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エピローグ

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 最後の人類であった朝倉レインは、それから数ヶ月後に死亡した。

 インプラント手術によって肩甲骨に無理矢理埋め込まれていた、ヒヒイロカネの翼に対し、彼女の肉体がある日突然拒絶反応を起こしたのだ。

 奇数翼の穏健派が壊滅するまでは、毎日一度ずつ、拒絶反応を起こさないようにする薬を飲んでいたという。

 それから2年ほどの間は、数日に一度ずつ、残っていた薬を飲んでいたが、それもとうに切れてしまっており、そのため拒絶反応が起きてしまったのだ。

 その苦しみは相当のものであったに違いなかった。

 千年細胞を与えるかどうか、人類の枠組みから外れてしまった男は悩んだ。

 だが、彼女は最期まで、それを笑顔で断り続けた。

 最期までこの体で生きることが、ふたりの約束だと。


 人類の枠組みから外れてしまった一組の兄妹は、それから何千年何万年何億年と生き続けることもできたはずだった。

 だがふたりは、命の源であるエーテルを使いきるまで、星を本来あるべき姿に戻すことを決めた。

 それが自らの使命だとふたりは信じて疑わなかった。

 1000年あまりの時間をかけ、最期の瞬間まで大地と海の再生に尽力したふたりは、朝倉レインを埋葬した場所に生えた大樹に、もたれかかるようにして安らかな顔で眠りについた。


 ふたりの遺体は、10万年後の世界にも錆びることも腐ることもなく残っていた。
 ふたりが自らの墓標として立てた一本の日本刀と、二本の直刀もまた。



「ねぇ、本当にこんなところにすごい剣があるの?」

「あぁ、なんか、すっげー綺麗な翡翠色の剣なんだよ。きっとめちゃくちゃすごい剣だぜ!」

「ほんとかなぁ。あんたの言うこと、真面目に聞いて、良かったことなんて一度もないんだけど」

「今度は絶対大丈夫だから!
 なんか、あちこちの海に現れたアトなんとかとかムなんとかレムなんとかっていう島とか大陸のやばい連中に、大人たちがやたら困ってるだろ?」

「あー、自分たちは11万2000年前から来たとか言ってる人たち?」

「そうそう、俺たちがそいつらをやっつけてやるんだよ!」


 ひとりの少年とひとりの少女は、10万年の時を超えて一本の日本刀と二本の直刀を手にした。

 人類の新たな戦いの歴史が始まろうとしていた。

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