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深まる謎と聖女の証に

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「さあ、部屋に戻ろう。あの男を一人にしておくわけにもいけない、また命を狙ってくるかもしれないしな」

 レーヴェはそういうが、ロッテにはそれが自分を部屋に連れ戻す口実だという事ことくらい分かっていた。あの男性が実力の差のあるレーヴェにこれ以上何かすることはないだろう。ロッテに素直に謝っていた姿も、嘘ではないはずだ。
 チラリとロッテが彼を見上げれば、レーヴェは少しバツの悪そうな表情を見せたあと彼女から顔を背けた。それでもロッテから見える彼の耳が少し赤く染まっている。
 可愛いところもある人ね、と思ったあとでロッテは小さく首を振った。彼女が男性のことを可愛いなどと思ったことは初めてで、なんだか胸の奥がくすぐったかったのを誤魔化したかったのかもしれない。

「……笑うな」
「笑ってなんか……ないわよ?」

 どうやらロッテの考えていたことが表情に出ていたようだ。レーヴェは少しむすっとした表情で彼女にあたるが、それすらもますます可愛く見えてロッテは笑いを堪えるので精一杯になる。
 無表情を装うのは得意だったはずなのに、どうしてだろうか? レーヴェといるとロッテは素直な感情を隠すことができなくなっているようだった。

「レーヴェは不思議な人ね、最初は怖いと思ったのに全然違うんだもの」
「俺は君の方が不思議だけどな、侯爵令嬢なのに全然らしくない。もちろん、いい意味で……だけど」

 侯爵令嬢として育てられたのは事実だが、らしくないとはどう言うことなのか? それを問いただしたかったが、そのままレーヴェに手を取られロッテは部屋へと連れ戻されたのだった。


「どうしてレーヴェは私が聖女だと信じて疑わないの? たった一度だけ、それも私があの男性を助けたなんて貴方の勘違いかもしれないのよ。それなのに……」

 まだ自分が聖女だとは思えないロッテは、彼女が聖女だと確信しているレーヴェにそう尋ねた。今でも鮮明に思い出す、アンネマリーが聖女の力を開花させた瞬間。それはあまりに自分の時とは違っていたためかもしれない。
 あの甘い香りも、クラクラと酔わされるような酩酊感も……春の暖かな風が吹いたような自分の時とは差がありすぎた。

「ロッテ。俺は君があの男を治癒する瞬間を見てなかったとしても、いずれ君が聖女で間違いないと考えたと思う。例えその不思議な力がなくても、ロッテは聖女になるべくして生まれ育った人だと確信している」
「聖女になるべくして……?」

 今までそばに居てくれた人、父や母の代わりに大事に育ててくれた乳母の期待も裏切ってしまった罪悪感でロッテはずっと苦しんでいた。聖女でない、そんな自分の存在に価値が見出せなくて。
 それなのにレーヴェは知り合ったばかりのロッテが誰より望んでいた言葉をくれる。辛かった聖女になるための教育も、そうでないと分かってからの周りの冷たくなっていく視線も。そんなものが全てどうでも良くなるくらい、ロッテはその一言が嬉しかった。

「俺は聖女に望まれるべきなのは、その特別な力だけではないと考えている。思いやりや優しさ、時には厳しさも……どれだけ力があっても、そんな慈悲の心のない女性にこの国が救えるとは思えない」



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