射手の統領

Zu-Y

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射手の統領122 渡海と初黒星

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射手の統領
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№122 渡海と初黒星

 翌朝、まだ夜が明けないうちから、クマとシゲは出港準備を進めていた。相変わらず風は強いが、昨日よりはやや収まったような気もする。シゲはクマの助手なのだろうか?

「シゲさんも行くのか?」
「お、おう。」
「じゃぁシゲさんもこれを受け取ってくれ。流邏石だ。カドガーに登録しとけば、万が一の転覆のときに戻って来られる。」
「いらん。おんちゃんの操船で、転覆するわきゃないが。」
「シゲ、お守り代わりにもろとかんね。わしも貰たが。」
「じゃ、貰っちゃる。」
 その後、クマとシゲに登録の仕方を教えて、ふたりはカドガー港を登録した。ついでに俺も、流邏矢の甲矢をカドガーの漁村に登録しておいた。

 嫁たちは、今日は一旦ガヒューに帰って、俺の帰りを待つらしい。この強風の中でクエストをするのも馬鹿らしいしな。

 クマによると、ズリの断崖岬に一番近い、ズシミの港町を一直線に目指すそうだ。普通は丸1日の航海だそうだが、こう派手に時化てると、船は進路を定めるのも並大抵ではなく、右往左往するから倍以上の日数が掛かるんだとか。もちろん操船の腕がいいと、進路をキープできるので、余分に掛かる時間は少なくなる。
 船には数日分の水と食料を積んだ。その食糧は、昨日、俺が大いに気に入った魚寿司だ。

 夜明け直前の薄明の頃、嫁たちとクマの奥さんに見送られて、俺たちはカドガーの港を出航した。

 クマの漁師船は1本マストの三角帆である。帆を張ると、歩の真ん中に穴が開いているではないか!
「クマさん、帆の真ん中に穴が開いているが、大丈夫なのか?」
「あー、ありゃ嵐用の工夫じゃが。」
「え?」
「まともな帆を張ってかいよ、嵐ん強風ばまともに受けよったらよ、マストをへし折らるっか、転覆すっかのいずれかよ。」なるほどー。
 確かに帆は早速、強風を受けているが、帆の中心の穴から風が抜けて、船が傾ぐようなことはない。

 港から沖に出ると、波も大きくなり、漁師船は翻弄されるように上下した。グーッとせり上げられたと思ったら、次の瞬間には、すっと胃が浮くような感覚とともに、船はズドンと波の底に落とされる。するとまたせり上がる波に、グググっと持ち上げられる。ひたすらこれの繰り返しだ。
 クマは、シゲに的確な指示を出して帆の角度を適宜調整しつつ、方位磁針を頼りに舵を操って、船の針路を東北東に保っている。物凄い操船技術だ。

 出航して小1時間。俺は、船の中央にあるキャビンの入口で、手すりに掴まりながら、膝を軽く曲げ、船の上下動に合わせて、縦揺れを下半身で吸収するコツを掴んでいた。
「アタル、気分悪くならんと?」クマが聞いて来た。
「ああ。俺は揺れには強いようでな。船酔いはしたことがないんだ。」
「こん揺れで酔わんとは、大したもんよ。わりゃ、漁師にならんね?」
「そじゃのぅ。ええ漁師になりよるが。」シゲも同意した。
「俺は冒険者で十分だよ。」
 どうも、クマとシゲにいつの間にか認められてたようだ。笑

「シゲ、そろそろ潮帆を張らんね。」
「おう。」
 シゲが、船の舳先から海に向かって潮帆を投げ入れた。海中で潮帆が広がると、潮流を捕まえて、さらにガクンと加速した。
「いい塩梅じゃぁ。」
「おんちゃんが、舵ばよう操っとじゃに、進路がブレんが。こりゃ思いの他、早う着くっとじゃなかろかね。」
 そうは言っても丸1日はゆうに掛かるらしい。

 腹が減ったら魚寿司を頬張って、丸1日、寝ずの操船。もっともこの大揺れの中で寝られる訳はないけどな。

 翌日の昼前、ズリの断崖岬の陸影を、馬手側の遠くに微かに見つつ、ズシミの港町に入港した。
 ズシミの港町は、四の島南西端の港町でズリの断崖岬の付け根である。ズシミ港はズリの断崖岬の西の付け根で、和南西航路西行の寄港地であり、南の島航路の起点寄港地でもある。
 南の島航路のもうひとつの起点寄港地は、四の島の府である屋府だ。
 屋府からニーマ、マチャマ、キサミ、ウワジを経由してズシミが、南の島航路の北西回りで、屋府から、トクシ、ムキー、トロム、チーコを経由してズシミが、南の島航路の南東回りである。

 命懸けで送ってくれたクマとシゲに丁重に礼を述べ、漁師船を桟橋に係留する作業を手伝ってから、クマとシゲを連れてズシミギルドに行った。
 そこで、ガヒューギルドのギルマスのニチコウからの依頼書を見せ、渡海クエストの達成を承認されて、多額の賞金を得たので、その賞金をすべてクマに渡した。
 クマは破顔し、シゲとふたりで「「居続けじゃぁ。」」と大喜びだ。これからふたりはチーコの色街で、この賞金が尽きるまで居続けで遊ぶのだそうだ。
 ちなみにチーコまでは、南の島航路南東回りで1日だが、今は紫嵐龍で欠航中なので、馬車での移動になる。馬車だと丸2日掛かるそうだ。

 チーコ行の馬車に乗り込んだふたりを見送った俺は、ズシミギルドに戻って温泉のある宿屋が近くにないか尋ねてみたところ、3㎞東のズシミの外れに温泉宿があると言う。
 場所を教わって歩くこと1時間弱。目指した温泉宿に着いたので、今夜から泊まれるかを宿の女将に尋ねた。紫嵐龍の台風騒ぎで予約のキャンセルが相次ぎ、部屋はいくらでもあるそうだ。ちなみに一番大きな部屋なら、8人全員で泊まれる。
 俺の一行が8人と聞いて女将は身を乗り出した。泊まれアピールが一段と強くなった。笑
 出陣前の禊の儀式に大浴場を使わせてもらえるかを聞くと、他の客がいないので自由に使っていいとのことなので、ここを紫嵐龍攻略の拠点とすることにして、一番大きな部屋を取り敢えず3泊取った。女将は大喜びだ。

 ズシミの町外れの温泉宿に流邏石8個を登録し、流邏石でガヒューギルドに飛ぶと、そこで待機していた嫁たちと合流することができた。そこでズシミの温泉宿の流邏石を嫁たちに渡した。

 ニチコウから貰った10個の流邏石は、クマとシゲに1つずつ渡し、残り8個をズシミの温泉宿に使ったので、手元に新品の流邏石はない。そこでそのまま道具屋へ向かった。
「いらっしゃい。おや、見掛けん顔じゃね。旅のお人じゃろかい?」
「ああそうだ。流邏石が欲しい。」
「今、売り切れで、入荷待ちじゃが。」
「え?」
「ギルドにすべて買い取られたんよ。」マジか?それがこのニチコウから貰った10個か。
 道具屋を出て、俺は流邏石で宰府に飛んだ。宰府で流邏石20個を仕入れ、流邏石でガヒューギルドに戻って嫁たちと合流。

 北斗号は昨日からキノベ陸運ガヒュー営業所に預けていると言う。営業所に行って、数日預かってもらうことを頼んでから、俺たちは流邏石でズシミの温泉宿に飛んだ。
 さっき交渉した女将が、満面の笑顔で出迎えてくれて、俺たちはそのまま大浴場に直行した。貸切なので自由に使っていいと言うお言葉に甘え、大浴場を貸切混浴にさせてもらった。
 どっぷり湯に浸かって手足を伸ばすと、昨夜の荒海では一切睡眠を取れずに完徹だったため、その疲労がどっと押し寄せて来て、一気に睡魔に襲われた。
 混浴で皆と入浴してよかった。ひとりで入浴していたら、湯船で寝こけて溺れていたかもしれん。苦笑

 その後、部屋で爆睡。
 部屋食の夕餉のときは、起こされて皆と一緒に夕餉を摂った。典型的な宿屋の夕餉である。その後、部屋呑みでは早々に酔い潰れた…と言うよりも睡魔に負けて眠ってしまった。
「ん?アタル兄ったら、もう眠ってもうたで。」
「ホンマや。ちょっとアタル兄、潰れるんには早いんと違う?」
「昨日はぁ、嵐の中でぇ、徹夜ですからねぇ。」
「そうですね。ゆっくり寝かせてあげましょう。」
 爆睡している俺を尻目に、折角だからと嫁会議が始まっていたらしい。苦笑

 翌日俺は、紫嵐龍の棲家のズリの断崖岬まで下見に行って、流邏矢を登録して来ることにした。ズシミの港町の外れの温泉宿からズリの断崖岬までは、10㎞ちょいなので、歩いて3時間弱だ。
 出発前に、温泉宿に頼んで昼餉用の握り飯弁当を作ってもらっていると、どうせやることがないからと、嫁たちも皆、付いて来ると言う。
 そう言うことならと、昼餉用に握り飯弁当を、あと7人分追加した。まるでピクニックではないか。ちょっとテンションが上がる。決して油断ではない。今日は、戦闘する訳ではないからな。

 ズリの断崖岬は、四の島の南西端にあり、四の島から外つ海に向かって南南西に着き出している。そのズリの断崖岬の東の付け根の出湯宿から、ズリの断崖岬の東岸に沿って先端へと向かっている。ちなみにズシミの港は、ズリの断崖岬の西の付け根だ。

 暴風の中心へと向かっているので、向かい風が相当きつい。誰だよ。まるでピクニックとかほざいたの!あ、俺か。苦笑
 およそ3時間の行程かと思っていたが、向かい風が殊の外きつく、途中で握り飯弁当を使うのに昼餉の休憩を取ったりもしたので、ズリの断崖岬の前端に着くのに、温泉宿を出てから5時間も掛かってしまった。
 ズリの断崖岬の先端は、紫嵐龍の棲家のはずであるが、紫嵐龍は見当たらない。沖に出て暴風を起こしているのだろう。まったく厄介な奴だ。
 とは言え神龍だからな。

 古来より、神龍も含めてこの和の国の八百万の神々は、われらに豊穣と災厄の両方をもたらして来た。豊穣をもたらす恵みの神と災厄をもたらす荒ぶる神は、表裏一体なのである。だからこそ、我々和の国の民は、神に感謝し敬いつつも、一方では畏れるのだ。

 ライもフジの霊峰を中心とした広範囲の民を落雷によって苦しめたし、親父もライにやられた。ウズはビワの聖湖の周辺に豪雨と洪水をもたらしたし、シンはトリトの大砂丘で大地震を頻発させ、トリト周辺を恐怖に陥れ、震源に最も近いトリトの港町を深刻な状況に追い込んだ。レイはシカオの町を含むシカオの大雪原一帯を冷気と豪雪で閉じ込めて外界との連絡を遮断したし、エンはアゾの活火山を中心に、麓のクマモンをはじめ辺り一帯を灼熱地獄へと陥れた。
 だから紫嵐龍がズリの断崖岬を中心に暴風を引き起こし、周囲の海を大荒れにしているのも、ぶっちゃけ当然っちゃぁ当然なのだ。まぁしかし、荒ぶる神は鎮めにゃならん。

 一方で、荒ぶる神は恵みの神でもある。ライの雷は植物やキノコの成長を促すので豊作をもたらす。ウズの豪雨は夏の水不足を一気に解決するし、シンによる地震は耕作地を一気に耕す効果がある。レイのもたらす豪雪は雪解けの後に豊かな水となって周辺一帯を潤すし、エンの暑気は植物をすくすくと育てるのにひと役買っている。

 俺は、流邏矢の乙矢を、ズリの断崖岬の先端近くに登録して、今日の目的である、紫嵐龍攻略の準備を終えた。
 さあ、流邏矢も登録したし、ズシミの外れの温泉宿に戻るかなと思った瞬間、南の海の空から咆哮が聞こえて来た。
 すかさずホサキが自在の盾を展開し、皆を守る態勢を敷いた。さらに、ウキョウが皆に、防御系の各種バフを次々と掛ける。

 皆で辺りを警戒していると、間もなく上空から降りて来たのは、紛れもない紫嵐龍だった。斜め上の上空でホバリングしつつ、俺たちを見下ろしている。
「そちたちは何者だ?余の棲家で何をしている?」
「俺はアタルだ。紫嵐龍よ、そなたの起こす暴風で海が荒れ、漁師たちが難儀している。鎮まってはくれまいか?」
「ほう、余に鎮まれとな。」
「ああ。そして俺の眷属となって欲しい。」
「わっはっは。面白いことを言う。余に眷属になれとか?ならばその力を示すがよい。」
 と言うや否や、紫嵐龍は暴風のブレスを吐いた。俺たちは密集体型でホサキの自在の盾に隠れ、ブレスを凌いだ。

「ほう、耐えたか。」
 紫嵐龍が上空から俺たち見下ろしているので、位置的優位は紫嵐龍。俺たちは不利な立位置にある。さらに、紫嵐龍は上空である程度の距離を保っているので、サジ姉たちの近距離攻撃は届かない。
 サキョウからのデバフの術やサジ姉の麻痺の術を、紫嵐龍は見切ってホイホイと躱す。アキナの弓矢は紫嵐龍の起こす風で届かない。

 なんとか、紫嵐龍を上空から引きずり下ろしたい。そのためにも一撃を入れねば。
「ライ、5倍を連射する。サジ姉、閃光の術。」
『おう。』「りょ…。」
 サジ姉が閃光の術を放った。この術なら命中させる必要はない。紫嵐龍の前で閃光が起きた。
「うおっ。」一瞬視界を奪われた紫嵐龍に隙が生じた。
 そこへ俺が5倍雷撃矢を連射した。紫嵐龍は、アキナの矢を、自ら起こした風で吹き飛ばしていたため、弓矢攻撃は届かないと高を括っていた。しかし初心者のアキナと、熟練者の俺では矢勢がまったく違う。
「ぐぬぅ!黄金龍の力かぁぁぁ?」
 複数の5倍雷撃矢が直撃した紫嵐龍は、空中で感電し、バランスを崩して、体をくねらせながら落下して来た。ズリの断崖岬の先端を掠めたが、着地はできず、そのまま海へと落下して行った。

「やったか?」思わず口を付いてしまったが、やべぇ、これってもろにフラグじゃね?
 キョウちゃんズが、紫嵐龍が掠めたズリの断崖岬の南端に駆け寄って崖下を覗き込んだそのとき、紫嵐龍が東岸から浮上して来た。落下から立ち直り、回り込んだのだ。
「貴様ぁ、黄金龍の力をどうやって手に入れたのだぁ?
 ん?」
 紫嵐龍が、ホサキの自在の盾から飛び出ているキョウちゃんズに気付いた。その刹那、紫嵐龍はキョウちゃんズに暴風のブレスを吐いた。

 やばい!

 ふたりは暴風のブレスをまともに受けて吹き飛ばされ、宙を舞う。ふたりの身体から閃光が光り、身代わりのペンダントが砕け散った。そのままズリの断崖岬の西へと飛ばされ、海へ落下して行く。
「サキョウー!ウキョウー!」俺が飛び出そうとするのを、サヤ姉が止めた。
「アタルまで自在の盾から出たらだめ!」
「でもサキョウとウキョウが!」パーンと一発、頬を張られ、
「落ち着きなさいな!」サヤ姉は目に涙を溜めている。俺は我に返った。
「くっ、撤退だ。」

 皆、無言のまま、流邏石でズシミの温泉宿に飛んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

設定を更新しました。R4/10/2

更新は月水金の週3日ペースを予定しています。

2作品同時発表です。
「精霊の加護」も、合わせてよろしくお願いします。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/121143041/836586739

カクヨム様、小説家になろう様にも投稿します。
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