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第49話 譴責
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「しづるくん、どうしたんだいその顔」
「あんな風に言うことないだろ」
「ごめんね、でもああしかぼくには言えないんだ」
二人は理科室にやってきていた。
理科室は普段と違い整然としており、見慣れないベッドが置かれていた。
「悠里はそこで寝てる」
「悠里っ!」
しづるはベッドに駆け寄った。消えるように居なくなったまま、一度も会っていない。
このまま会えなくなるかもしれなかった……。だとしたら、どんな顔をすれば良かったのだろう。
「……すやすや」
瞼を閉じたまま、少女のような無垢な表情で眠ったままのじゃじゃ馬がそこにはあった。汗で髪が額に張り付いて、枕をよだれまみれにしながら気持ちよさそうに眠っている。
「バカヤロウ……生きてたか――っ」
しづるは手を悠里の頬に沿わせて、それだけでは足りないように頭を抱えて抱き込んだ。
「本当に、生きてる――!」
浅い呼吸のリズムは途切れずにゆったりと続いている。心臓の鼓動が聞こえる。
「おじさん、悠里、いつから寝てるんだ?」
「今朝からだな」
一木は抽斗をごちゃごちゃ弄りながら答えた。
「じゃあ、もうそろそろ起きてくるんじゃないか? コイツ、結構寝るけど夜になったらぴったり起きてくるだろ……な」
「起きない」
一木はぴしゃりと言い放った。そこにはいつもの遊びがない。
「なにを……言ってるんだよ。冗談だろ、なあ」
「起きない。悠里は起きないよ。目覚めることは出来ない」
「なんで……さ」
しづるは胸の動悸が激しくなるのを抑えられなかった。
目の前の悠里がこのまま目覚めない? なら、どうして俺はここに居るんだ……?
脳の血管の中に熱が込み上がってくるのを感じて、しづるは自分でも気が付かない間に震えていることがわかった。
「……しづるくん。説明を始めようか。そろそろ夜になる。後数時間後には、ぼくらは大きな運命の岐路に立たされる。全てを失うか、日常を取り戻すかの二つに一つだ。このままだと、明日まで保たずに悠里は完全に死亡する。そして悠里が死亡すれば、君たちの未来も同時に消滅する。手がなくなってしまう――。時間がないのは、そのせいなんだ。悠里がどこまで保つか、それが勝負になる」
「俺達が勝てば、悠里は帰ってくるのか」
ほとんど無意識のままにその質問が口から漏れ出た。本音だった、自覚すらしていなかった心だった。
「ああ。――必ず帰ってくる。ぼくらが勝利すれば。だが負ければ、何も残らない。そこに君たちの立つ世界はない。しづるくん、君も朧気ながらに視たんじゃないのか。多くの消えていった未来の影を」
しづるは追想していた。
十二時を越えた時、地平線の光に飲まれて消えていった無限の影のことを。
あれからずっと考えていた。今ならわかる。
――アレは、全部俺なんだ。ここにたどり着くこの出来なかった、何度も何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も……何度も何度も失い続けてきた俺なんだ。
俺は――どうして消えていったんだ?
『誰かが俺の手を強く引っ張った。その手の感触が懐かしくて、ピタリと止まった』
俺を繋ぎ止めてくれた誰かが、いたんだ。
「しづるくん、今この場に立った君は――スペクトルのように発散し、そして収束して潰えていった数多の可能性の中を掻い潜り、そしてこの場にいる。言うなればこの世界で最も特別な因果を持った、星辰ですら予測できなかった運命の子だ。君だけが、この世界の中で君だけが運命を変えられるたった一つの可能性だ」
しづるは自らの頬を弾けるほどはっ叩き、振り返った。
「俺の世界は 日常を、今度こそ自分の手で繋ぎ止めたい。悠里を、みんなを助けたい。今まで生きてきた癖とか、そうしなきゃいけないとか柵を全部捨ててさ。その為には、そこにある世界を失うわけには、いかないんだ。やっとわかったんだ。教えてくれ、俺がこの世界を救う為にはどうすればいい!」
しづると一木は相対した。
そこに迷いはなかった。
「成長したな。しづるくん」
一木の目に映るのは、決意の瞳に氷のような切れ味を纏った、良い青年であった。
――どこまでも、君は道を進んでいくのだな。灼かれそうな空を見上げて、瞬きをしながら、それでも。
足下に広がる地獄も、纏わり付く過去も全部全部、受けとめて。
目の前に、『もしかしたら』どうしようもない絶望が待っているとしても。
瞼を閉じてただ暗闇を進むのではない。識るために、解るために。
それは、ぼくのできなかったことだ――。
「教えてくれ、俺はなにと戦えばいい」
「君が戦うのは――『ミソノ・カリナ』つまり、御園礼香の父親であり、二つ名にして星辰の魔法使い。人類史上最悪規模の異端災害――この雪星異変を起こした魔法使いだ。勝算は極めて低い。1%あれば上出来、けれどその1%の為にぼくは全てを賭して全ての時間で、全ての世界で準備にあたってきた!」
一木はいつになく真っ直ぐと、優しげな双眸を見開いて語る。
「君には、今まで何が起こったのか、今から何が起こるのか、それを防ぐためにはどうするか……その全てを知って貰う。君の行動が運命を決める。覚悟は――」
一木ははっとしてしづるの顔を見た。
「できてる。俺はもう、とっくに――!」
「あんな風に言うことないだろ」
「ごめんね、でもああしかぼくには言えないんだ」
二人は理科室にやってきていた。
理科室は普段と違い整然としており、見慣れないベッドが置かれていた。
「悠里はそこで寝てる」
「悠里っ!」
しづるはベッドに駆け寄った。消えるように居なくなったまま、一度も会っていない。
このまま会えなくなるかもしれなかった……。だとしたら、どんな顔をすれば良かったのだろう。
「……すやすや」
瞼を閉じたまま、少女のような無垢な表情で眠ったままのじゃじゃ馬がそこにはあった。汗で髪が額に張り付いて、枕をよだれまみれにしながら気持ちよさそうに眠っている。
「バカヤロウ……生きてたか――っ」
しづるは手を悠里の頬に沿わせて、それだけでは足りないように頭を抱えて抱き込んだ。
「本当に、生きてる――!」
浅い呼吸のリズムは途切れずにゆったりと続いている。心臓の鼓動が聞こえる。
「おじさん、悠里、いつから寝てるんだ?」
「今朝からだな」
一木は抽斗をごちゃごちゃ弄りながら答えた。
「じゃあ、もうそろそろ起きてくるんじゃないか? コイツ、結構寝るけど夜になったらぴったり起きてくるだろ……な」
「起きない」
一木はぴしゃりと言い放った。そこにはいつもの遊びがない。
「なにを……言ってるんだよ。冗談だろ、なあ」
「起きない。悠里は起きないよ。目覚めることは出来ない」
「なんで……さ」
しづるは胸の動悸が激しくなるのを抑えられなかった。
目の前の悠里がこのまま目覚めない? なら、どうして俺はここに居るんだ……?
脳の血管の中に熱が込み上がってくるのを感じて、しづるは自分でも気が付かない間に震えていることがわかった。
「……しづるくん。説明を始めようか。そろそろ夜になる。後数時間後には、ぼくらは大きな運命の岐路に立たされる。全てを失うか、日常を取り戻すかの二つに一つだ。このままだと、明日まで保たずに悠里は完全に死亡する。そして悠里が死亡すれば、君たちの未来も同時に消滅する。手がなくなってしまう――。時間がないのは、そのせいなんだ。悠里がどこまで保つか、それが勝負になる」
「俺達が勝てば、悠里は帰ってくるのか」
ほとんど無意識のままにその質問が口から漏れ出た。本音だった、自覚すらしていなかった心だった。
「ああ。――必ず帰ってくる。ぼくらが勝利すれば。だが負ければ、何も残らない。そこに君たちの立つ世界はない。しづるくん、君も朧気ながらに視たんじゃないのか。多くの消えていった未来の影を」
しづるは追想していた。
十二時を越えた時、地平線の光に飲まれて消えていった無限の影のことを。
あれからずっと考えていた。今ならわかる。
――アレは、全部俺なんだ。ここにたどり着くこの出来なかった、何度も何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も……何度も何度も失い続けてきた俺なんだ。
俺は――どうして消えていったんだ?
『誰かが俺の手を強く引っ張った。その手の感触が懐かしくて、ピタリと止まった』
俺を繋ぎ止めてくれた誰かが、いたんだ。
「しづるくん、今この場に立った君は――スペクトルのように発散し、そして収束して潰えていった数多の可能性の中を掻い潜り、そしてこの場にいる。言うなればこの世界で最も特別な因果を持った、星辰ですら予測できなかった運命の子だ。君だけが、この世界の中で君だけが運命を変えられるたった一つの可能性だ」
しづるは自らの頬を弾けるほどはっ叩き、振り返った。
「俺の世界は 日常を、今度こそ自分の手で繋ぎ止めたい。悠里を、みんなを助けたい。今まで生きてきた癖とか、そうしなきゃいけないとか柵を全部捨ててさ。その為には、そこにある世界を失うわけには、いかないんだ。やっとわかったんだ。教えてくれ、俺がこの世界を救う為にはどうすればいい!」
しづると一木は相対した。
そこに迷いはなかった。
「成長したな。しづるくん」
一木の目に映るのは、決意の瞳に氷のような切れ味を纏った、良い青年であった。
――どこまでも、君は道を進んでいくのだな。灼かれそうな空を見上げて、瞬きをしながら、それでも。
足下に広がる地獄も、纏わり付く過去も全部全部、受けとめて。
目の前に、『もしかしたら』どうしようもない絶望が待っているとしても。
瞼を閉じてただ暗闇を進むのではない。識るために、解るために。
それは、ぼくのできなかったことだ――。
「教えてくれ、俺はなにと戦えばいい」
「君が戦うのは――『ミソノ・カリナ』つまり、御園礼香の父親であり、二つ名にして星辰の魔法使い。人類史上最悪規模の異端災害――この雪星異変を起こした魔法使いだ。勝算は極めて低い。1%あれば上出来、けれどその1%の為にぼくは全てを賭して全ての時間で、全ての世界で準備にあたってきた!」
一木はいつになく真っ直ぐと、優しげな双眸を見開いて語る。
「君には、今まで何が起こったのか、今から何が起こるのか、それを防ぐためにはどうするか……その全てを知って貰う。君の行動が運命を決める。覚悟は――」
一木ははっとしてしづるの顔を見た。
「できてる。俺はもう、とっくに――!」
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