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第6.91話:『不純物の証明 ―密室の告白―』
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それは、国木田の牙城へ潜入するための最終経路を偵察していた最中の事故だった。
旧時代の地下シェルターを改装した秘密通路。紬(つむぎ)のハッキングさえ届かないアナログな重量感知トラップが作動し、天城星哉と布津誠一の二人は、厚さ五十センチの鉛の扉で仕切られた、わずか三畳ほどの防音室に閉じ込められた。
「……通信不能。酸素の供給も遮断された。……紬や雷がこちらに気づき、この扉を物理的に破壊するまで、およそ三十分。……我々の肺活量を考えれば、猶予は二十分といったところかな」
布津は、暗闇の中で淡々とタブレットの予備電源を灯した。青白い光が、壁際に寄りかかる天城の端正な横顔を照らし出す。
「……ふふ。死神と科学者が、自らネズミ捕りにかかるとはね。滑稽な幕切れだ」
天城は苦笑し、ネクタイを緩めた。酸素が薄れ始めているせいか、彼の声にはいつもの鋭さがなく、どこか艶っぽく響く。
「天城……君は、死を恐れていないようだな。それは、復讐さえ遂げれば、自分の命など単なる『燃えかす』だと思っているからだろう?」
布津の言葉に、天城は目を閉じる。
「……当然だろう。私は二十年前に一度死んでいるんだ。今の私は、瑠璃(るり)が見ている白昼夢に過ぎない」
「胡蝶の夢というやつか」
「そうだな。荘子は蝶になる夢を見て目覚めた後、『自分が人間として夢を見ていたのか、それとも今、蝶として夢を見ているのか』と疑問に思ったそうが、私も常に『私と瑠璃のどちらがこの現実を生きているのか』と考えることがある」
「……なるほどな。……だが、私の計算には、一つだけどうしても解けない『不純物』がある」
布津がゆっくりと天城へ歩み寄る。その足取りは、いつもの精密機械のような規則正しさを失い、ひどく人間臭い焦燥を孕んでいた。
布津は、天城の胸元を掴み、彼を冷たい鉛の壁に押し付けた。
「な……布津? 何をする」
「……私は鑑定のプロだ。あらゆる物質の組成を見極め、それを無効化する術を知っている。……だが、君という劇薬だけは、どうやっても無効化できない。……私の脳内で、君への執着が神経細胞を焼き切り、論理を破壊し続けているんだ」
布津の眼鏡が、酸素不足で荒くなった吐息で曇る。
彼は天城の首筋に、驚くほど熱い指先を這わせた。
「天城……君は雷を『剣』とし、紬を『目』とした。……だが、私は? 私はただの『道具箱』か? ……違う。私は、君の隣で、君が壊れていく過程を最も近くで観測し、その破片を一つ残らず私のコレクションに加えたいと願っている」
「……布津。君は、酸素不足で錯乱しているのか」
「……いいや。今が、私の全人生で最も明晰だ。……認めよう。私は、君を愛している。……性愛などという低俗な言葉では足りない。……君という絶望そのものを、私の全細胞で抱きしめ、分解し、融合したい」
天城は目を見開いた。
科学と論理の化身である布津誠一が、最も非論理的な感情を、血を吐くような告白と共にぶつけてきたのだ。
「……俺だって、天城が好きなんだよ……!! ずっと、君の冷たい瞳の中に、私の居場所を探していた……!」
布津の叫びが、狭い密室に反響する。
彼は天城の肩に額を押し当て、子供のように震えていた。
鑑定医として、数多の死体と向き合い、人間を「有機物の集合体」としてしか見てこなかった男が、初めて見つけた「神」への信仰。
天城は、しばらく沈黙していたが、やがて布津の背中にそっと手を回した。
その手は、相変わらず死人のように冷たかったが、布津にとってはどんな太陽よりも眩しかった。
「……不純物か。……ふふ。布津、君は面白いな。……私の心には、瑠璃という名の『無』しか存在しないと言ったはずだ。……だが、君のような男にそこまで狂われるのは、悪くない気分だ」
天城が、布津の耳元で囁く。
「……生きてここを出たら、君の望む通り、私のすべてを観測させてあげよう。……国木田を殺し、世界が闇に包まれるその瞬間まで、君は私の『心臓』でいるといい」
その言葉と同時に、爆発音が響いた。
鉛の扉が、布津が作り上げ、武御雷の放った『雷撃』によって吹き飛ぶ。
「――星哉さん!! 布津さん!! 無事か!!」
煙の中から飛び込んできた雷が、二人を救い出す。
外には、泣きじゃくる紬がタブレットを抱えて待っていた。
布津は素早く眼鏡をかけ直し、いつもの無機質な「科捜研の漢」の顔に戻った。
だが、彼のポケットの中では、天城から掠め取った一枚のハンカチが、熱を帯びて握りしめられていた。
「……ああ。問題ない、雷。……少し、空気の組成について天城くんと議論していただけだ」
天城は、乱れた服を整え、不敵な笑みを浮かべて闇の中へ歩き出す。
「……さあ、行こうか。……今の私には、熱烈な『崇拝者』がついている。……負ける気がしないよ」
雷は、二人の間に漂う、以前とは明らかに違う「濃密な気配」に眉をひそめたが、それ以上は何も聞かなかった。
戦場へ向かう四人の影。
知略、武勇、電脳。そして新たに加わった、狂気的なまでの「愛」という名の劇薬。
全てのピースは、今、ここに揃った。
旧時代の地下シェルターを改装した秘密通路。紬(つむぎ)のハッキングさえ届かないアナログな重量感知トラップが作動し、天城星哉と布津誠一の二人は、厚さ五十センチの鉛の扉で仕切られた、わずか三畳ほどの防音室に閉じ込められた。
「……通信不能。酸素の供給も遮断された。……紬や雷がこちらに気づき、この扉を物理的に破壊するまで、およそ三十分。……我々の肺活量を考えれば、猶予は二十分といったところかな」
布津は、暗闇の中で淡々とタブレットの予備電源を灯した。青白い光が、壁際に寄りかかる天城の端正な横顔を照らし出す。
「……ふふ。死神と科学者が、自らネズミ捕りにかかるとはね。滑稽な幕切れだ」
天城は苦笑し、ネクタイを緩めた。酸素が薄れ始めているせいか、彼の声にはいつもの鋭さがなく、どこか艶っぽく響く。
「天城……君は、死を恐れていないようだな。それは、復讐さえ遂げれば、自分の命など単なる『燃えかす』だと思っているからだろう?」
布津の言葉に、天城は目を閉じる。
「……当然だろう。私は二十年前に一度死んでいるんだ。今の私は、瑠璃(るり)が見ている白昼夢に過ぎない」
「胡蝶の夢というやつか」
「そうだな。荘子は蝶になる夢を見て目覚めた後、『自分が人間として夢を見ていたのか、それとも今、蝶として夢を見ているのか』と疑問に思ったそうが、私も常に『私と瑠璃のどちらがこの現実を生きているのか』と考えることがある」
「……なるほどな。……だが、私の計算には、一つだけどうしても解けない『不純物』がある」
布津がゆっくりと天城へ歩み寄る。その足取りは、いつもの精密機械のような規則正しさを失い、ひどく人間臭い焦燥を孕んでいた。
布津は、天城の胸元を掴み、彼を冷たい鉛の壁に押し付けた。
「な……布津? 何をする」
「……私は鑑定のプロだ。あらゆる物質の組成を見極め、それを無効化する術を知っている。……だが、君という劇薬だけは、どうやっても無効化できない。……私の脳内で、君への執着が神経細胞を焼き切り、論理を破壊し続けているんだ」
布津の眼鏡が、酸素不足で荒くなった吐息で曇る。
彼は天城の首筋に、驚くほど熱い指先を這わせた。
「天城……君は雷を『剣』とし、紬を『目』とした。……だが、私は? 私はただの『道具箱』か? ……違う。私は、君の隣で、君が壊れていく過程を最も近くで観測し、その破片を一つ残らず私のコレクションに加えたいと願っている」
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天城は目を見開いた。
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「……俺だって、天城が好きなんだよ……!! ずっと、君の冷たい瞳の中に、私の居場所を探していた……!」
布津の叫びが、狭い密室に反響する。
彼は天城の肩に額を押し当て、子供のように震えていた。
鑑定医として、数多の死体と向き合い、人間を「有機物の集合体」としてしか見てこなかった男が、初めて見つけた「神」への信仰。
天城は、しばらく沈黙していたが、やがて布津の背中にそっと手を回した。
その手は、相変わらず死人のように冷たかったが、布津にとってはどんな太陽よりも眩しかった。
「……不純物か。……ふふ。布津、君は面白いな。……私の心には、瑠璃という名の『無』しか存在しないと言ったはずだ。……だが、君のような男にそこまで狂われるのは、悪くない気分だ」
天城が、布津の耳元で囁く。
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