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第31話「破魔矢梨沙≒西日野亜美」⑤
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「でも、あなたはちゃんとたどり着いてくれた。
わたしの予想のはるか斜め上から、わたしの前に現れたときは、さすがにびっくりしたけど」
「なんか、申し訳ないな。あんな出会い方にしちゃって」
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「面白かったからいい。
まだ数日しかたってないけど、あなたと出会ってから毎日楽しいからいい。
ずっとあなたに会いたかったから、どんな出会い方でもいい」
人が誰かを愛おしいと感じるときは、今の俺のような気持ちなのだろうか。
手を繋ぎたくなったり、頭を撫でたくなったり、抱きしめたくなったりするような。
「俺を見つけてくれてありがとな」
「わたしこそ、ちゃんとわたしを見つけてくれてありがとう」
こういうとき、友達なら手を繋いだりくらいはするのだろうか。恋人にならないとそういうことはしてはいけないのだろうか。
だが、そんなことより俺は言わなければいけないことがあった。
「いい加減、服着た方がいいぞ。風邪ひきそうだしエロすぎるから」
思いっきり頭を蹴られた。ビンタの何倍も鈍い音がした。脳みそが揺さぶられるくらい痛かった。
服を着させてと言われたから服を着させた。
喉が渇いたと言われたから経口補水液を飲ませた。
お腹が空いたと言われたから他人の家で料理を振る舞った。
ゴミ屋敷の一歩手前の部屋の掃除と片付けはさすがにふたりでした。
その後はふたりで映画のDVDを観た。
破魔矢梨沙原作「殴られ蹴られ」。
お互いに何度も観た映画だったから、贅沢にもDVDには収録されていない、隣に座る原作者による一度限りのオーディオコメンタリーつきで楽しませてもらった。
こんな風にいつか、とりにくチキン原作のアニメを、亜美と一緒に観ることができたらいいなと思った。もちろんピノアのフィギュアがグッズがたくさん並んでいる部屋で。
映画のエンドロールが流れる頃、
「どうせ珠莉に、今夜はうちに泊まっていけとか言われてるんでしょう?」
亜美は言った。
「さすがによくわかってらっしゃる」
俺は苦笑したが、でもどこで寝たらいいんだ? と思った。
亜美と珠莉は寝室が別のようだが、だからと言ってふたりにどちらかで寝てもらい、空いた方の寝室で俺が寝るのだろうか。
一睡もできない自信があった。
だって、ふたりのどちらかのベッドだぞ。そんなの絶対無理だろ。
どっちの西日野のベッドでも、「西日野の匂いがする」とか、気持ち悪いこと言っちゃうぞ。
リビングか? リビングのソファーで寝るのか? リビングなら俺は寝られるのか?
いやいや、落ち着け俺。落ち着くんだ。素数を数えるのは駄目だぞ。それじゃ落ち着かないのはここへ来るときにわかったろ。とりあえずは深呼吸だ。
よし、落ち着いた。
「もうすぐ終電だし、今日は俺、帰るよ」
よくよく考えてみれば、そもそもこの部屋に泊まるということがおかしいのだ。
珠莉の悪い冗談を真に受けて、明日の講義に必要なものをバッグに詰め込んできた自分が恥ずかしかった。
「駅までのバスがもうないでしょ」
それなのに、まるで引き止めるように亜美は言った。
「タクシー呼ぶから大丈夫だよ」
俺がスマホを手に取ろうとすると、亜美の手がそれを遮った。
「泊まっていって」
と、上目遣いで言われた。
「もう少しあなたと一緒にいたい」
目が潤んでいるように見えた。
とんでもない破壊力だった。
「それに、タクシーなんてお金がもったいないよ」
そして、手を握られた。
亜美のその手は少し震えていた。
俺は観念して、わかった、と言った。
俺たちはもう1本映画を観ることにした。
破魔矢梨沙原作の映画だったが、今度は原作者による一度限りのオーディオコメンタリーはなかった。
ふたりとも黙って映画を観ていた。
きっとお互いに何を話したらいいのかわからなかったのだ。
映画が中盤に差し掛かる頃、ふと隣を見ると、亜美は眠たそうにしていて、今にも寝落ちしてしまいそうだった。
俺は彼女をそっとベッドに運ぶと、彼女のノートパソコンと共にリビングに移動した。
俺は、彼女が書いてくれた小説を読むことにした。
わたしの予想のはるか斜め上から、わたしの前に現れたときは、さすがにびっくりしたけど」
「なんか、申し訳ないな。あんな出会い方にしちゃって」
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「面白かったからいい。
まだ数日しかたってないけど、あなたと出会ってから毎日楽しいからいい。
ずっとあなたに会いたかったから、どんな出会い方でもいい」
人が誰かを愛おしいと感じるときは、今の俺のような気持ちなのだろうか。
手を繋ぎたくなったり、頭を撫でたくなったり、抱きしめたくなったりするような。
「俺を見つけてくれてありがとな」
「わたしこそ、ちゃんとわたしを見つけてくれてありがとう」
こういうとき、友達なら手を繋いだりくらいはするのだろうか。恋人にならないとそういうことはしてはいけないのだろうか。
だが、そんなことより俺は言わなければいけないことがあった。
「いい加減、服着た方がいいぞ。風邪ひきそうだしエロすぎるから」
思いっきり頭を蹴られた。ビンタの何倍も鈍い音がした。脳みそが揺さぶられるくらい痛かった。
服を着させてと言われたから服を着させた。
喉が渇いたと言われたから経口補水液を飲ませた。
お腹が空いたと言われたから他人の家で料理を振る舞った。
ゴミ屋敷の一歩手前の部屋の掃除と片付けはさすがにふたりでした。
その後はふたりで映画のDVDを観た。
破魔矢梨沙原作「殴られ蹴られ」。
お互いに何度も観た映画だったから、贅沢にもDVDには収録されていない、隣に座る原作者による一度限りのオーディオコメンタリーつきで楽しませてもらった。
こんな風にいつか、とりにくチキン原作のアニメを、亜美と一緒に観ることができたらいいなと思った。もちろんピノアのフィギュアがグッズがたくさん並んでいる部屋で。
映画のエンドロールが流れる頃、
「どうせ珠莉に、今夜はうちに泊まっていけとか言われてるんでしょう?」
亜美は言った。
「さすがによくわかってらっしゃる」
俺は苦笑したが、でもどこで寝たらいいんだ? と思った。
亜美と珠莉は寝室が別のようだが、だからと言ってふたりにどちらかで寝てもらい、空いた方の寝室で俺が寝るのだろうか。
一睡もできない自信があった。
だって、ふたりのどちらかのベッドだぞ。そんなの絶対無理だろ。
どっちの西日野のベッドでも、「西日野の匂いがする」とか、気持ち悪いこと言っちゃうぞ。
リビングか? リビングのソファーで寝るのか? リビングなら俺は寝られるのか?
いやいや、落ち着け俺。落ち着くんだ。素数を数えるのは駄目だぞ。それじゃ落ち着かないのはここへ来るときにわかったろ。とりあえずは深呼吸だ。
よし、落ち着いた。
「もうすぐ終電だし、今日は俺、帰るよ」
よくよく考えてみれば、そもそもこの部屋に泊まるということがおかしいのだ。
珠莉の悪い冗談を真に受けて、明日の講義に必要なものをバッグに詰め込んできた自分が恥ずかしかった。
「駅までのバスがもうないでしょ」
それなのに、まるで引き止めるように亜美は言った。
「タクシー呼ぶから大丈夫だよ」
俺がスマホを手に取ろうとすると、亜美の手がそれを遮った。
「泊まっていって」
と、上目遣いで言われた。
「もう少しあなたと一緒にいたい」
目が潤んでいるように見えた。
とんでもない破壊力だった。
「それに、タクシーなんてお金がもったいないよ」
そして、手を握られた。
亜美のその手は少し震えていた。
俺は観念して、わかった、と言った。
俺たちはもう1本映画を観ることにした。
破魔矢梨沙原作の映画だったが、今度は原作者による一度限りのオーディオコメンタリーはなかった。
ふたりとも黙って映画を観ていた。
きっとお互いに何を話したらいいのかわからなかったのだ。
映画が中盤に差し掛かる頃、ふと隣を見ると、亜美は眠たそうにしていて、今にも寝落ちしてしまいそうだった。
俺は彼女をそっとベッドに運ぶと、彼女のノートパソコンと共にリビングに移動した。
俺は、彼女が書いてくれた小説を読むことにした。
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