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第2章 第10話
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災厄の時代が訪れると、電力や電波をはじめ様々なものが次々と失われていった。
SNSを使う者がいなくなり、雑誌やテレビからのインタビューの依頼もなくなった。
破魔矢リサは断筆し、雨野市に引っ越すことを決めた。
彼女は元々雨野市の出身であり、大学進学の際に上京しただけであったから、雨野市に移り住むというよりは、ただ実家に戻っただけだったが。
大学はもはや大学として機能していなかったし、どの出版社ももう本を出版できる状態ではなかったから、東京にいる意味がなかった。
東京と雨野市では、その人口差から暴徒化する人々の数が桁違いだった。年子の姉や妹と三人でルームシェアをしていたとはいえ、両親に心配をかけたくなかったことも大きく、三人で実家に帰ることにした。
断筆を宣言こそしたが、リサは書くことをやめられなかった。
一度書くことの楽しみを覚えた者は、そう簡単にはやめられないものだ。
パソコンもスマホも使えなくなり、原稿用紙に手書きで書くしかなかったが、不便に感じたのは最初だけですぐに慣れた。原稿用紙が手に入らなくなると、プリンター用紙やルーズリーフ、それから大学ノートや方眼紙、チラシの裏にも書いた。
出版されることも、誰にも読まれることもない小説を、彼女はひたすら書き続けた。
この数年で、30作は書いていた。大体月に1作のペースだった。
書き終えた小説をリサは金庫にすべてしまっていた。
今すぐには無理でも、何年後でも何十年後でも何百年後でもいい。
竹取物語が作者不明であり、源氏物語において「物語の出で来はじめの祖(おや)なる竹取の翁」とあるように日本最古の物語であるのなら、リサがこうやって遺す小説が日本最後の物語や人類最後の物語になってくれても良かった。
いつか誰かが読んでくれれば、それで良かった。
終末を迎えようとしている世界を舞台にした小説は、通常SFやファンタジーに分類され、エンターテインメント性が必要とされていた。したがって純文学にはなりえなかった。
災厄の時代が訪れる前の21世紀を舞台にした純文学であっても、芥川賞が創立された時代にはエンターテインメント性のないSF作品であるとされ、候補に上がらないだろう。
しかし、実際に世界が終末を迎えようとしている今の時代は、この時代に生きる人々のありのままの姿を描くだけで純文学になりえる。
そのことに気づいたリサは、雨野市に生きる人々をモデルに小説に書くことにした。
それは今の時代にしか書けない純文学だった。
ただ、それを発表する場もなければ、読者もいなかった。だが、そんなことはリサにとっては些末なことだった。
家から一歩でも外に出れば、いつ暴徒に襲われるかわからない。疫病に感染するかもしれない。
かつては社会問題とされていた引きこもりが、今では逆に推奨されている。
リサも、彼女の家族も皆決して家から出ようとせず、引きこもっている。
時代の変化によって、常識が簡単に覆るのが人間の社会だ。それだけのことで、小説が一作書けてしまう。
あの書いてはいけなかった小説から、スーパーコンピュータや技術的特異点などの要素を削り、続編を書いてみるのも悪くないような気がした。自分以外誰も読まない小説なら、書いてはいけない小説などはない。
完璧な続編ではなくなってしまうし、どちらかと言えば現実世界でほとんど同じ経験をした少年のその後になってしまいそうだが、あくまで前作と同じ主人公が少女を手にかけた後、この災厄の時代をどう生きているのかを書くのだ。
あの主人公はきっと、世界を憎み、人を憎み、そして自分を一番憎みながら生きているに違いなかった。
純文学にこだわる必要もなかった。
一年中雨が降り続ける同じ雨野市を舞台とした群像劇を書いてもいい。
夜の街にだけ現れる、暴徒を狩る青年の話はどうだろうか。
その青年は雨合羽を着ていて「雨合羽の男」と呼ばれているとか。
カルト教団の教祖の娘として生まれた女性が、教団から離れこの街に流れ着いているのはどうだろうか。
教祖の娘としてではなく、ひとりの女性として生きようともがく話も悪くない。
自室の勉強机に向かって、リサは溢れてくるアイディアを次々と箇条書きにしていた。
そんなことを夢想していたからか、背後の気配に気づくと、リサの後ろに雨合羽を着た男が立っていた。
男の両手にはそれぞれダガーナイフが1本ずつ握られていた。
雨合羽は血しぶきを受けており、ナイフの刃は血に染まっていて、誰かを殺害した後だとわかった。
誰の血か、なぜ背後の気配に気づいたのかは、すぐにわかった。自分の背中にだんだんと広がる鈍い痛みが教えてくれた。
自分が刺されたのは、おそらく一度だけだ。
だが、雨合羽の男のナイフは2本とも血に染まっていた。
リビングにいた父や母はすでに殺されてしまっているのだろう。姉のジュリやアミも殺されてしまったに違いない。
家族の悲鳴すら聞こえないほどに、リサは集中していた。
何かひとつの物事に集中すると周りの音がシャットアウトされるのは、いけない癖だと幼い頃からよく言われていた。だからこそ彼女は小説家になれたとも言えるが、結局最期まで治らなかった。
家の中なら安全だと思い込んでいた。雨戸を閉めきっていれば、暴徒が家に上がり込んでくるわけがないと思い込んでいた。
浅はかだった。
よくよく考えれば安全な場所など、もはやこの世界のどこにもなかったのだ。
SNSを使う者がいなくなり、雑誌やテレビからのインタビューの依頼もなくなった。
破魔矢リサは断筆し、雨野市に引っ越すことを決めた。
彼女は元々雨野市の出身であり、大学進学の際に上京しただけであったから、雨野市に移り住むというよりは、ただ実家に戻っただけだったが。
大学はもはや大学として機能していなかったし、どの出版社ももう本を出版できる状態ではなかったから、東京にいる意味がなかった。
東京と雨野市では、その人口差から暴徒化する人々の数が桁違いだった。年子の姉や妹と三人でルームシェアをしていたとはいえ、両親に心配をかけたくなかったことも大きく、三人で実家に帰ることにした。
断筆を宣言こそしたが、リサは書くことをやめられなかった。
一度書くことの楽しみを覚えた者は、そう簡単にはやめられないものだ。
パソコンもスマホも使えなくなり、原稿用紙に手書きで書くしかなかったが、不便に感じたのは最初だけですぐに慣れた。原稿用紙が手に入らなくなると、プリンター用紙やルーズリーフ、それから大学ノートや方眼紙、チラシの裏にも書いた。
出版されることも、誰にも読まれることもない小説を、彼女はひたすら書き続けた。
この数年で、30作は書いていた。大体月に1作のペースだった。
書き終えた小説をリサは金庫にすべてしまっていた。
今すぐには無理でも、何年後でも何十年後でも何百年後でもいい。
竹取物語が作者不明であり、源氏物語において「物語の出で来はじめの祖(おや)なる竹取の翁」とあるように日本最古の物語であるのなら、リサがこうやって遺す小説が日本最後の物語や人類最後の物語になってくれても良かった。
いつか誰かが読んでくれれば、それで良かった。
終末を迎えようとしている世界を舞台にした小説は、通常SFやファンタジーに分類され、エンターテインメント性が必要とされていた。したがって純文学にはなりえなかった。
災厄の時代が訪れる前の21世紀を舞台にした純文学であっても、芥川賞が創立された時代にはエンターテインメント性のないSF作品であるとされ、候補に上がらないだろう。
しかし、実際に世界が終末を迎えようとしている今の時代は、この時代に生きる人々のありのままの姿を描くだけで純文学になりえる。
そのことに気づいたリサは、雨野市に生きる人々をモデルに小説に書くことにした。
それは今の時代にしか書けない純文学だった。
ただ、それを発表する場もなければ、読者もいなかった。だが、そんなことはリサにとっては些末なことだった。
家から一歩でも外に出れば、いつ暴徒に襲われるかわからない。疫病に感染するかもしれない。
かつては社会問題とされていた引きこもりが、今では逆に推奨されている。
リサも、彼女の家族も皆決して家から出ようとせず、引きこもっている。
時代の変化によって、常識が簡単に覆るのが人間の社会だ。それだけのことで、小説が一作書けてしまう。
あの書いてはいけなかった小説から、スーパーコンピュータや技術的特異点などの要素を削り、続編を書いてみるのも悪くないような気がした。自分以外誰も読まない小説なら、書いてはいけない小説などはない。
完璧な続編ではなくなってしまうし、どちらかと言えば現実世界でほとんど同じ経験をした少年のその後になってしまいそうだが、あくまで前作と同じ主人公が少女を手にかけた後、この災厄の時代をどう生きているのかを書くのだ。
あの主人公はきっと、世界を憎み、人を憎み、そして自分を一番憎みながら生きているに違いなかった。
純文学にこだわる必要もなかった。
一年中雨が降り続ける同じ雨野市を舞台とした群像劇を書いてもいい。
夜の街にだけ現れる、暴徒を狩る青年の話はどうだろうか。
その青年は雨合羽を着ていて「雨合羽の男」と呼ばれているとか。
カルト教団の教祖の娘として生まれた女性が、教団から離れこの街に流れ着いているのはどうだろうか。
教祖の娘としてではなく、ひとりの女性として生きようともがく話も悪くない。
自室の勉強机に向かって、リサは溢れてくるアイディアを次々と箇条書きにしていた。
そんなことを夢想していたからか、背後の気配に気づくと、リサの後ろに雨合羽を着た男が立っていた。
男の両手にはそれぞれダガーナイフが1本ずつ握られていた。
雨合羽は血しぶきを受けており、ナイフの刃は血に染まっていて、誰かを殺害した後だとわかった。
誰の血か、なぜ背後の気配に気づいたのかは、すぐにわかった。自分の背中にだんだんと広がる鈍い痛みが教えてくれた。
自分が刺されたのは、おそらく一度だけだ。
だが、雨合羽の男のナイフは2本とも血に染まっていた。
リビングにいた父や母はすでに殺されてしまっているのだろう。姉のジュリやアミも殺されてしまったに違いない。
家族の悲鳴すら聞こえないほどに、リサは集中していた。
何かひとつの物事に集中すると周りの音がシャットアウトされるのは、いけない癖だと幼い頃からよく言われていた。だからこそ彼女は小説家になれたとも言えるが、結局最期まで治らなかった。
家の中なら安全だと思い込んでいた。雨戸を閉めきっていれば、暴徒が家に上がり込んでくるわけがないと思い込んでいた。
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