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言葉の裏に隠したモノ ~契約…?秘密をバラすなってこと?

推察 ② 〜やはり対面での会話が1番

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 静かな食事は進んでいた。
 エマはただ楽しそうなショーティの表情に、怪訝を通り越し、呆れてさえいた。
 本当に昨日の来訪は深夜、突然だったのだ。それは再会してから初めてだった。
 よほどのことがあったと思えるのだが、尋ねてもしらばくれるだけである。そして、今、管理局の情報部員主任とその連れを見た途端、いつもの彼に戻っている。何かあるらしいが、彼がそれを語らないのならば、エマの知る範囲ではない。
 楽しそうなその表情は充分に鑑賞として得がたいものであるのだ。
 罪の意識も無きにしもあらずだが、彼が気にしないことを言っていても仕方がない。

「エマさん。ちょっと失礼して、お化粧直してくるね」
「ショーティ?」

 そんな言葉をいつ覚えたのか、突然食事を終えたショーティは、冗談交じりに告げながらそそくさと席を立ち、化粧室へと消えていく。後に残されたエマはしばし呆然とし、それから、思い出したように後方を振り返った。案の定、そこに居るのは情報部主任だけで、知り合いと思われる青年の姿はない。
 青年というよりはまだ若い、やはり学生なのだろうとエマは思う。
 ショーティが行動を起こし始めたのだと知ったエマは、口を挟める立場ではないことを十分に理解しているため、ただ、その後ろ姿を見送るのだった。




「good evening」
「やあ、ショーティ」

 来ると思っていたよ、との言葉はアーネストの奥深く消えていた。そう思っているはずなのに億尾にも出さない。

( いいな )

 思わず笑みが零れそうになるが、とりあえず全ては憶測でしかないことを思い出し、そっと笑みをかみ締める。乗せられてはいけないのだ。

「ねえ、情報部主任が何の用なの?それともアーネスト自身が用事なの?」
「?————いきなり確信だね」
「遠まわしに聞いてもかわされるだけかなって」

 金茶の髪がさらりと揺れた。笑みにより細くなるやや金を帯びた瞳。こちらの思いなど全てお見通しのような視線に、ショーティもつられて笑みを見せる。

「——————母親関係?」

 一瞬アーネストの視線が揺らいだ。しかし、彼はすぐにそれを穏やかな笑みで消し去ってしまう。けれど脳裏では激しい検索がされているのだろう。

 沈黙 —————?
 否定—————?
 それとも言い訳……?

 期待にはしゃいでさえいる自分をなんとか宥め、アーネストの出方を待つショーティであったが、

「情報部、それも主任では君がそんな表情で来たのもわかるよ。良ければ、紹介するよ?地球での昔なじみなんだ」
「え!?」

 アーネストの口をついて出た言葉はショーティ脳裏を殴打していた。しばし呆然とした後、どうしてこんなにも簡単な理由が思いつかなかったのだろうと、自身を叱咤し、前髪をかきあげる。
 そう、ショーティが管理技術者のエマと旧知のように、アーネストに情報部主任の知り合いがいてもおかしくないのだ。けれど不思議なことに、ショーティはそのことを考えもしなかった。

「どうかしたのかい?」

 あくまでも優雅に伺うように問われ、ショーティは慌てて視線を上げる。
 薄オレンジの照明がアーネストの髪を金色にも見せ、同じ色を見せる瞳が優しげに覗き込んでいた。
 容姿端麗、温厚篤実と評価の高いアーネスト・レドモン。

( ああ、そうだ )

 そこでショーティは思い返す。そう、この外観に捕らわれがちであるが、皆の評価など関係なく、

【昔馴染みと食事をしながら世間話をするアーネスト像】

 というものが少し府に落ちなかった。
 ただそれだけのためにこの場所にいることがうそ臭い。笑顔のオプションつきなら更に倍である。
 けれど、それを告げたところで、一笑されるのは判りきっていた。
【そうかい?】と尋ねる言葉で遮断されるのだ。
 ショーティはまだ本来のアーネスト像というものをつかんではいない。そのため、かわされれば逃げられる。追い詰めるだけのカードがないのだ。

「ショーティ?」
「…………なあんだ。残念」

 心の底からそう思っていた。手が届きそうで届かない。いつでも一歩が足りない。
 もどかしいばかりに、アーネストの前では言葉が泡となる。しかし今までのように全てをさらけ出すつもりはなかった。ショーティは始まったばかりのゲームのスタートラインに立っている気分だった。追いかける対象はアーネスト・レドモン。
 こちらの独り相撲なのが一番気に入らないが、今はこの場をごまかさなければならない。

「アーネストと情報部主任の密会、なんて、新聞の見出しまで考えてたのにな」

 軽い悪態をつくショーティは、にっこりと笑みを見せた。

「それは穏やかじゃないね」
「でしょ?なのに、知り合いって言うだけじゃねえ。僕と同じだもん」
「連れの女性の方かい?」
「そう、彼女も管理局なんだ。昔隣に住んでて。でも、そっかあ、情報部に知り合いっていいね」
「良かったら紹介するよ?」
「え!? いいのっ!? 」

 苦笑を浮かべつつそう促され、ショーティはぱっと顔をほころばせた。情報部と知己になれるチャンスなど滅多になく、それだけでも充分アーネストに声を掛けた甲斐があるというものだ。つまり、手ぶらでは帰りたくないということが本音である。
 いいもなにも是非お願いします、とショーティの顔には書いてあるのだが、急いては事を仕損じる、との言葉どおり彼はもう一つ重要なことを見落としているのだった。

【食事をしながら世間話をするアーネスト像は信じられない】

 そう思ったのはショーティ自身だ。
 ならばどのような話ならばアーネストらしいのか。
 思慮不足は自身を破滅へと導く。
 充分に承知しているショーティであったが、ここ最近の寝不足と思考の乱れは正確な判断を狂わせていた。
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