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言葉の裏に隠したモノ ~契約…?秘密をバラすなってこと?

まどろみの中で④ 〜アーネスト・レドモンとは

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 そう、アーネスト・レドモン。
 同学年だが誰よりも落ち着いた物腰、金茶の髪の靡く様など、カナンとは別の要素で目を惹く人物。そして惹かれるのは容姿だけではなく、出身も見事であった。父親が貴族の出で、離婚した母親は世界でもトップと言われる某大企業の社長である。ただ、彼は母親のことは公にはしていない。
 もしも、それが公になったら、学園での友人関係は一変することだろう。
 いつの時代もコネとは邪魔にならないものである。

 しかしながら、そんなこともショーティにとってどうでもいいことであった。

 確かにアーネストとは友人でいたいと思う。それは、母親の仕事もさることながら、彼自身に興味があるからだ。
 学園入学当初、目ぼしい人物はチェックしていた。アーネストもその容姿に興味をひかれた。がしかし、カナンがいた。その一挙一動は皆の好奇の対象となり、カナンに関わる新聞は飛ぶように売れた。そして、ショーティ自身もカナンに求めるものがあった故、興味の7割はカナンが占めていたといえるだろう。

 だからこそ、カナンが気にして仕方のないスイにも興味を惹かれた。

 神社の息子だという彼が、捨て子であった事実は簡単に調べがついた。だから人間不信に陥っているのかとも思えたが、……それだけではなかったことをもう知っている。

 そして、そんなおりもおり、アーネストはスイに話かけている。

 さほど長い会話ではないにしろ、カナン以外でスイに近づく物好きなど、アーネストくらいであった。カナンが近づけば近づくほどに皆が遠巻きにスイの存在を見る。
 貴族の血をひくお坊ちゃまには、孤立しているスイが哀れに見えるのだろうか。
 そのくらいにしか思っていなかったのは紛れもない事実だった。
 だが今年、ショーティはアーネストを近くでみることが多くなった。
 カナンやスイに巻き込まれ(巻き込んで?)様々な場面で出くわすこととなった。
 そうなれば話すことも増えてくる。
 会話は重要な情報源だ。
 相手の見解によってある程度の人格形成がわかる。
 そして、アーネストという人物は、育ちの良いお坊ちゃまではなさそうだ、との印象を持った。

 考えてみれば、この月というエリート集団の中にいるのだ。それだけのはずはないのだが、一見するとそう取れるところもあったため、本当に会話は必要だ、とショーティは再度認識したものだ。
 そして、日が増す毎に、気が合いそうだと思い初めていた。
 会話が楽しく、新しい自分が引き出されるような感覚さえ受ける。

 ショーティは薄闇の中、天井をみつめていた。湯上りの足元は薄ら寒さを感じたが、その背筋は別の意味でぞくぞくとしていた。
 それは、感覚が冴え渡るような喜悦による武者震いだった。

 アーネスト・レドモン。

 見た目通りの物腰優雅な優しいだけのお貴族様ではないらしい。
 微笑む時の仕草。尋ねる時の視線………?
 いや、もっと漠然とした何か。
 ショーティの第六感に、何かが引っかかっていた。
 何か……。
 物腰優雅な姿を見せ、しかし、奥深くで考えていることがわからないから?
 もしかしたら———————。
 似ている……?

「ははっ」

 ショーティは小さな笑い声を発した。
 金魚が空気を求めるように、しかし求めたいものを知らずに喘いでいる自分とアーネストが似ているなど、誰に言えるだろうか。
 それこそ図々しいにも程があるというものだ。————が。

 ショーティはベッドに垂直になるように右手を上げ、その甲をじっと見つめた。
 薄闇に白く細い腕はするりと伸び、手の平の向こうに明かりのない照明器具が見える。

 アーネストは友人も多い。しかし、気にして見るとそれはある程度の付き合いでしかないことを知る。もしかしたら、ショーティの知らないところで、深い付き合いもあるのかもしれない。ただそう、学園と言う映像を見つめる観客と言った感じが否めないのも事実であった。だが、先日、第6ドームの爆発事件で、スイに関わるとそうでもないらしいことを知った。

 興味はないからと退散すると思えたアーネストが、スイの救出に向かったのだ。

 確かに生死に拘わるものだった。しかし、自分たちではどうにもならないと思えたのも事実、アーネストがそのような分の悪い行動を取ることが、ショーティには信じられなかった。

 いや、焚き付けたのはショーティであった。

 行方がわからなくなったスイを探すカナンに付き合って、アーネストを促した。
 アーネストならば、断ることもできたはずだ。そつなく、どうとでも言い逃れることのできる器量の持ち主だと思っている。

 ショーティ自身、一度、苦汁を飲まされた。それについては、証拠がないためはっきりと問い詰めることはできないのだが。

 もしかしたら、本当に………。

「僕らは似ている?」

 ショーティはつぶやいていた。
 自分がカナンを求めるように、アーネストはスイに何かを求めている。

「それこそ、くだらない」

 馬鹿な考えにショーティは回り込むようにして枕を抱え横になった。視界の先にはブラインドでは覆い切れない薄日が差し込む。

 本物の陽光。

 カナンだけは悲しませたくない。
 それはショーティの真実。そしてカナンの懸念は現在においてスイ以外何もないだろう。
 アーネストは、どちらなのだろうか。
 スイの味方なのか、敵なのか。
 真実を知っているのか、いないのか。
 せめてどちらなのか理解できれば、対処のしようもあるのに。
 ショーティの脳裏はいつにない深い霧に覆われていた。
 考えれば考えるほどに思考は埋もれていく。
 味方であって欲しいとの自身の願いと、アーネストの立場に準ずる時の見解が違うからだ。

 アーネスト・レドモンが、母方の企業の道に進むのならば、スイ・カミノクラがクローンであることを知っている可能性は非常に高い。
 クローンであるスイに何らかの利用法を期待し、彼に近づいた……。

 だが、ショーティ自身がそうではないことを望んでいるのだ。
 単純にスイを気に入っている。

 そう、アーネストにも自分と同じ要素があるのだと、思いたがっているのだ。

「やばいなあ」

 心を埋める存在を求めると、それは恋に発展する。
 そんな思考を抱きながらシーツの中で身を縮めるようにして、小さく言葉を零した。



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