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捕まえる、と決めたから ~夏のコテージで自覚した

夏の終わり、コテージにて ②

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「アーネスト!?」

 ようやく辿り着いたコテージは真っ暗なままで、もう寝てしまったのだろうかと思ったショーティの目の前にアーネスト・レドモンはいた。

「ショーティ…?」

 玄関に蹲るように座り、名を呼ばれた事にまるでオウムのように問い返す。
 山深いコテージに明かりがないとただの真っ暗な森の中、そうアーネストの心中を思わせ、胸がきゅっと締め付けられるような痛みを感じた。

「どうしたの、電気もつけずに…もしかして誰か、来た?」

 一人になるためにこのコテージを選んだアーネストである。訪問者などという彼を追いつめる要素は何一つ寄せ付けたくない。しかしショーティの心配をよそに…。

「一人でいた時に……明かりをつけたことはないよ……」
「アーネスト…?」

 消え入りそうな細い声音に、心細さを感じたショーティはその瞳を覗き込んだ。
 艶やかだった金茶の髪は今、長く伸びて湿ったような色を落とす。薄い金色を放つ魅惑的な瞳もまた深く伏せられ、まるで周囲の森に色を奪われているようだ。
 ———初めてであった。
 こんなに弱りきったアーネストなど、見たこともない。
 追い込んでしまった責任の半分は自分にあるかもしれない、と思い当たる節もあり、ショーティは座り込んでいるアーネストの脇に膝を落とし、二の腕を掴んだ。

「アーネスト!」

 自分を見て貰いたくて、強く呼びかける。

「………ショーティ?」

 すると、ゆっくりとではあるが怪訝な視線を向け、それから驚いたような色を覗かせて確認するようにアーネストが呼びかけた。
苦しさが心中を満たす。
 今の今まで誰と話をしていたと思ってるの!?

「そうだよ、僕だよ」

 他に誰が来ると言うの!

「ショーティ・アナザーだよ!」

 他の誰も寄せ付けたくない!!

「なぜ…?」
「え?」

 名を叫ぶショーティにアーネストは視線を向け、それでもはっきりと彼を捉えることなく問い掛ける。その儚さに、思わず聞き返したのはショーティの方であった。

「なに?」
「どうして…僕だとわかった?あの日、僕はサングラスをして…服装だって…」

 偶然、市場で出会った時のことを言っているのだと、ピンときた。確かにあの日のアーネストは、いや、少なくともここにいる間のアーネストはショーティの知る彼ではなかった。というより、多分、アーネスト自身も驚いているのではないだろうか。

 それでも…とショーティは思う。

「わかるよ。アーネストだもん」

 揺らいだ身体を支えるように掴まれた腕のぬくもりが、ふわりと包み込んだ空気から、嘘だと言われればそれまでなのだが、すぐにわかっていた。わかってしまっていた。
 アーネストのことだけを考えていたから。
 ただそれだけを………。
 答えのようで答えになっていなかったかもしれない。しかし、それが真実。

「ね、それより部屋に戻ろう」

 湿り気を帯びた森の夜風が二人を包む。冷えたその身体を暖めてあげたい。
ただでさえ体調が万全ではないのだ。無理をさせるためにそばにいるのではない。

「もう君は…帰ってこないかと思っていた……」
「え?」

 アーネストの口からこぼれる言葉に、半分立ち上がりかけていたショーティは動きを止める。

「僕のそばには2度と来ないだろうと……」
「ぼく、が…?」

 こんなにも……こんなにも、こんなにも!追い詰められていたのだ!!
 ようやく見せてくれた想いの片鱗に、ショーティは思わずその肩を抱き寄せた。胸元に深く閉じ込めるように、このまま誰にも触れさせたくないと思う。これ以上傷つかないでと願う。
 少なくとも、自分だけは……。

「馬鹿だなあ、アーネスト」

 本当に、僕の想いなど欠片も知らない。
 ショーティは抱きしめる腕に力を込めた。
 でも、今は言えない。そう、アーネストを追いつめることはしたくない。
 心中で深く、深く自分に言い聞かすと、一瞬、瞳を見開いたようにも見えたアーネストがその肩に身を預けた。そんな感じに襲われる。
 この腕は頼りないかもしれない。足りないものが多すぎるだろう。でも………。

 この人を……守りたい———。


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