〘完結〛ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり

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帰国した第二王太子がみんなの心を壊した

王国の雲行きが怪しくなり始めた、まさにその時。

一つの大きな噂が、王城を駆け巡った。

長年、隣国の帝国へ留学していた第二王太子、ルシアン殿下が、近々帰国されるというのだ。

その知らせに、王城は祝賀ムードに包まれた。

国王夫妻は、息子の帰国を心待ちにし、アルフォンス王太子も、優秀な弟との再会を喜んでいるようだった。

だが、その明るい雰囲気の中、私だけが、なぜか得体の知れない胸騒ぎを覚えていた。

ルシアン王太子。

その名は、私も知っている。

アルフォンス王太子が「陽」であるならば、ルシアン王太子は「陰」。

幼い頃から、誰とも群れず、書庫に籠ってばかりいる、謎めいた少年だったと聞く。

その瞳は、人の心を見透かすような、不思議な色をしていた、と。

数日後、ルシアン王太子の帰国を祝うセレモニーが、王城の広場で盛大に開かれた。

馬車から降り立った第二王太子は、噂に違わぬ、近寄りがたい雰囲気をまとった美青年だった。

兄であるアルフォンス王太子が輝くような金髪であるのに対し、彼の髪は夜の闇を思わせる黒。

そして、その瞳は、冷たく澄んだ、紫水晶の色をしていた。

彼は、出迎えた国王一家に、感情の読めない表情で儀礼的な挨拶を済ませると、その足で、王族の隣に立つ私の前までやってきた。

紫の瞳が、私を射抜く。

「……君が、噂の聖女様か」

その声は、低く、穏やかだったが、なぜか背筋が凍るような響きがあった。

「はじめまして、ルシアン王太子殿下。セレナード・リンクスと申します」

私が、完璧なカーテシーをしてみせると、彼はふ、と唇の端を歪めた。

「偽善者の匂いがするな」

「……え?」

あまりにも辛辣な、初対面の言葉。

会場の空気が、一瞬で凍り付いた。

「ルシアン! なんてことを言うんだ!」

アルフォンス王太子が慌てて咎めるが、ルシアン殿下は気にも留めない。

彼は、私にだけ聞こえるような声で、こう囁いた。

「お前のその『優しさ』は、いずれ、みんなを不幸にする」

そう言い残し、彼は私に背を向け、城の中へと消えていった。

その日からだった。

私の周りの、温かかった世界に、少しずつ亀裂が入り始めたのは。

ルシアン殿下は、巧みに、一人ずつ、私に心酔していた人々の心を壊していった。

最初に、彼が接触したのは、メイド長のマーサだった。

「お前は、セレナード・リンクスに心からの忠誠を誓っていると聞いた。素晴らしいことだ」

彼は、まず相手を肯定し、油断させる。

「ですが、マーサ。お前は本当に、彼女のためを思って尽くしているのか? それとも、聖女様と持て囃される強い者に媚びることで、自分の価値を見出そうとしているだけではないのか? お前のその忠誠心は、本当に純粋なものか?」

その言葉は、マーサの心の、一番触れられたくない部分を、的確に抉った。

彼女の純粋な奉仕の心に、「偽善」という名の、毒の種が植え付けられた。

次に、彼は執事長セバスチャンの元を訪れた。

「お前の仕事ぶりは完璧だと聞いている。その忠誠心も、見事なものだ。だが、セバスチャン。お前は、本当に王家の『秩序』のために仕えているのか? 聡明な令嬢に心酔し、彼女の僕となることで、自分の有能さを誇示したいだけではないのか? その忠誠は、結局、お前の自己満足に過ぎないのではないか?」

セバスチャンの、揺るぎない矜持に、「自己満足」という名の、疑念の影が落とされた。

そして、彼は、騎士団長ガイウスにも、同じように囁いた。

「騎士団長。お前の武勇は、王国随一だ。だが、近頃の貴様は、どうだ? たかだか公爵令嬢一人にうつつを抜かし、そのご機嫌取りに明け暮れているではないか。女のスカートの後ろに隠れて、騎士の誇りを忘れたか? それとも、あれが貴様の言う『正義』なのか?」

ガイウスの、武人としての誇りに、「女にうつつを抜かす腑抜け」という、屈辱の烙印が押された。

ルシアン殿下の言葉には、人の心の弱さや劣等感を的確に見抜き、そこを増幅させる、悪魔的な力があった。

彼の言葉という毒は、またたく間に、人々の心に深く浸透していった。

私の愛した、温かい世界が、音を立てて、崩れ始めていた。
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