運命拒絶の勇者は異世界で平穏を望む 〜最弱と蔑まれた少年が世界を終わらせないために剣を取る〜

にゃ-さん

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第3話 異世界で見た青空

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夜が明けた。  
けたたましい鐘の音が王都全体に鳴り響き、カイはベッドから飛び起きた。昨夜の騒ぎが夢ではないと悟るまでに、時間はかからなかった。窓を開ければ、遠くの街並みから黒い煙が上がっている。焦げ臭い風が鼻を刺した。  

部屋の扉が乱暴に開き、鎧のきしむ音と共にリナが駆け込んでくる。顔には疲労の影がこびりついていた。  
「避難です、カイ! 南区が襲撃されています! 黒霧の群れが市街に侵入しました!」  
「また、あれか……!」  
昨日のような一匹の異形ではない。今度は“群れ”だという。その言葉の意味を理解する前に、カイの心臓が嫌な鼓動を打っていた。  

リナは迷いなく外へ向かおうとする。その背を見てカイは言った。  
「行く気ですか?」  
「当然です。市民が逃げ遅れています。王都守備隊は北側の防壁で足止めされています。私が行かなければ、あの地区は焼け落ちる」  
「一人で行くのは無茶だ」  
「あなたが来ても足手まといです」  
冷たい一言。しかしすぐに彼女は少しだけ目を伏せた。  
「……失礼。護衛対象を危険に晒せません。部屋で待機してください」  
そう告げて扉に手をかけた瞬間、カイはその手を掴んだ。  
「俺も行きます」  
「ダメです」  
「最弱って言われてる俺でも、俺しかできないことがあるかもしれない。何もしないで後悔するのは、もっとイヤだ」  
リナの鋭い瞳が、数秒間だけ彼を射抜く。そして小さく息を吐いた。  
「……勝手に死なないでくださいね」  
「努力します」  

◇  

王都南区は地獄と化していた。  
建物の影から黒霧が沸き上がり、獣のような呻き声が響く。霧が触れた石壁や木々は腐食し、触れた人々が悲鳴を上げて倒れていく。  
「魔素が濃すぎる……!」リナが息を詰める。  
彼女の剣が光を帯び、空気を切り裂いた。次の瞬間、霧の中から飛び出した黒い影の首が宙を舞う。  
しかし切っても切っても湧き出してくる。数が多すぎる。  
「あれじゃキリがない……」カイは呟いた。  
リナは攻撃の合間に短く答える。「魔法障壁を張れる神官が倒されたようです! 魔素が街に流れ込み続けている!」  

つまり、霧の源を断たなければ意味がないということだ。  
「源……ってどこにある?」  
「街外れの古い礼拝堂からだと思われます。昨日、あなたが戦った場所の近くです」  
リナは汗を拭う余裕もなく、剣を振り下ろした。  
「了解。俺が行く」  
「無茶です!」  
「戦うわけじゃない。見るだけです」  
言い捨てて駆け出したカイをリナは一瞬だけ追おうとしたが、次の群れに阻まれた。  

石畳の路地を走り抜ける。焦げた匂いと悲鳴が混じる中、カイは自分が何をしているのか分からなくなる。足が勝手に動き、心の中の恐怖を振り切るように走っていた。  
礼拝堂にたどり着くと、扉の隙間から黒霧が吹き出している。建物全体が脈打つように蠢いた。  
「これが……源?」  
近づいた瞬間、右手の紋章が熱を持った。灼けるような痛みが走る。  
「おいおい、やめろ……!」  
叫びも虚しく、体の奥底から何かが突き上げてくる。脳裏に知らない映像が流れた。荒野、黒い塔、空を覆う翼の影、巨大な眼。  
——我は見ている。勇者よ。  
頭に直接響くような声。  
「誰だ……!」  
——お前が希望を拒むなら、この世界は壊す。  
視界が白く爆ぜ、次の瞬間、膝をついていた。全身が泡立つように熱い。  
息を整えると、目の前に人影があった。黒い外套に包まれた長身の男。顔はフードの奥に隠れて見えない。  
「ようやく会えたな、“拒絶の勇者”」  
「……誰だ、お前」  
「名はない。ただの使徒だ」  
その声には笑いがあった。  
「お前がこの世界を救う気がないと聞いて、主が怒っておられる。だからバランスを正すため、滅びを与える」  
「ふざけるな。俺は、誰も——」  
男が手を上げる。その指先から黒霧が渦巻き、礼拝堂の天井を突き破った。  
「選ばなかっただけで救う気がないということだ。……最弱の烙印は、神の罰だよ」  
カイの胸に怒りが燃え上がる。  
「勝手なこと言うな……! 俺は誰かの道具じゃない!」  
叫ぶように踏み出した瞬間、紋章がまた光を放ち、熱が波のように広がった。  
男が一歩後ろへ引く。「ほう……本気で否定するか。それもまた面白い」  
その言葉を最後に、黒霧の中へ溶けるように姿を消した。  

光が収まると、礼拝堂の内部は静まり返っていた。黒霧も次第に薄れていく。魔素の源が消滅したのだ。  
カイはその場に座り込み、汗と涙の区別もつかないまま息を吐いた。  
「……これが俺の力? それとも何かの罠か……」  

◇  

夕方、王都はようやく鎮静した。神官たちが清めの儀式を行い、空気が薄くなる。  
リナが駆け寄ってくる。鎧に血の跡がついていたが、目はしっかりしていた。  
「カイ! 無事でしたか!」  
「なんとか。礼拝堂の中にいた奴が、原因を作ってたみたいです」  
「敵を倒したんですか?」  
「……消えた。多分、まだどこかにいる」  
リナは表情を引き締めた。「魔族の使徒でしょう。王に報告しなければ」  
「あいつが言ってた。俺の“拒絶”が世界を壊すって」  
「どういう意味です?」  
「分かんない。でも、召喚された時から全部仕組まれてた気がする」  
リナは一瞬黙り込み、そして低く言った。  
「ならば抗いましょう。あなたが拒むなら私も拒む。運命なんて、思い通りにさせません」  
不意にその言葉が胸に響いた。  

空を見上げると、真っ青な空が広がっていた。昨日までの重い灰色が嘘のように澄んでいる。  
「……青いな」  
「え?」  
「元の世界の空と同じです。でも、少しだけ綺麗に見える」  
リナは静かに笑った。「それはたぶん、あなたが生きている証拠です」  

王都全体が傷を負いながらも、生き残った人々の声が少しずつ戻ってくる。  
カイは拳を握り、空を見続けた。  
この世界で、自分がどう在るべきか。その答えはまだ見えない。  
だが、誰かの命を見捨てたくないという意思だけは確かだった。  
その瞬間、右手の紋章が淡く光る。青空の下、かすかな輝きが心を温めた。  

(続く)
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