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記憶喪失、アーネスト視点
⑥
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ホテルに戻ったアーネストは、何かをリセットしたいかのようにシャワーを浴び続けていた。まるで禊のように。浴槽に溜まった湯がどんどん溢れているがシャワーを止めなかった。しかしその時に軽くめまいを覚える。
緊張しすぎかな。それだけ思う。
しかし、実際アーネストは昨日から水以外口にしていなかった。空腹を感じないからだが、いつものようにワインを飲むこともなかった。彼は彼自身が感じるよりショーティが心配だったのだろう。しかしそういった点には考えが全く向かなかいようだった。
今更思い出したようにいい加減シャワーを止めないとと思い、体を拭くと部屋へと向かった。彼にしては珍しく、ただバスタオルを腰に回して部屋へと出る。
すると、テーブルの上に置いていたデバイスが赤く点滅していた。
「……ショーティ?」
マリクラール邸に戻ったのでは?
そう思うが、デバイスで確認すると既に街にいた。地図から場所を確認すると、バーのようだった。病み上がりで何をと思うが、アーネストは既にシャツに手をかけていた。時間を見ると20時になっており、ぎょっとした。先程からそれほど時間は経過していないと思っていたのだ。……自分の感覚がおかしいのだと今更ながらに悟る。
「せめてじっとしていてくれないかなぁ」
そうぼやきながらも、外に向かったのだった。しかしその表情は、あまりにショーティらしくて含み笑いをしたものだった。
ショーティがいたのは、実に彼が好みやすそうな騒がしい店だった。薄暗い室内の空気は少し悪かった。ジャンルに関わらず様々な曲が大きな音でかかり、若者達は踊っていた。ショーティはカウンターバーにいることを確認すると、アーネストは出入り口に近い席を取り、ウェイターにウイスキーをダブルで注文する。
彼を見ていると。隣の酔っ払い風の男に話しかけられいた。男に何か言い返していたが、その返答に男はヒューといった感じを返していた。……相手を煽ってどうするんだとため息が一つ漏れる。
まるでその動作で気付いたように、ショーティが振り返った。そしてまるで逃がさないとでもいうように、じっと見つめたまま近づいてくる。
「席……空いてる?」
「……何か思いだしたかい、ショーティ?」
「そう一朝一夕に思い出せれば問題ないよ」
だろうね、僕の名前を呼ばないのだからと思いながらも、どうぞと席をすすめた。
「……記憶がないって…どんな気持ちかわかる?」
周囲を探りながら、それはまるで言葉を探しているかのようでもあったが、まるで意を決したように告げられる。けれど、それは難しいなと思う反面、ショーティも僕の気持ちはわからないだろうと思う。
「さあ、わからないね」
「心細いよ、すごく」
僕もだよ、ショーティ。
「でも僕は、僕を知っている人に出会えた。ねえ、………僕たちは単なる知人?」
……どう語ろうか。自分の情報がショーティを惑わせるかもしれないと思うと迂闊なことは話せなかった。だから。
「…‥月の学園で…一緒だったかな」
ここまでは大丈夫かと思い話したが、真実を黙っている自分にストレスがないわけではない。アーネストは話しながら煙草を取り出すと、火をつけ一息吸う。
「………煙草…」
「え?」
「あ、…や…月で、って、友人?」
ショーティが頬杖をついて、じっと煙草を見ていた。
今更ながらに、ショーティに煙草を控えろと言われていたことを憶い出す。しかしこういう機会でなければ彼の前で吸えることもないだろうと、開き直って吸うことにした。実際幸いなことに、いつものように非難めいた指摘をしてこない。何か思うところもあるようだが、ショーティから話題を変えてきたのだから問題ないのだろう。
ただしそれは…。
「……………だった、こともあったかな」
彼を友人と認識したのは、ほんの束の間のことだった。自分の気持ちに気付かない時に、ショーティに告げた言葉だ。自分としてはずっとつきあっていくための最上級の言葉のつもりだったが、ショーティをひどく怒らせてしまった。数年前の新年になったばかりの時で、今もあの時の綺麗な表情は覚えている。その後に彼への特別な気持ちに気付いて、彼から逃げだしたのだが。
それとも、やはりそのまま逃げたまま方が自分のためにもよかったのだろうか。
「ねえ」
まるで現実に戻すように、ショーティから鋭い声がかかった。
「なんで答えてくれないの?答えられない理由があるわけ?」
そうして睨みつけるような鋭い視線で追及する。ああ、僕が好きな表情だと思う。この表情からは普段なら逃げ切れないのだけれども、今日はどうかな?
「理由は一つだよ。思いだしてごらんと言ったはずだよ、ショーティ」
なんだか懐かしいやり取りに、思わず笑みがこぼれた。学生時代のようだと思う。
「だから思いだせないんだって!」
「————それは…本当に?」
「なんで!?本当に決まってるよ!それともなに!?僕が思い出したくないとでも思ってるの!?」
テーブルに手を付き、ショーティは食って掛かる勢いだった。わざととは露ほども思ってはいない。でも無意識に考えていたら、そうは思わないだろう。あまりの勢いに周囲の視線が突き刺さる。
その中に。
ね、あれって。……じゃない?あ、そうだ。
周囲がざわめきだす。館内はやや暗い照明であるが、まだ知っている者はアーネストの顔を知っていてもおかしくない。
「な…に…?」
周囲の反応とショーティの言葉が、アーネストを揺らした。一瞬にして自分の顔色が変わっただろうことに気付いたが、どうしようもない。今のショーティが大人しく店を替えるとは思えなかった。
「いや……」
「じゃあ、何!?」
ショーティの声が再度響き、周囲が一瞬しんとした。
「…………ショーティ?」
ショーティの声が…震えているような気がして、アーネストはショーティを見つめ瞳を覗く。相変わらず長めの前髪に隠れるように栗色の瞳があった。
………泣いている?
まるでアーネストの視線を遮るように、ショーティはおもむろにカクテルを一気に飲み干すと額に手を当ててテーブルにひれ伏した。
「ショーティ?」
「……なぜだろう……」
「え?」
ショーティは、ゆっくりと視線を上げた。いつものように左手で前髪をかきあげ
「ここまで切羽詰っているつもりはなかったのに」
「………ショーティ?」
「貴方が…思い出せなんて言うから!無責任だよ!」
がたんと大きな音を立てると、ショーティは人を掻き分け出入り口へと走り抜けていった。その後ろ姿にアーネストは声をかけられなかった。自分の言い方のせいだとは、思う。けれどもショーティが過去を忘れているのなら、無理に彼の今を侵したくはなかった。
そして、ショーティはマクリラール邸に戻ったのだろうか?そう考え否と思う。彼がショーティなら怒りのまま家に大人しく戻って寝たりするタイプではない。
……………………。
アーネストはデバイスからショーティの位置を確認し、ショーティを追いかけた。
アーネストには残念なことに、ショーティ・アナザーは怒った場合大人しく家に帰るタイプではないこと。また仕事に必要ならば簡単に身を捧げるし、感情のままにセックスをする傾向もあることを知っている。今でこそ、それはないのだろうと思ってはいるが、今のショーティは……どうだろうか。ろくな考えは浮かばなかった。案の定追いつくと、
「————安くないよ」
「高いって、言ってんの」
どうして歩いてるだけでナンパされるんだと、天を仰ぐ。しかしそれよりも、
「ショーティ…」呆れたように彼を呼び、近づくと微動だしない二人に向かって「連れが何か?」そう尋ねたのだった。
緊張しすぎかな。それだけ思う。
しかし、実際アーネストは昨日から水以外口にしていなかった。空腹を感じないからだが、いつものようにワインを飲むこともなかった。彼は彼自身が感じるよりショーティが心配だったのだろう。しかしそういった点には考えが全く向かなかいようだった。
今更思い出したようにいい加減シャワーを止めないとと思い、体を拭くと部屋へと向かった。彼にしては珍しく、ただバスタオルを腰に回して部屋へと出る。
すると、テーブルの上に置いていたデバイスが赤く点滅していた。
「……ショーティ?」
マリクラール邸に戻ったのでは?
そう思うが、デバイスで確認すると既に街にいた。地図から場所を確認すると、バーのようだった。病み上がりで何をと思うが、アーネストは既にシャツに手をかけていた。時間を見ると20時になっており、ぎょっとした。先程からそれほど時間は経過していないと思っていたのだ。……自分の感覚がおかしいのだと今更ながらに悟る。
「せめてじっとしていてくれないかなぁ」
そうぼやきながらも、外に向かったのだった。しかしその表情は、あまりにショーティらしくて含み笑いをしたものだった。
ショーティがいたのは、実に彼が好みやすそうな騒がしい店だった。薄暗い室内の空気は少し悪かった。ジャンルに関わらず様々な曲が大きな音でかかり、若者達は踊っていた。ショーティはカウンターバーにいることを確認すると、アーネストは出入り口に近い席を取り、ウェイターにウイスキーをダブルで注文する。
彼を見ていると。隣の酔っ払い風の男に話しかけられいた。男に何か言い返していたが、その返答に男はヒューといった感じを返していた。……相手を煽ってどうするんだとため息が一つ漏れる。
まるでその動作で気付いたように、ショーティが振り返った。そしてまるで逃がさないとでもいうように、じっと見つめたまま近づいてくる。
「席……空いてる?」
「……何か思いだしたかい、ショーティ?」
「そう一朝一夕に思い出せれば問題ないよ」
だろうね、僕の名前を呼ばないのだからと思いながらも、どうぞと席をすすめた。
「……記憶がないって…どんな気持ちかわかる?」
周囲を探りながら、それはまるで言葉を探しているかのようでもあったが、まるで意を決したように告げられる。けれど、それは難しいなと思う反面、ショーティも僕の気持ちはわからないだろうと思う。
「さあ、わからないね」
「心細いよ、すごく」
僕もだよ、ショーティ。
「でも僕は、僕を知っている人に出会えた。ねえ、………僕たちは単なる知人?」
……どう語ろうか。自分の情報がショーティを惑わせるかもしれないと思うと迂闊なことは話せなかった。だから。
「…‥月の学園で…一緒だったかな」
ここまでは大丈夫かと思い話したが、真実を黙っている自分にストレスがないわけではない。アーネストは話しながら煙草を取り出すと、火をつけ一息吸う。
「………煙草…」
「え?」
「あ、…や…月で、って、友人?」
ショーティが頬杖をついて、じっと煙草を見ていた。
今更ながらに、ショーティに煙草を控えろと言われていたことを憶い出す。しかしこういう機会でなければ彼の前で吸えることもないだろうと、開き直って吸うことにした。実際幸いなことに、いつものように非難めいた指摘をしてこない。何か思うところもあるようだが、ショーティから話題を変えてきたのだから問題ないのだろう。
ただしそれは…。
「……………だった、こともあったかな」
彼を友人と認識したのは、ほんの束の間のことだった。自分の気持ちに気付かない時に、ショーティに告げた言葉だ。自分としてはずっとつきあっていくための最上級の言葉のつもりだったが、ショーティをひどく怒らせてしまった。数年前の新年になったばかりの時で、今もあの時の綺麗な表情は覚えている。その後に彼への特別な気持ちに気付いて、彼から逃げだしたのだが。
それとも、やはりそのまま逃げたまま方が自分のためにもよかったのだろうか。
「ねえ」
まるで現実に戻すように、ショーティから鋭い声がかかった。
「なんで答えてくれないの?答えられない理由があるわけ?」
そうして睨みつけるような鋭い視線で追及する。ああ、僕が好きな表情だと思う。この表情からは普段なら逃げ切れないのだけれども、今日はどうかな?
「理由は一つだよ。思いだしてごらんと言ったはずだよ、ショーティ」
なんだか懐かしいやり取りに、思わず笑みがこぼれた。学生時代のようだと思う。
「だから思いだせないんだって!」
「————それは…本当に?」
「なんで!?本当に決まってるよ!それともなに!?僕が思い出したくないとでも思ってるの!?」
テーブルに手を付き、ショーティは食って掛かる勢いだった。わざととは露ほども思ってはいない。でも無意識に考えていたら、そうは思わないだろう。あまりの勢いに周囲の視線が突き刺さる。
その中に。
ね、あれって。……じゃない?あ、そうだ。
周囲がざわめきだす。館内はやや暗い照明であるが、まだ知っている者はアーネストの顔を知っていてもおかしくない。
「な…に…?」
周囲の反応とショーティの言葉が、アーネストを揺らした。一瞬にして自分の顔色が変わっただろうことに気付いたが、どうしようもない。今のショーティが大人しく店を替えるとは思えなかった。
「いや……」
「じゃあ、何!?」
ショーティの声が再度響き、周囲が一瞬しんとした。
「…………ショーティ?」
ショーティの声が…震えているような気がして、アーネストはショーティを見つめ瞳を覗く。相変わらず長めの前髪に隠れるように栗色の瞳があった。
………泣いている?
まるでアーネストの視線を遮るように、ショーティはおもむろにカクテルを一気に飲み干すと額に手を当ててテーブルにひれ伏した。
「ショーティ?」
「……なぜだろう……」
「え?」
ショーティは、ゆっくりと視線を上げた。いつものように左手で前髪をかきあげ
「ここまで切羽詰っているつもりはなかったのに」
「………ショーティ?」
「貴方が…思い出せなんて言うから!無責任だよ!」
がたんと大きな音を立てると、ショーティは人を掻き分け出入り口へと走り抜けていった。その後ろ姿にアーネストは声をかけられなかった。自分の言い方のせいだとは、思う。けれどもショーティが過去を忘れているのなら、無理に彼の今を侵したくはなかった。
そして、ショーティはマクリラール邸に戻ったのだろうか?そう考え否と思う。彼がショーティなら怒りのまま家に大人しく戻って寝たりするタイプではない。
……………………。
アーネストはデバイスからショーティの位置を確認し、ショーティを追いかけた。
アーネストには残念なことに、ショーティ・アナザーは怒った場合大人しく家に帰るタイプではないこと。また仕事に必要ならば簡単に身を捧げるし、感情のままにセックスをする傾向もあることを知っている。今でこそ、それはないのだろうと思ってはいるが、今のショーティは……どうだろうか。ろくな考えは浮かばなかった。案の定追いつくと、
「————安くないよ」
「高いって、言ってんの」
どうして歩いてるだけでナンパされるんだと、天を仰ぐ。しかしそれよりも、
「ショーティ…」呆れたように彼を呼び、近づくと微動だしない二人に向かって「連れが何か?」そう尋ねたのだった。
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