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第5章 第6話

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「私は、我が教祖には実際のところ何の力もなかったのではないかと考えているのです」

「大丈夫なんですか? お隣に教祖様の娘さんがいらっしゃいますが」

「あ、全然大丈夫です。アナスタシア様のことはお気になさらず」

 不思議なふたりだな、とショウゴは思った。
 従者に明らかに馬鹿にされている(雑に扱われている?)というのに、アナスタシアは怒りもせず、にこにことただ笑っているだけだ。
 よほどの信頼関係がなければ、こんな風には簡単にはなれないだろう。

「我が教祖が天啓のように授かったという千里眼や未来予知は、別の能力者が見たものを、まるで本当に天からの啓示であるかのようにして、我が教祖に錯覚させ見せていただけではないのかと思うのです」

「だから、コントロールすることができなかった?」

 そうです、とアンナは答えた。

「潜在意識の増幅もまた同じだったのではないのかと」

「アンナさんは、どうしてそう思うのですか?」

「警察に逮捕されるまでの間しか、教団の施設内にいる間だけにしか、天啓は我が教祖には授けられなかったからです」

 教祖様には自分が逮捕されることも、裁判で死刑判決が出ることもまた予知できなかったのだという。
 死刑判決こそ出たものの、あまりに罪状が多すぎるため、生きている間にすべての裁判が終わることはないだろう、事実上の終身刑だと、面会に訪れたアナスタシアたちや弁護士と話していたらしいが、ある日突然法務大臣が死刑執行のサインをした。
 それもまた予知できないまま、死刑が執行されてしまったのだそうだ。

「潜在意識の増幅もまた、逮捕前までしかその能力が発動することはありませんでした。
 警察や検察の取り調べはともかく、裁判には多くの傍聴人や信者たちが集まり、拘置所には多くの犯罪者たちや教団幹部らがいたというのに」

 確かに妙な話だった。
 教祖様はおそらくお前はもう用済みだと天から言われているようなお気持ちだったことだろう。

「我が教祖は、他者の肉体への憑依を行うことも過去に何度もあったのですが」

「やべー能力だな」

 そのチートすぎる能力が使えていれば死刑執行から逃れることも出来ただろう。
 朝倉現人という肉体だけを死刑にし、自称ではあるが至高神の化身であるその魂、あるいは精神を、死刑執行人や看守などに憑依させ、次々と肉体を乗り換えていくことで死を超越した存在になることも出来たはずだった。
 だが、出来なかった。他の死刑囚と同様に死刑が執行されてしまった。至高神の化身なのに。

「ですから私は、我が教祖の力はすべて、我が教祖が自ら行っていると信者たちに思わせ、警察やマスコミ、そして国民すべてに、千のコスモの会がカルト教団であると思わせたかった何者か、シンギュラリティによって、神の神業であるかのように仕組まれたものであったのではないかと考えているのです」

 だとすれば、教祖様とは別に千のコスモの会の信者を意のままに操っていた人物がいたということになる。
 その人物が、ひとりの少女を犠牲にすれば、70億の人間の命が助かると世界中に信じこませたのだとしたら。

「私たちとあなたには共通の敵がいるということになるのではありませんか?」

「そういうことになりますね。
 でも、なぜ雨野タカミではなく俺に?」

 それを話したのか、アンナの考えがよくわからなかった。
 タカミの方が教団についても事件についても詳しく理解が早かっただろう。

「彼は、テロを未然に防げたのは、自分のハッキングのおかげだと思っているのでしょう?」

 ハッキングに意味がなかったと知れば、タカミは自分のしたことは何だったのかと思うだろう。

「我が教祖を利用し、千のコスモの会をカルト教団に仕立て上げた能力者の存在を信じてはくれないでしょうね」

 タカミには、人の心を読むアンナの特殊能力さえ理解できない。
 教団の関係者の言葉なら尚更だ。

「それに彼は警察の関係者ですから」

 確かにそうだった。

 雨野タカミがシンギュラリティである可能性はゼロではないのだ。
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