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短編版
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ウィンドウ学園。貴族と平民が試験に合格できれば誰でも入学できる学園と言われている。貴族の子供たちは確実に通うことになるが、平民の子供も入学できる仕組みが存在するのは、ウィンドウ王国ができてからの習わしでもあった。何でも、子供のうちから貴族が平民を蔑ろにするのを防ぐためだという。そのかいもあって、ウィンドウ王国では貴族と平民の衝突が他国に比べて少ない事実がある。もちろん、貴族の階級を気にして子供たちが大きないさかいを起こす頻度も少ない。
だが、この年はそうでもなくなったかもしれない。
「全く、カーズ兄さんは厄介なことしてくれたものだ。学園どころか国に恥をかかせたものだよ」
長男にして元王太子カーズのことを愚痴りながら学園にやって来た第三王子ナシュカ。彼は自身の二人の側近と合流した。
「やあ、学園の様子はどうだったかい?」
ナシュカが声を掛けたのは同年代の少年と少女だった。少年の方は赤い髪と青い瞳のバート・デイ・アイムズ。少女の方は青い髪に赤い瞳のバイラ・エス・レックスだ。バートはナシュカが相手でも気安い口調で話す。
「例の男爵令嬢のことだろ、面倒なことになったらしいぞ」
「面倒? 動きがあったのかい?」
バートが面倒くさそうに言うと、バイラが無表情で会話を続けた。
「先生方の話によると周囲から無視され避けられています。そのうえ苛めも受けているようでして」
「やはり、そうなったか」
ナシュカは特に気にした様子ではなかった。カーズが懇意にしていた男爵令嬢マリナが周囲から孤立する可能性が高いことはカーズから話を聞く以前から分かっていたことだった。彼女が原因でサエナリアが泣いて走ったと周囲からは疑われているのだから。
「マリナ様か、どんな人なんだろうね」
「おい、ナシュカ。まさか会いに行くつもりか?」
「当然さ。サエナリア様の行方が分かっていないんだ。彼女が友人だというなら知っているかもしれないでしょ?」
「わざわざナシュカ様が行かずとも、私達が行けば、」
「僕が直接見てみたいのさ。その令嬢がどんな人物かをね」
こうして一年生の三人は、三年生のマリナがいるという第三校舎に向かった。
◇
ウィンドウ王国。長い間、他国と平和な交流を深めてきた豊かな国だ。だが、それはほとんどの国が同じだった。過去に戦争が起こったことがあったが、100年以上前に誰もが戦いで疲れはてた末に、和平条約を結んで今に至る。
ただ、戦争がないからといって平和が乱されないとは限らない。何故なら、国というものは一枚岩ではないからだ。国の政治は王家を中心に貴族が行使する。その貴族同士による戦いがどの国でも必ず起こるのだ。それが権力争いだろうと、出世争いだろうと、血生臭い争いだろうと………。
「………だからこそ俺みたいなのが必要ってなわけよ」
「理解した。何度も聞かされたからな」
急遽用意された馬車の前で貴族同士によるしがらみについて語るのは第二王子レフトンだ。聞かされているのは彼の側近のエンジ・リュー・アクセイル。茶髪で赤い瞳の鋭い目をした少年だ。
「レフトン、お前が身内のために争いごとを極力避けるために騎士になるという思いはよく理解しているさ。だが、お前でなくてもよくないか? お前自身が王家の血筋であるというのに」
エンジは、レフトンが次期国王に担がれることを逃れるためにわざと貴族らしく振舞わず、成績も極力目立たないように努力していることをよく知っている。兄弟のために多くの情報網を持っていることも。そのことを不憫に思っている。
「だからこそさ、エンジ。王家の血ってのは便利なもんさ。これが情報収集に強い武器にもなるんだよ。血筋をこんな風にうまく使えるのはこの国で俺しかいないんじゃないかな。ナシュカも頭はいいけど、王家のプライドが邪魔して清濁併せ持つってことできないと思うぜ」
「ナシュカ殿下か。冷酷と言われているが、そんなはずは無いのにな」
「ああ。あっ、でも、うちの馬鹿兄貴には今冷酷だけどさ」
「…………そうか」
カラカラと笑って見せるレフトンだが、心から笑っているわけではないとエンジは見抜いていた。側近として長い付き合いの彼はレフトンが兄に対して怒りを、弟に対しては寂しさを感じていると分かるのだ。
「(カーズ殿下のしでかしたことは男として許せない。ナシュカ殿下のことは周囲の評価が悲しい。そんなところだろうな。家族愛の深い自分が一番辛いだろうに)」
レフトンはエンジの悲しそうな目に気づいた。どうやら自分の本当の気持ちに気付いたと思って、すぐに話題を本題に変えた。
「ところで、あいつも呼んだんだけど、もう少し待ってくれねえか?」
「そんな質問をするな。待ってやるさ。だが、あいつは平民だぞ、いいのか?」
「ああ、平民とか貴族とかの身分なんて関係ねえ。俺の見立てだと、あいつはこれから活躍できる見込みがある。どんなときでもな。お前もそう思ってんだろ?」
「俺に質問しなくてもいいだろ。分かってることじゃないか」
二人の言う『あいつ』とは今近づいてきている少年のことを指していた。
「やあ、二人とも。遅くなってすまない」
やって来たのは騎士の格好をした少年だった。緑の髪の毛に黒目の少年。彼もレフトンの側近となっているライト・サイクロスだ。出自は平民だが学園の成績は高く、騎士志望でレフトンにも信頼されている。
「おお、そんなことはないさ。いい時間だぜ」
「ちょうど来る頃だと思っていたさ。」
「ありがとう。エンジに第二王子様」
「おいおい、そんな言い方すんなよ~。俺達仲間だろ~」
「ふふふ、ごめん」
レフトンはふざけてみせる。それをクスクスと笑うライト。王族と平民という身分の違いを感じさせないやり取りにエンジは微笑ましく感じるが複雑な気持ちも抱く。
「(レフトンは王族、つまりは貴族の頂点の血筋。それなのに平民のライトとこんなに気の合った関係を築ける。王族でそこまでできるのはお前くらいだぞレフトン。お前が王になってくれたらよかったのに。だが……)」
エンジは誰とでも分け隔てなく接するレフトンこそが王にふさわしいと思っている。だがその一方でレフトンの生き様にも納得してもいる。そのため複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「おーし、三人そろったし、そんじゃ乗り込もうぜ。ソノーザ公爵家へな」
「ああ」
「うん」
レフトンたち三人は馬車へと乗り込んだ。ソノーザ公爵家で情報を集めるために。ただ、
「(もっとも、情報集めだけじゃねえけどな……)」
レフトンには、他にもやっておきたいことがあったようだ。
◇
ウィンドウ学園の校舎は3学年ごとに分かれている。一年生は第一校舎、二年生は第二校舎、三年生は第三校舎で学ぶことになっている。
つまり、学年が上がるたびに校舎が変わるということだ。そんな仕組みが存在するのは、校舎が変わることによって学ぶことへの緊張感を持ってもらうとか、貴族になる覚悟を養うためだとか、環境が変わることに対する適応能力を育てるとか、上級生による下級生に対する圧力をなくすとか、理由はさまざまである。
ただ、そのような仕組みのせいで他学年での情報交換が上手くいかない。別の校舎に行くためには教師の許可が必要になる。ただし、例外として生徒会や風紀委員と言った委員会は自由に行き来できる。委員会に所属していない限り、全体的に自由に情報収集ができないのだ。
だからこそ、この三人は自由に行動できるということだ。風紀委員の立場であれば教師の許可はいらないのだ。
「こういう時にも風紀委員の立場って役に立つよな。面倒な教師の許可を取りに行かなくて済むし」
「バート、私語はなるべく慎みなさい。風紀委員としてふさわしいふるまいを常に心がけなさい」
「分かってるよ。仮にも三年の校舎に行くんだ。緊張して嫌でも大人しくしてるさ」
第三校舎に向かう途中で、バートとバイラが廊下を歩きながら話している間にも、ナシュカは考え事をしていた。
「(さて、マリナ様という方には知ってること全部しゃべってもらおうか。カーズ兄さんをしばらく再起不能にするためにもね)」
ナシュカの目的はサエナリアの捜索だけではなかった。王族としてあるまじき行為に走った兄のカーズに罰を与えたいと思い、捜索のついでにカーズを取り巻く人間関係を暴こうとしているのだ。マリナは三角関係の中心人物の一人と言ってもいいから重要な参考人になるはずだ。だからこそ、ナシュカは真っ先にマリナに目をつけた。
「(サエナリア様は行方知らず、カーズ兄さんは謹慎。消去法で言えばマリナ様だ。もうすぐ王家の意向で事情聴衆が始まるだろうけど、その前に僕が直に聞いてみないとね)」
◇
第三校舎に着いたナシュカ達三人はすぐにマリナを探そうとしたが、三年担当の教師に呼び止められた。
「失礼、皆さんは風紀委員の方々でしょうか?」
初老の教師の問いかけにナシュカが二人を制して応じた。
「はい、そうです。風紀委員の権限においてある人物を探しているのです。問題ないでしょう?」
「問題ありませんが、もしやその人物とはマリナ・メイ・ミーク様ではありませんか?」
「「「っ!?」」」
教師の言葉に三人は驚いた。だが、驚くのはこれからだった。それはナシュカの方から質問してからだ。
「……そうですが、何故分かったのですか? 私達は初めて第三校舎に入ったのですが」
「そのマリナ嬢から『風紀委員の方々が来られるようなことがあれば知らせてほしい』とお願いされているのですよ。その中に王家の方がおられるようなら『自分に用があるだろうから合わせてほしい』とも言っておりますが」
教師の言葉に三人は顔を見合わせた。バートとバイラは目に見えて動揺している。
「ど、どういうことだよ」
「私に言われても……」
ナシュカも驚いたが、見た目は二人よりも落ち着いている。だが、頭の中は二人よりも動揺していた。
「(どういうことだ? 何故、こんなことが起こるんだ?)」
ナシュカが最初に驚いたのは教師の行動だった。第三校舎で三年を担当する教師が男爵令嬢の願いを聞いているのだ。普通ではない。
「(第三校舎で三年を担当する教師は皆、有力貴族の親族のはずだ。そんな立場の者がマリナ・メイ・ミークの願いを聞いて動いたというのか? 普通ならあり得ないぞ。それだけ教師たちの信頼を得ているというのか?)」
教師の行動にも驚いているが、ナシュカが一番気になっているのはマリナのことだった。
「(それだけじゃない。教師にこんなことを頼んだということは、マリナ・メイ・ミークは僕たちが来ることを予測していたということになる。それだけの頭はあるということになるが、それだと事前に調べた人物像とは一致しないぞ?)」
ナシュカはカーズの噂を聞いた時から、ある程度マリナの情報を探って人物像を考察していた。だが、その情報はカーズがマリナとの関りが噂されたころのものであり、一番古い情報でしかないということだ。つまり、ナシュカは今のマリナのことは実際に知らない。その事実をナシュカは、自分自身の怠慢だったと舌打ちした。
「(油断したな。たかが成り上がりの男爵家の令嬢と甘く見たよ。僕が甘かったな。もっと情報を集めてから来ればよかったよ。反省しようじゃないか)」
ナシュカは心の中で反省すると決意を新たにした。目的だったマリナを直に会って知ろうという思いを強くしたのだ。
「分かりました。是非、マリナ様に会わせてください」
「おい、ナシュカ!?」
「ナシュカ様!?」
ナシュカの態度に側近二人が驚く中、教師は落ち着いた様子で対応した。
「承りました。マリナ嬢をお呼びするので応接室でお待ちください」
教師に促され、三人は応接室に案内されて向かう。その途中でバートとバイラが小声でナシュカに話しかける。
「おい、いいのかよ? 俺でもわかるくらい何か様子がおかしいぞ」
「私達が来ることを予測したうえに教師が出向くなど普通ではないですよ。何が待っているか分かったものではありません。ここはひとまず、」
「会う約束を後日にして改めて出直すというのかい? わざわざ第三校舎まで来て今更出戻り何てできないよ」
バイラの言葉を遮って、ナシュカは出直さないと真剣な顔で答えた。
「そうしている間に事態が動いて、マリナ様に会って話をする機会が無くなったらどうするんだよ。向こうも会う気でいてくれてるのにさ」
「しかし、相手はたかが男爵令嬢ですよ。その程度の身分の者が我らが来るのを待っていただなんて、気味が悪いです。そんなことが分かるくらいなら向こうから来ればいいというのに、」
「でも、だからこそ面白くなってきたじゃないか」
ナシュカがニヤリと口元を曲げた。その顔が心から笑っているとバートもバイラも分かってしまった。だてに側近をやっているわけではないから嫌でもわかってしまうのだ。
「(あ、この顔はヤバい)」
「(ダメですね。完全に面白がってます)」
「せっかく向こうから情報提供してくれるんだ。乗ってやらないほうが王族として失礼だよ。そう思わない?」
ナシュカはバートとバイラを振り返り、それぞれの意見を求めた。二人とも引きつった顔でいる。
「まあ~、確かに招かれたなら行ったほうがいい、かもな」
「複雑な気持ちではありますが、ナシュカ様の言うことにも一理ありますね。それに王族として堂々としていれば問題は無いでしょうし、いざとなれば私達二人がナシュカ様をお守りします」
バイラが「お守りします」と口にしたと同時に顔を引き締めた。それに乗じてバートも真剣な顔になる。それをマジかで見たナシュカは笑みを柔らかくして喜んだ。
「ふふふ、いい側近をもって僕は嬉しいよ」
「「ありがたき幸せ」」
ナシュカは感情表現が乏しくて冷酷な人物と周囲からは思われているが、実際は違う。近しい者にしか分からないが、感情よりも愛国心を尊重しているために誤解されやすいだけなのだ。本当のナシュカは若干好奇心が強い傾向がある。だからこそ、この状況を少し楽しみになってきているのだ。今のナシュカはマリナに強い関心を持ち始めたのだ。
「ふふふ、マリナ様か。どんな人物なんだろうねえ」
ナシュカ達三人はこのまま教師に連れられて応接室に向かった。
◇
マリナ・メイ・ミーク。元はとある商家の娘だった。だが、彼女の父親が三年前に貿易で大成功して男爵位を与えられて貴族の仲間入りした。本来なら一代限りの爵位でしかなかったが、父親のザンタが元没落貴族の出自だったこともあって、特例で世襲を認められるという一風変わった成り上がり貴族になった。ミークという家名もザンタのかつての家のものだったため、マリナの家は父親の努力の甲斐あって貴族に返り咲いたという方が正しい。
ただ、マリナ自身は物心つく頃から貴族の娘ではなかったようだった。とても無邪気な子供だったらしく、貴族令嬢になった最初の頃もその面影を残し続けたらしい。愛し愛され生まれ育った為、純真無垢で世間知らず。
つまり、良く言えば元気で知的好奇心旺盛な女の子であり、悪く言えば落ち着きのない貴族らしくない子ということだ。そんな少女が貴族の交流会に出れば、貴族も平民も通う学園に出れば、どれだけ目立つだろうか。多くの者が成り上がりの令嬢と嘲笑し、数少ない者が努力と才能で貴族に戻った家の令嬢と眺めるだろう。
実際、マリナは言いたいことをすぐに口にしたり、身分をかさにする他の令嬢ともよく衝突することがあったようだった。容姿にも恵まれていたため、生まれながらの貴族令嬢の大多数から疎遠になっていた。一番新しい情報が王太子カーズとその婚約者サエナリアと三角関係になったという話だった。
……ここまでが、閉鎖的で情報が手に入りにくいウィンドウ学園の中で手に入れたナシュカのマリナに関する情報だった。だがそれは、マリナが応接室に来たことですぐに更新された。ナシュカは一目見ただけで、いかに自分の情報が古いか思い知ったのだ。
「……(彼女が、マリナ様?)」
ボブカットの濃い茶髪に大きな碧眼の瞳の少女。おそらく彼女こそがマリナで間違いないのだろうが、ナシュカのイメージとは異なった印象を感じられた。兄のカーズの話を聞く限り『可愛らしい少女』というイメージだったのに対して、ナシュカ達の目の前にいる現実のマリナは雰囲気からして『可愛らしい少女』として感じられなかった。むしろ上流貴族らしい高貴な雰囲気を感じさせる美しさを誇る女性だった。
「お初にお目にかかります、ナシュカ殿下。ミーク男爵の娘、マリナ・メイ・ミークと申します。本日はわたくしのためにお時間を作っていただきありがとうございます」
「「「っ!?」」」
自己紹介をするマリナ。その口調は元平民とは思えないほど貴族らしい言葉遣い、発する声の大きさも姿勢も正しい。格上の相手に対して頭を下げる角度も適切。言葉を聞くだけで落ち着きのある清楚なイメージを感じさせた。
「……初めましてマリナ様。第二王子のナシュカです。いつも兄カーズが世話になってます」
「わたくしこそ、立場の違いを超えて接していただき大変お世話になってしまいました。それ以上にサエナリア様にもよくしていただいて身に余る光栄でした」
「そ、そうですか。良かったです」
マリナは微笑みを見せる。その笑顔には一切の曇りも見えない。ナシュカはその笑顔に吸い込まれるような錯覚を覚えるが、それ以上にマリナを評価した。
「(すごいぞ。それになんて美しく感じさせられるんだ。こんな女性が成り上がりの男爵令嬢だって?)」
ナシュカは驚かされたのだ。マリナがイメージとまったく違う女性だったこともそうだが、彼女の態度から平民らしさを感じられなかったのだ。てっきり平民と貴族の中間という感じの女性だと想像していただけに、ナシュカの驚きは大きかった。それはバートとバイラも同じ思いだった。
「(マジかよ。本当にこの人が王太子と問題起こした令嬢なのか? ぶりっこな女と思ってたのに)」
「(成り上がりにしては、あまりにも教育が行き届いているように見えます。父親が元貴族の商人だったと聞いていますが、これは……?)」
現実のマリナの貴族らしく清楚で高貴な姿。その姿をまじかで見たナシュカ達はある人物と姿を重ねてしまった。その人物はナシュカ達王家やソノーザ家が探している女性のことだった。
「「「(まるでサエナリア様のようだ)」」」
三人の見た感じでは、マリナの言葉遣いと所作の一つ一つがサエナリアに似ているのだ。顔や体型がまったく違うのにサエナリアとどこか重なってしまう。サエナリアと話したことのあるナシュカでさえ、そんな風に感じてしまうほど、目の前の女性と行方不明の女性は同じ雰囲気を出している。
「このような形でもナシュカ殿下にお会いできて光栄に思います」
「僕に会えて光栄だなんて……」
違うとわかっているのに、マリナをサエナリアと「同一人物?」と一瞬でも思ってしまいそうだった。だが、ナシュカは頭の中で激しく否定する。
「(そんなはずはない。同一人物のはずはないのは間違いない。だが、何だ? このまったく同じ雰囲気は? 彼女たちは友人だと聞いてはいたけど、ここまで似るものなのか? ………っ!)」
ここでナシュカは、マリナとサエナリアが友人だったということを思い出して、ある推論が浮かんだ。それはマリナがサエナリアに深く影響したということだ。
「(マリナ様は確かサエナリア様にカーズ兄さんとの仲を相談された……カーズ兄さんはそう言ってたな。それが本当なら、マリナ様が平民らしさから抜け出してここまでの貴族らしい雰囲気を見せられるようになったのはサエナリア様が助言したからか?)」
カーズの話を聞と、サエナリアは積極的にマリナを助けてきたという。具体的には、マリナがより貴族らしくなるとか恋愛相談にのったとか言っていた。
「(それなら納得できるな。だとすればマリナ様は……)」
平民上がりの令嬢が、一人前を通り越して上級貴族のような雰囲気を身につける。それには相当な努力が必要になるのではないだろうか。そう考えるとナシュカは目の前の女性に敬意を抱かずにはいられない。更なる興味がわいた。そう思った矢先、動揺を隠せなかった二人が話を勝手に始めようとした。
「あ、あのマリナ様、俺達が来たのは貴方に聞きたいことがあったからなんです」
「実はある女性が行方が分からなくなってしまい、王宮も困惑しているのです」
「(この二人!)」
ナシュカは舌打ちしたい気分になった。自分が率先して話を始めたいと思ったのに、側近の二人が出しゃばったのだ。この二人の気持ちも分からないわけではないが、余計なことをしてくれたと思わずにはいられなかった。
「サエナリア様のことですね?」
「「「っ!?」」」
マリナから本題に入った。それと同時に笑顔から一変してとても真剣な顔になった。ナシュカは思わず気圧されそうになってしまいそうだった。
だが、そんなことはナシュカの王家の者としてのプライドが許さない。更なる興味が湧いたこともあって笑顔で肯定した。
「………その通りです。知っていることを話していただきたいのです。サエナリア様を見つけて今起こっている問題を解決に導きたいのです」
「その問題とは具体的に教えていただけるのでしょうか?」
「ふふふ、それは貴方次第ですねえ(面白くなってきた)」
「……そうですか。では、何をお聞きしますか?」
「そうですね、では…………」
ナシュカの楽しい話し合いが始まった。
◇
「……なるほど、兄の態度があまりにも他者を軽んずるものだったのですね」
「あの時は、王太子だからといっても人に対する礼儀を欠いているにもほどがあると思って、カーズ殿下の頬を叩いてしまったのです。思えば身分の差どころか貴族としての立場を考えない行為でした。ですが、カーズ殿下はそのことを笑って許してくださったのです。その日以来からです。カーズ殿下がわたくしのことを気にかけるようになったのは」
ナシュカは最初にマリナとカーズの出会いがどの湯なものだったのか聞いてみた。本当はこんな話は聞く気もなかったが、マリナのことをよく知りたいと思ったため、最初のきっかけから知っていこうと決めたのだ。バートとバイラは少し驚くがナシュカに従った。
「そうでしたか。兄のふるまいに関してはお詫びいたします(王太子の頬をひっぱたくか。聞いた時は驚いたけどマリナ様がそうだったのか。あの時にいたかったものだ)」
「そんな。ナシュカ殿下が謝罪するようなことではありません」
マリナとカーズの始まりは始業式での出来事だったらしい。ウィンドウ学園では始業式・卒業式でもパーティーを開催する。大人になって貴族のパーティーを始めたり参加したりする時の予行練習を兼ねているためだ。その時のパーティーで、カーズに他者を軽んじるような態度を取られたマリナが怒って頬を引っ張った。その行為を笑って許したカーズがマリナに興味を持ったことが始まりだという。
「(カーズ兄さんが笑って許すか。おそらく、マリナ様みたいな人は珍しくて興味を持ってしまったんだね。そのうちに気になり始めて好きになったというわけか。まぁ、カーズ兄さんらしいか)」
普段のカーズは女性に素っ気ない。その理由は、カーズが王太子である故に彼に近づこうとする女性の多くが妃の座を求めたり、美形のカーズを自分の者にしたいなど欲の深い者ばかりで女性を苦手に感じるようになってしまったからだ。『自分に近づく女はみんな同じだ』、そうカーズが言っていたことをナシュカは覚えている。
「それから兄は貴女に好意を持つのに時間はかからなかったわけですね(マリナ様なら確かにカーズ兄さんをよく見てくれそうだね。貴族の前は商人の娘でもあるわけだし)」
好意を持つ、という言葉にマリナは一瞬怪訝な顔をするが、彼女なりにナシュカに自分の考えを答えた。
「……カーズ殿下がわたくしに好意を持ち始めていたのはなんとなく理解していました。ですが、わたくしとは身分に差があることし婚約者がおられることもあり、何とか距離を開けられないか考えていました」
「ほう。貴方からカーズ兄さんに好意は無かったと?(やっぱりね)」
「正直に言うと好意はありません。もちろん、恋愛感情など一切ありませんでした。身分の違う話し相手にしか思っていません」
「「…………(どういうことだ?)!」」
「そうですか(この様子だとあまり好かれていないみたいだね)」
マリナがカーズに好意を抱いていない。確かにナシュカ達は聞いてしまった。バートとバイラは聞いていた話と違うことに驚いたが、ナシュカは当然だと思っていた。マリナの態度からカーズに対する情が感じられないのだ。
「(この件でよく分かったけどカーズ兄さんは思い込みが強いほうだ。相手の気持ちを理解する能力もない。成績はいいけどそういう所に頭が回っていない。王太子じゃなくなってよかったよ。それにしても……)」
身分の違う話し相手にしか思っていないとマリナははっきり言った。流石にそこまで素っ気ないのはおかしいと思っている。カーズは美形で女性に多大な人気を持っている男だ。そんな人物に好かれて友人とすら思っていないようなことに違和感を感じるのだ。
「身分の違う話し相手にしか思っていない。ということは友人とも思えないということでしょうか?」
「はい。カーズ殿下には好意を抱く要素がありませんから」
「え? マジか?」
「そこまで……?」
きっぱりと口にするマリナ。バートとバイラは信じられないといった様子で顔を見合わせる。ナシュカは面白そうに口元を釣り上げた。少しくらいは情があると思っていただけに、こんな反応をされることは予想外だったからだ。
「何故なのですか? 兄はあれでも女性に人気があります。正直、マリナ様も兄に、」
「ありえません」
ハッキリ否定するマリナ。その瞳に揺らぎもないし表情に崩れもない。バートとバイラもこれは間違いないなと思った。ナシュカは彼女がここまでカーズを嫌う理由をよく知っている。その理由は行方不明の女性だ。
「サエナリア様ですね」
「はい」
「「…………」」
だが、この年はそうでもなくなったかもしれない。
「全く、カーズ兄さんは厄介なことしてくれたものだ。学園どころか国に恥をかかせたものだよ」
長男にして元王太子カーズのことを愚痴りながら学園にやって来た第三王子ナシュカ。彼は自身の二人の側近と合流した。
「やあ、学園の様子はどうだったかい?」
ナシュカが声を掛けたのは同年代の少年と少女だった。少年の方は赤い髪と青い瞳のバート・デイ・アイムズ。少女の方は青い髪に赤い瞳のバイラ・エス・レックスだ。バートはナシュカが相手でも気安い口調で話す。
「例の男爵令嬢のことだろ、面倒なことになったらしいぞ」
「面倒? 動きがあったのかい?」
バートが面倒くさそうに言うと、バイラが無表情で会話を続けた。
「先生方の話によると周囲から無視され避けられています。そのうえ苛めも受けているようでして」
「やはり、そうなったか」
ナシュカは特に気にした様子ではなかった。カーズが懇意にしていた男爵令嬢マリナが周囲から孤立する可能性が高いことはカーズから話を聞く以前から分かっていたことだった。彼女が原因でサエナリアが泣いて走ったと周囲からは疑われているのだから。
「マリナ様か、どんな人なんだろうね」
「おい、ナシュカ。まさか会いに行くつもりか?」
「当然さ。サエナリア様の行方が分かっていないんだ。彼女が友人だというなら知っているかもしれないでしょ?」
「わざわざナシュカ様が行かずとも、私達が行けば、」
「僕が直接見てみたいのさ。その令嬢がどんな人物かをね」
こうして一年生の三人は、三年生のマリナがいるという第三校舎に向かった。
◇
ウィンドウ王国。長い間、他国と平和な交流を深めてきた豊かな国だ。だが、それはほとんどの国が同じだった。過去に戦争が起こったことがあったが、100年以上前に誰もが戦いで疲れはてた末に、和平条約を結んで今に至る。
ただ、戦争がないからといって平和が乱されないとは限らない。何故なら、国というものは一枚岩ではないからだ。国の政治は王家を中心に貴族が行使する。その貴族同士による戦いがどの国でも必ず起こるのだ。それが権力争いだろうと、出世争いだろうと、血生臭い争いだろうと………。
「………だからこそ俺みたいなのが必要ってなわけよ」
「理解した。何度も聞かされたからな」
急遽用意された馬車の前で貴族同士によるしがらみについて語るのは第二王子レフトンだ。聞かされているのは彼の側近のエンジ・リュー・アクセイル。茶髪で赤い瞳の鋭い目をした少年だ。
「レフトン、お前が身内のために争いごとを極力避けるために騎士になるという思いはよく理解しているさ。だが、お前でなくてもよくないか? お前自身が王家の血筋であるというのに」
エンジは、レフトンが次期国王に担がれることを逃れるためにわざと貴族らしく振舞わず、成績も極力目立たないように努力していることをよく知っている。兄弟のために多くの情報網を持っていることも。そのことを不憫に思っている。
「だからこそさ、エンジ。王家の血ってのは便利なもんさ。これが情報収集に強い武器にもなるんだよ。血筋をこんな風にうまく使えるのはこの国で俺しかいないんじゃないかな。ナシュカも頭はいいけど、王家のプライドが邪魔して清濁併せ持つってことできないと思うぜ」
「ナシュカ殿下か。冷酷と言われているが、そんなはずは無いのにな」
「ああ。あっ、でも、うちの馬鹿兄貴には今冷酷だけどさ」
「…………そうか」
カラカラと笑って見せるレフトンだが、心から笑っているわけではないとエンジは見抜いていた。側近として長い付き合いの彼はレフトンが兄に対して怒りを、弟に対しては寂しさを感じていると分かるのだ。
「(カーズ殿下のしでかしたことは男として許せない。ナシュカ殿下のことは周囲の評価が悲しい。そんなところだろうな。家族愛の深い自分が一番辛いだろうに)」
レフトンはエンジの悲しそうな目に気づいた。どうやら自分の本当の気持ちに気付いたと思って、すぐに話題を本題に変えた。
「ところで、あいつも呼んだんだけど、もう少し待ってくれねえか?」
「そんな質問をするな。待ってやるさ。だが、あいつは平民だぞ、いいのか?」
「ああ、平民とか貴族とかの身分なんて関係ねえ。俺の見立てだと、あいつはこれから活躍できる見込みがある。どんなときでもな。お前もそう思ってんだろ?」
「俺に質問しなくてもいいだろ。分かってることじゃないか」
二人の言う『あいつ』とは今近づいてきている少年のことを指していた。
「やあ、二人とも。遅くなってすまない」
やって来たのは騎士の格好をした少年だった。緑の髪の毛に黒目の少年。彼もレフトンの側近となっているライト・サイクロスだ。出自は平民だが学園の成績は高く、騎士志望でレフトンにも信頼されている。
「おお、そんなことはないさ。いい時間だぜ」
「ちょうど来る頃だと思っていたさ。」
「ありがとう。エンジに第二王子様」
「おいおい、そんな言い方すんなよ~。俺達仲間だろ~」
「ふふふ、ごめん」
レフトンはふざけてみせる。それをクスクスと笑うライト。王族と平民という身分の違いを感じさせないやり取りにエンジは微笑ましく感じるが複雑な気持ちも抱く。
「(レフトンは王族、つまりは貴族の頂点の血筋。それなのに平民のライトとこんなに気の合った関係を築ける。王族でそこまでできるのはお前くらいだぞレフトン。お前が王になってくれたらよかったのに。だが……)」
エンジは誰とでも分け隔てなく接するレフトンこそが王にふさわしいと思っている。だがその一方でレフトンの生き様にも納得してもいる。そのため複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「おーし、三人そろったし、そんじゃ乗り込もうぜ。ソノーザ公爵家へな」
「ああ」
「うん」
レフトンたち三人は馬車へと乗り込んだ。ソノーザ公爵家で情報を集めるために。ただ、
「(もっとも、情報集めだけじゃねえけどな……)」
レフトンには、他にもやっておきたいことがあったようだ。
◇
ウィンドウ学園の校舎は3学年ごとに分かれている。一年生は第一校舎、二年生は第二校舎、三年生は第三校舎で学ぶことになっている。
つまり、学年が上がるたびに校舎が変わるということだ。そんな仕組みが存在するのは、校舎が変わることによって学ぶことへの緊張感を持ってもらうとか、貴族になる覚悟を養うためだとか、環境が変わることに対する適応能力を育てるとか、上級生による下級生に対する圧力をなくすとか、理由はさまざまである。
ただ、そのような仕組みのせいで他学年での情報交換が上手くいかない。別の校舎に行くためには教師の許可が必要になる。ただし、例外として生徒会や風紀委員と言った委員会は自由に行き来できる。委員会に所属していない限り、全体的に自由に情報収集ができないのだ。
だからこそ、この三人は自由に行動できるということだ。風紀委員の立場であれば教師の許可はいらないのだ。
「こういう時にも風紀委員の立場って役に立つよな。面倒な教師の許可を取りに行かなくて済むし」
「バート、私語はなるべく慎みなさい。風紀委員としてふさわしいふるまいを常に心がけなさい」
「分かってるよ。仮にも三年の校舎に行くんだ。緊張して嫌でも大人しくしてるさ」
第三校舎に向かう途中で、バートとバイラが廊下を歩きながら話している間にも、ナシュカは考え事をしていた。
「(さて、マリナ様という方には知ってること全部しゃべってもらおうか。カーズ兄さんをしばらく再起不能にするためにもね)」
ナシュカの目的はサエナリアの捜索だけではなかった。王族としてあるまじき行為に走った兄のカーズに罰を与えたいと思い、捜索のついでにカーズを取り巻く人間関係を暴こうとしているのだ。マリナは三角関係の中心人物の一人と言ってもいいから重要な参考人になるはずだ。だからこそ、ナシュカは真っ先にマリナに目をつけた。
「(サエナリア様は行方知らず、カーズ兄さんは謹慎。消去法で言えばマリナ様だ。もうすぐ王家の意向で事情聴衆が始まるだろうけど、その前に僕が直に聞いてみないとね)」
◇
第三校舎に着いたナシュカ達三人はすぐにマリナを探そうとしたが、三年担当の教師に呼び止められた。
「失礼、皆さんは風紀委員の方々でしょうか?」
初老の教師の問いかけにナシュカが二人を制して応じた。
「はい、そうです。風紀委員の権限においてある人物を探しているのです。問題ないでしょう?」
「問題ありませんが、もしやその人物とはマリナ・メイ・ミーク様ではありませんか?」
「「「っ!?」」」
教師の言葉に三人は驚いた。だが、驚くのはこれからだった。それはナシュカの方から質問してからだ。
「……そうですが、何故分かったのですか? 私達は初めて第三校舎に入ったのですが」
「そのマリナ嬢から『風紀委員の方々が来られるようなことがあれば知らせてほしい』とお願いされているのですよ。その中に王家の方がおられるようなら『自分に用があるだろうから合わせてほしい』とも言っておりますが」
教師の言葉に三人は顔を見合わせた。バートとバイラは目に見えて動揺している。
「ど、どういうことだよ」
「私に言われても……」
ナシュカも驚いたが、見た目は二人よりも落ち着いている。だが、頭の中は二人よりも動揺していた。
「(どういうことだ? 何故、こんなことが起こるんだ?)」
ナシュカが最初に驚いたのは教師の行動だった。第三校舎で三年を担当する教師が男爵令嬢の願いを聞いているのだ。普通ではない。
「(第三校舎で三年を担当する教師は皆、有力貴族の親族のはずだ。そんな立場の者がマリナ・メイ・ミークの願いを聞いて動いたというのか? 普通ならあり得ないぞ。それだけ教師たちの信頼を得ているというのか?)」
教師の行動にも驚いているが、ナシュカが一番気になっているのはマリナのことだった。
「(それだけじゃない。教師にこんなことを頼んだということは、マリナ・メイ・ミークは僕たちが来ることを予測していたということになる。それだけの頭はあるということになるが、それだと事前に調べた人物像とは一致しないぞ?)」
ナシュカはカーズの噂を聞いた時から、ある程度マリナの情報を探って人物像を考察していた。だが、その情報はカーズがマリナとの関りが噂されたころのものであり、一番古い情報でしかないということだ。つまり、ナシュカは今のマリナのことは実際に知らない。その事実をナシュカは、自分自身の怠慢だったと舌打ちした。
「(油断したな。たかが成り上がりの男爵家の令嬢と甘く見たよ。僕が甘かったな。もっと情報を集めてから来ればよかったよ。反省しようじゃないか)」
ナシュカは心の中で反省すると決意を新たにした。目的だったマリナを直に会って知ろうという思いを強くしたのだ。
「分かりました。是非、マリナ様に会わせてください」
「おい、ナシュカ!?」
「ナシュカ様!?」
ナシュカの態度に側近二人が驚く中、教師は落ち着いた様子で対応した。
「承りました。マリナ嬢をお呼びするので応接室でお待ちください」
教師に促され、三人は応接室に案内されて向かう。その途中でバートとバイラが小声でナシュカに話しかける。
「おい、いいのかよ? 俺でもわかるくらい何か様子がおかしいぞ」
「私達が来ることを予測したうえに教師が出向くなど普通ではないですよ。何が待っているか分かったものではありません。ここはひとまず、」
「会う約束を後日にして改めて出直すというのかい? わざわざ第三校舎まで来て今更出戻り何てできないよ」
バイラの言葉を遮って、ナシュカは出直さないと真剣な顔で答えた。
「そうしている間に事態が動いて、マリナ様に会って話をする機会が無くなったらどうするんだよ。向こうも会う気でいてくれてるのにさ」
「しかし、相手はたかが男爵令嬢ですよ。その程度の身分の者が我らが来るのを待っていただなんて、気味が悪いです。そんなことが分かるくらいなら向こうから来ればいいというのに、」
「でも、だからこそ面白くなってきたじゃないか」
ナシュカがニヤリと口元を曲げた。その顔が心から笑っているとバートもバイラも分かってしまった。だてに側近をやっているわけではないから嫌でもわかってしまうのだ。
「(あ、この顔はヤバい)」
「(ダメですね。完全に面白がってます)」
「せっかく向こうから情報提供してくれるんだ。乗ってやらないほうが王族として失礼だよ。そう思わない?」
ナシュカはバートとバイラを振り返り、それぞれの意見を求めた。二人とも引きつった顔でいる。
「まあ~、確かに招かれたなら行ったほうがいい、かもな」
「複雑な気持ちではありますが、ナシュカ様の言うことにも一理ありますね。それに王族として堂々としていれば問題は無いでしょうし、いざとなれば私達二人がナシュカ様をお守りします」
バイラが「お守りします」と口にしたと同時に顔を引き締めた。それに乗じてバートも真剣な顔になる。それをマジかで見たナシュカは笑みを柔らかくして喜んだ。
「ふふふ、いい側近をもって僕は嬉しいよ」
「「ありがたき幸せ」」
ナシュカは感情表現が乏しくて冷酷な人物と周囲からは思われているが、実際は違う。近しい者にしか分からないが、感情よりも愛国心を尊重しているために誤解されやすいだけなのだ。本当のナシュカは若干好奇心が強い傾向がある。だからこそ、この状況を少し楽しみになってきているのだ。今のナシュカはマリナに強い関心を持ち始めたのだ。
「ふふふ、マリナ様か。どんな人物なんだろうねえ」
ナシュカ達三人はこのまま教師に連れられて応接室に向かった。
◇
マリナ・メイ・ミーク。元はとある商家の娘だった。だが、彼女の父親が三年前に貿易で大成功して男爵位を与えられて貴族の仲間入りした。本来なら一代限りの爵位でしかなかったが、父親のザンタが元没落貴族の出自だったこともあって、特例で世襲を認められるという一風変わった成り上がり貴族になった。ミークという家名もザンタのかつての家のものだったため、マリナの家は父親の努力の甲斐あって貴族に返り咲いたという方が正しい。
ただ、マリナ自身は物心つく頃から貴族の娘ではなかったようだった。とても無邪気な子供だったらしく、貴族令嬢になった最初の頃もその面影を残し続けたらしい。愛し愛され生まれ育った為、純真無垢で世間知らず。
つまり、良く言えば元気で知的好奇心旺盛な女の子であり、悪く言えば落ち着きのない貴族らしくない子ということだ。そんな少女が貴族の交流会に出れば、貴族も平民も通う学園に出れば、どれだけ目立つだろうか。多くの者が成り上がりの令嬢と嘲笑し、数少ない者が努力と才能で貴族に戻った家の令嬢と眺めるだろう。
実際、マリナは言いたいことをすぐに口にしたり、身分をかさにする他の令嬢ともよく衝突することがあったようだった。容姿にも恵まれていたため、生まれながらの貴族令嬢の大多数から疎遠になっていた。一番新しい情報が王太子カーズとその婚約者サエナリアと三角関係になったという話だった。
……ここまでが、閉鎖的で情報が手に入りにくいウィンドウ学園の中で手に入れたナシュカのマリナに関する情報だった。だがそれは、マリナが応接室に来たことですぐに更新された。ナシュカは一目見ただけで、いかに自分の情報が古いか思い知ったのだ。
「……(彼女が、マリナ様?)」
ボブカットの濃い茶髪に大きな碧眼の瞳の少女。おそらく彼女こそがマリナで間違いないのだろうが、ナシュカのイメージとは異なった印象を感じられた。兄のカーズの話を聞く限り『可愛らしい少女』というイメージだったのに対して、ナシュカ達の目の前にいる現実のマリナは雰囲気からして『可愛らしい少女』として感じられなかった。むしろ上流貴族らしい高貴な雰囲気を感じさせる美しさを誇る女性だった。
「お初にお目にかかります、ナシュカ殿下。ミーク男爵の娘、マリナ・メイ・ミークと申します。本日はわたくしのためにお時間を作っていただきありがとうございます」
「「「っ!?」」」
自己紹介をするマリナ。その口調は元平民とは思えないほど貴族らしい言葉遣い、発する声の大きさも姿勢も正しい。格上の相手に対して頭を下げる角度も適切。言葉を聞くだけで落ち着きのある清楚なイメージを感じさせた。
「……初めましてマリナ様。第二王子のナシュカです。いつも兄カーズが世話になってます」
「わたくしこそ、立場の違いを超えて接していただき大変お世話になってしまいました。それ以上にサエナリア様にもよくしていただいて身に余る光栄でした」
「そ、そうですか。良かったです」
マリナは微笑みを見せる。その笑顔には一切の曇りも見えない。ナシュカはその笑顔に吸い込まれるような錯覚を覚えるが、それ以上にマリナを評価した。
「(すごいぞ。それになんて美しく感じさせられるんだ。こんな女性が成り上がりの男爵令嬢だって?)」
ナシュカは驚かされたのだ。マリナがイメージとまったく違う女性だったこともそうだが、彼女の態度から平民らしさを感じられなかったのだ。てっきり平民と貴族の中間という感じの女性だと想像していただけに、ナシュカの驚きは大きかった。それはバートとバイラも同じ思いだった。
「(マジかよ。本当にこの人が王太子と問題起こした令嬢なのか? ぶりっこな女と思ってたのに)」
「(成り上がりにしては、あまりにも教育が行き届いているように見えます。父親が元貴族の商人だったと聞いていますが、これは……?)」
現実のマリナの貴族らしく清楚で高貴な姿。その姿をまじかで見たナシュカ達はある人物と姿を重ねてしまった。その人物はナシュカ達王家やソノーザ家が探している女性のことだった。
「「「(まるでサエナリア様のようだ)」」」
三人の見た感じでは、マリナの言葉遣いと所作の一つ一つがサエナリアに似ているのだ。顔や体型がまったく違うのにサエナリアとどこか重なってしまう。サエナリアと話したことのあるナシュカでさえ、そんな風に感じてしまうほど、目の前の女性と行方不明の女性は同じ雰囲気を出している。
「このような形でもナシュカ殿下にお会いできて光栄に思います」
「僕に会えて光栄だなんて……」
違うとわかっているのに、マリナをサエナリアと「同一人物?」と一瞬でも思ってしまいそうだった。だが、ナシュカは頭の中で激しく否定する。
「(そんなはずはない。同一人物のはずはないのは間違いない。だが、何だ? このまったく同じ雰囲気は? 彼女たちは友人だと聞いてはいたけど、ここまで似るものなのか? ………っ!)」
ここでナシュカは、マリナとサエナリアが友人だったということを思い出して、ある推論が浮かんだ。それはマリナがサエナリアに深く影響したということだ。
「(マリナ様は確かサエナリア様にカーズ兄さんとの仲を相談された……カーズ兄さんはそう言ってたな。それが本当なら、マリナ様が平民らしさから抜け出してここまでの貴族らしい雰囲気を見せられるようになったのはサエナリア様が助言したからか?)」
カーズの話を聞と、サエナリアは積極的にマリナを助けてきたという。具体的には、マリナがより貴族らしくなるとか恋愛相談にのったとか言っていた。
「(それなら納得できるな。だとすればマリナ様は……)」
平民上がりの令嬢が、一人前を通り越して上級貴族のような雰囲気を身につける。それには相当な努力が必要になるのではないだろうか。そう考えるとナシュカは目の前の女性に敬意を抱かずにはいられない。更なる興味がわいた。そう思った矢先、動揺を隠せなかった二人が話を勝手に始めようとした。
「あ、あのマリナ様、俺達が来たのは貴方に聞きたいことがあったからなんです」
「実はある女性が行方が分からなくなってしまい、王宮も困惑しているのです」
「(この二人!)」
ナシュカは舌打ちしたい気分になった。自分が率先して話を始めたいと思ったのに、側近の二人が出しゃばったのだ。この二人の気持ちも分からないわけではないが、余計なことをしてくれたと思わずにはいられなかった。
「サエナリア様のことですね?」
「「「っ!?」」」
マリナから本題に入った。それと同時に笑顔から一変してとても真剣な顔になった。ナシュカは思わず気圧されそうになってしまいそうだった。
だが、そんなことはナシュカの王家の者としてのプライドが許さない。更なる興味が湧いたこともあって笑顔で肯定した。
「………その通りです。知っていることを話していただきたいのです。サエナリア様を見つけて今起こっている問題を解決に導きたいのです」
「その問題とは具体的に教えていただけるのでしょうか?」
「ふふふ、それは貴方次第ですねえ(面白くなってきた)」
「……そうですか。では、何をお聞きしますか?」
「そうですね、では…………」
ナシュカの楽しい話し合いが始まった。
◇
「……なるほど、兄の態度があまりにも他者を軽んずるものだったのですね」
「あの時は、王太子だからといっても人に対する礼儀を欠いているにもほどがあると思って、カーズ殿下の頬を叩いてしまったのです。思えば身分の差どころか貴族としての立場を考えない行為でした。ですが、カーズ殿下はそのことを笑って許してくださったのです。その日以来からです。カーズ殿下がわたくしのことを気にかけるようになったのは」
ナシュカは最初にマリナとカーズの出会いがどの湯なものだったのか聞いてみた。本当はこんな話は聞く気もなかったが、マリナのことをよく知りたいと思ったため、最初のきっかけから知っていこうと決めたのだ。バートとバイラは少し驚くがナシュカに従った。
「そうでしたか。兄のふるまいに関してはお詫びいたします(王太子の頬をひっぱたくか。聞いた時は驚いたけどマリナ様がそうだったのか。あの時にいたかったものだ)」
「そんな。ナシュカ殿下が謝罪するようなことではありません」
マリナとカーズの始まりは始業式での出来事だったらしい。ウィンドウ学園では始業式・卒業式でもパーティーを開催する。大人になって貴族のパーティーを始めたり参加したりする時の予行練習を兼ねているためだ。その時のパーティーで、カーズに他者を軽んじるような態度を取られたマリナが怒って頬を引っ張った。その行為を笑って許したカーズがマリナに興味を持ったことが始まりだという。
「(カーズ兄さんが笑って許すか。おそらく、マリナ様みたいな人は珍しくて興味を持ってしまったんだね。そのうちに気になり始めて好きになったというわけか。まぁ、カーズ兄さんらしいか)」
普段のカーズは女性に素っ気ない。その理由は、カーズが王太子である故に彼に近づこうとする女性の多くが妃の座を求めたり、美形のカーズを自分の者にしたいなど欲の深い者ばかりで女性を苦手に感じるようになってしまったからだ。『自分に近づく女はみんな同じだ』、そうカーズが言っていたことをナシュカは覚えている。
「それから兄は貴女に好意を持つのに時間はかからなかったわけですね(マリナ様なら確かにカーズ兄さんをよく見てくれそうだね。貴族の前は商人の娘でもあるわけだし)」
好意を持つ、という言葉にマリナは一瞬怪訝な顔をするが、彼女なりにナシュカに自分の考えを答えた。
「……カーズ殿下がわたくしに好意を持ち始めていたのはなんとなく理解していました。ですが、わたくしとは身分に差があることし婚約者がおられることもあり、何とか距離を開けられないか考えていました」
「ほう。貴方からカーズ兄さんに好意は無かったと?(やっぱりね)」
「正直に言うと好意はありません。もちろん、恋愛感情など一切ありませんでした。身分の違う話し相手にしか思っていません」
「「…………(どういうことだ?)!」」
「そうですか(この様子だとあまり好かれていないみたいだね)」
マリナがカーズに好意を抱いていない。確かにナシュカ達は聞いてしまった。バートとバイラは聞いていた話と違うことに驚いたが、ナシュカは当然だと思っていた。マリナの態度からカーズに対する情が感じられないのだ。
「(この件でよく分かったけどカーズ兄さんは思い込みが強いほうだ。相手の気持ちを理解する能力もない。成績はいいけどそういう所に頭が回っていない。王太子じゃなくなってよかったよ。それにしても……)」
身分の違う話し相手にしか思っていないとマリナははっきり言った。流石にそこまで素っ気ないのはおかしいと思っている。カーズは美形で女性に多大な人気を持っている男だ。そんな人物に好かれて友人とすら思っていないようなことに違和感を感じるのだ。
「身分の違う話し相手にしか思っていない。ということは友人とも思えないということでしょうか?」
「はい。カーズ殿下には好意を抱く要素がありませんから」
「え? マジか?」
「そこまで……?」
きっぱりと口にするマリナ。バートとバイラは信じられないといった様子で顔を見合わせる。ナシュカは面白そうに口元を釣り上げた。少しくらいは情があると思っていただけに、こんな反応をされることは予想外だったからだ。
「何故なのですか? 兄はあれでも女性に人気があります。正直、マリナ様も兄に、」
「ありえません」
ハッキリ否定するマリナ。その瞳に揺らぎもないし表情に崩れもない。バートとバイラもこれは間違いないなと思った。ナシュカは彼女がここまでカーズを嫌う理由をよく知っている。その理由は行方不明の女性だ。
「サエナリア様ですね」
「はい」
「「…………」」
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