。
カイやアンナさん、そして周囲の店主たちが、信じられないという顔で、このやり取りのすべてを見ていた。
私はカイの方を振り返る。
「カイ、ここは任せましたよ。アンナさんのお店の片付け、手伝ってあげてくださいな」
そう言い残し、私はまだ動揺を隠せないでいる男たちに向き直った。
「では、ご案内、よろしくて?」
私の新たな戦いの舞台は、チンピラが蔓延る裏路地でも、ゴブリンが潜む森でもない。
欲望と陰謀が渦巻く、悪徳商会の懐だ。
腕力ではなく、知恵と、言葉と、駆け引きで。
私の、本当の力が試される時が来たのだ。
私は冒険者として、いくつかの小さな依頼をこなし、日々の糧を着実に稼いでいた。
ゴブリンを一人で殲滅した女冒険者の噂は、ギルド内でそれなりに広まったらしく、私に絡んでくる酔漢はいなくなり、代わりに遠巻きに観察するような視線を感じることが多くなった。
それは、私にとって好ましい変化だった。
その日も、私は依頼を終えてコマドリの宿に戻り、カイと共に遅い昼食をとっていた。
アンナさん特製のシチューは、すっかり私の好物になっていた。
そんな穏やかな日常が、突然、外の怒声によって破られた。
「いいから、今月分のみかじめ料を払いな、アンナさんよぉ!」
「払うなんて一言も言ってないだろう!さっさと帰りな、ゴロツキども!」
アンナさんの気丈な声と、下品な男たちの声が店先に響き渡る。
食堂にいた他の客たちは、気まずそうに目を伏せたり、そそくさと席を立ったりしている。
カイは、その声を聞いた途端、忌々しげに舌打ちをした。
「ちっ、ゴルディア商会の連中か。また来やがったな」
「ゴルディア商会?」
私が尋ねると、カイは声を潜めて説明してくれた。
「ああ。最近この辺りで幅を利かせてる、悪徳商会だ。弱い店から法外なみかじめ料を取ったり、商品を安く買い叩いたり、やりたい放題でな。衛兵も抱き込まれてるから、タチが悪い」
外では、口論がさらにエスカレートしていた。
ガシャン!と、何かが壊れる音。
男たちが、店先に並べてあった野菜の籠でもひっくり返したのだろう。
それでも、アンナさんは一歩も引かずに言い返している。
周囲の店主たちは、遠くから心配そうにこちらを見ているだけで、誰も助けに入ろうとはしない。
関われば、次は自分たちが何をされるか分からないからだ。
私は、静かにスプーンを置いた。
そして、ゆっくりと席を立つ。
「おい、クーシー!やめとけ!」
カイが、私の腕を掴んで止めようとする。
「あいつらは、森のゴブリンよりよっぽどタチが悪いぞ!下手に手を出したら、何をされるか……!」
「分かっています」
私はカイの手を静かに外すと、彼にだけ聞こえるように囁いた。
「だからこそ、力づくでは解決しません」
カイが何か言う前に、私は食堂の扉を開け、騒ぎの中心へと歩み出た。
店の前では、三人の柄の悪い男たちが、腕を組んでアンナさんを威圧していた。
その足元には、無残に散らばった野菜が転がっている。
「なんだ、嬢ちゃん。ヒロイン気取りか?怪我したくなかったら、とっととすっこんでな」
リーダー格の男が、私を見て嘲笑を浮かべた。
私は、その挑発には乗らない。
腰の短剣に手をかけることなく、ただ、男たちの前に静かに立った。
そして、侯爵令嬢として叩き込まれた、完璧な礼法と、相手の心を見透かすような笑みを浮かべて、口を開いた。
「失礼。皆様、ゴルディア商会の方々でいらっしゃいますね?」
私の場違いなほど丁寧な物言いに、男たちは面食らったように顔を見合わせる。
「あ、ああ。そうだが、それがどうした」
「少し、お話がございまして。貴方たちの上司……ゴルディア商会の会頭に、お目通りを願いたいのですが、お取り次ぎ、いただけますかしら?」
私の言葉に、男たちは腹を抱えて笑い出した。
「はっはっは!会頭にだと?てめえみてえな小娘が、何のようだ!」
「そう。残念ですわ」
私は、心底がっかりした、という風に肩をすくめてみせた。
「では、仕方ありませんわね。貴方がたのその、ええと……『用心棒代』でしたかしら?その徴収方法ですが、ガリア王国の商業法第二条、『優越的地位の濫用』、並びに同第四条、『不当な取引妨害』に抵触しているように見受けられますが……その点を、直接、この地区の代官様にご報告に上がると致しましょうか」
「なっ……!?」
男たちの顔から、笑みが消えた。
「もちろん、証拠はいくつか握っておりますのよ?この数日の、皆様の“ご活躍”を記録したものですとか。ああ、それから、貴方がたの商会が扱っている輸入品の一部に、関税法違反の疑いがある、という噂も耳にしましたけれど……」
私の言葉は、すべてハッタリだ。
だが、その堂々とした態度と、貴族や役人でなければ知らないような専門用語を織り交ぜた話し方に、男たちの額には、じっとりと脂汗が滲み始めていた。
彼らは、私がただの腕っぷしの強い冒険者ではないことを、ようやく察したのだ。
リーダーの男は、ごくりと喉を鳴らし、どもりながら言った。
「……わ、わかった。会頭に、会わせてやる。だが、変な真似したら、どうなるか分かってんだろうな!」
「ええ、もちろんですとも」
私は、勝利を確信し、優雅に微笑んだ。
カイやアンナさん、そして周囲の店主たちが、信じられないという顔で、このやり取りのすべてを見ていた。
私はカイの方を振り返る。
「カイ、ここは任せましたよ。アンナさんのお店の片付け、手伝ってあげてくださいな」
そう言い残し、私はまだ動揺を隠せないでいる男たちに向き直った。
「では、ご案内、よろしくて?」
私の新たな戦いの舞台は、チンピラが蔓延る裏路地でも、ゴブリンが潜む森でもない。
欲望と陰謀が渦巻く、悪徳商会の懐だ。
腕力ではなく、知恵と、言葉と、駆け引きで。
私の、本当の力が試される時が来たのだ。
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