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『アルジュ・イマの再編 ―黄金の国、禁忌の系譜―』
第7話:『重なる記憶、逆位置の胎動』
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「オヒウスのかつての名は『オカク』だった。オカクという名は、神の世界の王族の中で最も美しい娘の名であり、神はその名を与えた結果、あまりの神聖さから触れることすらできなかった。だから、その名をオカクからオヒウスに変えたが、それでも神聖さは消えることがなく、神は結局触れることができなかった」
ふたりの説明を受け、棗弘幸はようやく理解した。
それが、『神すら触れられぬ、根源的な孤独』なのだということを。
「……そんなものを、今も紫帆が一人で……」
「宮内庁が君を排除したのは、単に家柄の問題ではない。君という『不純な異分子』が敷島宮紫帆に触れることで、彼女の中に溜まった負のエネルギーが暴発し、この美しい日本の『殻』が内側から突き破られることを恐れたのだ」
その時、店の外で急ブレーキの音が響いた。
黒塗りの車から、宮内庁の紋章をつけた男たちが降りてくる。結界を維持しているはずの佐伯堂の空気が、不自然に波打った。
「……ちっ、宮内庁の『掃除人』どもか。九条、お前の車に棗を乗せて逃げろ。ここは俺が食い止める」
佐伯がカウンターの下から、古びた、けれど禍々しい気を放つ刀を取り出した。
「『二天童子切り三千彦(みちひこ)』か。またとんでもないものを隠し持っていやがったな」
その刀を見て、九条がニヤリと笑った。それがどれほどの刀かは、日本史に疎い弘幸にはわからなかったが、おそらくは「宮内庁の『掃除人』ども」をひとりで相手に出来る妖刀なのだろうと思った。
「棗、九条の話を忘れるな。……お前が紫帆を救いたいなら、彼女の『美しさ』を愛するな。彼女の肉体の裏側にある、あの『醜い真実』を愛せ。……それが、この世界を反転させる唯一の鍵だ!」
「いくぞ、棗 弘幸」
弘幸は九条に促され、店の裏口へと走った。
振り返ると、佐伯が二天童子切り三千彦を構え、押し寄せようとする男たちの前に、圧倒的な「影」となって立ちはだかっていた。
九条のスポーツカー『ステラ・ディヴォアラー』が新宿の雨夜を切り裂く。
ステラ・ディヴォアラー ーー「星を喰らう」という名の通り、光を吸い込み、闇を撒き散らすようなフォルムの車だった。
ボディカラーはベンタブラックのような、光の反射率が極限まで低い「超低反射黒」だ。その造形が影のように見え、夜の街では「空間に空いた穴」のように見える。
フォルムはバイオ・メカニカル・流線型というものであり、キャビン(運転席)が極端に前寄りで、後輪付近が巨大な筋肉のように盛り上がった「獲物に飛びかかる猛獣」のようなシルエットだった。
ライト類の色は「コズミック・パープル」であり、ヘッドライトやテールランプは、鋭いスリット状となっていら。発光色は、ブラックホールの周囲に輝く降着円盤のような、妖しい紫だ。
ホイールはヴォイド・スポークという中心部が中空に見える特殊なデザインで、回転すると星屑が吸い込まれていくような視覚効果がある。
その車は見た目だけでなく、どうやらスペックも桁違いのようだった。
「ガソリンを燃やす」のではなく、「次元を歪める」レベルの動力源を積んでいるようだった。
シンギュラリティ・ドライブ(特異点駆動)というエンジンが組み込まれており、エンジンの中心に、人工的に生成された「微小な特異点(シンギュラリティ)」が封印されているという。その特異点が、周囲の物質や光を飲み込む際に放出する莫大な放射エネルギーや重力波を直接動力に変換し、最高出力3,000hp 以上、最高速度 550km/h 以上という数値を叩き出す。理論上は亜光速まで可能らしい。
駆動方式は全輪独立ベクタリング・バイ・ワイヤというものであり、特殊機能として重力制御サスペンションを持ち、超高速域では重力を操作して車体を路面に「吸着」させ、どんな急カーブでもロール(傾き)がゼロのまま、磁石のように曲がる。
排気音はエンジン音ではなく、空気が裂けるような低い唸りと、星が瞬くような高周波の金属音が混ざり合った「深淵の旋律」だった。
「まるで、はるか未来か、パラレルワールドの技術ですね」
「まるでじゃなく、本当にその通りだからだ。私の友人に、天城星哉という男がいる。その男からこの車は譲り受けた」
その天城星哉なる人物が、おそらく未来人か異世界人なのだろう。
助手席で仮面を握りしめる弘幸の胸には、もはや恐怖はなかった。
あるのは、美しき檻に囚われた紫帆を、その高貴な呪縛から解き放ちたいという、狂おしいほどの執着だけだった。
「……九条さん。教えてください。……僕は、どうすれば紫帆の『中身』に触れることができますか?」
ハンドルを握る九条が、不敵に笑った。
「……面白い。官僚の坊やが、ついに怪物の目になったか。……いいだろう。まずは、この世界の『聖域』に穴を開けるための、禁忌の儀式から始めようか」
九条のステラ・ディヴォアラーは、首都高速の夜の闇を滑るように走り続けていた。
助手席の弘幸は、手にした鉄の仮面を見つめていた。その冷たさが、現実と神話の境界線を辛うじて繋ぎ止めている。背後では、佐伯が命を懸けて宮内庁の追っ手を食い止めているはずだった。
「……九条さん。あなたは言いましたね。この国の繁栄は、女神たちが『不純物』を捨て続けることで成り立っていると」
「そうだ。エントロピーの法則だよ、棗君。美しさを維持するためには、その分だけ醜さをどこかへ排出しなければならない。この世界では、それが不死山という焼却炉であり、敷島宮という浄化槽なのだ。そして今、その浄化槽……君の紫帆殿が、満水になろうとしている」
九条は無機質な笑みを浮かべ、ハンドルを切る。
ふたりの説明を受け、棗弘幸はようやく理解した。
それが、『神すら触れられぬ、根源的な孤独』なのだということを。
「……そんなものを、今も紫帆が一人で……」
「宮内庁が君を排除したのは、単に家柄の問題ではない。君という『不純な異分子』が敷島宮紫帆に触れることで、彼女の中に溜まった負のエネルギーが暴発し、この美しい日本の『殻』が内側から突き破られることを恐れたのだ」
その時、店の外で急ブレーキの音が響いた。
黒塗りの車から、宮内庁の紋章をつけた男たちが降りてくる。結界を維持しているはずの佐伯堂の空気が、不自然に波打った。
「……ちっ、宮内庁の『掃除人』どもか。九条、お前の車に棗を乗せて逃げろ。ここは俺が食い止める」
佐伯がカウンターの下から、古びた、けれど禍々しい気を放つ刀を取り出した。
「『二天童子切り三千彦(みちひこ)』か。またとんでもないものを隠し持っていやがったな」
その刀を見て、九条がニヤリと笑った。それがどれほどの刀かは、日本史に疎い弘幸にはわからなかったが、おそらくは「宮内庁の『掃除人』ども」をひとりで相手に出来る妖刀なのだろうと思った。
「棗、九条の話を忘れるな。……お前が紫帆を救いたいなら、彼女の『美しさ』を愛するな。彼女の肉体の裏側にある、あの『醜い真実』を愛せ。……それが、この世界を反転させる唯一の鍵だ!」
「いくぞ、棗 弘幸」
弘幸は九条に促され、店の裏口へと走った。
振り返ると、佐伯が二天童子切り三千彦を構え、押し寄せようとする男たちの前に、圧倒的な「影」となって立ちはだかっていた。
九条のスポーツカー『ステラ・ディヴォアラー』が新宿の雨夜を切り裂く。
ステラ・ディヴォアラー ーー「星を喰らう」という名の通り、光を吸い込み、闇を撒き散らすようなフォルムの車だった。
ボディカラーはベンタブラックのような、光の反射率が極限まで低い「超低反射黒」だ。その造形が影のように見え、夜の街では「空間に空いた穴」のように見える。
フォルムはバイオ・メカニカル・流線型というものであり、キャビン(運転席)が極端に前寄りで、後輪付近が巨大な筋肉のように盛り上がった「獲物に飛びかかる猛獣」のようなシルエットだった。
ライト類の色は「コズミック・パープル」であり、ヘッドライトやテールランプは、鋭いスリット状となっていら。発光色は、ブラックホールの周囲に輝く降着円盤のような、妖しい紫だ。
ホイールはヴォイド・スポークという中心部が中空に見える特殊なデザインで、回転すると星屑が吸い込まれていくような視覚効果がある。
その車は見た目だけでなく、どうやらスペックも桁違いのようだった。
「ガソリンを燃やす」のではなく、「次元を歪める」レベルの動力源を積んでいるようだった。
シンギュラリティ・ドライブ(特異点駆動)というエンジンが組み込まれており、エンジンの中心に、人工的に生成された「微小な特異点(シンギュラリティ)」が封印されているという。その特異点が、周囲の物質や光を飲み込む際に放出する莫大な放射エネルギーや重力波を直接動力に変換し、最高出力3,000hp 以上、最高速度 550km/h 以上という数値を叩き出す。理論上は亜光速まで可能らしい。
駆動方式は全輪独立ベクタリング・バイ・ワイヤというものであり、特殊機能として重力制御サスペンションを持ち、超高速域では重力を操作して車体を路面に「吸着」させ、どんな急カーブでもロール(傾き)がゼロのまま、磁石のように曲がる。
排気音はエンジン音ではなく、空気が裂けるような低い唸りと、星が瞬くような高周波の金属音が混ざり合った「深淵の旋律」だった。
「まるで、はるか未来か、パラレルワールドの技術ですね」
「まるでじゃなく、本当にその通りだからだ。私の友人に、天城星哉という男がいる。その男からこの車は譲り受けた」
その天城星哉なる人物が、おそらく未来人か異世界人なのだろう。
助手席で仮面を握りしめる弘幸の胸には、もはや恐怖はなかった。
あるのは、美しき檻に囚われた紫帆を、その高貴な呪縛から解き放ちたいという、狂おしいほどの執着だけだった。
「……九条さん。教えてください。……僕は、どうすれば紫帆の『中身』に触れることができますか?」
ハンドルを握る九条が、不敵に笑った。
「……面白い。官僚の坊やが、ついに怪物の目になったか。……いいだろう。まずは、この世界の『聖域』に穴を開けるための、禁忌の儀式から始めようか」
九条のステラ・ディヴォアラーは、首都高速の夜の闇を滑るように走り続けていた。
助手席の弘幸は、手にした鉄の仮面を見つめていた。その冷たさが、現実と神話の境界線を辛うじて繋ぎ止めている。背後では、佐伯が命を懸けて宮内庁の追っ手を食い止めているはずだった。
「……九条さん。あなたは言いましたね。この国の繁栄は、女神たちが『不純物』を捨て続けることで成り立っていると」
「そうだ。エントロピーの法則だよ、棗君。美しさを維持するためには、その分だけ醜さをどこかへ排出しなければならない。この世界では、それが不死山という焼却炉であり、敷島宮という浄化槽なのだ。そして今、その浄化槽……君の紫帆殿が、満水になろうとしている」
九条は無機質な笑みを浮かべ、ハンドルを切る。
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