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第9話 王都の異変と傲慢な勇者
しおりを挟む夜の尽きない王都レグナリアは、いつになくざわめいていた。
交易の中心であり、国の心臓とも呼ばれるこの街が騒がしいのは珍しくもない——しかし、この日の騒ぎは質が違った。
大聖堂の鐘が鳴り響き、街の上空には金色の光が瞬き、民が空を指差して怯える。
「見えたか? 光の柱だ!」「まるで神託が降りたようだ!」「いや、あれは……誰かが神を呼んだんだ!」
ざわめく声。祈りの歌。悲鳴と歓声がいっぺんに広がり、神官たちが慌てて聖堂前に集まる。
その場に現れた一際華やかな装いの男。
金髪を後ろへ流し、背中には豪奢なマント。
かつて異国の魔王討伐で名を上げ、王からも崇められている存在——勇者カイル。
「……またあの北の辺境か」
彼の眉間には、怒りとも焦りともつかぬ皺が寄っていた。
傍に控える妹の僧侶メイラが恐る恐る口を開く。
「兄さん、“聖者レオン”という名が出ていると……王国中の祈祷師が同じ波動を観測したって」
カイルは唇を噛んだ。
「レオンだと? あの荷物持ちが、今さら英雄気取りか?」
その背後にいた魔法師ジンが鼻で笑う。
「はっ、笑える話だな。俺たちを裏切るように姿を消しておいて、今度は“聖者”だとよ。見間違いにもほどがある」
盗賊のエイラも腕を組み、にやりと笑った。
「でも、おかしくない? あの男、魔物を素手で倒したって噂もあるんでしょ? 王都でけっこう広まってるわよ」
「くだらん。根も葉もない噂だ」カイルは断言した。
だが、心のどこかでうずくような苛立ちが消えない。
ーーあいつに聖剣を持つ資格などなかった。
ーーあいつはただの荷物持ち、勇者パーティのお情けで置いてやっただけ。
それなのに、あのときの冷ややかな目が。
“ありがとうございました”と頭を下げた顔が、なぜか今も脳裏に残る。
「カイル様」
老司教が静かに進み出る。大聖堂でも最高位の聖職者だ。
「神々より新たな神託がありました。北方辺境の地に“創世の子”が顕現したとのこと。王国として対処が求められています」
「創世の子……?」
「神々の理に干渉できる存在。つまり、世界の均衡すら左右する者です。その力は、勇者すら凌ぎましょう」
カイルの眉がぴくりと跳ねた。
笑いを必死に抑えるように、彼は言葉を吐き出す。
「つまり、神がその者に力を与えたというわけか。ならば——我が聖剣とどちらが“選ばれた力”か、確かめるまでだ」
メイラが慌てて止めに入る。
「兄さん、まさか行くつもり!? 相手は伝承級の存在なのよ!」
「ただの田舎者だ。噂が誇張されているだけだ」
「でも——」
「俺を導いたのは神だ。それは変わらない。神が選ぶ勇者は、この俺だけだ!」
その傲慢な言葉を最後に、カイルは振り返りざまに命じた。
「王に進言する。北方へ遠征軍を出す。俺自ら“偽物の聖者”を討ち、真の光がどちらかを証明してみせる!」
***
同じころ、ルグナの村。
夜明けとともに畑に立ったレオンは、冷たい風に頬を撫でられながらため息をついた。
光柱が現れてから、村への巡礼者はさらに増えた。
老いも若きも祈りを捧げ、彼の一挙手一投足を崇めるように見守る。
「……これじゃ、畑仕事どころじゃないな」
「だから言ったのよ。もう普通には生きられないって」
リリアが麦わら帽子を被り、腰に手を当てて言う。
「いいじゃない、少し自覚すれば」
「自覚したくないんですよ……。俺、特別なもんじゃないですから」
フィオナが横に立ち、微笑んだ。
「主はそれでよいのです。あなたが特別だと知るのは、世界自身。あなたの態度が“均衡”を保っています」
「……皮肉だな。知らないふりをしてる方が、世界的には正解ってことか」
「そういうことです」
和やかなやり取りも束の間、村の見張りが駆け込んできた。
「レオンさん、大変だ! 王国の軍隊が南門にっ!」
「軍隊……?」
すぐに駆けつけると、そこには金の鎧に身を包んだ騎士団の列が広がっていた。
旗には“聖光王国”の紋章。そしてその中心に座す男の姿を、レオンは知っていた。
「……カイル?」
「ふん、やはりお前か。久しいな、荷物持ち。」
彼の声は冷たく、かつて仲間だった面影はもうなかった。
背中の聖剣が陽の光を浴びて鈍く輝く。
リリアが前に出た。
「これはどういうつもり? 勇者が兵を引き連れて村に来るなんて」
「神の命だ。異端の聖者を討つ。民を惑わせる不浄の存在をな」
「異端……?」
レオンは苦い笑いを浮かべた。
「また一方的に決めつけるんですね。あの頃と変わらない」
「黙れ!」カイルが怒声を上げる。
「俺たちを裏切り、魔王討伐の機会を捨てた卑怯者が、今さら神の名を騙るとは笑わせる! 神は俺を選んだんだ!」
「……“俺を”ね。」リリアが呟いた。
彼女の目は鋭く、冷ややかだった。
「“神に選ばれた”んじゃなくて、自分が神を選んでるのよ。あんたは」
一瞬、空気が張り詰めた。
カイルが聖剣を抜く。白い光が弧を描き、地面を焼く。
「言葉などいらん。証明してみせよう、お前の力とやらを!」
リリアが剣を抜き、フィオナが翼の幻を広げる。
だが、レオンが前に出て二人を制した。
「やめよう。戦う理由なんて、どこにもない。俺は誰も傷つけるつもりはないんだ」
カイルは嗤う。
「ならば抵抗する術もないということだ!」
聖剣が振り下ろされた瞬間、烈風があたりを包んだ。
閃光とともに眩い衝撃が走る——しかし、刀身がレオンの肩に触れた瞬間、聖剣の光がふっと消えた。
「……何?」
カイルが困惑する。
聖剣の柄を握るその手が震え、神授の光が音もなく霧散していく。
代わりに、柔らかい金の光がレオンの周囲を包んでいた。
「力を比べる必要なんてない。あんたの剣も、俺の手も、誰かを守るためにあるはずだろ」
「守る、だと? そんな綺麗事——!」
しかしその瞬間、背後の兵たちが一斉に膝をついた。
彼らの足元に浮かぶ光の紋章。まるで聖印のように輝き、涙を流す者まで現れる。
「なんだ……これは……?」
「神聖だ……神の波動を感じる……!」
「勇者様にではない……あの方からだ!」
カイルが絶句する中、レオンは小さく首を振った。
「違うよ。これは俺じゃない。周りが、自分の内にある優しさを思い出しただけさ」
その言葉は風のように静かだったが、不思議と全員に届いた。
フィオナが微笑む。
「まさに“均衡”の体現。力を使わずして心を解き放つ。これがあなたの本質……主よ」
カイルは唇を噛み、聖剣を地に叩きつけた。
「そんなもの、信じられるか……! 俺が──俺こそが勇者だ!」
だが、その胸に灯った炎は次第に小さくなっていった。
仲間も、信徒も、兵も、皆が言葉を失い、レオンの方を見つめている。
レオンの方はただ静かに微笑み、空を見上げた。
「今は、誰も戦う時じゃないよ」
風が吹いた。
遠く、夜明けの光が空の端を彩る。
カイルはその光を睨みつけ、剣を拾うと背を向けた。
「……いずれ証明してやる。偽りの聖者など、長くはもたない」
その言葉を残して、彼は兵を率いて去っていった。
リリアが小さく呟く。
「あいつ、完全に見失ってるわね。自分の中の光を」
「きっと、いずれ気づくさ。俺も昔、何も見えてなかったから」
その日、村の空は穏やかだった。
だがその裏で、王都では“勇者の失墜”という噂が流れ始める。
同時に、“聖者レオン”の名はますます輝きを増して、国中を駆け抜けていった。
世界は静かに、しかし確実に、彼を中心に回り出していた。
続く
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