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第3話:漆黒の要塞(センチュリー)
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「……ここが、オートマタの根城?」
翌日、逢魔が夜行百鬼に指定された場所に足を運ぶと、そこはA学院大学の広大なキャンパスの隅、古びた第4講義棟の地下駐車場だった。
湿ったコンクリートの匂いと、微かに漂うハイオクガソリンの香り。
そこに、場違いなほどの存在感を放つ漆黒のセンチュリーが鎮座していた。
「遅かったわね。待ちくたびれて、おじさんから貰った高級マカロン全部食べちゃったじゃない」
暗がりのパイプ椅子に座り、スマートフォンを弄りながら足をぶらつかせている少女がいた。
幼い顔立ち、大きな瞳。オーバーサイズのパーカーから覗く細い足。どこからどう見ても中学生にしか見えないが、彼女の傍らには、最新型の『トヨタ・アクア(GR SPORT)』が停まっていた。
「……誰だ、君は」
「私はロリコ。ここの『資金調達』担当。……君が百鬼さんの言ってた『ミライース君』? ぷっ、ウケる。あんな燃費だけの車で、よくここに来られたね」
彼女は、「頂き女子マニュアル」で稼いだ金で、アクアをハイレスポンスなモンスターへと改造しているという。
「私の走りはね、『タイパ』重視なの。無駄なシフト操作なんて、人生の時間の無駄でしょ?」
「まあまあ、ロリコ。彼を怖がらせるな」
背後の暗闇から、夜行百鬼が姿を現した。
「逢魔、まずは君に、この『センチュリー』の意味を教えておこう。多くの者はこれを、後部座席でふんぞり返るための『籠』だと思っている。だが、それは間違いだ」
百鬼が運転席のドアを開ける。
「V12エンジンを捨て、ハイブリッドとなった現行型。そこには、二基のモーターとエンジンを完璧に調和させる『神の演算』が組み込まれている。人間が100年かけても到達できない変速の真理……それを理解できるのは、左足を捨てた我々だけだ」
百鬼は逢魔を助手席に乗せると、静かに地下駐車場を脱出した。
向かう先は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った東名高速の側道。
「……見ていろ。これが『オートマチック』という名の暴力だ」
百鬼がアクセルを踏み込む。
その瞬間、逢魔は座席に背中を叩きつけられた。
衝撃はない。衝撃がないことが、逆に恐怖を煽る。
ミライースのCVTとは比較にならない、圧倒的なトルクの津波。
100キロ、150キロ……。デジタルメーターが狂ったように数字を刻むが、車内は図書館のように静かだ。
「……ギアがない。変速の『隙』が、どこにもない……」
「そうだ。MT車が1速から2速へ切り替えるその瞬間に生まれる『空白の0.5秒』。我々にとって、その時間は相手を永遠に置き去りにするのに十分な時間だ」
百鬼のセンチュリーは、側道のタイトなコーナーを、巨体を感じさせない身軽さでクリアしていく。
電子制御サスペンションが常に車体を水平に保ち、四輪の駆動力を1ミリセカンド単位で制御する。
それは「運転」ではなく、もはや「現象」だった。
「……どうした、逢魔。顔色が悪いぞ」
「……あんたたちは、一体何をしようとしているんだ」
百鬼は不敵に笑い、展望台の街灯の下で車を停めた。
眼下には、名古屋の夜景が広がっている。
「この国の走り屋たちは、いまだにマニュアル車こそが正義だと信じている。だが、我々はそれを証明し直す。この『オートマタ』の手で、公道最速の概念を書き換えるんだ」
百鬼の視線の先には、同じ大学の学生たちが操るスポーツカーたちが、遠くの峠で火花を散らしているのが見えた。
「君のミライースには、まだ伸び代がある。ロリコが稼いだ……いや、調達したパーツを組み込めば、君は戸越峠の伝説になれる」
「……条件は?」
「簡単だ。このサークルのメンバーとして、現れる刺客たちをすべて『処刑』すること。……それから、大学の単位をいくつか捨てる覚悟を持つことだな」
百鬼は、懐から一冊の「過去問集」を取り出し、目の前で破り捨てた。
「……明日から、本格的な合宿を始める。ついてこられるか?」
逢魔は、遠くで光る名古屋の街を見下ろした。
普通の大学生としての平穏な未来か、それとも、左足を封印した者だけが見る「深淵」の景色か。
答えは、最初から決まっていた。
「……やってやる。俺のミライースで……すべてのスポーツカーを、過去の遺物にしてやる」
その夜、逢魔は人生で初めて、授業の履修登録をキャンセルした。
彼が手に入れたのは、新しい「変速(ギア)」ではなく、壊れた未来への「加速」だった。
翌日、逢魔が夜行百鬼に指定された場所に足を運ぶと、そこはA学院大学の広大なキャンパスの隅、古びた第4講義棟の地下駐車場だった。
湿ったコンクリートの匂いと、微かに漂うハイオクガソリンの香り。
そこに、場違いなほどの存在感を放つ漆黒のセンチュリーが鎮座していた。
「遅かったわね。待ちくたびれて、おじさんから貰った高級マカロン全部食べちゃったじゃない」
暗がりのパイプ椅子に座り、スマートフォンを弄りながら足をぶらつかせている少女がいた。
幼い顔立ち、大きな瞳。オーバーサイズのパーカーから覗く細い足。どこからどう見ても中学生にしか見えないが、彼女の傍らには、最新型の『トヨタ・アクア(GR SPORT)』が停まっていた。
「……誰だ、君は」
「私はロリコ。ここの『資金調達』担当。……君が百鬼さんの言ってた『ミライース君』? ぷっ、ウケる。あんな燃費だけの車で、よくここに来られたね」
彼女は、「頂き女子マニュアル」で稼いだ金で、アクアをハイレスポンスなモンスターへと改造しているという。
「私の走りはね、『タイパ』重視なの。無駄なシフト操作なんて、人生の時間の無駄でしょ?」
「まあまあ、ロリコ。彼を怖がらせるな」
背後の暗闇から、夜行百鬼が姿を現した。
「逢魔、まずは君に、この『センチュリー』の意味を教えておこう。多くの者はこれを、後部座席でふんぞり返るための『籠』だと思っている。だが、それは間違いだ」
百鬼が運転席のドアを開ける。
「V12エンジンを捨て、ハイブリッドとなった現行型。そこには、二基のモーターとエンジンを完璧に調和させる『神の演算』が組み込まれている。人間が100年かけても到達できない変速の真理……それを理解できるのは、左足を捨てた我々だけだ」
百鬼は逢魔を助手席に乗せると、静かに地下駐車場を脱出した。
向かう先は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った東名高速の側道。
「……見ていろ。これが『オートマチック』という名の暴力だ」
百鬼がアクセルを踏み込む。
その瞬間、逢魔は座席に背中を叩きつけられた。
衝撃はない。衝撃がないことが、逆に恐怖を煽る。
ミライースのCVTとは比較にならない、圧倒的なトルクの津波。
100キロ、150キロ……。デジタルメーターが狂ったように数字を刻むが、車内は図書館のように静かだ。
「……ギアがない。変速の『隙』が、どこにもない……」
「そうだ。MT車が1速から2速へ切り替えるその瞬間に生まれる『空白の0.5秒』。我々にとって、その時間は相手を永遠に置き去りにするのに十分な時間だ」
百鬼のセンチュリーは、側道のタイトなコーナーを、巨体を感じさせない身軽さでクリアしていく。
電子制御サスペンションが常に車体を水平に保ち、四輪の駆動力を1ミリセカンド単位で制御する。
それは「運転」ではなく、もはや「現象」だった。
「……どうした、逢魔。顔色が悪いぞ」
「……あんたたちは、一体何をしようとしているんだ」
百鬼は不敵に笑い、展望台の街灯の下で車を停めた。
眼下には、名古屋の夜景が広がっている。
「この国の走り屋たちは、いまだにマニュアル車こそが正義だと信じている。だが、我々はそれを証明し直す。この『オートマタ』の手で、公道最速の概念を書き換えるんだ」
百鬼の視線の先には、同じ大学の学生たちが操るスポーツカーたちが、遠くの峠で火花を散らしているのが見えた。
「君のミライースには、まだ伸び代がある。ロリコが稼いだ……いや、調達したパーツを組み込めば、君は戸越峠の伝説になれる」
「……条件は?」
「簡単だ。このサークルのメンバーとして、現れる刺客たちをすべて『処刑』すること。……それから、大学の単位をいくつか捨てる覚悟を持つことだな」
百鬼は、懐から一冊の「過去問集」を取り出し、目の前で破り捨てた。
「……明日から、本格的な合宿を始める。ついてこられるか?」
逢魔は、遠くで光る名古屋の街を見下ろした。
普通の大学生としての平穏な未来か、それとも、左足を封印した者だけが見る「深淵」の景色か。
答えは、最初から決まっていた。
「……やってやる。俺のミライースで……すべてのスポーツカーを、過去の遺物にしてやる」
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