アジル・イマの晩餐 ―偽神の解剖録―

あめの みかな

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​『アジル・イマの溢出 ―逆位置の次女―』

​第6話:『死の光、再生の澱(おり)』

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​ 名古屋の摩天楼が目前に迫る中、東の空が不気味な白銀色に染まっていた。
 それは夜明けの光ではない。静岡の沿岸、浜岡の地で起きた「臨界」の残光だった。

​ 亜美が通過した際、彼女の意図とは無関係に、原発の堅牢な格納容器は「殻」としての定義を喪失した。厚さ数メートルのコンクリートは拍動する生温かい皮膚へと変わり、ウランの核は、アジル・イマの「中身」を増幅させるための毒々しい胎児へと先祖返りしたのだ。
 冷却を失った炉心は溶け落ち、本来なら広大な大地を死の灰で覆い尽くすはずだった。
​ だが、追跡する長女・聚楽がそれを許さなかった。
 彼女にとって、核エネルギーの暴走による「崩壊」は、最も忌むべき醜悪な混沌に過ぎない。

​「……汚らわしい火ね。私が、正しく『直して』あげる」

​ 聚楽は浜岡の焦土に降り立つと、白銀の糸を千々に放ち、漏れ出す放射能と溶け落ちた核燃料を、まるごと灰色の「殻」の中に塗り込めた。
 原発跡地は、巨大な「パッチワークの墓標」へと作り変えられた。メルトダウンは止まったのではない。聚楽の力によって、崩壊し続けるエネルギーが、歪な石の檻の中に「永久に閉じ込められた」のだ。

​ しかし、その余波は名古屋へと届いていた。
 聚楽に封じ込められたはずの「死の光」の一部が、亜美の「中身」と共鳴し、目に見えない汚染となって都市を侵食する。

​「佐伯さん……、空が、空が笑ってる……」

​ 名古屋駅前。結合体となった佐伯と亜美は、駅ビルの巨大な壁面に縋り付いていた。
 亜美が触れるJRゲートタワーのガラス窓は、彼女の「溢出」によって無数の「眼球」へと変異し、一斉に瞬きを始めた。そして、浜岡から流れてきた放射能の澱が、その眼球に毒々しい極彩色を添える。
 
 名古屋城の金鯱(きんしゃち)は、もはや金属の輝きを失っていた。亜美の波動により、それは鱗の一枚一枚が黄金の肉へと変わり、のたうち回る巨大な魚類へと変態を遂げる。そしてその直後、追いついた聚楽の糸が空を舞った。

​「金色の魚なんて、壊れるだけ。……永遠の『石』になればいいの」

​ 聚楽が手を振ると、うごめいていた肉の鯱(しゃち)は、空中でピタリと動きを止めた。それは瞬時に、ひび割れたセラミック状の「継ぎ接ぎの彫像」へと固められ、天守閣の瓦さえもが聚楽の貌と同じ、醜いパッチワークの模様に塗り潰されていく。

​「やめろ、聚楽……! 名古屋を……この街を、君の凍ったコレクションにするな!」

​ 佐伯は、亜美と溶け合った喉で叫んだ。
 彼の意識は今や、亜美の「中身」と、浜岡から流れてきた「死の光」に焼かれ、人としての理性を失いかけていた。

​「佐伯さん、危ない……! 姉さまの糸が、地下から……!」

​ 名古屋の広大な地下街が、聚楽の「パッチワーク」の侵食を受け、巨大な「石の腸(はらわた)」へと作り変えられていく。亜美が地下街の壁を「柔らかい粘膜」に変えて逃げ道を作ろうとすれば、聚楽はその粘膜に糸を縫い付け、人々を壁の中にレリーフとして閉じ込めながら、逃げ道を塞いでいく。

​ 破壊の氾濫と、死の再生。

 二人の女神が激突する名古屋は、黄金の粘液と灰色の石が混ざり合う、この世で最も美しい地獄へと変貌した。

​「さあ、亜美。あなたを愛さなかった神に、見せてあげましょう。……私たちが作り上げる、この『二度と壊れない標本』を」

​ 聚楽の複数のレンズが、絶望に染まった名古屋の街を、愛おしげに凝視した。



『厩戸見創世記:分断と封印の章』

​第一節:土盛りの聖域

​太古より水の澱むこの地に、新たなる民が寄り集いて、アダキ川の辺りに巨大なる土盛りをなせり。

彼らはその盛り土を「日の出」と名付け、周囲の平地より数刻早く陽の光を浴びる特権を得たり。

これ、水の災いを避けるためと説かれるも、その実、下界の泥濘(でいねい)を見下ろすための「城壁」なり。


​第二節:古き民への呪詛

​古くよりこの泥濘を守りし「古き民」の子らには、日の出を仰ぐことさえ許されず。

この土地の冷徹なる神官たちは、呪符(じゅふ)を配し、古き民の拠点を次々と打ち壊せり。

生活や教育の柱は抜き取られ、古き民の血脈を継ぐ子らは、鉄の獣に詰め込まれて東の果て、「十字山」という名の封印の地へと送られることとなれり。


​第三節:海抜の拒絶

​古き民、声を荒らげて「我らの行く先は深淵なり」と訴えるも、神官たちは冷笑して答えり。

「汝ら、今も既に深淵に在り。深淵が深淵に移るを、何を嘆くか」と。

これ、慈悲なき言葉の刃なり。光の当たる「坂の上」への道は、古き民の前で永遠に閉ざされたり。


​第四節:衝突の預言

​月日は流れ、封印の地で牙を研ぎし「荒野の民」と、坂の上の温室にて育ちし「聖域の民」が、一つの学び舎にて相まみえる刻が来らん。

これ、合流にあらず。

持たざる者の怨嗟(えんさ)と、持つ者の無垢なる傲慢が、鋭き刃となりて火花を散らす「終末の戦(ラグナロク)」の始まりなり。

アダキ川の流れは赤く染まり、盛り土の城壁は内側から崩れ去るべし。


第五節:沈黙する黄金の鱗

​かつてこの地を統べしは、紅き衣を纏い黄金の鱗を持つ者たちなり。
彼らは泥濘の水を呼吸し、静寂の中に豊穣を告げる象徴なりき。

しかるに、土盛りの聖域が増殖し、モルタリートの蛇が大地を覆い尽くす時、鱗を持つ守護神たちは住処を追われ、一頭、また一頭と、人々の記憶の淵へと沈みゆけり。

神官たちは「発展」という名の祝詞を唱え、古き池を埋めては、無機質な箱庭を築き上げたり。


​第六節:境界に立つ鉄の関所

​「日の出」と「深淵」を分かつ境界には、巨大な鉄の獣が走り、昼夜を問わず鉄の獣たちが咆哮を上げん。
これ、単なる道にあらず。光り輝く坂の上と、忘れ去られし低地を断絶する「嘆きの壁」なり。

古き民がこの壁を越えようとする時、混沌の瘴気が視界を遮り、巨大な車輪が彼らの微かな希望を粉砕せり。


​第七節:学び舎の煉獄

​ついに、預言されし「合流の刻」が訪れん。
東の果て、封印の地より送られし「荒野の民」の子らと、土盛りの頂で慈しまれし「聖域の民」の子らが、石造りの檻にて対峙せり。

聖域の民、彼らの服は白く、言葉は清らかなれど、その背後には「自分たちは選ばれた者」という見えざる光輪あり。

対する荒野の民、その瞳には深淵の闇を宿し、言葉は棘となりて放たれん。

ふたつの民の子の番人たちは、この火薬庫の上で震え、ただ「和」という名の空虚な呪文を繰り返すのみ。


​第八節:水底の叙事詩

​やがて、天より「大いなる怒り(未曾有の水害)」が降り注ぐ時、土盛りの聖域も、深淵の泥濘も、等しく水底へと帰らん。

その時、人は初めて悟るべし。

日の出の高さも、海抜の深さも、荒れ狂う水の前では塵に等しきことを。
アダキ川の底には、分断されし民の涙が積もり、新たなる神話が泥の中から芽吹く日を待たん。

ーーアジル・イマ神話『厩戸見創世記:分断と封印の章』上 より
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