遥か昔の物語

木蓮

文字の大きさ
上 下
1 / 1

遥か昔の物語

しおりを挟む
遥か昔。
悠久の彼方。
険しく連なる山脈に分断された、
忘れ去られた大地があった。
片方はジリジリとつりつける太陽に大地は干からび。
片方は降り続く雨によって大地はぬかるみ。
共に作物の育ちづらい不毛の地となっていた。

そんな大地にも、住み着く民が現れた。
どこからやって来たのか、流浪の民達が。

干からびた大地に根ざし。
ぬかるみの大地に根ざし。
不毛な大地ながらも育つ植物を増やし
少しずつ、少しずつ民は増えていった。

懸命に働き、ささやかながらも神にこの地に生きれる感謝の供物を
差し出す、心清き民達を愛おしむ神。
天上から、そっとそっと民達を見守っていた。

長い年月が流れ、神の片手にすくえる位の数しかなかった民も
今では神の両手からこぼれ落ちてしまうくらいになった
心清き民達も、数が増えた事によって、悪しき心を持つ民も出てきた。

干からびた大地に住む民は、ぬかるみの大地に住む民を羨み。
ぬかるみの大地に住む民は、干からびた大地に住み民を羨み。
互いが互いを羨み、やがて憎しみを持つまで時間は掛からなかった。

干からびた大地の王と、ぬかるみの大地の王。
互いの大地を手にしようと、長い長い不毛な戦いが続いた。
大地を分断している、険しく連なる山脈を越え戦い。
互いの流された血で、流れる川が血の川となるほどだった。

天上より民を見守っていた神は、心を痛ませていた。
愛しい民が互いが互いを傷つけている。
終わりの見えない争い。

そんな時、1人の女と1人の男が神に呼びかけた。
女は干からびた大地の民。
男はぬかるみの大地の民。
憎み合う民達には許されない2人。
しかし女の中には男との子達が宿っていた。
自分達はどうなってもいいと。
この子達を救って欲しいと。
憎み合う民達を救って欲しいと。
争いに満ちた大地を救って欲しいと。

懸命に神に祈る2人に追い縋る怒れる民達。
怒れる民達の剣に貫かれてもなお神に祈る2人の姿に、神は涙を流した。
天から稲妻が降り注ぎ、大地が揺れる。
恐れ慄き、争いを止めた民達に、神は呼びかけた。

愚かな民達よ。なぜ互いを憎むのか。
憎しみは何をも生み出さない。
愛しい民達よ。なぜ互いを愛さないのか。
愛しむ心ほど何にも変え難い力。
この地を愛し愛おしむ民にこそ
我の祝福を与えたもう。

神の声が大地に響く。
1人また1人と剣を手から離し膝まづく。
全ての民達が神に膝まづいた時、一筋の光が大地に降り注いだ。
その光の中には、我が身を顧みず、子を民達を大地を、
神に救いの祈りを捧げた男と女がいた。
息絶えた2人の姿が、眩い光に包まれる。
目も眩む光が少しずつなくなっていった後に、
元気に産声をあげる赤子が2人残されていた。

干からびた大地の王とぬかるみの大地の王に神が告げた。

残された子達が健やかに成長した後
王妃として娶り愛おしむ事で、干からびた大地は潤い
ぬかるんだ大地は乾くであろう。
憎しみを捨て、愛する事でかの大地は未来永劫
栄えて行く事だろう。
ただし、再び民が憎しみに囚われた時、諍いが起きた時に
大地は干からびぬかるみと変わるであろう。

と。王達は首を深く深く垂れた。
神はこうも告げた。

憎しみに囚われ争いに大地が覆われた時、
光の中から現れし者達。
かの者達が再び大地に命を吹き込むだろう。
忘れるなかれ。
愛おしむことこそ力なりと。

神の言葉があって後、十数年。
光の中に残されていた赤子たちは、
民に愛され健やかに美しく成長した。
互いに王妃として娶られ、王に愛されより一層美しく輝き
王と2人で大地を豊穣させ民達を繁栄させた。

が、しかし、長い長い時は流れ、いつしか民達の中に憎しみの芽が
芽吹きつつあった。

遥か昔。
悠久の彼方。
忘れ去られた神の言葉が再び囁かれた時。
また、新たな物語が始まる。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...