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第7章 第4話

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 ヘリコプターのドアからパイロットたちの死体らしきものが、外にふたつ放り投げられた。
 パイロットがいなくても、遣田は自分で運転が可能ということだろう。

 一条は確かヘリの運転が出来た。
 遣田ハオトは憑依した相手の記憶や能力を利用することができるのかもしれない。
 タカミが尾行に使ったドローンや監視カメラを拳銃で正確に撃ち抜いていたのも、一条の記憶や能力を利用したものだったのだろう。

「じゃあ、私は先にアリステラに行っていますね」

 その言葉は明らかに、タカミに向けてのものだった。

「本当は一条さんのふりをして、アリステラまであなた方に同行しようと思っていたのですが、その必要ももうなくなりました」

 アリステラの放送の発信源がヤルダバの首都アルコンであることもまた、遣田は一条の記憶から知ったのだろう。

「あなた方がアリステラに着く頃には、もうすべてが終わっていますよ」

 と、遣田はタカミに告げた。

 ヘリが上空に舞い上がっていく光景を、タカミはパソコンのモニター越しに見つめることしかできなかった。


 ヘリが去った後、タカミはドローンを公園に飛ばした。
 自ら出向きたいところだったが、暴徒に出くわしでもしたら、生れてこのかた殴り合いの喧嘩ひとつしたことのない自分は生きて帰れないことを彼は知っていた。真夜中に出歩けるショウゴや、数十キロ離れた土地から車でひとりやってきた一条とは違うのだ。無論、このどこからやってきたかわからない遣田という男とも。

 遣田ハオトに殺されたヘリのパイロットらふたりの所持品などを確認したかったが、ドローンにそこまでの機能はない。顔写真を撮影し、そこから彼らについて調べた。
 ふたりは千のコスモの会の後継団体のひとつ、「宇宙卵生教会」の信者だということがわかった。
 後継団体は宇宙卵生教を含め9つ存在し、それぞれ朝倉現人の子どもたちを新たな教祖としていた。しかし、宇宙卵生教は教祖不在のため後継団体として、他の8つに認められていなかった。
 そのため、朝倉現人の最後の子であるアナスタシアを教祖に担ぎ上げようとしているのだが、彼女がそれを頑なに拒んでいる、というのが現状インターネットやハッキングで入手可能な災厄前の情報だった。


 翌日の昼過ぎにはショウゴは目を覚ましたが、アナスタシアはさらに3日間眠り続けた。

 ショウゴが目を覚ました日には、タカミはマンション周辺に落ちていた一条のリュックから、彼の愛車のキーを手に入れていた。マンション周辺ですらショウゴについてきてもらわないと出歩くことができないのは情けなかったが。
 リュックのすぐそばには、一条の服や包帯なども落ちていた。
 車の運転を覚えるのには1日もかからなかった。ショウゴに教えることも出来た。
 1階ロビーのタンクローリーをマンションの外に出すのには苦労させられたが、それも何とかなった。
 丸1日爆発しなかったのだから、もう爆発することはないだろうが念のためだ。そんなことよりもアンナの遺体を弔うためということが多きかった。
 彼女の遺体を藤公園に埋葬するのは、アナスタシアが目を覚ましてからにするべきかどうか迷ったが、翌日になっても目を覚まさなかったため、ショウゴとふたりで遺体を運び埋葬した。

「ここはユワが好きだった場所なんだ」

「ユワも好きだったんですね。だったら一度くらい一緒に来ればよかった。
 俺もここには小さい頃に家族と一度だけ来たことがあって、好きだったんですよ」

 タカミは、その場所には「雨合羽の男」としてショウゴが救いたかったが救えなかった、彼やユワの中学生時代の友人や、暴徒によって一家5人を殺害された家族が眠っていることを知らされた。
 アナスタシアを教祖にしようとしている宇宙卵生教会のヘリパイロットたちもまたその場所に埋めた。

 その間、タカミはハッキングプログラム「機械仕掛けの魔女ディローネ」に、雨野市周辺にある飛行機やヘリを探させていた。
 ディローネは、パソコンやスマホをはじめとするあらゆる情報端末をハッキングし、企業や個人が所有するプライベートジェット機やヘリを数機と、運転が可能な者も何人か探し出してくれた。

 企業で所有しているのは、「ユークロニア」という時計の製造・販売をする会社だった。親会社に「スレイプニル」という企業があるようだ。
 スレイプニルとは、北欧神話の主神オーディンが駆る8本足の軍馬の名前であり、その名の通りこの会社には8つの脚となる子会社が存在し、ユークロニアはそのうちのひとつらしかった。
 雨野市周辺にあるのはユークロニアだけであり、他の7つの企業と親会社は他県にあった。

 個人では、2000年代のはじめの大規模な市町村合併で雨野市の一部となった旧・返璧隣(たまがえしのとなり)村地区にある返璧(たまがえし)家。
 ユワの友人のマヨリという女の子が、確か同じ苗字だった。
 それから、破魔矢リサ(はまや りさ)というペンネームの芥川賞作家だった。
 彼女の小説を読んだことはなかったが、話には聞いたことがあった。ショウゴやユワ、そして世界が辿るであろう未来を預言していたとしか思えない内容の小説があったことから「1000年にひとりの合法ロリ預言者」と呼ばれていた女性だ。

 企業がひとつ、個人がふたり、雨野市周辺でプライベートジェット機を所有していた。

 その情報もやはり災厄前のものだったため、一度その企業や個人の元へ足を運ぶ必要があった。
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