上 下
35 / 123

第4章 第6話

しおりを挟む
 一条はショウゴの顔を見た。

「ハルミを見捨てたことを俺はずっと後悔していた。
 だから、4年前、世界中を敵に回してでも恋人を守ろうとした君の存在は、俺には眩しかった」

 君は俺には眩し過ぎたんだ、と一条はショウゴに撃たれずに済んだ左手で顔を覆った。

 一条とショウゴは、同じタロットカードの逆位置のような関係のようにタカミには思えた。
 ひとりは世界を敵にまわすことを恐れ、保身に走り愛する人を見捨て、もうひとりは世界を敵にまわすことも厭わず、たとえ自分がどうなろうとも愛する人を守ろうと奔走した。

 ショウゴがそうできたのは、彼がまだ世間知らずで向こう見ずな14歳の少年だったからかもしれない。
 だが、同じ14歳でも、一条と同じ選択をする者がおそらく大多数を占めるのではないだろうか。
 ショウゴが一条と同じ年齢で同じ立場であったとしても、彼の選択が変わったとは思えなかった。一条もまたそうだ。
 それは人間としての資質の問題であり、どちらの選択も正しいと言えるし、間違っているとも言えると思った。
 世界か愛する人かの二択を人が迫られたとき、その選択自体には正解はないのではないか。
 必ずどちらかは犠牲になるからだ。
 選択の結果としてどうなったかが問題なのだ。

 現に、同じタロットカードの逆位置のようなふたりだったが、その運命は正反対の結果にはならなかった。
 どちらも、愛する人は今アリステラににいる。ヤルダバにいる。

 一番の悪は、自分で選択することを放棄し、他者にその選択を委ねた人間なのではないか。
 そしてそれは他ならぬタカミ自身のことだった。

 タカミは妹も世界も、そのどちらも選ばなかった。
 ショウゴが妹を選んでくれたから、彼の協力者になっただけだ。一条に協力を仰いだだけだった。部屋から一歩も出ることなく、あくまでパソコン越しスマホ越しの協力者であろうとした。
 ふたりが逃げ続けることに疲れ果てるまで、妹が彼に自分を殺すよう懇願するまで、ショウゴが妹に手をかけるまで、タカミは最後まで何の選択もすることはなかった。
 ショウゴが世界を選んでいたら、あるいはショウゴが妹の恋人でなかったら、自分は妹を選んでいただろうか。世界を敵にまわす覚悟ができただろうか。
 きっと自分はショウゴのようにはなれなかっただろう。一条のように生き、一条のように後悔したに違いなかった。

 タカミはようやく自分の愚かさに気づいた。
 気づいてはいたが考えないようにしていただけかもしれなかった。
 自己嫌悪に苛まれることがわかっていたからだ。
 ショウゴを匿うことを決めたのも、結局は選択をしなかったことからの逃避に過ぎなかったのではないか。
 一度飲み込まれたその渦からは逃れられそうになかった。

「君とは昔、カルト教団が企てていた首相暗殺を一緒に阻止したことがあったな」

 一条が渦の中にいるタカミに救いの手を差しのべ、彼はその手にしがみついた。

「当時のあの首相は、ハルミの研究を握りつぶすよう指示した権力者たちのひとりだった」

 それは救いの手ではなかった。

「俺はそれを知りながら、保身と出世のために君に俺の罪の片棒を担がせた」

 一条が乗る泥舟とともに、タカミは渦の中に沈んでいった。
しおりを挟む

処理中です...