25 / 136
turning point
閑話 元執事との回想①
しおりを挟む
………あの時、僕はどう思っていたのだろう。
Scene.1
ショーティを火星に見送って、1ヵ月が経った。僕は少しの寂しさを感じながら、穏やかな日をかなんと過ごしていた。
「かなん、ごはんだよ」
「わん!」
元気な一声とともに駆け寄ってくるが、
「かなん、ステイ!」
そう声をかけるとかなんはその場にとどまった。そっと彼の前にドッグフードの皿を置くが、待ての手をかざす。
「かなん、待て」
かなんは皿をみたが、次に僕を見て、その姿勢でじっとしていた。
5、4,3…。
「かなん、よくできたね。さあ、お食べ」
僕は「待て」ができたかなんの頭を撫でて、食べるように促した。かなんも褒められたことがわかるのか、尻尾を振って一声吠えると、わき目もふらずに食事をする。
それが今の日課だった。
外ではクリスマスからニューイヤーに移り変わっていたけれど、ここは何の変りもなく穏やかな時間が過ぎている。この満たされた空間と穏やかな時間を僕にくれたのは。
ショーティだ。
そのショーティに何も言わせずに火星に送ったのも、僕であったわけだけれども。
そのため寂しいなど、どの口が言うのかとおこがましくも思うのだが、穏やかな空間も少し空々しく感じる。窓から景色を見ると、セントラルパークの木々も枯れて寒々とした景色になっている。
ああ、でも……、緑のセントラルパークの景色はあまり覚えがなかった。それがあまりに日常的すぎて覚えてないのか、自分に余裕がなく覚えてないのか……。……どう考えても後者だろう。夏頃にはもとの自分に戻っていたと思っていたが、そう考えるとやはり普通ではなかったかもしれない。
…僕には、記憶があやふやな時期が2回ほどある。
それはショーティが記憶を失ったような一定期間記憶が全くなかったこととは違い、うろ覚え程度に記憶はあるが、まるで夢の世界のことのようで現実味がないのだ。その間日常生活は普通(?)に送っているらしいのだが…そんな経験が2回あるのだ。けれどもそれはショーティがいた場面で2回であり、もしかすると過去にはもっとあったかもしれない。ただ、僕が認識できなかっただけで。
1回目は、一昨年の夏のコテージで。そして2回目は、今年2月の件から暫く……。多分京都で桜を見るまでは、そうだっただろう。
憶い返すと、その間ショーティはずっと僕の傍にいてくれた。
何をするわけでも会話するでもなく、ただ静かに傍らにいてくれた。
そんな自分に価値はないと思うのだが、気付くとショーティは優しく笑って傍にいてくれた。そして言うのだ。
『そんなアーネストも好きだよ』『そのままでいいんだ』『今何もしたくないならしなくていいよ』と。
今まで成果を出すことで評価されてきた僕には、愛想笑いも計算もできない自分に(その時僕の記憶は、まあ…ないわけで、自分を客観的には見られないわけだけれども)価値があるとは思えなかった。それでもショーティは、それも僕の一つで好きだと何度も繰り返してくれる。
だから、僕は、はじめて、ショーティの前では、感情のままでいていいのだと…思えるようになっていった。いや。ショーティの前では、昔から感情的だった気もするのだけれど。
よくよく考えると……本当にショーティに申し訳ない。
その時チャイムが部屋に響き、僕は思考の淵から浮かび上がった。
そして客人を迎えにでる。
「やあ、チャーリィ久しぶり」
「アーネスト様もお変わりなく」
僕らは、久々の再会にお互いに握手を交わした。
Scene.1
ショーティを火星に見送って、1ヵ月が経った。僕は少しの寂しさを感じながら、穏やかな日をかなんと過ごしていた。
「かなん、ごはんだよ」
「わん!」
元気な一声とともに駆け寄ってくるが、
「かなん、ステイ!」
そう声をかけるとかなんはその場にとどまった。そっと彼の前にドッグフードの皿を置くが、待ての手をかざす。
「かなん、待て」
かなんは皿をみたが、次に僕を見て、その姿勢でじっとしていた。
5、4,3…。
「かなん、よくできたね。さあ、お食べ」
僕は「待て」ができたかなんの頭を撫でて、食べるように促した。かなんも褒められたことがわかるのか、尻尾を振って一声吠えると、わき目もふらずに食事をする。
それが今の日課だった。
外ではクリスマスからニューイヤーに移り変わっていたけれど、ここは何の変りもなく穏やかな時間が過ぎている。この満たされた空間と穏やかな時間を僕にくれたのは。
ショーティだ。
そのショーティに何も言わせずに火星に送ったのも、僕であったわけだけれども。
そのため寂しいなど、どの口が言うのかとおこがましくも思うのだが、穏やかな空間も少し空々しく感じる。窓から景色を見ると、セントラルパークの木々も枯れて寒々とした景色になっている。
ああ、でも……、緑のセントラルパークの景色はあまり覚えがなかった。それがあまりに日常的すぎて覚えてないのか、自分に余裕がなく覚えてないのか……。……どう考えても後者だろう。夏頃にはもとの自分に戻っていたと思っていたが、そう考えるとやはり普通ではなかったかもしれない。
…僕には、記憶があやふやな時期が2回ほどある。
それはショーティが記憶を失ったような一定期間記憶が全くなかったこととは違い、うろ覚え程度に記憶はあるが、まるで夢の世界のことのようで現実味がないのだ。その間日常生活は普通(?)に送っているらしいのだが…そんな経験が2回あるのだ。けれどもそれはショーティがいた場面で2回であり、もしかすると過去にはもっとあったかもしれない。ただ、僕が認識できなかっただけで。
1回目は、一昨年の夏のコテージで。そして2回目は、今年2月の件から暫く……。多分京都で桜を見るまでは、そうだっただろう。
憶い返すと、その間ショーティはずっと僕の傍にいてくれた。
何をするわけでも会話するでもなく、ただ静かに傍らにいてくれた。
そんな自分に価値はないと思うのだが、気付くとショーティは優しく笑って傍にいてくれた。そして言うのだ。
『そんなアーネストも好きだよ』『そのままでいいんだ』『今何もしたくないならしなくていいよ』と。
今まで成果を出すことで評価されてきた僕には、愛想笑いも計算もできない自分に(その時僕の記憶は、まあ…ないわけで、自分を客観的には見られないわけだけれども)価値があるとは思えなかった。それでもショーティは、それも僕の一つで好きだと何度も繰り返してくれる。
だから、僕は、はじめて、ショーティの前では、感情のままでいていいのだと…思えるようになっていった。いや。ショーティの前では、昔から感情的だった気もするのだけれど。
よくよく考えると……本当にショーティに申し訳ない。
その時チャイムが部屋に響き、僕は思考の淵から浮かび上がった。
そして客人を迎えにでる。
「やあ、チャーリィ久しぶり」
「アーネスト様もお変わりなく」
僕らは、久々の再会にお互いに握手を交わした。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる