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第10話③ 作戦会議
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御鈴波邸、深夜零時――会議室。真っ白い壁紙と木目の美しい艶めく柱や板で形成された部屋は、薄暗く調光されていた。前のスクリーンには現在の現場の状況がライブ映像で流れている。赤い液体に包まれたバケモノは身を横たえたまま、絶えず脈動を行っている。移動している気配はない、眠っているのだろうか、と零春は思った。
先程の撤退時、ヘリに乗っていた人員のほとんどが集まっている。負傷の酷いノーベルは治療室で今なお治療が続き、保護された少年は目が覚める前に警察へ引き渡された。食事と入浴と仮眠で英気を養った戦闘員達は、既に席へ座っている。
正面の講壇で資料を爪繰るのは御鈴波だ。定刻の一分前に現れたゴッ太郎と上海に厳しい目線を向けると、資料を手元に置いて全員を睥睨する。
「来たわね。始めましょう。配布された資料に目を通して。読めない人は見てるだけでいいわ」
すごい嫌味である。寝ぼけ眼の二人には効かなかったが。
「まずはあのゼリーやスライムのように変形して襲ってくる生物についての名前を付けるべきだと思って、名前を付けてきたわ。呼称はμ。これからはμと呼びます」
「了解」
「大体の大きさを確認しておくわ。ドローンを回して計測をした夜八時の段階では縦四十五メートル、横幅二十五メートル。分厚さはそれほどなくて十メートル。つまりかなり足元が不安定な生物と言えるわね。けれどまだ徐々に肥大しているみたいで、最終到達点はわからないわ。イーグルの一撃が効いたみたいで今はダウンしてる。検査ドローンがサンプルを持ち帰ってくれたからわかることだけを先に伝えておくと、うちの技術とは根本的に関係のないもので構成されてるらしいわ。一部以外」
イーグルが手を挙げる。
「爆発物、及び火器の効果は?」
「うちのラボの試算だと効かないと思った方がいいとのことよ。立方メートル単位あたりの圧力耐性はかなり高くて、アレに穴を開けるためには百五十ミリクラスの迫撃砲が必要みたい」
「市街地周辺で使うにはあまり現実的ではない、か」
「すいません、ぼくも質問を」
零春の質問に対して、なにかしら、と御鈴波。
「これは、率直な疑問なので気分を害したらすみません。あの大きすぎる化け物――μでしたっけ。に対して、自分たちは、なにができるんでしょうか……。火器が使用できないとなると、流石にここにいるメンバーでは分が悪い気も」
イーグルは別ですが、と付け加えて、零春の声はしぼんだ。失礼だと思ったのだろう、彼らしくない尻切れトンボなスピーチである。
「……そうね、そこについての説明、というかそこを詰めるための会議でもあるのだけれど、最終着地点が明確じゃなかったわ。ごめんなさい」
「弱点はねえの?」
椅子に背中をどっしりと預けたまま、呑気な声でゴッ太郎が割り込む。
「そこについても言っておきましょう。弱点はあるわ。μは大きな身体をしているけれど、それのほとんどは水となんらかの有機化合物で出来てるの。そして中心にはそれを操っている人間が入ってる――つまり大きなゴムプールの中心にいる人間が外側のゴム膜を操っているような状態なの。だからその人間を潰してしまえば、外側は勝手に死滅する」
「なるほど、なんとか外の粘液を取り除いて、中身の人間を叩く、というわけですか」
「そういうこと。火器使用禁止という制約を課した時、任務を遂行できる可能性がある人間は明確に減るわ。だからあなたたちの力が必要なの」
合点がいった様子で零春は頷くが、今度はゴッ太郎が納得しない。口の端を曲げて、考えるような半開きの目で御鈴波に問いかける。
「あれ、だったらイーグルだけでいいんじゃねえの? ソニックで切り裂いてしまえば――」
「もちろんイーグルにも出てもらうけれど、今回は最前線には出さないわ」
「なんでぇ?」
「これの背後に玄明がいることを忘れないで。もしわたしが玄明なら、このμを単体で運用させることはしないわ。これだけ時間が経っている以上、相手からのアプローチを気にしないといけない」
その言葉に、ゴッ太郎の目は一気に覚めた。御鈴波は火力を正面に集中させることの危険性を考慮しているのだ。御鈴波は正面のスクリーンに映った画像を切り替える。そこには図式化して書かれた篝浜周辺地図とμが描かれている。浜の海側にはベースキャンプと思しき目印が描かれており、そこが作戦の開始地点らしかった。
「今回は本隊とバックアップに別れて配置する想定で作戦を組んでるわ。わたしとイーグルがまずはμの皮を剥がす。剥がしたタイミングでゴッ太郎と零春の二人がμの本体を叩く――その間をわたしの処理班とイーグルで警備にあたる。という流れになるわね」
「しかし御鈴波嬢、もう一度やって、また一撃でアレの膜を再び破れるとは限らない。何か策はあるのか?」
イーグルの慎重さを求める発議に、御鈴波はジャケットの内ポケットから試験管を取り出した。上部はコルク栓がされており、中では緑色の液体が揺らめいている。
「あるわよ。サンプルを持ち帰ったって言ったでしょ。あれの組成を調べたの。そしたらかなり特殊な酸性土壌に生きている微生物の細胞内物質に近かったんだけど、それに何種類かの混ぜものがしてあって、その混ぜ物が大気と触れることで硬化してあのゴム膜みたいな体表を形成してるみたい。だからその混ぜものを特定して、拮抗物質を作ってある。これを打ち込めばいい」
神妙な顔でかじりついていたゴッ太郎だが、表情がぴたりと動かなくなっていた。理由は一つである。
「……? 全然わかんねえや、もうちょっとわかりやすく頼む」
かなりわかりやすく言ったつもりだったんだけど、と御鈴波は出鼻をくじかれたような顔をするが、眠たげな上海の姿を認めると諦めたのか言い直した。
「μに特殊な弾丸を打ち込むの。その弾丸の中には薬剤が入っていて、一時的にμの表面を柔らかくできる。これの効果がある内にイーグルに表面を切り裂いて貰う、その後でゴッ太郎たちの出番。中に入ってる本体を叩くの」
「……なるほどガッテンだぜ。とにかくイーグルと御鈴波があいつを弱らせて、そこで俺等が出動してガッチリってわけだな!」
ゴッ太郎本人の心境としてはかなり目が冴えてやる気が充溢しているつもりなのだが、脳はまだ覚醒しきっていないらしく言語が少々たどたどしい。
「まあ、大体はそうよ。ただ、この作戦には問題もあってね――」
御鈴波はスクリーンのスライドを次に移すと、全員から顔色が消えた。
先程の撤退時、ヘリに乗っていた人員のほとんどが集まっている。負傷の酷いノーベルは治療室で今なお治療が続き、保護された少年は目が覚める前に警察へ引き渡された。食事と入浴と仮眠で英気を養った戦闘員達は、既に席へ座っている。
正面の講壇で資料を爪繰るのは御鈴波だ。定刻の一分前に現れたゴッ太郎と上海に厳しい目線を向けると、資料を手元に置いて全員を睥睨する。
「来たわね。始めましょう。配布された資料に目を通して。読めない人は見てるだけでいいわ」
すごい嫌味である。寝ぼけ眼の二人には効かなかったが。
「まずはあのゼリーやスライムのように変形して襲ってくる生物についての名前を付けるべきだと思って、名前を付けてきたわ。呼称はμ。これからはμと呼びます」
「了解」
「大体の大きさを確認しておくわ。ドローンを回して計測をした夜八時の段階では縦四十五メートル、横幅二十五メートル。分厚さはそれほどなくて十メートル。つまりかなり足元が不安定な生物と言えるわね。けれどまだ徐々に肥大しているみたいで、最終到達点はわからないわ。イーグルの一撃が効いたみたいで今はダウンしてる。検査ドローンがサンプルを持ち帰ってくれたからわかることだけを先に伝えておくと、うちの技術とは根本的に関係のないもので構成されてるらしいわ。一部以外」
イーグルが手を挙げる。
「爆発物、及び火器の効果は?」
「うちのラボの試算だと効かないと思った方がいいとのことよ。立方メートル単位あたりの圧力耐性はかなり高くて、アレに穴を開けるためには百五十ミリクラスの迫撃砲が必要みたい」
「市街地周辺で使うにはあまり現実的ではない、か」
「すいません、ぼくも質問を」
零春の質問に対して、なにかしら、と御鈴波。
「これは、率直な疑問なので気分を害したらすみません。あの大きすぎる化け物――μでしたっけ。に対して、自分たちは、なにができるんでしょうか……。火器が使用できないとなると、流石にここにいるメンバーでは分が悪い気も」
イーグルは別ですが、と付け加えて、零春の声はしぼんだ。失礼だと思ったのだろう、彼らしくない尻切れトンボなスピーチである。
「……そうね、そこについての説明、というかそこを詰めるための会議でもあるのだけれど、最終着地点が明確じゃなかったわ。ごめんなさい」
「弱点はねえの?」
椅子に背中をどっしりと預けたまま、呑気な声でゴッ太郎が割り込む。
「そこについても言っておきましょう。弱点はあるわ。μは大きな身体をしているけれど、それのほとんどは水となんらかの有機化合物で出来てるの。そして中心にはそれを操っている人間が入ってる――つまり大きなゴムプールの中心にいる人間が外側のゴム膜を操っているような状態なの。だからその人間を潰してしまえば、外側は勝手に死滅する」
「なるほど、なんとか外の粘液を取り除いて、中身の人間を叩く、というわけですか」
「そういうこと。火器使用禁止という制約を課した時、任務を遂行できる可能性がある人間は明確に減るわ。だからあなたたちの力が必要なの」
合点がいった様子で零春は頷くが、今度はゴッ太郎が納得しない。口の端を曲げて、考えるような半開きの目で御鈴波に問いかける。
「あれ、だったらイーグルだけでいいんじゃねえの? ソニックで切り裂いてしまえば――」
「もちろんイーグルにも出てもらうけれど、今回は最前線には出さないわ」
「なんでぇ?」
「これの背後に玄明がいることを忘れないで。もしわたしが玄明なら、このμを単体で運用させることはしないわ。これだけ時間が経っている以上、相手からのアプローチを気にしないといけない」
その言葉に、ゴッ太郎の目は一気に覚めた。御鈴波は火力を正面に集中させることの危険性を考慮しているのだ。御鈴波は正面のスクリーンに映った画像を切り替える。そこには図式化して書かれた篝浜周辺地図とμが描かれている。浜の海側にはベースキャンプと思しき目印が描かれており、そこが作戦の開始地点らしかった。
「今回は本隊とバックアップに別れて配置する想定で作戦を組んでるわ。わたしとイーグルがまずはμの皮を剥がす。剥がしたタイミングでゴッ太郎と零春の二人がμの本体を叩く――その間をわたしの処理班とイーグルで警備にあたる。という流れになるわね」
「しかし御鈴波嬢、もう一度やって、また一撃でアレの膜を再び破れるとは限らない。何か策はあるのか?」
イーグルの慎重さを求める発議に、御鈴波はジャケットの内ポケットから試験管を取り出した。上部はコルク栓がされており、中では緑色の液体が揺らめいている。
「あるわよ。サンプルを持ち帰ったって言ったでしょ。あれの組成を調べたの。そしたらかなり特殊な酸性土壌に生きている微生物の細胞内物質に近かったんだけど、それに何種類かの混ぜものがしてあって、その混ぜ物が大気と触れることで硬化してあのゴム膜みたいな体表を形成してるみたい。だからその混ぜものを特定して、拮抗物質を作ってある。これを打ち込めばいい」
神妙な顔でかじりついていたゴッ太郎だが、表情がぴたりと動かなくなっていた。理由は一つである。
「……? 全然わかんねえや、もうちょっとわかりやすく頼む」
かなりわかりやすく言ったつもりだったんだけど、と御鈴波は出鼻をくじかれたような顔をするが、眠たげな上海の姿を認めると諦めたのか言い直した。
「μに特殊な弾丸を打ち込むの。その弾丸の中には薬剤が入っていて、一時的にμの表面を柔らかくできる。これの効果がある内にイーグルに表面を切り裂いて貰う、その後でゴッ太郎たちの出番。中に入ってる本体を叩くの」
「……なるほどガッテンだぜ。とにかくイーグルと御鈴波があいつを弱らせて、そこで俺等が出動してガッチリってわけだな!」
ゴッ太郎本人の心境としてはかなり目が冴えてやる気が充溢しているつもりなのだが、脳はまだ覚醒しきっていないらしく言語が少々たどたどしい。
「まあ、大体はそうよ。ただ、この作戦には問題もあってね――」
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