月について語ってみようか

つきとねこ

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turning point

閑話 元執事との回想①

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 ………あの時、僕はどう思っていたのだろう。


Scene.1

 ショーティを火星に見送って、1ヵ月が経った。僕は少しの寂しさを感じながら、穏やかな日をかなんと過ごしていた。

「かなん、ごはんだよ」
「わん!」

 元気な一声とともに駆け寄ってくるが、

「かなん、ステイ!」

 そう声をかけるとかなんはその場にとどまった。そっと彼の前にドッグフードの皿を置くが、待ての手をかざす。

「かなん、待て」

 かなんは皿をみたが、次に僕を見て、その姿勢でじっとしていた。
 5、4,3…。

「かなん、よくできたね。さあ、お食べ」

 僕は「待て」ができたかなんの頭を撫でて、食べるように促した。かなんも褒められたことがわかるのか、尻尾を振って一声吠えると、わき目もふらずに食事をする。

 それが今の日課だった。

 外ではクリスマスからニューイヤーに移り変わっていたけれど、ここは何の変りもなく穏やかな時間が過ぎている。この満たされた空間と穏やかな時間を僕にくれたのは。
 ショーティだ。

 そのショーティに何も言わせずに火星に送ったのも、僕であったわけだけれども。
 そのため寂しいなど、どの口が言うのかとおこがましくも思うのだが、穏やかな空間も少し空々しく感じる。窓から景色を見ると、セントラルパークの木々も枯れて寒々とした景色になっている。

 ああ、でも……、緑のセントラルパークの景色はあまり覚えがなかった。それがあまりに日常的すぎて覚えてないのか、自分に余裕がなく覚えてないのか……。……どう考えても後者だろう。夏頃にはもとの自分に戻っていたと思っていたが、そう考えるとやはり普通ではなかったかもしれない。

 …僕には、記憶があやふやな時期が2回ほどある。

 それはショーティが記憶を失ったような一定期間記憶が全くなかったこととは違い、うろ覚え程度に記憶はあるが、まるで夢の世界のことのようで現実味がないのだ。その間日常生活は普通(?)に送っているらしいのだが…そんな経験が2回あるのだ。けれどもそれはショーティがいた場面で2回であり、もしかすると過去にはもっとあったかもしれない。ただ、僕が認識できなかっただけで。

 1回目は、一昨年の夏のコテージで。そして2回目は、今年2月の件から暫く……。多分京都で桜を見るまでは、そうだっただろう。

 憶い返すと、その間ショーティはずっと僕の傍にいてくれた。
 何をするわけでも会話するでもなく、ただ静かに傍らにいてくれた。
 そんな自分に価値はないと思うのだが、気付くとショーティは優しく笑って傍にいてくれた。そして言うのだ。

『そんなアーネストも好きだよ』『そのままでいいんだ』『今何もしたくないならしなくていいよ』と。

 今まで成果を出すことで評価されてきた僕には、愛想笑いも計算もできない自分に(その時僕の記憶は、まあ…ないわけで、自分を客観的には見られないわけだけれども)価値があるとは思えなかった。それでもショーティは、それも僕の一つで好きだと何度も繰り返してくれる。

 だから、僕は、はじめて、ショーティの前では、感情のままでいていいのだと…思えるようになっていった。いや。ショーティの前では、昔から感情的だった気もするのだけれど。

 よくよく考えると……本当にショーティに申し訳ない。

 その時チャイムが部屋に響き、僕は思考の淵から浮かび上がった。

 そして客人を迎えにでる。

「やあ、チャーリィ久しぶり」
「アーネスト様もお変わりなく」

 僕らは、久々の再会にお互いに握手を交わした。
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