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第8話 戦わない勇者
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森の夜明けは静かだった。昨夜の戦いの痕跡を残しながらも、鳥の囀りが戻り、木々の間からわずかに陽が差していた。
焼けた土の匂いの中、カイは崩れた泉のそばに座り込んでいた。右手の痛みはまだ残っているが、暴走した時のような灼熱は消えている。
「……制御、できたのか」
自分でも信じられなかった。あの力を抑えられたのは偶然か、それとも変化の兆しか。
背後から足音。振り向くと、リナとパルドが歩いてくる。二人とも泥だらけで疲弊していたが、表情にはどこか安堵の色があった。
「やっと起きたか」パルドが木の枝を折って腰を下ろす。「少しは勇者らしくなってきたじゃねぇか」
「そんなつもりはなかったんですけどね」
カイの返事にパルドはニヤリと笑う。「自覚しなくていい。やる時やる奴が本物だ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだ」
リナが泉の跡を検分しながら言った。「黒霧の発生源は完全に消滅しました。魔素の濃度も下がっています」
「じゃあ、村は安全ってことですね」
「当面は。ですが、あの男——使徒が再び現れる可能性はあります」
カイは拳を握った。あの仮面の存在を思い出すだけで胸が重くなる。
「奴は、俺の“拒絶”を責めていた。俺のせいで世界が歪むって」
「奴の言葉など気にするな」パルドが吐き捨てるように言う。「あんな連中、世界の裏側で神を気取ってるだけだ」
「でも……」カイは目を伏せる。「否定できない気がするんです。俺の中の“力”が暴れ出すたびに、何かが壊れていく気がして」
「それは己への恐れですよ」リナが静かに言う。「力は人間の一部です。怖いなら、怖いまま向き合えばいい。否定しなければ、きっと暴れません」
その言葉にカイは目を上げた。
「……俺、やっぱり戦いが怖いです」
「当然です」リナが迷いなく答える。「恐怖を知らぬ者は、誰かの痛みにも鈍感になります。あなたが戦うことを怖がる限り、きっと“戦わない勇者”でいられる」
カイはゆっくりと笑みを浮かべた。「戦わない勇者……そんなの、ありなんですかね」
「ありです」リナの声は穏やかで、どこか温かかった。
森を抜けると、陽光が差し込んだ。村の方角から子どもたちの笑い声が微かに聞こえる。
「戻るか。村も心配してるだろ」パルドが肩を鳴らし、歩き出す。
◇
村では復興作業が始まっていた。焼けた畑を耕し直す者、倒壊した家を修繕する者。人々は不安を抱えながらも前を向こうとしていた。
三人が戻ると、村の中央に人が集まった。
「勇者様! 本当に守ってくださったんですな!」
老村長が目に涙を浮かべて頭を下げた。
「顔を上げてください。俺はただ、少し手伝っただけです」
「その“少し”で何十人もの命が救われたんですじゃ。感謝してもしきれませんわ」
その言葉に、カイはどう返せばいいか分からなかった。村人の笑顔が眩しいほどで、胸の中に違和感が生まれる。
——俺が守った? 本当に?
パルドが彼の肩を叩いた。「受け取っておけ。感謝されるってのは簡単じゃねぇ。これが“救った証拠”だ」
「……俺は、ただ選んだだけなのに」
「選んだ結果が人を生かした。それで十分だろ」
その夜、村ではささやかな宴が催された。
大きな焚き火を囲み、歌と笑い声が響く。カイは火のそばで椅子に座り、村人から渡された温かいスープを口にした。
パルドは相変わらず飲み過ぎて歌い出し、子どもたちを笑わせている。
リナはそんな彼の隣で呆れ顔をしていたが、その表情も少し柔らかかった。
「リナさん、なんか楽しそうですね」
「そう見えますか?」
「はい。こうやって笑ってる姿、初めて見ました」
リナは一瞬だけ頬を染め、そっけなく視線を逸らした。「酒の匂いが苦手だから顔が赤いだけです」
カイは微笑む。「分かりました、そういうことにしておきます」
ふと夜空を見上げると、星々が澄んで輝いていた。その美しさに胸が締めつけられる。
「この世界って、綺麗ですね。……壊れかけてるなんて、信じられない」
「壊れる前に守ればいいだけです」リナの声は淡々としていたが、力強さを帯びていた。
「守る。俺にそれができるのかな」
「できます。あなたが“戦わない勇者”でいる限り」
カイは首をかしげる。「……まだ、よく分からないです」
「いずれ分かります」
彼女の視線が炎を映して揺れる。それはどこか、希望そのもののように見えた。
夜が更け、宴も徐々に終わりに近づく。皆が眠りにつく中、カイは一人焚き火の前に残っていた。
「戦わない勇者……か」
自分の手を見つめる。包帯の間からうっすらと光が漏れていた。
「お前は、本当に俺の一部なんだな」
紋章からは何の返事もない。ただ、心臓の鼓動と一体になるように、静かに光が脈を打つ。
背後から声がした。パルドだった。
「考えごとか」
「はい。師匠って、昔から戦うの好きだったんですか?」
「好きじゃねぇよ」パルドが笑いながら座る。「殺し合いに好きも嫌いもあるか。だがな、守るために刃を抜くなら、それは戦いじゃねぇ。“意地”だ」
「意地、ですか」
「ああ。大切なもんを守りたいと思った時、人は誰でも戦士になる。お前も、その時まで戦い方を忘れなきゃいい」
「忘れないように頑張ります」
パルドは空を見上げて笑った。「それでいい」
焚き火の火が弱まり、夜風が誰かの囁きのように流れた。
カイは星を見つめたまま、小さく呟く。
「俺は、もう逃げない。戦わないけど、逃げない。それが今の答えだ」
その言葉に、風がそっと頷いたように感じた。
翌朝、三人は村を出発した。人々が見送りの声を上げる中、カイは小さく手を振る。
馬車に揺られながら、リナが告げた。
「次の目的地は前線都市レンハルドです」
「やっと、か」パルドが腕を組む。「だが気を抜くな。こんな平穏、長くは続かねぇ」
カイは頷いた。風が髪を揺らす。
——戦わない勇者でも、世界の中で足を止めるつもりはない。
その決意を抱きながら、彼は光の方角を見つめていた。
(続く)
焼けた土の匂いの中、カイは崩れた泉のそばに座り込んでいた。右手の痛みはまだ残っているが、暴走した時のような灼熱は消えている。
「……制御、できたのか」
自分でも信じられなかった。あの力を抑えられたのは偶然か、それとも変化の兆しか。
背後から足音。振り向くと、リナとパルドが歩いてくる。二人とも泥だらけで疲弊していたが、表情にはどこか安堵の色があった。
「やっと起きたか」パルドが木の枝を折って腰を下ろす。「少しは勇者らしくなってきたじゃねぇか」
「そんなつもりはなかったんですけどね」
カイの返事にパルドはニヤリと笑う。「自覚しなくていい。やる時やる奴が本物だ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだ」
リナが泉の跡を検分しながら言った。「黒霧の発生源は完全に消滅しました。魔素の濃度も下がっています」
「じゃあ、村は安全ってことですね」
「当面は。ですが、あの男——使徒が再び現れる可能性はあります」
カイは拳を握った。あの仮面の存在を思い出すだけで胸が重くなる。
「奴は、俺の“拒絶”を責めていた。俺のせいで世界が歪むって」
「奴の言葉など気にするな」パルドが吐き捨てるように言う。「あんな連中、世界の裏側で神を気取ってるだけだ」
「でも……」カイは目を伏せる。「否定できない気がするんです。俺の中の“力”が暴れ出すたびに、何かが壊れていく気がして」
「それは己への恐れですよ」リナが静かに言う。「力は人間の一部です。怖いなら、怖いまま向き合えばいい。否定しなければ、きっと暴れません」
その言葉にカイは目を上げた。
「……俺、やっぱり戦いが怖いです」
「当然です」リナが迷いなく答える。「恐怖を知らぬ者は、誰かの痛みにも鈍感になります。あなたが戦うことを怖がる限り、きっと“戦わない勇者”でいられる」
カイはゆっくりと笑みを浮かべた。「戦わない勇者……そんなの、ありなんですかね」
「ありです」リナの声は穏やかで、どこか温かかった。
森を抜けると、陽光が差し込んだ。村の方角から子どもたちの笑い声が微かに聞こえる。
「戻るか。村も心配してるだろ」パルドが肩を鳴らし、歩き出す。
◇
村では復興作業が始まっていた。焼けた畑を耕し直す者、倒壊した家を修繕する者。人々は不安を抱えながらも前を向こうとしていた。
三人が戻ると、村の中央に人が集まった。
「勇者様! 本当に守ってくださったんですな!」
老村長が目に涙を浮かべて頭を下げた。
「顔を上げてください。俺はただ、少し手伝っただけです」
「その“少し”で何十人もの命が救われたんですじゃ。感謝してもしきれませんわ」
その言葉に、カイはどう返せばいいか分からなかった。村人の笑顔が眩しいほどで、胸の中に違和感が生まれる。
——俺が守った? 本当に?
パルドが彼の肩を叩いた。「受け取っておけ。感謝されるってのは簡単じゃねぇ。これが“救った証拠”だ」
「……俺は、ただ選んだだけなのに」
「選んだ結果が人を生かした。それで十分だろ」
その夜、村ではささやかな宴が催された。
大きな焚き火を囲み、歌と笑い声が響く。カイは火のそばで椅子に座り、村人から渡された温かいスープを口にした。
パルドは相変わらず飲み過ぎて歌い出し、子どもたちを笑わせている。
リナはそんな彼の隣で呆れ顔をしていたが、その表情も少し柔らかかった。
「リナさん、なんか楽しそうですね」
「そう見えますか?」
「はい。こうやって笑ってる姿、初めて見ました」
リナは一瞬だけ頬を染め、そっけなく視線を逸らした。「酒の匂いが苦手だから顔が赤いだけです」
カイは微笑む。「分かりました、そういうことにしておきます」
ふと夜空を見上げると、星々が澄んで輝いていた。その美しさに胸が締めつけられる。
「この世界って、綺麗ですね。……壊れかけてるなんて、信じられない」
「壊れる前に守ればいいだけです」リナの声は淡々としていたが、力強さを帯びていた。
「守る。俺にそれができるのかな」
「できます。あなたが“戦わない勇者”でいる限り」
カイは首をかしげる。「……まだ、よく分からないです」
「いずれ分かります」
彼女の視線が炎を映して揺れる。それはどこか、希望そのもののように見えた。
夜が更け、宴も徐々に終わりに近づく。皆が眠りにつく中、カイは一人焚き火の前に残っていた。
「戦わない勇者……か」
自分の手を見つめる。包帯の間からうっすらと光が漏れていた。
「お前は、本当に俺の一部なんだな」
紋章からは何の返事もない。ただ、心臓の鼓動と一体になるように、静かに光が脈を打つ。
背後から声がした。パルドだった。
「考えごとか」
「はい。師匠って、昔から戦うの好きだったんですか?」
「好きじゃねぇよ」パルドが笑いながら座る。「殺し合いに好きも嫌いもあるか。だがな、守るために刃を抜くなら、それは戦いじゃねぇ。“意地”だ」
「意地、ですか」
「ああ。大切なもんを守りたいと思った時、人は誰でも戦士になる。お前も、その時まで戦い方を忘れなきゃいい」
「忘れないように頑張ります」
パルドは空を見上げて笑った。「それでいい」
焚き火の火が弱まり、夜風が誰かの囁きのように流れた。
カイは星を見つめたまま、小さく呟く。
「俺は、もう逃げない。戦わないけど、逃げない。それが今の答えだ」
その言葉に、風がそっと頷いたように感じた。
翌朝、三人は村を出発した。人々が見送りの声を上げる中、カイは小さく手を振る。
馬車に揺られながら、リナが告げた。
「次の目的地は前線都市レンハルドです」
「やっと、か」パルドが腕を組む。「だが気を抜くな。こんな平穏、長くは続かねぇ」
カイは頷いた。風が髪を揺らす。
——戦わない勇者でも、世界の中で足を止めるつもりはない。
その決意を抱きながら、彼は光の方角を見つめていた。
(続く)
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